第6話 餃子
第6話 餃子
最近、輝と夕飯を食べることが増えた。 約束しているわけでもない。 毎日というわけでもない。 なんとなく時間が合って、なんとなく「食べてく?」となって、気づけば向かいに座っている。 今日もそんな日だった。「そういえばさ?」 冷蔵庫を開けたはじめが、中を覗き込みながら言った。「今日、ひき肉が安かったから買っちゃったのよね。大量に。」 取り出したのは、ずしりと重そうなパックだった。 豚ひき肉、赤身八十五パーセント。 五百グラム、五百円。「ハンバーグ!?」 輝の声が、分かりやすく弾んだ。 はじめはパックを見て、それから輝を見る。「うーん。餃子ね。餃子。」「えーっ!?」「何よ。」「いや、ひき肉だったから、てっきりハンバーグかと。。。」「豚よ?」「豚のハンバーグもうまいですよ?」「私、ハンバーグは鶏肉と豆腐で作ったのじゃなきゃ嫌なのよ〜。」「なんでですかっ?」「お腹の中が肉臭くなるから。」 輝が眉を寄せた。「肉臭く?」「食べた後にゲップすると、なんか肉の匂いが戻ってくるじゃない。ちょっと乳臭いみたいな。」「……そこ?」「そこよ。嫌なのよ、あれ。」「餃子ならいいんですか?」「餃子は生姜とかニラとかニンニクとか入ってるから、まだマシなの。」「結局、肉ですよね?」「違うのよ。」「何が?」「違うものは違うの。」 はじめはそれ以上の説明を放棄して、ひき肉を調理台に置いた。「本当は餃子も鶏肉で作る方が好きなんだけどね。でも百グラム百円よ? 買うでしょー。」「五百グラムも?」「一キロいこうかと思ったわよ。」「二人ですよ?」「冷凍という文明があるでしょうが。」 輝は何か言いたそうな顔をしたが、結局黙った。 はじめは白菜を取り出した。 細かく刻み、軽く塩を振る。ざっと混ぜ、そのまま少し置いておく。 その間にニラを刻む。「細かいですね。」「でも、みじん切りにはしないの。三ミリから五ミリくらい。」「違うんですか?」「みじん切りにすると、なんかイマイチなのよ。」「へえ。」「理由は知らない。」「知らないんだ。」「食べてそう思ったんだから、それでいいの。」 塩をした白菜から水が出ていた。 はじめはそれを捨てると、豚ひき肉と一緒にボウルへ入れた。そこへ刻んだニラも加える。 生姜は皮を剥かず、そのまますりおろした。 ニンニクも同じようにする。「あー、もう。手、臭っ!」「そりゃそうでしょー。」 はじめは手を洗うと、そのままステンレスのシンクに手を擦りつけ始めた。「何してるんですか?」「こうするとニンニクの匂い、ちょっとマシになるのよ。」「シンクに?」「ステンレス。」「へえ……。」「その『へえ』、信じてないでしょ。」「いや、初めて見たんで。」「いいから、紹興酒取って。」 紹興酒、オイスターソース、塩、黒胡椒。 はじめは計量もせず、順番にボウルへ入れていく。「量、測らないんですか?」「測らない。」「大丈夫なんですか?」「大丈夫よ。」「何を根拠に。」「私。」「強いなあ。」 最後に、はじめは手のひらへごま油を垂らした。「それも入れるんじゃないんですか?」「手に塗るの。」 そのまま餡へ手を入れ、粘りが出るまでしっかりと混ぜていく。「こうすると手にもくっつきにくいし、油も馴染むから。」「なるほど。」「これはちゃんと納得した『なるほど』ね。」「さっきのも納得してますって。」 餡がまとまったところで、二人は手を洗った。 テーブルに餃子の皮とボウルを置き、向かい合って座る。「俺も包みますよ。」「できるの?」「餃子くらい包めます。よく妹と親の手伝いしてましたから。」「へえ。じゃ、戦力として数えるわよ。」 輝は皮を一枚取ると、餡をのせ、縁に水をつけた。 ひだを寄せる。「あら。ちゃんとできるじゃない。」「だから言ったでしょ。」「もっとこう、でっかい肉団子みたいなの作るかと思った。」「俺を何だと思ってるんですか。」「ハンバーグって言った時、目ぇ輝かせてた人。」「好きなんですよ、ハンバーグ。」「子供ねえ。」「二十五です。」「私から見たら十分若いわよ。」 ぽん、ぽん、と餃子が並んでいく。 最初のうちは楽しかった。 形が微妙に違うだの、そっちの方が餡が多いだの、くだらないことを言いながら、二人で包んでいく。 それでも、ボウルの中身はなかなか減らない。「……多くないですか?」「五百グラムあるって言ったでしょ。」「これ、何個できるんですか?」「知らない。」「知らないって。。。」「余ったら冷凍すればいいのよ。」「また俺が食べに来てもいいですけど。」「……別に、あんたじゃなくても食べるわよ。」「え?」「何よ。」「いや、別に。」 また一つ、餃子を包む。 はじめは自分でも、なぜそんな返しをしたのか分からなかった。 別に輝がまた来ればいい。 むしろ、そのつもりだったような気もする。 何を変に否定しているのだろう。 次の皮へ手を伸ばす。 同時に、輝の手も伸びた。 指と指が触れた。「「――。」」 二人とも、ほとんど同時に手を引いた。「……ごめん?」「いや。」 それだけだった。 ただ指が触れただけだ。 なのに、さっきまで途切れることのなかった会話が止まった。 はじめは別の皮を取り、餡をのせる。 輝も黙って包んでいる。 何なのよ。 男同士で指が触れたくらいで。「……そういえばさ。」 