0283 六人は……
0283 六人は……
王国使節団が、『漆黒の森』の街道を進み始めて三日目。
標識などないので、正確ではないが、小国『アイテケ・ボ』までの中間地点辺りまで進出していた。
一日目の夜、二日目の夜共に、十分な休息をとれたため、使節団一行は元気いっぱいだ。
どちらも、巨大な氷の壁に守られて眠ることができたことが理由であろう。
その様子を見て、元A級冒険者で、冒険者ギルドグランドマスターで、この使節団の団長が、
「夜営の概念が変わってしまうな」
と呟いたのは内緒である。
夜、安心して眠ることができるのは喜ばしいことなのは確かであるから。
「水属性の魔法使いとは、かくも凄いものなのですか」
「いや、リョウが普通じゃないだけだから」
『十一号室』の剣士ハロルドが呟き、『十号室』の神官エトが苦笑しながら否定する。
『十一号室』の神官ジークが、よくエトと話しているからであろうか。
『十一号室』の剣士ハロルド、双剣士ゴワンの二人とも、エトには話しかけやすいようだ。
「あれを水属性魔法使いの標準と思うのは、間違いだよ」
「けど、リョウの弟子たちも氷の壁を作っていたよな……」
エトがハロルドに認識の修正を求めるが、剣士ニルスがかつて見た光景を思い出して呟いた。
ゲッコー商会の庭で見た光景だ。
「リョウさんの弟子ですか……。強力な冒険者なのでしょうね」
「いや……商人たちだよ……」
「え……」
エトが告げる事実に、絶句するハロルド。
冒険者よりも強い商人……。どこかのRPGの世界の、お話なのかもしれない……。
だが、穏やかな使節団の移動は、斥候の急報によって打ち切られた。
使節団は、当然、 斥候 ( せっこう ) を放って先の方で問題がないか探りながら移動している。
その中心にいるのは、B級パーティー『コーヒーメーカー』の斥候ラスリーノ。
彼を中心に、各パーティーの斥候職の者が交代で行ったり来たりしていた。
「グランドマスター、この先の街道は、川の増水で押し流されています」
「川の増水? 押し流されている? 何だそれは。帝国から提供された地図には、街道を横切る川など書いてないぞ」
「多分、何かあって川の流れが変わったんだと思います。増水した川は、対岸まで300メートルはあるので……」
「くそっ。こういうのがあるから、先頭は嫌なんだよな。やむを得ん、上流の方で渡れそうな場所がないか探るか。森の中を行ってもらうからな、魔物にも遭遇するだろ。斥候隊は休ませる。戦闘できる冒険者を行かせよう」
ラスリーノの報告から、ヒューは途切れた街道を迂回できる場所を探ることにした。
使節団はいったん小休憩となった。
涼が斥候隊にコーヒーをふるまって、元いた場所に戻ってくると、十号室の三人も、十一号室の三人もいなくなっていた。
「あれ?」
六人全員が消えると言うのは、あまり考えられない。
ちょうどそこに通りかかったのは、C級パーティー『天山』の面々であった。
『天山』は、隊列で十号室の前を歩いている冒険者であるため、涼も見知った顔だ。
「あの、うちの子たちは……」
迷子になった子供の行方を尋ねるかのような、涼の問いかけ。
「ああ、リョウ。ニルスたちなら、グランドマスターの指示で 迂回路 ( うかいろ ) 探しに行ったぞ」
「迂回路? はて……」
涼は首をひねる。
そうしていても仕方ないので、ヒューに直接聞きに行った。
「ヒューさん、ニルスたちに迂回路を?」
「ああ、リョウ。そうだ。十号室と十一号室に、上流で渡れそうな場所がないか探しに行ってもらった」
「あの……僕が、氷の橋を渡せばいいだけな気がするのですが……」
「あっ……」
その瞬間、ヒューは、己の失態に気付いた。
そうなのだ。あれだけ巨大な氷の壁を築ける男がここにいる。
氷の橋だって築けるのではないか……そう考えるべきであった。
だが、口から出た言葉は……。
「リョウ、早く言ってくれ」
「えぇ……。僕のせいじゃないですよ……」
どんな世界でも、上司の理不尽な言葉は存在するらしい。
ヒューほど、有能な上司であっても、つい口から出てしまうというのは避けられないのかもしれない……。
とりあえず、涼はパッシブソナーで、迂回路探しに出かけた六人を探る。
(距離400メートル、順調に移動中)
だが、そこまで確認した瞬間……六人の動きが止まった。
そして、五人の反応が完全に停止する。気絶でもして、その場に崩れ落ちたかのように。
「ヒューさん、ちょっと六人の所へ行ってきます」
ヒューの返事も待たずに、涼は飛び出した。
400メートル走は、無酸素運動だ。
一分弱、呼吸無しで走り抜けることになる。
もちろん、走りながらも涼はさらに情報を集める。
「<アクティブソナー>」
動き、変化を、空気中の水蒸気を伝ってくる情報から読み取る<パッシブソナー>。
そのため、ソナー発動前からそこに存在し、動かない物についての情報は上手く読み取れない。
それに比べて<アクティブソナー>は、空気中の水蒸気を伝わせる点は同じであるが、涼から『刺激』を発し、対象に当たって反射してきた情報を読み取るため、動かない物に対しても有効だ。
五人が地面に崩れ落ちている。
一人……神官ジークだけが辛うじて立っている……?
彼らの周りに漂う空気に異物が……。
「これは、 麻痺 ( まひ ) 毒?」
過去にもあった……涼が感じる既視感。
「これは、一度ソナーで探った経験がある……。いつ? 麻痺毒? でも発生対象は不明?」
そこでようやく思い当たった。
「アベルを、ロンドの森から送り届けた時だ!」
そのタイミングで、涼は六人の元にたどり着いた。
ソナーで探った通り、ジークだけが杖を支えにして辛うじて立っており、他の五人は完全に地面に崩れ落ちていた。
五人とも意識はあるが、麻痺毒に侵されている。
「<スコール>」
まずは、空気中を漂う麻痺毒を 驟雨 ( しゅうう ) によって叩き落す。
そして、奥に目を凝らす。
「やっぱりいた!」
一見、何もいないように見えるが、ほんのわずかに空間が『揺らいで』いるように見える。
「<氷棺5>」
そして、氷漬けされて屈折率が変化したからであろうか。
そこには、氷漬けにされた、ラフレシアの外見そっくりな植物の魔物五体の姿が現れていた。