嘘を囲むテーブル2
嘘を囲むテーブル2
夜の統べる都とはよく言ったものだ、と私は一人ほくそ笑む。 この国の北部に位置する王都は、常に夜であると言われていた。それは、いつ、 何時 ( なんどき ) に放した鳩でも、必ず「こちらは夜です」という類の文面から始まる書物を持ち帰ったからである。また、実際に直接王都を訪れた者達も、口を揃えて「街に近付くに連れ、夜が空を包んだ」と言ったという。 それに引っ掛けて、民を守らぬ力、という意味を持たせ、夜の統べる都、と諸州は囃し立てた。 そしてそれでいて、私のような者に寛大な理解は示さなかった。ここに居る誰もが、理由こそ違え、同様に国家を憎んでいた。――もっとも。大半は、単なる逆恨みであると、私は推測していた。『権力』を独占する国家を、疎んじているだけの者が多いのは確かだった。待っていれば自分達に得られるのは、死それのみである。と、いう事情から、ほぼ全員が今回の作戦に賛同した。 それにしても、我々のような者達にまで(むしろ、だからこそ、か?)支持を得られぬとは。国側にしてみても、はなはだ心外であろう。 それはそうとして、目の前の話は終焉を迎えそうな雰囲気。 ゼダスが、牢の床上に、一本の剣を突き立てたのだ。 本当に狡猾な男だと思った。この三日間でできることはすべてやった、という言葉のチョイスも含めて。 一同は、彼の次の言葉を待った。ごくり、と誰かが喉を鳴らす。「俺達は『自由』だ。この策も、きっと上手い方向へ向かう」 彼は一度俯いて、面々を見回した。 俺の忠実なる配下だからだ、と結んで、彼は剣を掲げた。 よし! と誰かが声を発す。やるか、もうこれ以上は面倒臭え、と次々に頭達が言を紡ぐ。文句にしか聞こえないのはきっと気の 所為 ( せい ) だろう。と私は考え、階上へ向かって踵を返した。「各自、自らの隊へ伝達! 決行は明後日だ!」 背後で一際大きく、伝令。 私は、黙考した儘、自らの房を目指した。 あの男は。 四十人の兵隊を引き連れた、高名な山賊だった。 不溶 ( ふよう ) のゼダス、の二つ名が示す通り、誰に対しても恐れを覚えず、また冷淡だった。 ここに来た折、彼自身が私に語ったことがある。 人は、恐怖ではなく恐怖した者に衝き動かされるのだ、と。もっともだ、と考えていたのが記憶に新しい。 ここに居る者にとって、彼は絶対だった。そしてそれがゆえ、彼に 違背 ( いはい ) する者は居なかった。賛成する者が居なくても、人は周りに縛られてことを成す。それがよいか悪いかは問題ではない。この場合。 そして今もまた――。 彼は他人の手柄を褒め、自分が決意するスタンスで先を促した。上手い。のか。単純なのか。私は、自らの任をまっとうするだけだ。そう 沈思 ( ちんし ) して、階段に足を掛け――肩に痛みを覚えた。「ルイセール」 ゼダスは、こちらを見て笑った。「今回の作戦はお前が鍵だ――『禁呪』使い」 彼の言に、ぴくりと眉根が反応したのを、自分でも実感できる。「そう恐い顔をするな。俺はお前が気に入ってる」 目の前の男は、二・三度こちらを叩いて、さらに階下へと消えた。 ふん――。と鼻が独りでに鳴る。 私をそう呼ぶなとは何度も注意を促したが、あの男はまったく学習しない、しようとしない。 自らの尺度を持つ者の、典型的な例だ。 だが、私には、彼がなぜにそうするのかを知る必要があったので、今回は特別に見逃すことにした。あの男のやり口には。注意を払っておかなければ、いずれ甚大な被害をおよぼす。少なからず、そんなふうに私は思っていた。 なぜなら――。 彼は、この国で最も厳格である筈の、この牢の番兵を味方にできる機転があるのだから。私は、一人顎に指を当てた。 コルゴラバテは。丸ごと彼に買収された。毎回の戦果の半分を、兵士どもは受け取っていた。それでも、我々は充分に私腹を肥やせた。