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0421 ハフリーナ防衛戦

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0421 ハフリーナ防衛戦

「なあ、スコッティー。巡視隊の連中って、助かりはしたんだよな?」

「ああ。さっきのエヴァンス殿たちが間に合ったらしく、巡視隊も、第一商隊も死者は出ていない……が、さすがに血が流れ過ぎたそうで、全員館で休んでいる。そのエヴァンス殿たち第三商隊の人たちが、看護を手伝ってくれているらしい」

王国騎士団中隊長同士の会話。

ザックもスコッティーも、正式な中隊長だ。

もう、その上は、数名の大隊長、そして騎士団長しかいないわけで……。

彼らは王国騎士団の中でも、高い立場だと言えるだろう。

現在の王国騎士団においては、中隊長は五十人の騎士を率いる。

多くの場合、騎士には従士がついているため、五十人の騎士、五十人の従士を率いていることになる。

ここ、ハフリーナには、王国騎士団二個中隊がいる。

これは、レッドポストのような、東部国境最大規模の街を除けば、最も充実した防衛戦力と言える。

逆に言うと、これで勝てなければ、どうしようもない……。

そんな時に。

「隊長! 北から 狼煙 ( のろし ) が!」

その声に、二人は急いで城壁に上がって北を見る。

「あれは……ブーソー村の辺りか?」

「恐らくな。やはり、城壁の無い村を襲撃か」

ここ数日は、城壁の無い村や、移動している商隊が襲われている。

「よし、じゃあ行ってくる。ザック、後を頼む」

「スコッティー、本当に行くのか? もうすぐ夜になるが……」

スコッティーの言葉に、ザックが 逡巡 ( しゅんじゅん ) する。

「いや、そう取り決めただろうが。交互に出撃。今回はうちだ」

スコッティーが苦笑しながら言う。

彼だって部下を預かる身。

そんな部下たちを、いたずらに危険に 晒 ( さら ) すのは望んではいない……それが騎士団の役割だとしてもだ。

だが……。

「王国騎士団の復興……それは、俺たち自身の行動で示すしかない。アベル陛下も言っていただろう」

スコッティーはそう言うと、部下をまとめ、ハフリーナの街から出撃していった。

「スコッティー殿は行かれたのですね」

「ああ、子爵殿」

城壁上から、スコッティー隊が北に向かうのを見ていたザックに声をかけたのは、ハフリーナ子爵ミラベル・パワー。

(パワーという苗字とは裏腹に、美しい女性なのだが……)

などという事を考えるザック。

だが、すぐに心の中で首を振る。

(いや、俺にはセーラさんだけだ!)

