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嘘を囲むテーブル4

ゼドウィックに花束を — novelup.plus · All chapters

嘘を囲むテーブル4

「風邪引きますよ」 とデュゼの声で、我に返る。 八千草 ( やちぐさ ) を赤く染める血涙を尻目に。 私は、火の 熾 ( おこ ) された家屋へと入った。「明日にはすぐにここを発つそうで」 デュゼは、温かいカップをこちらに手渡した。 そうか、と返し、ふと仲間の死を振り返った。 湮没 ( いんぼつ ) してしまっている。すでに過去に。 慣れてしまっているのだ、と私は憂いた。 遂先ほどのできごとなのに。忘れてはならない犠牲である筈なのに、と呻く。 月明かりがいかに艶やかであろうと。 驟雨 ( しゅうう ) がいかに 幽遠 ( ゆうえん ) であろうと。決してなくしてはならぬものなのに。 私は。なにを求めているのだ? 心の声に自らで深く頭を垂れる。それは、本当に他人の命に勝るものなのか? 出る筈のない答えに、私は 愁苦 ( しゅうく ) した。 駄目だ。深く考えては。それは彼らの死すら無駄にする。強引ともいえる判断を下し、私はカップを傾けた。 鈍色 ( にびいろ ) の心臓と、 葉鉄 ( ようてつ ) の仮面。それが、今は必要と思われた。「お時間です。ルイセール殿」 デュゼよりさらに入口に近い位置で、声が上がる。その主は見たこともない、外貌十七・八といった若者だった。 今行く、と私は返し「あとを頼む」とデュゼに仕事を一任する。怪我人や、調子の優れない者の看護である。無理もない。目の前で同胞が 屍 ( かばね ) になったのだ。私の隊は、その半数が戦意を喪失していた。人を殺してデザーテアへ来た連中は一人も所属していないので、あれだけ鮮烈な亡骸を見たことがある者は、居ないと言えた。 私は迎えの若者を促すと、一度だけ自らの配下を眺めて表へ出た。その際、 佩帯 ( はいたい ) していたブローバをデュゼに預けて使いに続く。「早目に目的地へ連れていってくれ」 相手を気遣い、告げる。端的に。 最も大きい家屋か、村の中心に当たる屋根を目指してもよかったが、できるだけ彼の役割をまっとうさせてやりたい。ここで自身が招集に遅れるようなことになれば、ゼダスのことだ。きっと足手纏いの烙印を押して『贄』に指定するだろう。目の前の青年は、静かな足取りで、私を村の一角へと導き、 磔刑 ( たっけい ) 。 彼の首は、事態を把握せぬ儘、地を転がった。自らの頭部へと別れを告げた胴体が、数瞬遅れて、土を抱く。 来たか――。 私は、ちっと舌打ちをした。こんなに早く仕掛けてくるとは。少々予想外であった。奴を誘き出すためにブローバを置いてきたのだが、もう少し人気のない場所だと思っていた。 あらかじめ用意していた短剣を抜く。懐から。 間を置かずに金属音。二度続けて。「アセドア!」 私は、声を上げた。二人切りで決着を付けよう、と口を開き掛け、再び防御。同時に、刃の薄い短剣に、 罅 ( ひび ) が走る。 ちっ、と二度目の舌打ちを敢行、ついでに疾走。村の外へ。 後方から、私の行く手を遮る軌道で、追撃。地を穿ち、『それ』は砂を巻き上げる。派手に。 鉄の。「錘か――!」 私はものを 睨 ( ね ) め付けた。驚嘆に値する。 これならば確かに脳天に穴を開けられるが……。「こんなものを何十本と持ち歩いているのか――!」 否。いくらなんでもそれは考え辛い。 仕掛けてある。 直感的に、私は思った。 あらかじめ人目に付かぬように、隠しているとしか思えない。ストックを。 私は、できるだけ見晴らしのいい地形を目指した。 なによりも意表を衝かれたのは、アセドアにこれだけの腕力がある、ということだった。彼は、見た目にも、決して突出した体格ではないし、どちらかといえば細身な部類に入る。そして、刃物での殺生を主としているため、こういった類は、考えに入っていなかった。 頭上から、錘。 今度は、こちらの肩当てを掠める。怨恨の一撃。強かに背中を地面に打ち付け、私は転がりながら地を蹴った。 頭上の枝が、二・三度揺れる。 そこか、と思ったのも束の間、今度は背後で(元々目指していた方だ)煙が上がる。土砂の。 錯乱が目的か。それとも恐怖に歪む表情を見たいのか。敵は、わざと狙いを外した。 仄かに明るい村の方角が、一瞬闇で閉ざされる。 そして――。 それは、歪な影として、我が前に現出した。「……アセドア」「お前は実によい――」 私の言に被せるように、声。「ゼダスも、なぜお前を切り捨てるのか――」「違うな。少なくとも、今回はお前の独断だ」 私は、やり返すように否定。迅速かつ注意深く、地に 屹立 ( きつりつ ) する錘を抜く。 ゼダスの弁解を鵜呑みにする心算はなかったが、なぜか、今は確信に満ちている。「お前は――」 と開口。続きを喋らせてくれる訳もない。 二条の光。ただし先ほどよりも狙いは的確。「愚鈍だな。アセドア」 わざわざ神経を逆撫でする言葉を選ぶ。この距離での攻防では、口を開く行為は自殺のそれに等しい。折れ飛んだ木々の枝が、遠くの地面で音を鳴らす。 衣服の裾も、多少ではあるが巻き添え。 動悸が早まり、摩滅する神経に拍車。 だが。 と私は再び開口。「お前とは今日でお別れだ」 相手の顔が引き 攣 ( つ ) るのが見える。一瞬ではあるが。 自身は、右半身を引いて腕を遊ばせた。次の一手は、死に物狂いで 躱 ( かわ ) す。 呼吸のペースを知られぬように、閉口。肩を成るだけ静止させる。 刹那。 左下から視界を覆うように、黒。蹴り上げた砂――と認識し、決めていた通りに前屈。その一連で、投擲。 短剣は、舞い上がった砂を煙幕にし、対象を目掛けて飛翔。 ぎゃっと短い悲鳴を導くに至った。 ついでに、拾った鉄塊を返却。ありがたく受け取れ。 こちらも手応えを感じさせるが、辺りは静寂。ただ一度だけ短く 叫喚 ( きょうかん ) 。 釐正 ( りせい ) してやる、と私は駆けた。人格、価値観、嗜好から望みまで。すべて、やり直させてやる。だが夜の闇に、敵は居なかった。「 気憎 ( けにく ) しルイセール。その首確かに奪い取る。それまでは、摂生しておけ」 闇が喋った。