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執行人 1

サハツキ -死への案内人- — www.pagemeku.com · All chapters

執行人 1

目が覚めると松雪は椅子に座っていた。

最初に目に飛び込んできたのは白い布。

やがてそれは大きなテーブルを覆っているテーブルクロスだという事を知る。

当たり一面には真っ白な空間が広がり、テーブルの向こう側には人が座っていた。

「はじめまして、|松雪総多《まつゆきそうた》様ですね」

状況は飲み込めないが、完全に目は覚めた松雪は抑揚のない声で話す女性をジッと見た。

その整った顔立ちと、病的なまでに白い肌は作り物の様に美しく、体を流れるのは赤い血ではなく白い血か、そもそも血が流れていないんじゃないかと松雪に思わせた。

全てが白い空間で、彼女の黒いドレスだけが浮かんで見えるようだ。10秒程の間を置いて松雪は言葉を絞り出す。

「はい」

そう返事をするので松雪は精一杯だった。この女は確かに美人だ、テレビで見たことも無いような完成された美しさだ。

それ故なのか不思議な感情が湧く。

松雪は目の前の女が口を動かし、話し、瞬きをしていても、人間だと思えなかった。

抑揚のない話し方も相まってか、作り物のマネキンが話しているような不気味な感覚だ。

「私は『サハツキ』と申します。分かりやすく言うならば死への案内人です」

松雪はそこで自分は変な夢を見ているのだろうと思った。

しかし、椅子に座る感覚、テーブルクロスの感触は現実のそれとまったく変わりがない。

これが噂に聞いていた現実のように感じる夢『明晰夢』なのかと一転、妙に冷静に考えていた。

「松雪様はこの度『執行人』に選ばれました。おめでとうございます」

真顔を少しも崩さずに、サハツキと名乗った女は松雪に祝福の言葉をかける。

これは夢だと思った松雪は口内を少し強めに噛んでみたが、痛みを感じるだけで夢は覚めない。

松雪の事情も心情も関係ないとばかりに女は話し続ける。

そして、その中に興味を惹かれるものが1つあった。

「松雪様は条件を満たせば、苦痛を受けずに死を迎えられる権利を受け取ることが出来ます」

死という言葉が魅力的に松雪の頭に響き渡り、女の顔を見つめ直す。

しかし、条件と苦痛を受けずにと聞いて頭に思い浮かんだ事がある。

インターネットの掲示板や質問サイトで楽な死に方を聞いている者に対して「寿命まで生きて老衰で死ぬのが一番楽な死に方だ」と言い放ち、自分は良い事を言ったと思い込んでいる勘違いの愚か者共だ。

この夢は説教臭く自分にそれと同じ事を言うのではないかと

「松雪様には私の代理として、『待ち人』と呼ばれる死を望む人間を5人、死へと導いて頂きます」

サハツキが言う言葉は松雪の想像とはかけ離れていた。

死へと導くとはどういう事だろうか。

松雪は頭の中では饒舌だったが、もともと口下手な事と、サハツキという女の妙な貫禄と、この白く目に優しくない空間に圧倒されて言葉が何も出せない。

少し、息苦しさも感じていた。

松雪は深呼吸をした、普段は無意識でやっている呼吸が上手く出来ない。

そうだ、あと5秒数えたら質問をしようと決める、しかし何を聞けばいいか。

「何をすれば良いんですか」

それを言うのが精一杯だった、松雪が必死に出した言葉にも表情1つ変えずに淡々とサハツキは話し続ける。

「ここには松雪様と同じく、死を望む者が訪れます。その者たちの中から5人に死を与える事。それが、松雪様にお願いしたい条件です」

「それは……」

真っ白な空間の視覚的なものだろうか、それとも頭が追いついていないか、そのどちらもか、松雪は目眩で頭がくらくらしていた。

「私は死への案内人であり、直接人の命を奪うことは許されていません。ただし私に助力下さり、条件を満たした方のみ苦痛なく死を与えることができるのです」

サハツキが何を言っているのか半分も理解が出来なかったが、松雪は必死に頭の中で次の質問を考える。

「あの、その、もっと詳しく教えて下さい」

人を殺すことはしたくないが、苦痛のない死というものは松雪にとって甘美な響きだった。

もしかしてこれが自分の惨めな人生を終わらすための最後のチャンスなのかもしれないと。たとえ夢だと思っていても聞かずにはいられない。

「はい、簡単な条件です。ここには松雪様と同じく死を望むものが訪れます。彼等の死を望む原因と死への捉え方を聞き出して下さい。私にはそれが出来ませんので」

要はカウンセラーのように死にたくなった原因と、死をどう思っているのかを聞けということかと、時間を掛けて松雪は理解が出来た。

だが、どうやらまだ続きがあるようだ。

「彼等の考えを松雪様が充分に聞き終えた時。首元に黒い手形が浮かび上がりますので、そこに手を置いて彼等の首を絞め殺して頂きます」

この女は何を言っているのだろうと松雪は思った。自分に人殺しになれと言っている、しかも自分の手で他人の首を絞め殺せと。

馬鹿げていると思った、夢は自分の潜在意識だと聞いたことがある。ついに自分は頭がおかしくなって無差別殺人をするのだろうか。

動機は「夢でお告げがあったから、死ぬためにやった」だ。

だが、確かに精神鑑定で引っかからなければ、れっきとした異常者、殺人犯として死刑になるだろう。

「ご心配召されませんよう。この空間は人の世とは隔離された場所です。ここで何が起きようとも誰もあなたを罪に問えません」

「手も乗せるだけです。後は勝手に力が入り絞め殺しますので、難しいことはありません」

松雪は今すぐこの場から逃げ出したいと思ったが、どうにも体が動かない。

金縛りとは違う。

想定外なことが起きてオロオロと何をして良いのか分からない感情だ。