世界は、いろいろと難しい……。

「北に向かったのは、騎士五十人です」

「ふん。まあ、多少は減ったか。期待していなかった策としては、悪くないだろう」

部下の報告を受けて呟いたのは、魔人ガーウィン四将の一人オレンジュ。

ここは、ハフリーナの街を遠くに望む、森の中。

オレンジュ率いる『実体兵』の一団が潜んでいた。

魔人ガーウィンが作る『実体兵』は、『虚影兵』と違い、明確な実体がある。

というより、人間だ。

ただし、個性や意志といったものはほとんどない。

ただ、例外はある。

四将一人で情報を収集し、指示を出し、軍全てを動かすのは現実的ではない。

そのためガーウィンは、『実体兵』の中でも、高位の実体兵を作り出すことができる。

それら、高位の実体兵は、副官や分隊の指揮官的役割を果たすことができる。

そんな高位の実体兵の副官が、先ほどからオレンジュに報告しているグリーニュ、分隊指揮官として、この後、最前線で部隊を率いる予定なのがブルーニュだ。

グリーニュもブルーニュも、他の実体兵と違い、普通の人間とほとんど違わない。

グリーニュが緑色の髪で、ブルーニュが青い髪というだけ。

ただ、見た目は二十代半ばの青年であるが、二十年以上生きてきたわけではなく、生まれたばかりであるため、ガーウィンの知識が植え付けられているので……。

経験という面では極めて怪しい。

オレンジュは秘かにそう思っている。

「よし、予定通り夜襲をかける。準備をしろ」

日が暮れて、すぐであった。

「うっ……」

監視塔に詰める、ハフリーナ守備兵の 喉 ( のど ) に矢が突き刺さる。

そのタイミングで、城壁上に複数の 鉤爪 ( かぎづめ ) がひっかけられた。

しばらくすると、それを伝って、人が上がってくる。

城壁上に、のそりと顔を出す。

ズサッ。

出した顔に矢が突き刺さり、声をあげることなく外に落ちていった。

赤い鎧を着た男が。

「くそっ、マジで来やがった。急げ! 王国騎士団は城壁に上がって侵入を阻止しろ! 弓士と従士は、それまで上がってこようとする奴を射ろ」

ザックは大声で指示を出す。

赤い鎧の男たち。

暴れまわっている連合領でも、城壁のある街は攻めない……そういう認識が広まっており、実際、王国領においても攻められたことはなかったが……。

ザックも、もしもの事を考えていたのだ。

それは、あまりにも、ブーソー村の方角からの狼煙が、タイミングが良すぎたから。

とはいえ、備えをしておいても、悪くはないという程度の認識だった。

そのために、監視塔はやられた……。

まさか直接的に、いきなり城壁に鉤爪をかけて登ってくるとは思っていなかった。

「ああ……もう! 防衛戦とか苦手なんだよな……絶対、スコッティーが残って、俺が村に向かった方が良かったろう……」

ザックは小さな声でぼやく。

いちおう、部下たちには聞こえないくらいの声だ。

五十人の騎士、預かりとはいえ百人の従士を指揮する立場だ。

指揮官として、言うべきでない言葉くらいは理解している。

こうして、ハフリーナ防衛戦の幕が切って落とされた。

最前線で、ブルーニュが指示を出しているが……攻略が上手くいっていないことは、誰の目にも明らかであった。

特に、四将オレンジュの目には。

「イゾールダは、経験を積ませるためにやらせろと言っていたが……やっぱ無理じゃね? 経験積ませるなら、訓練からやるべきだろ。確かに、実戦経験は一番身に付くし、経験も訓練とは比べ物にならないくらいに積めるが……『実体兵』は普通に死ぬんだよな」

見た目やその言動からは想像しにくい、非常にまともなオレンジュの感想。

とはいえ……。

「俺、攻城戦とか大の苦手だから、どうしようもないんだけどな」

魔人の眷属にも、 得手 ( えて ) 不得手 ( ふえて ) はある……。

「イゾールダは、グリーニュやブルーニュが得た経験は、ガーウィン様の経験になるとか言ってたが、信じられないよな……。今までだって……そうだったなら、ガーウィン様ももう少し賢くなっているは……」

そこでオレンジュはふと、斜め後ろを振り返った。

そこには、副官であるグリーニュが。

特に表情は変わっていない。

だが……。

「グリーニュ、今俺が言ったことは、ガーウィン様には言うなよ」

口止めをしておかねば!

