欠陥品 2
欠陥品 2
「ASD、アスペルガー症候群みたいなモノなんですが。人の感情が分からないとか、こだわりが強いだとか、忘れ物をしやすい、順序が組み立てられないだとかです」
そうなのかと松雪は思うが、どうにもそれが死にたい理由になる事が分からなかった。
「あの、失礼ですが、説明ちゃんと出来ている気がするんですけど……」
「はい、たくさん痛い目を見て身に付けたテクニックです。それでどうにか生きているんですが、もう限界です」
松雪は水晶玉に手をやる。すると、幼少期の小田の光景が見えてくる。
「小さい頃は、割と賢い子だと言われてました。自慢ではありませんが。大人の言うことをよく聞く、聞き分けのいい子だと」
そうだと思い出して小田は続けた。
「後は、何でも大人に確認して、了解を得ないと不安で仕方ない子供でした」
小学校だろうか、教室と、何故か小田だと分かる子供が居る。
「思えば、おかしかったのはこの頃からですね、僕は興味のない事は本当に何も覚えられませんでした。運動会の紅組か白組かさえ忘れていました」
そこまでなのかと、松雪は思う。小さい子供とはいえ、それぐらいは分かりそうなものだと。
「そして、発達障害の特性なのですが、整理整頓が出来ない、忘れ物をする。で先生から嫌われていました」
「そうなんですか……」
松雪はそう言ったものの、整理整頓や忘れ物など気を付ければいいだけではと思った。
「僕の机だけ『台風が来たみたいだ』ってよく言われてましたよ」
力なく小田は笑う。それは気の毒に思えたが。
「それと、チック症ってのがあって。例えば僕の場合は喉をならす、目をぎゅっと瞑る、口を尖らせて左側に引っ張るってのが多かったですね」
チック症、松雪は聞いたことがあったが、今の説明を聞いて、それもしなければ良いとしか思えなかった。なので聞いてみる。
「あの、小田さん。それをしないようにするって出来ないんですか?」
小田は少しもムッとせずに回答をくれた。
「確かにしないように気を張ればできます。ですが、僕達みたいな発達障害者にとってそれは、例えるならばまばたきを、目を閉じたり開いたりを意識してやるぐらい難しいのです」
「まばたきを……、ですか」
そう言われると理解できなくもない気がする。まばたきを自分でコントロールするとしたら相当疲れるだろう。
「チックをしないようにすると、それだけに意識が取られて、他の事が出来なくなるんです」
そこまでの事なのかと、松雪は驚くが、小田が大げさに言っているようには感じられない。
「このチックは親にも注意されました。僕をこんな風に産んだ親にっ!!」
初めて小田が怒りを|顕《あらわ》にして松雪はドキリとする。
「あ、すみません。僕にとって親は世界一憎い存在で……」
「えっと、親御さんと何かあったんですか?」
「何かと言うよりは」
そこまで小田が言いかけた瞬間、松雪の中にも感情が流れた。水晶玉のせいだ。
憎しみと怒りと、あとはやるせなさだ。
「親が!! 親が僕をこんな体に、こんな頭に産まなかったら!!」
吐き出すように、絞り出すように小田は言った。それを見て松雪はどうして良いかわからずオロオロとしていた。
「すみません、すみません……」
涙を堪えて謝る小田。
「いえ、大丈夫です……。お話の続き聞かせて頂けませんか?」
「はい、僕は小学校中学年ぐらいからイジメに会いました。空気が読めないとか、挙動不審だとか言われて……」
それと付け加えて小田は続ける。
「大人になって、発達障害のテストで分かったんですが、僕は判断能力が低いらしく、それで運動も会話も苦手で、それが原因でトロいって言われてイジメられてました」
「イジメですか……」
松雪も軽いイジメに会ったことがあるので苦しさは分かる。
「僕の机や僕自身には『小田菌』が付いていて、触ると死ぬだとか、無視されたり殴られたりです。後はチック症の症状で挙動不審だとか言われていました」
その時、松雪は水晶に手を触れていなかったが、怒りを感じていた。自分自身と小田を重ね合わせていたのだ。
「それで、僕は……、小学6年生ぐらいの時に、自傷行為に走りました」
自傷行為という単語が松雪の頭に思い浮かばなかったので、そうだと水晶に手をやる。
次の瞬間、松雪は「あっ」と思わず小さく声を漏らしてしまった。
「リストカットとか有名な奴じゃないんですけど、僕の場合は」
自らの目の中に指を突っ込む少年がそこには居た。
「目を突いたり、押したりする行為でした。当時は自傷行為なんて知らずにやっていたのですが、落ち着くのでやっていました」
松雪は絶句した。何の罪もない少年が、何故こんな事をしなければならないのかと、同時に流れ込む不安な気持ち。
「中学になって、イジメは酷くなりました。別の小学校から来た奴らにも僕の事は伝わり、イジメに加わるようになりました」
小田は松雪から目を逸らして言う。
「学校には行ってました、親にバレたくなくて……」
分かる、その気持ち。イジメられているという恥ずかしさで言えないその気持ちが。松雪には。
「中学の事は……、思い出したくないです。地獄でしたから……」
「分かりました……」
小田は少しだけ、重い表情を緩めて話を続ける。
「高校は、遠くへ行ったのでイジメは無くなりました。でもここでも病気のせいで……」
そこまで言って小田は俯く。病気がどうしたのだろうかと松雪は気になってしまう。
「得意な教科はいい点数を出せるのですが、苦手……、と言うより興味の沸かない教科が物凄く駄目で」
「俺も苦手な教科はありましたけど……」
そう言うと、小田はうーんと言った後に答える。
「僕は、数字をそのまま数字として認識する能力が無いみたいなんですよ」
どういう事だと松雪は思う。数字を数字のまま、意味が分からない。
「その、例えば1+1って問題があったら、普通の人は数字をそのまま数字として捉えて2って計算するらしいのですが」
「はい」
松雪はいまいちピンときていなかったが、生返事をする。
「僕の場合、頭の中に1っていう数字を思い描いて、それを頭の中で動かしてくっつけないと計算が出来ないんです」
どういう事だと松雪は考える。が、答えが思い浮かばないので正直に言った。
「すいません、いまいち分からないです」
「いいえ、良いんです。狂っているのは僕の方なので」
はぁっと小田はため息を付き、顔に出さないが少し松雪はイラッと来た。
「僕の場合、どんな簡単な計算も頭の中で描いた数字を動かさないと出来ないので、数学が物凄く苦手でした」
松雪からの返事が無いまま、小田は語り続ける。
「それで、大学へ行くのは難しかったので、短大へ行きました。短大での出来事は……、あまり覚えていないです」
「そうなんですね」
そして小田は苦しそうな顔をして話しだした。