嘘を囲むテーブル7
嘘を囲むテーブル7
察してか、そうでなくか、ゼダスは再び笑い声を上げた。「かはは! これからが本番だ! 忙しくなるぞ、まずは頭目を収集し、それから作戦 考量 ( こうりょう ) だ!」 ゼダスの笑いは、ひたすら不快であった。が、そのことには触れず、彼と道のりを同じくした。また『あのようなこと』があっては困る。迎えに来た若者が、意味もなく首を 刎 ( は ) ねられるのは、うんざりだった。アセドアは、今は姿が見えないが、いずれその空腹を満たそうとするだろう。そうなる前に引導を渡してやりたいが、今は、ゼダスに付きしたがって街並の一角に歩を進めた。早目に会議を終えて、警戒に移りたかった。危険に晒される者も居なくなる。 街で、最も大きな建物に、六人が集まっていた。サディストと昨日世を去った一人を除いて、全員が集結したことになる。バグバレスとフィルモルーニも(誰が誰だか分からないが)部下に任務を任せて、招集に応じている。 トキシトラが一行を促し、我々は元は酒場だった建物の羽扉を開けた。 ゼダスを中心に、六つの隊の頭目が腰を下ろす。 一団を統べる者の開口を待って、口々に称讃の声が上がった。「ようこそ」 とだけ口にしたゼダスは、 一頻 ( ひとしき ) り騒音が収まってから「アルツォネルゼへ」と締めた。再び、歓声。隊を取り仕切る者達だけあって(といっていいものかどうか)、たった六人で、万の兵士に勝る喧騒である。 両手で応えて、ゼダスは続きを発した。「ここからが今回の肝だ。皆、本腰を入れて戦ってほしい」「もちろんだ!」 赤ら顔の、男。彼がフィルモルーニだろうか。先ほども見掛けた。「さて、本題から話そう。昨日の件を覚えているか?」 ゼダスの言に、私は眉根を顰めた。村が一つなくなったのだ。忘れる訳がない。さらに、五十人の仲間が巻き添えとなった。消そうとしても消えない記憶である。「尊き犠牲に感謝を――」 わざとらしく、天を仰ぐ。皆一様にそれに倣うが、口の端はひく付いている。馬鹿馬鹿しくて、私は無視した。そんな心情を表すかのように、右手の爪が、手の平に食い込む。 我乍 ( われなが ) ら、自制が利かない。血が滲んで、やっと、我に返った。他者に見えぬように、舐め取る。 まだだ――。感情を爆発させるのは、 白 ( しろ ) の 主 ( あるじ ) を倒したあとでいい――。 必死に、怒気を殺す。 そんなこちらを知ってか知らずか、「王都に宣戦を布告した――。つまり、鳩はもう発った。諸君、八日後には騎士団が着く」 と大仰な身振り。「いよいよか」「待ってたわ」「全滅させてやる」と相の手。「そこでだ。これを制し、勝利するために俺は策を弄した。分かるか?」 ゼダスが先を続ける。トキシトラの顔は、心持ち青く感じられる。「昨日、訪れた村を見て――奴らは、どう思うだろう? 損壊した家屋、踏み荒らされた畑、そこを彩る数々の死体――そして、我々の仲間。奴らは、こう考える筈だ。『なんと纏まりのない集団だろう』と。『所詮、寄せ集めは寄せ集め』と。そして、その儘アルツォネルゼへと南下してくる」「つまり?」と私は訊ねた。「奴らが湖を囲んだ時点で――我々は、『門を開ける』。当然、奴らは食い付く。なにせ、俺達は『纏まりのない集団』だからだ」「皆殺しにされるぞ。その隊は」と赤ら顔。「なに、心配ない。連中にそんな時間はないさ。そんな暇があったら、必死で街へ雪崩れ込むだろう。そうだな――精々身柄を拘束される程度だろう」「質問」 とトキシトラ。「その役は誰の隊が?」「フィルモルーニ、お前やれ。美味しい所取りだぜ? 