409. 驚かせるんじゃない
驚かせるんじゃない
お祭り状態で終わった表彰も終わり、泣きじゃくるティルをなだめつつ一日ゆっくり休ませてもらった。後一週間くらいはゴロゴロできるかと思っていたら、まさかの翌日の朝に速報が届いて呼び出されてしまう。
寝ぼけ眼で目を擦りながら準備をしていると、上機嫌のティルが僕の寝ていたベッドを整えながら口を開く。
「ヴァン様。まだ起きられたばかりですし、もう少しゆっくりしても良いかもしれませんよ?」
「え? 急ぎの用件っぽかったよ?」
「大丈夫ですよ。紅茶も淹れましょうか?」
「いやいや、流石にそれはダメかも」
いつも以上にのんびりしたティルのコメントに苦笑しつつ、準備を終える。
「急ぎみたいだからね。一応急ぎで向かうだけ向かおう」
そう言って寝室を出ると、ティルがニコニコしながら付いてきた。
「流石はヴァン様。素晴らしいです」
と、歩きながらティルが褒めてくれる。褒賞はまだ受け取っていないが、どうも表彰式を終えてからティルがずっと嬉しそうだ。かなり嬉しかったのかもしれない。
改めて、表彰式をやって良かったなぁ、なんて思っていると、廊下の奥からカムシンが走ってきた。シャツの色が変わるほど汗を掻いていて、明らかに剣の訓練をしている最中だったような姿である。
「ヴァン様! お出かけですか?」
カムシンは呼吸も荒く、肩を揺すりながらそう尋ねてきた。もしかして、窓の外から僕の姿を見つけて走ってきたのだろうか? 寝室は二階なのだが。
「ちょっと呼ばれたみたいだからね。訓練していたんなら続けてて良いよ?」
そう答えると、カムシンは首を左右に振り、背筋を伸ばした。
「いえ、すぐに着替えてきます。どこに行かれますか?」
「そう? 玄関の方だよ」
「分かりました!」
場所を教えるや否や、カムシンは廊下を走ってどこかへ消えた。朝から元気である。
「廊下を走ったら怒られないかな」
「大丈夫ですよ! カムシンはヴァン様の護衛ですから!」
「それもどうかと……」
なんでも僕に良い方向に考えるティルに苦笑しつつ、階段を下りて玄関へ向かう。すると、すぐに一階の奥から鎧を着こんだカムシンが走ってきた。どうやってそんなに早く準備を完了させたのか。
「は、早いね?」
「はい! いつでもヴァン様を守れるように準備していますから!」
「お、おお……ありがとね」
いつでも真っすぐなカムシンの回答に少し照れつつ、お礼を述べておく。
三人で玄関を出て、ロッソの待つ邸宅へと向かった。すると、そこには明らかに豪華過ぎる馬車が二台停められていた。どうみても王家の紋章である。周りには少し距離を置いて真っ白な鎧を着た騎士も数人立っているではないか。
「これは……」
驚いて馬車を見上げながら横を通り過ぎていると、馬車からニュッと顔が出てきた。
「あ、ヴァン子爵!」
まるで天使か妖精のような金髪の美少年が顔を出し、こちらに気がついてすぐに笑顔で名を呼ぶ。
「おお、ピスタ王子!? どうして、此処に?」
現れたのはピスタ・エン・ツォーラ・ベルリネート第五王子。まさかの王子様登場である。挨拶も忘れて驚いていると、ピスタはふわりと馬車から降りてきてこちらに振り返った。いちいち絵になる。
「久方ぶりですね、ヴァン子爵! 父……陛下からヴァン子爵が船を作っていると聞き、我慢できずに同行させてもらいました! あ! ヴァン子爵はその船で行方不明になっていたと聞きましたが、大丈夫だったのですか?」
ピスタは興奮した様子で話し始め、笑ったり不安そうにしたりと表情が目まぐるしく変わる。あれ? こんなに元気いっぱいだったかな?
「あ、はい。お久しぶりです。幸運にも、人魚に助けてもらって生還しました。今は改めて深い海を越えられる船を作る為に研究中ですよ」
笑顔で答えると、ピスタは目を輝かせて一歩前に出てきた。
「人魚ですか!? それは初耳です! まだ人魚は見たことが無くて……!」
嬉しそうにそう言って拳を握るピスタ。
興奮するピスタに苦笑して答えようとしたその時、ロッソの邸宅の方から音が聞こえた。振り向くと、十数名の鎧を着た騎士達がこちらに向かって歩いてきていた。そして、その後方からは二人の男の姿もある。
赤いマントを着た金髪の男と、皮肉っぽい笑みを浮かべて細身の男。ディーノ国王と、宰相のアペルタ侯爵だ。二人はこちらに気が付くと、真剣な顔で歩いてきた。
「あ、陛下。アペルタ様。お久しぶりで……」
挨拶をしようとしたところ、二人は立ち止まらず、目の前にまで来て揃って腰を落とした。視線の高さを合わせた二人は、ぐっと顔を寄せて口を開く。
「この馬鹿者」
「ヴァン卿、あまりにも軽率ではないですかな?」
二人は低い声でそんなことを口にする。それに、背筋を伸ばして返事をした。
「あ、は、はい……も、申し訳ありません……」
学校で怒られているような気分に……いや、会社で重役から直接怒られているような気持ちになり、冷や汗が流れる。
陛下は真顔で僕の肩に片手を置き、口を開いた。
「ヴァン子爵。我は卿を大いに買っている。だからこそ、他の者たちよりも自由にさせているし、卿の意見を無視することはないだろう。だが、自分の命を軽んじるような行動をとった時は別だ」
陛下がそう口にすると、アペルタが眉間に皺を寄せて深く頷く。
「ヴァン卿が思っている以上に、我々は今回のことを大きな問題だと捉えております」
「そ、それは、本当に申し訳なく……」
背筋を伸ばして誠心誠意謝ろうとしたが、アペルタは口の端を上げて邪悪な笑みを浮かべた。
「つきましては、ヴァン卿の保護者の御一人であろうエスパーダ殿に詳しく報告をしておこうかと……」
「ヒェ」
アペルタの言葉に、僕は息を呑むことしかできなかったのだった。
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