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お嬢様は結婚したくないっ! — www.pagemeku.com · All chapters

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「というわけで、|石垣《いしがき》さん。今までありがとう」

暗めの短い茶髪で高身長、学生服に身を包んだ男が、寂しげな笑顔で言う。

「|釧路《くしろ》くん!! そのっ!! もし!! 嫌じゃなかったら!!」

石垣と言われた長い黒髪の女学生は声を上げた。

ここで言わなかったら一生の後悔になる。

そして、多分一生彼に会えなくなるんじゃないかと。

「家で!! うちの家で!! 住み込みで働きませんかあぁぁぁぁ!!!!」

少しの沈黙の後、少女は釧路と呼ばれた男の返事を待つ。

そして口を開いて出た言葉は。

「その案、乗りました」

|釧路《くしろ》 |真幸《まさき》は苦学生である。

父親は幼き頃に、散歩に出かけたきり行方不明になり、母親が女手一つで育てていた。

食べ盛りの真幸と一人の妹を食べさせるのはなかなか大変だったが、慎ましくも幸せな家庭を続けている。

今日も真幸は学生カバンを持って学校へと歩く。

何の変哲もない公立の普通高校に通う真幸だったが、その至って普通の高校の前に黒塗りの高級車が停まる。

中から黒く長い、美しい髪をなびかせて降りてきたのは同じクラスにいる石垣家のお嬢様だ。

友人の話では、家の方針であえて普通の高校に通わせているらしい。

まぁ、自分には縁のない人種だと、あくびを一つして校門を通る。

「釧路ー!! 明後日から夏休みだってのに、今日も冴えない顔してんなー」

「なんだ、友野か」

「この美少女を前に、何だとはなんだ!?」

小学生時代からの腐れ縁の少女、|友野《ともの》が釧路に声を掛けてきた。

友野は、車から降りてスタスタ歩く石垣家のお嬢様を見る。

「おー、お嬢様。今日も可憐ですねぇ」

そんな他愛もない話をしながら、釧路と友野は教室まで歩いた。

授業を受け、学校が終わると、足早に釧路はバイト先のハンバーガーショップにまで歩く。

部活動はしていない。少しでも家にお金を入れるために働いているのだ。

肉と油の匂いの中で、汗水たらし、自分と同世代の人間が、学校帰りに店に寄るのを眺めていた。

不満が無いと言えば嘘になるが、自分にはこの生活しかない。

中学を出てすぐに働きたかったが、どうしても高校には行けと母親に言われて通ってはいる。

だが、特に青春らしいことはない。

夜の八時になり、バイトが終わる。本当はもっと働きたかったが、学校の規則だ。

「お疲れ様です」

そう言い残して、また家に帰るだけの日々。

夜空がやけに綺麗に見える七月の夜だった。

「ただいまー」

公営団地の扉を開けて、帰宅すると、いつもは夜遅くまで働いている母親が、何故か家にいた。

「母さん、今日は早いね」

そう声を掛けるが、暗い顔をしたままの母親。

「おかえり、真幸。あのね、話があるの」

嫌な予感がして部屋に行く真幸。中学生の妹もそこに座って待っている。

「母さんね、会社の経営不振でクビになる予定らしいの……。どーしよー!!!」

いまいち緊張感が無い言い方だったが、釧路は肝が冷える感覚を味わった。

そして、次に出た言葉は。

「母さん、やっぱ俺。高校辞めて働くよ」

だが、母親は声を大きくして言う。

「それはダメよ!! 真幸は心配しなくて良いから。失業保険もあるし、その間に次の仕事を見つけるわ……」

とりあえず。釧路はその日は夕食を食べ、布団に寝ころんだ。

寝付けなくて、机に向かう。

「退学届ってどう書けばいいんだ?」

独り言を呟いて、ノートを一枚破いて書いてみる。

「一身上の都合により退学します。こんな感じかな」

三つ折りにして、一番上に退学届とでかでかと書いてみた。

どんな事があっても朝は来る。

昨日までの平凡な日常は終わった。

朝早めに家を出た釧路は退学届を学生カバンに入れて高校までの道を歩く。

今日は夏休み前の終業式。どうせなら夏休みが始まる前に退学した方がいいだろうと。

校門を抜けて、カバンから退学届を取り出し、手を上げて青空に透かしてみる。

その瞬間、風が吹いて退学届は宙を舞って飛ばされてしまった。

慌てて追いかけた先には高級車が停まっている。

中から降りてきた長い黒髪お嬢様の足元に、はらりと退学届が落ちた。

釧路は近付いて言う。

「あ、えっと、すみません」

お嬢様はその紙に書かれた退学届の文字を見て目を丸くした。

「えっ、退学届!?」

「あ、いや、その……」

気まずい空気が流れたが、釧路は何かを言わなくてはと、言葉を出す。

「まぁ、親の都合で……。ってこんな事言ってもアレですよね、ははは」

急いで退学届を拾って学校へ走る釧路。

朝一番で退学届を出そうとしていたが、調子が狂ってしまった。

誰もいない教室で、釧路はうーむと退学届を手に持つ。

そんな教室のドアを、ガラッと開ける人物がいた。

「はぁ、はぁ……。釧路くん!!」

息を切らして走ってきたのであろう、お嬢様。石垣がそこに立っていた。

「石垣さん!?」

あまり話したことはなかったが、釧路は名前を呼んでいた。

彼女は釧路を見ながら、近付き尋ねる。

「あ、あの、親御さんの都合って……」

その漆黒の宝石のような目を向けられて、釧路は照れながら言う。

「え、えぇ。まぁ、親の都合って言うか、仕事クビになっちゃったみたいで。俺、働こうかなって」

石垣は口を手で押さえながら驚いていた。

釧路は気まずくなって、何となく謝る。

「えっと、ごめん。急にこんな話してもアレですよね。困っちゃいますよね……」

そう言って釧路は退学届を持ちながら立ち上がる。

「というわけで、|石垣《いしがき》さん。今までありがとう」

そう、釧路は、寂しげな笑顔で言う。

それに対し、石垣は声を上げた。

「|釧路《くしろ》くん!! そのっ!! もし!! 嫌じゃなかったら!!」

ここで言わなかったら一生の後悔になる。

そして、多分一生彼に会えなくなるんじゃないかと。

「家で!! うちの家で!! 住み込みで働きませんかあぁぁぁぁ!!!!」

少しの沈黙の後、釧路と呼ばれた男の返事を待つ。

次に口を開いて出た言葉は。

「その案、乗りました」