門を開けて、あとは突っ立ってりゃいいんだ。『その時が来る』まで」「その時?」「そうさ。連中が街へ入ったら、内部から崩せ。策は、こうだ。この街の守衛の鎧を着けていけ。ただし、半数だ。そして、騎士団が橋門を潜ったら、付近の奴らを片っ端から切り捨てろ。遠慮は要らねえ。それを見て、奴らは混乱に陥るだろう。寝返ったと思った囚人と、守衛の鎧に身を包んだ連中が突然牙を剥くんだ。当然さ。さらに言やあ、騎士団は守衛を助け出してくれた連中だと思ってるんだ、お前らを。迷わず街へ入ってくるだろうよ」「成るほど」私は呻いた。「同士討ちになっちまわないか? 守衛の鎧も切っちまいそうだ」「兜の羽を折れ。それが味方の印さ」「成るほど」フィルモルーニは頷いた。「暴れるだけ暴れたら、あとは湖へ飛び込め。奴らは味方すら信じれなくなる」 ゼダスは、笑った。「そして、その間にほかの隊は後橋から抜ける。街の外へ脱出しておくんだ」 つまり。 前橋から軍を誘導し、その間に我々は後橋から脱出――。街の中には、千の兵と、住民だけが残される。「逆籠城の完成だ」 いつまで 保 ( も ) つかな、とゼダスは続けた。 千人の兵の食料。こちらが搬出してしまえば、一日も 保 ( も ) つまい。 五百の兵で千の騎士を相手にする方法――。私は、呻いた。 もちろん、すんなりとはいくまい。撤退する際は、多少の交戦は免れないだろうし、敵が後橋に残ることも充分に考えられる。 しかし、確かにそれが最善だと思われた。「先に脱出しておく手もあるが、それじゃあこの街がゴーストタウンになる。人質も食料も運び出しておく必要があるからな。騎士団の連中がおかしいと思うかもしれねえ」 まったくだ。同意。「後橋の方に兵力を割いたら?」「そうならないように、適度に応戦する。街中で。ある程度時間を掛ければ、敵も兵力を纏めるだろう」 私は、小さく俯いた。ゼダスが正解。恐らく。 敵の側からすれば、一気に決着を付けたい筈だ。長旅の疲れもあるだろうし、いつ人質を殺すか分からないのだ。住民を盾になにを仕出かすか不鮮明なこちらを、長時間掛けて落とそうとは、思うまい。 前橋に、兵力を纏める、と私は確信した。「立場が逆転したら、あとはこちらの思い通りだ。湖に飛び込んだ相手は容赦なく射ろ。おっと、『 白 ( しろ ) の 主 ( あるじ ) 』は取っといてやれよ――ルイセールが相手する」 笑い声。 確かに――。勝機はありそうだった。あることに目を瞑れば。 私は、一人思案に暮れ、その考えを押し殺そうとした。考え過ぎか? と自らに問う。「解散!」 ゼダスが唱え、私はその場に立った。 不意に、肩に、感触。「ルイセール」 いいか? とゼダスが指で合図。やはりそうか――。 私は、彼を振り返った。 ほかの人間が居なくなってから、彼は発した。「橋を落として貰いたい――」 ゼダスがゆっくりとこちらへ告げた。 私が鍵だ、と言っていたのは、こういう意味だったか、と察する。「お前の『火』で――」 分かっている、と目を閉じて、沈黙。「フィルモルーニは……見殺しだな……?」 私は、視線を合わせずに質問した。 念のために必要な処置だ、とゼダス。 前後の橋を落とし、完全に敵を閉じ込める。この街に。 私は、感情を悟られぬように口を開いた。「鎧を着けて渡れる距離じゃない、この湖は」「殺しはされねえさ。奴らも鬼じゃねえ」 頼むぜ、とゼダスは笑った。 敵も一緒に飛び込む事態も考えられる。最初から、湖へ入った者は区別なく打つ心算なのだ。私は、ただひたすらに項垂れた。 そしてその夜――。彼女に、出会ったのだ。