嘘を囲むテーブル3
嘘を囲むテーブル3
この村が駐屯地として選ばれたのは。 とどのつまり、脚環鳩の居らぬ村だったからだ。もう少し付け足すのならば、アルツォネルゼに四半日と近く、また、深い森に覆われているからである。 村の人口も百人足らずと、酷く閑散としている。 ここよりも多くの木々を有する場所といえば、 夜都 ( やと ) か大陸の東端ぐらいしかあるまい。 私は、暗闇にひっそりと身を潜ませた。 隣でデュゼが同じような仕種を見せるが、私は声もなく彼を制した。 あとは、ゼダスからの指示を待つだけである。 ぐしゅん、と後方からくしゃみが聞こえる。緊張感もなにもあったものじゃない。と私は呻いた。 デザーテアを発って早二日。部隊は、人気のない寒村を目指した。当初の予定通り。 それは、我々の城からすれば、半日の半分行き過ぎた場所であったのだが(つまり王都に近い)、計画上、ここは重要な拠点として扱われていた。 ゼダスは、わずかな兵をコルゴラバテに残し、我々を率いて森へ進行した。 現在、村では人々がその身を拘留されている頃だった。「隊長」 デュゼが、辺りを気にして声量を抑える。「我々の仕事はなんなんですかね?」 彼は自らの置かれた状況に、疑問を抱いているようだった。 私にしてもそれは同様だったので、知るか、と小さく声を発する。 この村は。 客観的に見ても、大したポイントではなかった。 まず、王都との連絡も取れず、なにかあった場合、アルツォネルゼまで早馬を要した。 次に、人口も少なく、兵力を募ろうにも農民、もしくは炭坑夫しか居ない。 休む、という用事がなければ、無視しててもなんら影響はない場所だった。 それにしても――、と私は呟く。 ここより北の王都では、さらに見通しの悪い森が広がっている。一体、ゼダスはそれらをどうする心算なのか、と 訝 ( いぶか ) る。 脚環鳩の発着場となる『 報 ( ほう ) の 社 ( やしろ ) 』よりさらに半日。磁気の狂った地と岩肌の露出した足場が、鉄壁の盾となって外敵の侵入を阻む。おまけに、二千を越える騎士団も付いてくる、と我々にはかなり不利だ。 だが私は、思考を中断した。 あの男はやると言ったらやる。いいか悪いかは別として、それなりの策は用意している筈だった。 遠くに、大きな鐘の音。 村を、陥落させた合図だった。 少し痺れた両足で、強く足元を踏み締める。「行くぞ」という自身の声に、五十の兵隊が続いた。 悲鳴。驚愕、困惑。背後で、数人の部下が倒れた。 なんだ! とデュゼが辺りを見回す。 ――すぐに。理解した。「アセドアアアッ!」 と私は叫ぶ。 応えるように、二条の光。またも背後で、苦鳴が聞こえた。 振り返るこちらの視界に、首元を裂かれた二者の死体。鋼糸? いや、絶命までは一瞬だ。私は、部下の防具を剥ぎ取った。予想通りに、口蓋から脳天へ、ぽっかりと穴が開いている。 わざわざそのあとで、首を切って 退 ( の ) けている。私は、憎悪に満ちて、奴を探した。こんな時にまで――。私怨で部下を巻き込むのか。 仲間が次々と倒れ、折り重なるように山を 成 ( な ) す。 それともただの趣味か? 私は、彼に対して声を荒げた。「出てこい! この場で決着を付けてやる!」 だが辺りの木々に、私の声は空しく霧散し、溶ける。 村へ! とデュゼが促した。 ゼダスに報告を! と私が付け足す。意味はないかもしれぬ。あの男は、この変質者を高く買っている。 部下達が次々に森を抜け、私は 殿 ( しんがり ) を務めながら、それに続いた。 なんだ? なんだこの光景は? 私は村を 瞻望 ( せんぼう ) して驚愕した。 よお。遅かったじゃねえか、とゼダスが笑う。 殺戮。の……臭い。 私は激昂してゼダスを問い詰めた。「なにをやっているっ! ゼダスッ、作戦が違うではないか! この村は! この村は武力を持たぬ! 人々を捕らえ、自由を禁じ、それで終わりではなかったのか? 我々の留まる間のみ、ここを根城とするのではなかったのか!」 襟首を掴んで、私は呻いた。「なにを甘いことを言ってるんだ、ルイセール。万が一、情報が外へ漏れてみろ? 俺達は志半ばで国の奴隷だ。いいのか? 白 ( しろ ) の 主 ( あるじ ) に報復ことができなくても? 俺だって好きでやってる訳じゃねえ。