405. ゆったりしていたら
ゆったりしていたら
町に戻り、ロッソの邸宅で休むこととなった。ログハウスでそれなりに快適な無人島生活をしていたとはいえ、貴族の邸宅とは大きな違いがある。それはロッソの邸宅で思い切り実感することとなった。
「うわぁ、最高だぁ~……」
湯浴みをし、来客用の大きなベッドで横になり、思わずそんな声が漏れる。心からの言葉である。最高の寝具は人生を華やかに彩るのだ。
「良かったですねぇ、ヴァン様」
来客用の寝室でゴロゴロしていると、部屋に僕の荷物を運んでくれていたティルが笑顔でそう呟いた。それに、いやいやと片手の手のひらを左右に振る。
「ティルだって無人島で大変だったんだし、ちょっとゆっくりしたら良いのに。パナメラさんとアルテは一緒に湯浴みに行ってるよ?」
そう提案してみたのだが、ティルは僕の着替えをクローゼットに仕舞いながら、嬉しそうに口を開いた。
「私はヴァン様が嬉しそうにされている姿を見るだけで十分です。それに、無人島の生活も環境を考えたら信じられないくらい快適でしたよ?」
「えー、うっそー」
ティルの言葉に思わずそんな返事をする。信じられない。僕なら三日くらいゴロゴロしたいくらいだ。さぁ、引き籠るぞー、みたいなノリである。実際、ベッドの上に寝転んでからは動ける気がしない。
そんな僕の反応にティルは困ったように笑い、自分の胸に手を当てた。
「私たち使用人をそのように扱ってくださるのはヴァン様だけですよ? 本当に、恵まれ過ぎているくらいなんですから」
ティルはいつもの優しい微笑みを浮かべてそう言うと、鼻歌を歌いながら次の仕事の為に部屋を出て行った。こちらに一礼して扉から出ていくティルの姿を見送り、ベッドの上でゴロゴロと転がる。
「う~ん……」
唸りながら、ふかふかのベッドを堪能していると、お風呂上がりのアルテが部屋を訪ねてきた。
「あ、ヴァン様……?」
「おお、アルテ。ゆっくりしていってね」
ころころしながら返事をすると、アルテが首を傾げた。不思議そうにこちらを見るアルテ。
「……何をされているのでしょう?」
その質問に、仰向けで動きを止め、顔を上げてアルテの顔を見る。
「ちょっと考え事をしていて……」
「そ、そうなのですね」
こちらの回答にアルテは真剣な顔で頷き、静かに部屋にある椅子に腰かけた。ん? なにか話があってきたのだと思ったが、違うのだろうか。
「何か用事かな?」
そう尋ねると、アルテは頷いて答える。
「あ、はい。パナメラ様がヴァン様にお話があるとのことで……」
「え? お話?」
驚きつつ、ベッドの上に正座する。何となく、お話があります、なんて言われ方をすると姿勢が正しくなってしまう。
「……怒られたりしない?」
「それは、大丈夫かと思いますが……」
心配になって聞いてみると、アルテは困ったように笑いながら大丈夫だろうと言ってくれた。アルテが大丈夫と言うなら大丈夫だろう。
じゃあ、一緒に行こうかということで、アルテと一緒にパナメラの寝室へと向かった。ちなみに、寝室を出ると僕の部屋の外で椅子に座って警護していたカムシンが無言で立ちあがり、付いてきた。
「……カムシンも休んでて良いんだよ?」
「はい。ヴァン様の部屋の前で椅子に座って休んでいました」
「それは、休んでいると言って良いのだろうか……」
結局、カムシンをお供に引き連れて、アルテと一緒にパナメラの部屋を訪ねることにする。
「パナメラさーん?」
寝室をノックして名前を呼ぶと、中からパナメラが顔を出す。髪が濡れていて、布を巻き付けたような部屋着を着ただけのパナメラが姿を見せ、カムシンが緊張した様子で停止している。湯上りパナメラは未成年者には禁止にした方が良いかもしれない。
「よく来たな。中に入るが良い」
「へい」
男らしいパナメラの物言いに思わず子分っぽい返事をしつつ、パナメラの寝室に足を踏み入れた。後ろを振り向いてみると、外で背筋を伸ばして待機するカムシンの姿があった。中に入るのはアルテと僕だけのようだ。
パナメラに割り当てられた来客用の部屋も僕の部屋と同じ感じだった。恐らく、アルテも似たようなものだろう。大きなベッドと、丸いテーブルに一人用のソファーが二つという状態なので、パナメラがベッドに腰かけ、僕とアルテがソファーに座って向き合うような格好となる。
「さて、相談だ」
とても相談をしているような風ではない様子で、パナメラが言った。ちなみに、パナメラはベッドの上で片手を後ろに突き、足を組んで笑みを浮かべている。うーん、アメリカンドリームが気になる。
「相談?」
邪念を振り払って聞き返すと、パナメラは顎を引いて手のひらを上に向けた。
「そう。ヒュドラの首のことだ」
「ああ、あの大きな……」
あれがどうかしたのか。そう思っていると、パナメラは少し真面目な顔でこちらを見た。
「あのヒュドラの首。もし可能なら譲ってほしい。もちろん、金なら払うぞ。どうだ?」
パナメラがそう口にして、こちらの返答を待つ。それに、ほぼ考える時間を持たずに答えた。
「駄目です」
はっきりそう答えると、パナメラは目を丸くしてこちらを見て、すぐに噴き出すように笑ったのだった。