2話
2話
「母ちゃんは、父親のことが大好きだったから手放したんだって。父親はまだ若かったから、家庭に縛り付けるわけにはいかねぇからって、母ちゃんが親父を手放したんだって」 葛飾は、少し考える様子を見せる。「……俺の両親は、デキ婚じゃねえよ。ちゃんと恋愛して、それから結婚してる。お前ができたときには、親父はもうお袋と付き合ってたろうな。……お前の母親は、確実に親父の遊び相手で、捨てた相手だ」「でもうちの母ちゃん、親父のこと大好きで、今も他の奴と結婚せずに一人でいる。一人で俺のこと、育てた。多分今でも、好きなはずだ」「あんな奴に操立てて独り身かよ。言っとくけどうちの親父は、お前が想像する数倍最低だぞ」「俺のことも、親父に似てるから大好きなんだって、すげー大事に育ててくれた。母ちゃんは親父のことを守って別れて、俺は大事な奴との子供なんだって」「そう聞いて育ったのか」 おめでたい話だな、と葛飾が笑う。「お前の母親は、多分妊娠して捨てられた。俺の母親は、俺の親父に“選ばれたΩ”なんだよ。お前の母親は、親父に選ばれなかった。それだけだ」 葛飾にしてみれば、ちゃんちゃらおかしな話だろう。 父親は、遊んだ相手を捨てていた。葛飾の母親を残して、他に例外はない。 きっと俺も、何人もいる「捨てられたΩ」の子供だったということだろう。 母親は、ずっと噓をついていたのか。 何人もいる、遊び相手のうちの一人。 結局選ばれず、捨てられて、腹の中には俺が居て。好きな相手は、他に夢中な相手がいる。恥ずかしくて、悔しくて、誰にも相談できなかったかもしれない。 爺ちゃん婆ちゃん……親にはどう説明するか、迷ったはずだ。 そして結局、俺が爺ちゃんと婆ちゃんから聞かされて育った「娘の話」は作り上げられた。 日々父親に瓜二つな俺の顔を見て過ごす。年齢を重ねて成長していく俺はどんどん父親に似ていく。そんな俺を見ながら生活しなければならない母親は、辛かったはずだ。 無理矢理番にされて、他に結婚できなかったという可能性はないか。 ……いや、俺の母親のうなじに噛み痕は無い。葛飾の言う通り、本当に親父に操立てて独り身を貫いているだけなのだろう。 葛飾の話を聞く限り、父親は相当なクズだ。 そんな男の一体どこが好きで……いや、俺は本当に、母親に愛されているのだろうか。 普通に考えたら、恨んでいてもおかしくない。 自分を捨てた相手との間に生まれた子供のことなんて、純粋に愛せるはずがない。「お前は……お前の家は、幸せなのか?」 葛飾に聞く。「まぁ人並みには幸せだろ。親父とお袋が不倫だなんだで時々ものすげー喧嘩するけど、あの親は喧嘩しても結局元のさやに納まるようにできてんだ。弟も妹ももうでかくなって手もかからないし、毎日フツーに幸せだよ」 愛し合った両親のもとに生まれた子供。 葛飾は、父親と母親が両想いの末できた子だ。 俺とは、違う。「……親父さんに、会えるか?」「親父?帰りおせーし、無理だな。お前が俺の家に泊まり込むっつーなら話は別だけど」「……そうか」「会って何するつもりだよ。復讐とか?」「んなことは、しねぇ……」「じゃあ母親の方か?お袋にも何もしねぇって約束するなら、連れて行ってやってもいいけど」「危害を加えようなんて、思ってねえよっ……」 ただ。 母親からの愛を、信じられなくなった。 だから両親の愛の元に生まれた葛飾が、どんなふうに親から接してもらっているのか、気になった。 愛に大きさなんてもんは、ない。それでも葛飾と自分とは、違うのだと思い知った。「……ふーん。じゃあ片づけて準備しろよ」「なっ、なにが……」「行くんだろ。俺んち」 葛飾がカバンを肩に背負って、席を立った。 葛飾の家は、電車で向かった。小学校も、中学校も、区域が被らない。交流のある近隣の小中学校よりももっと離れている。これだけ離れていれば、今まで出会うこともなく育ってこれたのにも頷ける。「ただいま」 葛飾が玄関からどすどすとリビングへ向かって歩いていく。「おかえりー……って、帰り一緒だったのか?今日はずいぶん早いな。つかなんか、小さくなった?」 葛飾の母親が出迎える。 Ωらしいが、見たところ普通の男だ。 俺を目でとらえて、困惑したような表情でうーんと悩みだした。「なわけねぇだろッ。制服見ろ。同級生だよ。親父じゃない」「あっ……え?」「俺達のお兄ちゃん」 葛飾が親指で俺を指す。 お袋さんの俺を見る目が、凍るように冷たくなった。「……また、あいつの……」「そういうことだから。俺はお兄ちゃんと一緒に遊ぶから、部屋来んなよ」 葛飾が俺の腕を引き自室へと向かう。 部屋に入ると、ベッドと勉強机の他には、床に服や雑誌が散らかっている。「椅子とかクッションとかねーから、ベッドに座れよ」「あ……ああ」「飲みモン持ってきてやる。食いもんは、さっき食ったから要らねえだろ」「うん」 俺は床にカバンを下ろし、ベッドの端に腰掛ける。「ヤベー。お袋めっちゃ怒ってるわ。お前ほど似てんのは初めてだし、驚いたんだろうな」 飲み物を持って帰ってきた葛飾が、机にお盆ごと乗せた。「……怒ってるのか」「たりめーだろ。お前、見てくれからして十中八九親父の浮気相手の子だしな。あの夫婦は何回浮気されても、何回浮気しても懲りねーんだよ」「葛飾は」「何?」「親から愛されてると……思うか?」「は?」 葛飾がポカンとした時だった。