「……」

グリーニュは何も言わない。

無表情に無言。

「グリーニュ、聞いているのか?」

「……畏まりました」

オレンジュが厳しく言い、グリーニュは頭を下げて答えた。

オレンジュは一抹の不安を抱きつつ……視線を前に向けた。

オレンジュの周りには、『実体兵』は二十人ほどしかいない。

他の三百人を超える『実体兵』は、全て攻城戦に投入している。

その指揮は、高位眷属であるブルーニュが執っている。

魔人ガーウィンの眷属は、大まかに分けて三種類いる。

最上位の眷属である、オレンジュら四将。

彼らは、時代を超えてガーウィンに、常に付き従う。

簡単に言うと、ガーウィンの復活と共に四将も復活する。

次に高位眷属である、グリーニュやブルーニュ。

これは、ガーウィンが復活するたびに、毎回、新たに生み出される。

そのため、記憶は引き継がれない。

だが、ガーウィンが生み出すたびに、自らの記憶を植え付けている……らしい。

そして最後に、 有象 ( うぞう ) 無象 ( むぞう ) 。

『実体兵』であったり、『虚影兵』であったり……小さなものであれば魔人虫と呼ばれるものまで。

はっきり言って、使い捨てだ。

生み出すのに、それなりの労力が必要な『実体兵』ですら、ガーウィンから見れば使い捨て。

全ては、ガーウィンの完全覚醒のため。

ガーウィンの体が眠る、この王国東部から連合西部にかけてで、多くの人間の命が絶たれることによって、ガーウィンは完全覚醒に近づく。

……らしい。

実は、オレンジュはあまり理解していない。

「めんどくせー」

そんな一言に、全てが集約されていた……。

ハフリーナ防衛戦が始まって一時間。

ハフリーナ守備兵と王国騎士団による防衛は、大きな破綻を見せずにいる。

一人ひとりが非常に強力な力を持つ、魔人の『実体兵』を相手にしていると考えれば、これはかなりの善戦と言えよう。

もちろん、それには理由がある。

「絶対、城壁に上げるな! 上がられた瞬間、終わるぞ!」

王国騎士団中隊長ザック・クーラーが叫ぶ。

城壁上には、槍を持った王国騎士が並び、城壁を上ってくる赤鎧の騎士たちを、上から突いて落としている。

完全な形の一対一では勝ち目がないが、両手が塞がった状態で上がってくる『実体兵』相手であれば、なんとかなる!

さらに監視塔から、ハフリーナ守備兵が、城壁を上がってきたり城門を破ろうとしている赤鎧に、矢と魔法を浴びせていた。

その指揮は、ハフリーナ子爵ミラベル・パワー自身が執っている。

領主自ら防衛戦の指揮。

これは仕方のない事であった。

神殿の人脈を生かして領地復興の人材を 斡旋 ( あっせん ) してもらったとはいえ、どうしても内政に関する人材優先となってしまう。

領地が豊かにならねば、防衛力を、軍を食べさせていくことはできない。

だから、まずは内政。

順序的に仕方がない。

そう、たとえ国境に近い領地でもだ。

さらに、もっと現実的な理由もあった。

神殿関係の人脈には、どうしても軍の指揮ができる人材は少ないのだ……。

これは仕方のない事であろう。

そんな様々な理由から、現在、ハフリーナの街には、守備兵全体を指揮できる者はいない……。

巡視隊、小隊程度の指揮をできる者ならいる。

いずれは、その者たちが経験を積んで、その中から優秀な人材が出てくればいいとミラベルは思っていた。

ミラベル自身は、領主となった後、いちおう軍隊指揮の手ほどきは受けた……そのために、他よりましである……。

まあ、最前線は、王国騎士団が担っているために、なんとかなっているという面は多分にある。

防衛戦は破綻せずに推移していた。

「あ~~~、やっぱめんどくせー。うまくいかねーし……かといって、あまりにも犠牲が多く出ると、絶対ガーウィン様怒るし……イゾールダも冷たい目で見てくるだろうし……。やっぱさ、俺がちょちょっとやってくるのが、一番早いんだよな」