沈黙に耐えきれなくなったように、はじめが口を開いた。「はい?」「あんた、好きな子とかいないの?」 言ってから、自分で思った。 何を聞いているんだ、私は。 輝も手を止めた。「……なんですか、急に。」「いや。あんた二十五でしょ。そういうのないのかなと思って。」「今はいないですけど。」「へえ。」 なぜか、少しだけほっとした。 そのことに気づいて、はじめは余計に困った。 何を安心しているのだろう。「はじめさんは?」「え?」「好きな人。」「私?」「俺に聞いたじゃないですか。」「……いないわよ。今は。」「ふーん。。。」 輝はまた餃子を包み始めた。 その横顔が、ほんの少しだけ緩んだように見えた。 気のせいかもしれない。 はじめはボウルを見た。 まだ半分近く残っている。「…………もういいわ。」「え?」「面倒くさい。」「急ですね。」「十分包んだでしょ。」「残りどうするんですか?」「こうするのよ。」 はじめは立ち上がると、フライパンを取り出した。 油を引き、餃子の皮を敷き詰める。「何してるんですか?」「餃子。」 その上へ、残った餡をどん、と広げる。「……でか。」 さらに上から餃子の皮を並べる。「はじめさん?」「何よ。」「それ、もう包んでないですよね?」「うるさいわね。焼けば一緒よ!」「さっきまで一個ずつ包んでたのは何だったんですか?」「文明は進歩するものなのよ!!」 先ほどまで二人で包んでいた餃子は、別の鍋へ入った。 鶏ガラスープにシャンタンを少し。 長ねぎを散らしただけの、簡単なスープだ。「こっちは焼かないんですか?」「フライパン埋まってるもの。」「俺たちが頑張って包んだのに。」「スープ餃子も美味しいわよ〜。」「そういう問題かなあ。」 焼き上がった巨大な餃子を皿へ移す。 隣には、湯気を立てるスープ餃子。 輝の前には白米。 そして小皿が三つ。「これが普通の?」「醤油、酢、ラー油。一対三対一。」「酢、多くないですか?」「酸っぱい方が美味しいのよ。」「こっちは?」「酢コショウ。」「これは分かります。」「私は断然これ。」 輝が三つ目を見る。「……これは?」「柚子胡椒マヨ。」「餃子に?」「合うのよ。」「急に餃子じゃなくなってません?」「食べてから言いなさいよっ!」 はじめは冷蔵庫を開け、青島ビールを二本取り出した。「はじめさん、ビール飲むんですね。」「普段はそんなに飲まないわよ。」「じゃあなんであるんですか。」「今日、餃子にするって決めたから買ったの。」「餃子のために?」「餃子のために。餃子には紹興酒か青島よ。」 調理に使った紹興酒の瓶も、すでにテーブルに置いてある。「徹底してるなあ。」「ほら、乾杯。」 瓶を軽く合わせる。 まずは酢コショウ。 巨大餃子を箸で崩し、輝が口へ運ぶ。「うまっ!」「でしょ?」 次は酸味の強い、いつものタレ。 そして柚子胡椒マヨ。「…………うまぁ。。。」「でしょ?」「悔しいなあ。」「何がよ?」「変なのに、ちゃんとうまい。」「失礼ねっ。」 輝は白米を食べながら、巨大餃子をもう一口取った。 しばらく咀嚼してから、ふと箸を止める。「……これ。」「何?」「中華味のでっかいハンバーグじゃないですか。」 はじめも箸を止めた。「…………皮ついてるでしょ。」「申し訳程度に。」「白菜もニラも入ってる。」「でも、ほぼでっかい肉の塊ですよね。」「餃子よ。」「さっきハンバーグ嫌だって言ってたのに。」「餃子として作ったんだから餃子なの。」「お腹の中、肉臭くなるんじゃないですか?」「生姜もニラもニンニクも入ってるからいいのよ。」「じゃあハンバーグにも入れれば。。。」「それはハンバーグじゃないでしょ。」「なんでだよ。」 はじめは笑いながら青島ビールを飲んだ。 途中から紹興酒へ移り、輝も少しだけ付き合った。 スープ餃子もなくなり、巨大餃子もなくなった。「はー。食べた〜。」 はじめは椅子の背にもたれた。 輝の茶碗も空になっている。 しばらくして、はじめが鍋の中を覗いた。「……うーん。」「どうしました?」「なんか、もうちょっとだけ欲しい。」「まだ食べるんですか?」「ちょっとよ?」 炊飯器を開ける。「結局ご飯食べるんだ。」「餃子は餃子。ご飯はご飯よ。」「またそれだ。」 茶碗へ軽く白米をよそい、残ったスープをかける。 長ねぎと、餃子から出たわずかな脂が浮いたスープを、白米ごとさらさらと口へ運ぶ。「うん。これで終わり。」「最初からご飯食べればよかったのに〜。」「最初はいらなかったのよ。」「よく分かんないなあ。」「分からなくていいのよ。」 食べ終わると、二人で食器を片付けた。 はじめがシンクの前に立ち、皿を洗う。 輝が横で受け取って、水気を拭いていく。 二人で立つには、狭い台所だった。 肩が触れた。 今度は、どちらも離れなかった。「それ、まだ泡ついてる。」「え、どこですか?」「そこ。」「あ、本当だ。」「ちゃんと流してよ。」「はいはい。」 「はい、は一回!」 また肩が触れる。 けれど、さっきのように手を引くことも、会話が止まることもなかった。 狭いのだから仕方ない。 でかい男が二人、並んでいるのだ。 そりゃあ、肩くらい触れる。 だから、別に気にすることでもない。 ないのだけれど。 はじめは洗った皿を輝へ渡した。 輝が受け取る。 肩が触れる。 狭い台所も、今日はそんなに悪くなかった。