なにをどうやったのかは、私は知らない。そして、当り前のように我々は(六百二十二名は)自由を約束された。 今は私もその一員だ。 少なくとも、他人を守るための『力』でさえ罪とする、侯国よりは。 こちらが、よい。 罪状二十人殺し。そして家屋九棟の破壊。 それがつまり、アセドアと。トキシトラという両者だった。 特に口にするのも煩わしい前者に至っては。生きた儘苦痛を与え、老若男女の区別なく命を奪うという、愚行を生業としてここへ来た。 デザーテアの一室。我が隊の副長を任せている、デュゼという男の部屋だった。 要するに死刑囚といっても内容はさまざまで、この男のように公的資金の着服といった度重なる 些事 ( さじ ) でここに放り込まれた者もいる。額が額なだけに決して笑える話ではないのだが、それにしても両異常者とは雲泥の差である。 彼は、締まりのない表情をさらに崩して、へえ、と声を発した。ここを出たらもう一度パン屋を開くのだ、と意気込んでいたのだが、すでに遠い過去のことのように感じられる。 彼は、もう一度こちらへ確認を取った。「つまり、命令があるまでは好きにしていていいんですね?」「そうじゃない」 と私は繰り返した。 何度言えば分かるのだ、と前置きをして、「敵兵が着くまでは、住人の監視。そして待機だ」 こちらの声に、彼は 漸 ( ようや ) く理解の色を示した。そう伝えます、と背後の三人へと片手を振る。 彼らは、一様にその場を発つと、それぞれが別々の方向へと走った。へえ、とまたデュゼが口を開いている。 ふう、と溜め息を吐いて、私は額に指を当てた。彼は(一般人の常識で測っても)善人と呼んでいい人柄を有していたが、こういった事態に於いて、少々理解力に欠ける。対応力と判断力にもだ。 私は、自らの率いる部隊――五十名弱――が、よくも今まで失態を晒さなかったと、ほとほと感心した。 いや、と再度逡巡。 ほかの部隊の後片付けを任されていたのだから、それも納得のいく話だ、と二度ほど 首肯 ( しゅこう ) 。 まったく。運のいいことこの上ない。 そんなこちらを尻目に、デュゼは両手をぽん、と鳴らした。「隊長が居りゃあ、我々も大船でさ!」 こちらを鼓舞している心算だろうが、実は私の隊に単刑でここに放り込まれた者が居ないのは、私とゼダスだけが知っている。 ここへ来た当初、私の素性を知ったゼダスが、巻き込まれても支障がない人間を選択した結果である。私の『火』に。 そんなこちらをまじまじと眺め、デュゼは心配そうに表情を変えた。「隊長。アセドアの旦那とまたなにかあったんで?」 二・三度首を左右させ、彼の言を否定する。もっとも、私としてはすぐにでもなにかあってもかまわない。 焚殺 ( ふんさつ ) することができるなら、ほかのすべてを放ってそうしたい気分だった。常に。 だがゼダスは、アセドアを重要な戦力として認識していた。ここへ来る前、一度「アセドアが居ない」と彼に進言したが、「腕を錆び付かせたくないんだろうよ」 と一笑された。 仲間は減ったら困るだろう、と食い下がってはみたが、「奴は一人で百人は 殺 ( や ) れる」 と再び無下にされた。 なんにせよ、私は奴が嫌いだ。顔も見たくない。金輪際。 奴の爬虫類を連想させる眼を思い出して、私は床を叩いた。「だ……旦那……」 とデュゼが代わりに反応する。 私は、忘れてくれ、と彼に返して、その場に膝を立てた。 その時だった。 不意に階下で悲鳴が上がった。 なんだ! とデュゼと顔を見合わせ、急いで表へと足を走らせる。 独房の壁に。 まだ若い、女性の死体が貼り付けられていた。「畜生! あの野郎!」 と赤い巻き髪が声を荒げる。トキシトラだ。どうやら『贄』は彼女の部隊の者になったらしい。「殺してやる!」 そう叫んで、別の一人が剣を掴んだ。 その夜遅く、もう一つの死体が鉄扉に飾られた。