オレンジュの 愚痴 ( ぐち ) だ。

もちろん、それに対して、誰も答えない。

副官グリーニュも、表情を変えず、顔の向きも変えず、ハフリーナの街を向いたまま。

オレンジュは一つ大きなため息をついて、言葉を発した。

「おい、グリーニュ」

「はい、オレンジュ様」

「ブルーニュの訓練は、もうやめる」

「……やめるとおっしゃいますと?」

オレンジュの言葉を、グリーニュは理解できないらしく聞き返す。

「俺が行って、城門を開けてくる」

「ああ、なるほど……」

オレンジュの説明に、グリーニュは理解できたらしく頷いている。

反論などはない。

「お前もこの隊を率いて、攻城戦に加われ。もう、さっさと終わらせるぞ」

「畏まりました」

その時、ザック・クーラーが城門付近にいたのは、完全に偶然だった。

魔法の詠唱が途中で途切れ、くぐもった音が聞こえてきたのも、この戦場の喧騒中では、かなり幸運だったのだろう。

すぐにその声の方に走り、その原因となった者と対峙できたのが、幸運かどうかは、評価の別れるところではあるが……。

「こいつもだったが、最近の魔法使いは詠唱をするのが流行りなのか? 昔は、詠唱なんて、大魔法の行使の時にしかやらなかったはずだが……」

ザックの目の前に現れた、巨漢の男が言った。

おそらく、ザックに対しての問いなのだろう。

右手に持っている剣は血にまみれ……巨漢の男が通って来た足元には、守備兵の魔法使いが転がっている。

「貴様……なんで、城壁のこちら側にいる」

ザックでなくとも、目の前の巨漢の男が敵であり、攻め手側であり、城壁の外にいるはずの相手であることは理解できる。

「いや、まあ、俺らからすれば、城壁を飛び越えるなんて簡単な事だからな」

巨漢の男が、苦笑い未満の笑みを浮かべながら答えた。

「つまり、一般兵じゃないってことか」

ザックは、剣を抜きながら、もちろん油断なく構えながら言う。

「お前さんだって、良い鎧、着てるじゃねえか。ただの騎士じゃなくて、隊長ってところだろ?」

巨漢の男オレンジュは、明確に、ニヤリと笑いながら言った。

「答える気はない! 知りたければ剣で聞け!」

そう吐き捨てると、ザックはオレンジュに斬りかかった。

カキンッ、カキンッ、カキンッ……。

ザックの攻撃を、全て丁寧に受けるオレンジュ。

大剣による受けの、教科書のような受け。

剣そのものを大きく動かすことなく、剣先から剣元までのあらゆる箇所を使って受ける。

驚くほど基本に忠実な、だからこそ簡単には抜けないと、相手に分からせる受け。

ザックはこの三年間、剣の道に 邁進 ( まいしん ) した。

その結果、剣に関しては、王国騎士団内でもトップ5に入るほどに強くなった。

ひたすら剣を振り、倒し、倒されを繰り返してきた。

だからこそ分かる。

(こいつは化物だ……)

もちろん、魔人の眷属だ。

それも、上級の眷属だろう。

だから、化物なのは確かなのだが……当然、そんな意味で思ったのではない。

剣技において、化物だと。

自分に力がついたからこそ理解できる。

目の前の男の、剣の強さ。

何でもそうだ。

こちら側の知識、経験、能力が上がって、はじめて……。

目の前にいる、相手の凄さが分かる。

目の前の、技能の凄さが分かる。

……自分と大きく開いている差が、理解できる。

(勝てん……)

