0340 筆頭公爵
0340 筆頭公爵
「第四章 マファルダ共和国」開始です。
((普通、こういう風に街の間を移動している時には、盗賊や魔物に襲われている貴族令嬢一行がいて、それを助けて、現地の有力者との間に良い関係を生み出すことができるはずなのですが……何も起きません))
((いや、だからそんなことが頻繁に起きていたら、それはまともな国じゃないからな? 完全に治安が崩壊しているだろうが……))
((まったく……アベルは、もののあはれというものが、全く分かっていません))
((なんだよ、もののあはれって……))
涼の残念そうな思考に、つっこみを入れるアベル。
そちらは、本当によくある光景だ。
聖都マーローマーから、マファルダ共和国に向かう馬車の中。
もちろん、馬車は貸し切りのため、涼は優雅にコーヒーを飲みながら……アベルとは『魂の響』を通して、そんな不穏な会話を交わしている。
外見に騙されてはいけないという、その 証左 ( しょうさ ) 。
とはいえ、潤沢な資金、薫り高いコーヒー、ローブの魔法使いと揃えば、馬車の客としては上客の部類に違いない!
((はたしてそうだろうか?))
この場にいない剣士な国王陛下は、疑問を呈しているが気にしない。
そんな雰囲気を出していれば、外からはそんな感じに見えるのだ。
価値ありげな顔をせよ、しからば世間が価値をつけよう、なのだ!
午後、涼は、ようやくマファルダ共和国の国境を越えて、入国しようとしていた。
聖都マーローマーから二つの国を超えてきたが、それらと比べて、極めて厳しそうな国境警備が行われているようだ。
((アベル、非常に厳しい国境警備が行われています))
((ほほー。確か、その共和国とかは、唯一、西方教会の意向に逆らっている国なんだよな?))
((まあ、意向に逆らっているというか……完全政教分離、つまり、政治と宗教とを切り離しているんですね))
((ふむ……正直、それで国は成り立っていくのか?))
((どういうことですか?))
((国民の統治には、法律で理性を、宗教で感情をと……))
アベルが言うのは、ある意味、歴史的な国家統治の基本。
地球においても、政教分離というものが唱えられ、実際にそんな国家が生まれたのは……いや、厳密にはそんな国家は存在しない。
共産主義の国くらいのものだ……。
民主主義の総本山の国など、大統領が宣誓する際、聖書に手を置いて宣誓するのだから……政教分離など一ミリも行われていない。
別に、宗教は悪ではない。
((アベルが学んだ統治論は、実は驚くほど現実的です。宗教そのものは、決して悪いものではありません。気を付けるべきは、宗教勢力があまりにも政治に介入してくるようになると、いろいろ大変になる場合があるという点です。そこは気を付けてください!))
((お、おう……))
厳密な政教分離は不可能であるし、実際、それに成功したと言える国家は、歴史上あまりない……。
とはいえ、ある程度の、政治と宗教のすみわけがあった方が、国家統治はしやすいと思われる。
まあ、ローマ帝国末期のように、皇帝自らが宗教を国に取り込もうとする場合も……歴史上には、ままあるので……。
ちなみに、それが国民にとってどうなのかと考えると……いろいろと難しいお話になる。
涼がそんなことを考えていると、国境検査は、涼の番になった。
馬車付きの御者が降りて、何か手続きをした後、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
涼が言うと、扉が開いて、警備兵が入ってきた。
けっこう大きめの馬車なのだ。
「役儀によりお尋ねいたします。共和国発行の国境通過証、あるいは身分証明はございますか」
極めて丁寧な問い。
横柄な警備兵で、そこで大変なやり取りになり、大魔法を行使して力づくで国境を突破……みたいなことを少し想像していた涼は、肩透かしを食らった。
((いや、そんなことになったら、リョウが困るだろうが!))
何か、どこかの王様がそんなことを言っている。
ちなみに、涼は、もちろん共和国発行の国境通過証は持っていない。
手元にあるのは……。
「では、これを」
西ダンジョンの街に行った時から借りっぱなしの、『聖印状』を示した。
これまでの、二つの国を通過する際も、この『聖印状』で問題なかったからだ。
だが、このマファルダ共和国は……。
警備兵の目が、スッと細くなる。
「申し訳ございません。聖印状は、通過審査でお時間をいただくことになっております」
口調は丁寧なままだが、内容は厳しい。
「え……っと、お時間って、どれくらいです?」
「一週間ほどです」
「ながっ」
思わず、口から出てしまう言葉。
「う~ん……」
涼は困ってしまった。
そこに 福音 ( ふくいん ) が!
((ロンド公爵のプレートでいいんじゃないか?))
((それです!))
警備兵は、外の仲間を呼ぼうとしている。
「あ、では、これを」
涼は急いで、ネックレス風に首から下げている身分プレートを渡した。
「は……? あ、貴族の方でしたか。少々お待ちを」
警備兵はそう言うと、外に向かって言った。
「照会板を持ってきてくれ」
数分後。
「ナイトレイ王国……ロンド公爵……ひ、筆頭公爵……? 閣下、失礼いたしました。照会、完了いたしました、お通り下さい」
「はい、ご苦労様です」
涼は、マファルダ共和国に入国した。
「ナイトレイ王国の筆頭公爵? ナイトレイというと、中央諸国か……なんでそんな所の奴が……。ああ、聖都に中央諸国からの使節団が来ているが、あれか? しかも筆頭公爵? 本人か? いや、身分プレートを示したのなら、本人か……しかもそいつは、最初に聖印状を示しただと。訳が分からん……。バーリー、どう思う?」
「さて……どう思うと言われましても……。とりあえずは監視をつけ、様子を見る以外には行動の選択肢はないかと」
ここは、マファルダ共和国首都、元首公邸、元首執務室。
元首コルンバーノ・デッラ・ルッソと、最高顧問バーリー卿の会話。
元首コルンバーノは、身長百九十センチ、体重九十キロという堂々たる体躯。
共和国のトップというより、前衛剣士と言った方がしっくりくる。
年齢は四十代後半、浅黒い肌に短く刈り込んだ髪……濃い茶色の髪には、すでに白いものが混じり始めている。
そして、最も特徴的なのは、左目であろう……眼帯をつけている。
そこまで見ると、前衛剣士以上に、海賊のボスというほうが似合っているのかもしれない……。
コルンバーノは、元々、海の男だ。
翻って、ソファーに腰かけている最高顧問バーリー卿。
八十歳近くと言われるが、未だに眼光は鋭い。
長い白髪は後ろで束ねられ、知性を感じさせる顔貌と言えよう。
よく見ると、傍らに魔法使いが使う大きめの杖がある……。
「とはいえ、驚くほど嫌なタイミングであるのは確かですな」
「そうだよな……」
元首コルンバーノは、大きな大きなため息をつく。
そして、こめかみのあたりを指でぐりぐりとやっている。
嫌なことを考えている時の、彼の癖だ。
「戦争になりそうだという、このタイミングで……」
「もののあはれ」は「もののあわれ」と発音してください。