すべてはお国のためさ。――今の国家を打倒ことが。この国の、人々のためになるんだ」 にやり、と下卑た笑みを作り、ゼダスはこちらの肩に手を置いた。「お前は、非情な、その上、冷酷な 白 ( しろ ) の 主 ( あるじ ) を。俺はこの国そのものを。それが互いのためになり、しいては未来のためになる。その目的の一致で、俺達は共同戦線を張っている。違うか? 相棒?」 ゼダスの手を、払う。 目的の一致だと? 私は、こんな惨状を望んではいない。 革命に血は付きものさ、とゼダスは意に介さない。もう殺しちゃえば? とトキシトラ。 彼女の方に一瞥をくれて、私は村へと歩を進めた。 人々を惨殺したのはこちらと同格の、名も覚えていない男だった。ゼダスから任された五十の兵が、彼の指示の元、村を片っ端から血で染めていた。 そろそろだな、と背後で長の声。 またもトキシトラが合わせて笑う。「殺せ。奴らも」 ゼダスは、自らの直属に命令。 私がその場で振り返ったのと。私のあとに続いていた数名の部下が振り返ったのと。本隊二百名が矢を放ったのは、ほぼ同時だった。 その雨が止む頃、トキシトラとその配下五十名が、村の別隊を強襲。 嗷々 ( ごうごう ) と惨殺が繰り返され、 肝膾 ( きもなます ) に造られた『仲間』が倒れる。 私は。私の部下達は。 呆然とその光景に目を奪われた。「まあ役に立たねえ連中だったし、丁度いい」 ゼダスは、私の傍へと歩を進めた。「お前とは違って、奴らは無能だ」 ぽん、と私の肩に、手。 こうでもしないとほかの足を引っ張り兼ねない――。それに――作戦でも使う。光栄だろう。 それらの言葉に、「そんなことは聞いていない!」と私は叫んだ。 出し抜かれたのは明々白々だった。 我々が森で息を潜める間、彼らは嬉々として村を襲った。だがそれはいい。事前に聞かされていたことであったし、多少の変更も認めよう。しかし。 無辜 ( むこ ) の人々を手に掛けるとは聞いていないし、苦慮の一つもなく味方を裏切るとは何事か。あまつさえ、私の部隊にまで火の粉を飛ばすとは。 否――。 火の粉などと可愛いものではない。 一括 ( ひとくる ) めに敵と味方を 撃殺 ( げきさつ ) し、 鯨飲馬食 ( げいいんばしょく ) に生を喰い散らかす。 喘鳴 ( ぜんめい ) すら上げずに世を去った者達を、彼らの無念をなんと 暁悟 ( ぎょうご ) する? 少なくとも、七名が彼の手に掛かり、十名が傷を負った。 私の部隊は。貴様にとって『都合の悪い』部隊は、その戦力を激減させられた。いざという時に寝返るとでも踏んだのか? ほかに比べて実行力を削ごうと考えたのか? 悪魔に魂を売った者よ。己が野望と 兌換 ( だかん ) に他者の明日を捧げた者よ。ここはお前の居るべき場所ではない。 私は、自らの懐に手を入れた。「ルイセール」 ゼダスは、再び私を 宥 ( なだ ) めた。「お前の気持ちは分かる。だが聞け。ここは戦場だ。誰もが明日を望み、未来を勝ち取る場所だ。そのために、あの五十人は命を捨てた。不要だった。金のみに価値を見出す輩は。そういう連中を集めたんだ。王都との決戦に、私利私欲は要らぬ。違うか?」 見え透いた嘘を。 ならば私の部隊はどうなる? なぜ 碌 ( ろく ) に剣も振るえぬ連中が殺されたのだ? それも『誰か』の陰謀によって、だ。「アセドアに会わせろ」 と私は言った。 奴は七日前から姿を消していた。この作戦が始まってからも、行方は 杳 ( よう ) として知れない。奴の部隊は、指揮する者を欠いた儘、進軍を続けている。 私を裏切っていない証拠に。奴と会わせろ。 こちらの言に、ゼダスは低く声を殺した。「俺も知らねえ。奴は独断で我々に同行している」 ふん、と私は踵を返した。次に同じようなことがあれば、お前らを敵と 見做 ( みな ) す。 口ではそう言いつつも、すでに私の心はこの一団から離れつつあった。「ようし、合流だ」 ゼダスの声が、酷く 恬淡 ( てんたん ) に聞こえる。 彼の命令に、五百を越える囚人が集まってくる。 頭上を薙ぐ 風巻 ( しま ) きが、 細雨 ( さいう ) を死者達の骸へと運ぶ。程なくして強くなり始めた冷雨は、利刃と化して我が心を切り裂いた。いつまでも――そう、いつまでも。