だが、勝てないと理解したからといって、逃げるわけにはいかない。

この城門付近に単騎でやってきたという事は、間違いなく中から城門を開けるのが目的。

今、ザックが退けば、城門は開けられ、ハフリーナの街は落ちる……。

そうであるなら、ここでやれることは……。

「誰かー! 来てくれー!」

ザックは叫んだ。

そう、援軍を呼ぶこと。

「おいおい……一騎打ちが騎士の 誉 ( ほまれ ) じゃないのかよ」

「知らんな。とうの昔に、そんなものは無くなったらしいぞ?」

オレンジュが呆れたように言い、ザックはむしろ 清々 ( すがすが ) しく言い切った。

実際、そんな騎士道は廃れて久しい……いや、かつてそんな時代があったのかどうかも、本の中でしか知らないが。

「まあ、いい。仲間を呼んだとして、犠牲が増えるだけだと思わんか?」

「……だとしても、城門が開かれれば終わる」

オレンジュの的確な指摘に、一瞬言葉に詰まりながらも、ザックはそう答えるしかなかった。

犠牲を払ってでも守らねばならない……。

戦場では必ず出てくる場面。

だからこそ、指揮官の心は 荒 ( すさ ) んでいく。

味方を死なせる事を理解しているのに、指示を出さねばならないから。

絶対死守しなければならないもののために、死んでくれと言わねばならないから。

「 因果 ( いんが ) な商売だ」

それでも、ザックは呟いた。

少なくとも王国騎士団は、そんな覚悟を決めたうえで戦場に出る。

国民を守るため。

王国を守るため。

ザックは立ちはだかる。

そして、剣を振り続ける。

何度受けられようと。

何度でも振り続ける。

何度受けられよう……。

スカッ。

「あ……」

思わずザックの口から漏れた。

ザックの袈裟懸けを、オレンジュは受けずにかわした。

今まで全く見せなかった、足さばきで。

オレンジュは左足を一歩踏み出し、下げた剣を斬り上げる。

驚くほど鋭い剣閃は、ザックの腹部装甲を切り裂き、右わき腹から背中にかけて走った。

ただ一太刀。

「ぐはっ……」

さすがに、片膝をつくザック。

「数年、剣を振るった程度にしては、まあまあだったぞ、人間」

余裕の笑みを浮かべ、見下ろしながら言うオレンジュ。

「これは、無理か……セーラさ……」

「死ね」

「<アイスウォール>」

戦場に、若い声が響き渡った。

カキンッ。

オレンジュが振り下ろした剣は、見えない何かに弾かれる。

「ほぉ……」

目を大きく開き、思わず呟く。

その間に、離れた場所から、一人の青年が走ってきて、倒れたザックの下に 跪 ( ひざまず ) いた。

そして、懐から何かを出す。

「クーラー隊長! ポーションです、飲んで」

「エヴァンス殿……離れてろ、こいつはヤバい……」

ザック・クーラーの口に、ポーションを持っていく商隊頭エヴァンス。

息も絶え絶えながら、そのエヴァンスを遠くに離れさせようとするザック。

「大丈夫。先生仕込みの氷の壁です。そう簡単には割れませんから!」

そう言って、エヴァンスはザックの口にポーションを飲ませた。

「ふむ……これは、氷の壁か。障壁かと思ったが……驚くほど透明だな」

感心したのは、オレンジュ。

拳でカンカンと、軽く叩いたりしている。

「これほどの水魔法。かつての戦いでも、見たことはなかったな……」

何かを思い出しながら、オレンジュは呟く。

そして、ポーションを飲ませたエヴァンスの方を見て言った。

「水魔法使い。その身なりは、騎士ではないな。騎士団付きの魔法使いか? 人間のその若さでこれほどの魔法、やるではないか」

「私は商人だ」

エヴァンスは、はっきりと言い切った。

「は? 商人? マジか?」

呆けたような顔で問い返すオレンジュ。

エヴァンスの姿を、もう一度しっかりと見る。

「確かに……言われてみれば、騎士はもちろん、魔法使いのローブでもないのか……。いや、それでも、これほどの魔法だぞ? 人間で、これほどとは……この王国でも上位だろ? それが商人とは……」

「あなたが誰か知らないが、あまりにも無知。私の魔法など、先生に比べれば取るに足りません」

オレンジュが感心し、エヴァンスはそれを否定した。

「……その先生とやらは、そんなに凄いのか?」

「ええ、凄いです。私の、軽く一億倍は」

「お、おう……」

エヴァンスは胸を反らしてはっきりと言い切り、その表情になぜか気圧されるオレンジュ。

エヴァンスのこの辺りは、水属性の魔法使いである『先生』譲りなのかもしれない……。

「ふぅ……助かったぜ。エヴァンス殿、感謝する」

ザックはそう言うと、剣を支えに立ち上がった。

「クーラー隊長、私が<アイスウォール>で抑え込んでおきますので、ちゃんと神官の<ヒール>を受けてきてください」

エヴァンスが言う。

「それは無理だろう?」

答えたのはオレンジュ。

「どういうことですか?」

「あ~、確かにすげー氷の壁だが……」

カシュッ。

軽い音が響いた後……<アイスウォール>は崩れ落ちた。

「なっ……」

「割れないわけじゃない」

絶句するエヴァンス。

ニヤリと笑い、肩に剣を担ぎ上げるオレンジュ。

「くそっ……剣閃が見えないほどだと……」

ザックは悔しそうに言う。

それほど、オレンジュの一閃は速かった。

「いや、まあ、治癒してもらうのは大切だ。ああ、すげー大切だ。今すぐ、やってもらった方がいいというのには、俺も同意する。ただ……」

オレンジュはそこで言葉を一度区切り、鼻の頭を指でかいてから再び言葉を続けた。

「その間に、城門を開けさせてもらうがな」

ザックは、体を支えていた剣を、再び構える。

逃げるという選択肢はない。

それを見て、エヴァンスも腹を決めた。

「<アイスアーマー2>」

ザックとエヴァンスの体の表面に、薄い氷の装甲が張られる。

「あの剣に、どれほどの効果があるか分かりませんが」

「いや、感謝する」

エヴァンスの 囁 ( ささや ) きに、ザックは頷いて答えた。

そして言葉を続ける。

「エヴァンス殿、俺がやられたら、さっきの氷の壁を張り続けて、こいつが城門に近づけないようにしてくれ」

「え……」

ザックはそう言うと、エヴァンスの答えを聞かずに、オレンジュの間合いに飛び込んだ。

最速の打ち込み。

……だが。

オレンジュは、足さばきで左に開き、先ほど傷ついたザックの右わき腹に、再び剣を叩きこんだ。

「ぐはっ」

だが、腹は斬られず、ザックの体は吹き飛んだ。

「剣閃が鈍くなったな」

オレンジュはそう呟くと、そのまま速度を上げて城門に向かう。

「<アイスウォール5層>」

「それは無駄だと言ったはずだ」

オレンジュはそう言うと、氷の壁を斬った……。

キンッ。

斬った……が……高い音が響き、切り裂くことはできなかった。

「なんだと?」

はっきりと驚くオレンジュ。

この城門付近に現れてから、初めて、本気で驚いたと言ってもいいかもしれない。

「<アイシクルランス2>」

(<アイシクルランス16>)

さらにエヴァンスが唱えると、二本の氷の槍が、両脇からオレンジュを襲った。

ザシュッ、ザシュッ。

とても大剣とは思えない、高速の剣が左右に振るわれ、氷の槍を一瞬で切り裂く。

しかし、それは囮。

主攻は……。

「上か!」

16本の氷の槍が直上からオレンジュを襲う。

辺りは、舞い上がった砂煙で視界が悪くなった。

「……やった?」

エヴァンスが小さく呟く。

きっと、彼の『先生』がそれを聞けば言ったであろう。

「エヴァンス、それはフラグです」と。

体の動きすら、エヴァンスには見えなかった。

彼の、五層の氷の壁が、一瞬で砕け散ったのも認識できなかった。

完全に無意識に、完全に偶然に、体が動き……。

剣をかわした。

ぼろぼろの服になった魔人の眷属の、怒りの一閃を。

「おい……商人が俺の剣をかわすとか、冗談じゃねえぞ」

先ほどまでの余裕はあまりない。

オレンジュは怒りの雰囲気を 纏 ( まと ) っている。

エヴァンスがかわせたのは、偶然だ。

三年半前から、ずっと仲間同士で、<アイスウォール>と<アイシクルランス>の打ち合いの模擬戦を、繰り返してきたから……。

だが、かわしはしたが、尻もちをつき、さすがにもう動けない。

オレンジュが剣を振り上げる。

「死んでろ」

実は、それもフラグ。

ここにいる水属性の魔法使いは、一人ではない。

「<アイスウォール5層パッケージ>」

エヴァンスよりも、さらに若い男の声が響き渡った。

若いが、エヴァンスよりもはるかに魔力量が多い。

第一商隊所属。

「ルーチェ!」

魔力量は多いのだが、襲撃された際に血を流し過ぎたのだ。

まだ、顔色はよくない。

どこまで戦えるか……。

「おいおい……どうなってるんだよ」

怒りは完全に霧散し、驚きだけが残った声が聞こえる。

もちろん、発したのはオレンジュ。

「こんな魔法を使える奴が、もう一人? こんな辺境の街に? ありえないだろう……」

オレンジュはそこで言葉を区切り、新たに魔法を発動した顔色の悪い少年を見る。

「しかも……また、商人とか言うんじゃないだろうな。見るからにガキだし」

何度も首を振りながら、オレンジュは言う。

「さて、どうしたもんか……」

オレンジュが迷っている間に、事態は、城壁の外で激変していた。

「騎士団、突撃!」

若い女性の声による、鋭い突撃命令。

命令一下、騎士たちが、赤鎧の男たちに後方から襲いかかった。

後衛を任されていたグリーニュも、決して油断していたわけではない。

前衛を指揮していたブルーニュも、援軍を想定していなかったわけではない。

しかし、彼らが想定していた援軍は、ブーソー村に向かった王国騎士五十人。

それくらいなら、不意を突かれても十分に対応できると考えていた。

それは 驕 ( おご ) りではなく、事実、魔人の『実体兵』と人間の騎士との間には、それ程の力の差がある。

だが、彼らを襲ったのは五十人ではなかった。

三百人の騎士。

「突き崩せ! シルバーデール騎士団の力、魔人に見せつけよ!」

シルバーデールの次期公爵フェイス指揮による騎士団突撃。

その強さは、王国屈指。

同数なら、未だ王国騎士団をも上回る。

そんな突撃を後方から食らえば、さすがの魔人の『実体兵』すら、こらえきることはできなかった。

五回の突撃によって、壊走。

こうして、ハフリーナ防衛戦は終了した。

後に、魔人大戦と呼ばれる一連の戦争において、人間が初めて魔人の眷属たちに勝利した戦いであった。

昨日も9000字を超えていましたけど、今日も約10000字。

涼は出てきませんが、弟子たちが出てきたという事で、ご勘弁を!