LNCrawler

0472 海からの襲来

水属性の魔法使い — ncode.syosetu.com · All chapters

0472 海からの襲来

「ここが、スージェー王国最北端、バンラの街です。この後も、いくつかの島国に寄港はしますが、このバンラの街ほど大きくはありません。今回も、補給のために一泊します。出航は明日の朝八時ですので、遅れないように来てください。私は、報告のためにバンラ総督府に行きますので船にはおりません。乗組員たちも、当直以外は上陸します。ああ、今回は機関長のグンノが幹部当直ですから、彼はおりますので、何かあったら船のグンノまでお願いします」

ゴリック艦長は、そう言うと下船していった。

涼とアベルも、船倉に預けてあるお金から少し取り出して、上陸する。

「バンラの街だそうです」

「ああ。なんというか、典型的な港町って感じだな」

港とその周辺が、とても活気がある。

ゴリック艦長が向かった総督府も、港のすぐそばにある。

それは、とりもなおさず、街の中心が港だという事であろう。

「さて、スージェー王国最後の下船です。船に戻れば寝る場所はありますけど……」

「言いたいことは分かる。せっかく上陸したし、揺れないベッドで寝たいってことだよな」

ローンダーク号は、遠洋巡航艦というだけあって、外界の荒波でも走れるように造られているうえに、錬金術で作られた揺れを低減させる装置も積んでいる。

そのため、かなり揺れは小さいのだが、それでもゼロではない。

涼もアベルも、揺れに弱いわけではないが……それでも、たまの上陸時くらいは、揺れないベッドで寝たいではないか。

お金は十分に持っているし!

「ちゃんとしたお宿は、街の中心付近にあります」

「蒼玉亭はそうだったな。この街の中心は、港か? 大きな広場とかあればそっちもか?」

涼もアベルも、とりあえず街を歩いてみることにした。

もうすぐ正午だ。

宿の前にお昼ご飯を食べねば……。

あちこちから、いい匂いが漂ってくる。

露店もかなり出ているようだが……。

「さすが港町、魚介系が充実しています」

「確かにな。魚は、船の上でも結構食べたが、貝類は食べてないよな」

「そういえばそうですね! その辺に当たりをつけて探してみますか」

腹ペコ二人組は、港の周辺を歩き始めた。

「でもアベル、こういう場合に、よく事件が起きるのですよ」

「は? 事件?」

「ええ。パンを盗んだ少年が店主に追いかけられて、僕らの前で捕まったりとか」

「……」

「スリが僕らにぶつかってきて、お金を盗んでいって、僕らは無一文になって大変なことになるとか」

「……」

「極めつけは、海賊や魔物の大群が街を襲撃するのです!」

涼の口から紡がれる、物語王道展開。

アベルは何も言わない。

もちろん、納得しているのではなく、呆れているだけだ。

「いつも思うが、リョウが言うそういうやつ、無理なのが多いよな。最後の海賊の襲撃とか……以前も言わなかったか?」

「ええ、言いました。アベルに、海賊は街を襲撃などしないと全否定されましたね」

アベルが呆れた口調で言い、リョウが悔しそうに思い出を語る。

「同じことを言う。海賊が、街を襲撃したりはしない」

「た、たとえそうだとしても、魔物の大群ならありえるでしょう?」

「ないとは言わんが……何のために街を襲うんだ?」

「それは……そう! 町の住民を食べるためです」

「そんな事が何度も起きている街に、人が住んでいるわけないだろう?」

「くっ……ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う……アベルは 屁理屈 ( へりくつ ) 剣士です!」

「腹ペコ剣士の次は、屁理屈剣士か」

アベルの二つ名が増えた。

屁理屈剣士。

そんな事を言い合いながら、二人が入ったお店……決定打は、やはり匂いであった。

出された料理は……。

「いいですね、このはまぐりみたいなの」

「でかいな。しかも、身がぷりぷりしていて美味い」

「この、サザエみたいなのもいいです」

「下の方、ちょっと苦い部分も癖になるな」

腹ペコ魔法使いと腹ペコ剣士であるのは、確からしい。

「え? ご主人? これを、ちょっと垂らす? もしやこれは 醤油 ( しょうゆ ) ? いや、 魚醬 ( ぎょしょう ) 。懐かしいですね」

涼は、ロンドの森で自家製造していた魚醤を思い出していた。

炙っているはまぐりのような貝に、ちょっとだけ魚醤を垂らす。

「お? すごいなその黒い調味料。温められて、香りが弾けるじゃないか」

「香りが弾ける……アベルは、時々カッコいい表現を使いますよね」

「そ、そうか? 普通だろう」

涼が素直に称賛したら、アベルは照れた。

醤油を垂らしたはまぐりもどきは……。

「いいですね!」

「美味いな!」

二人とも納得のお味であった。

お腹いっぱい海鮮食材を堪能した二人。

「いやあ、魚醤があるとは驚きでした」

「それって、さっきの黒い調味料か?」

「ええ、あれです。ロンドの森にいた頃は、僕も作っていたんですけど、文明社会に入り浸っている間はご無沙汰でした。考えてみれば恐ろしい事です」

「文明社会……」

「ここは文明社会でありながら魚醤もある。これが、人の生活のあるべき姿だと思うのです」

「うん、すげー大げさな言い方だな」

涼が感動し、アベルは受け入れられずに、小さく首を振った。

その時、突然、アベルが顔を上げた。

隣にいた涼も当然気づき、驚いた。

「どうしました、アベル」

「いや……なんとなく、胸騒ぎがしただけだ」

「船酔いですか?」

「それは胸やけだろう? だいたい、今、あれだけ食ったろうが。船酔いしてたら食えんぞ」

「アベルのつっこみ、さすがです」

「恥ずかしいから、そういうことを言うな」

涼が称賛し、アベルが恥ずかしがった。

「船酔いだったら言ってくださいね。酔い止め薬を錬金術で作ってあげますから」

「そんな物が作れるのか?」

「ええ。ほら、 餞別 ( せんべつ ) にもらった写本。ちょっと見てみたのですけど、最初のページに、船の酔い止めの作り方が載っていたので」

「……『錬金術の深淵』ってやつだったよな?」

「ええ、それです」

「題名からして、もの凄い錬金術の奥義的な響きを感じるのだが……そこに載っているのが、酔い止めの作り方?」

「アベル、船乗りにとって、あるいは港町で生きる人にとっては、船酔い、あるいは船で酔いやすいというのは、死活問題です。それを解決する酔い止め薬の製造方法が書いてある、しかも最初にというのは、あの本を編纂した人の知性が出ているのです」

アベルの疑問に、真っ向から対抗する涼。

「いや、まあ、悪くはないと思うのだが……」

「何が、本当に民のためになるのか。それを常に考え続けることが、国の政に携わる人には必要な姿勢だと思うのです」

「お、おう」

「その意味では、酔い止め薬の作り方は、とても大切なものです。僕は、あれを 編纂 ( へんさん ) した人は、真に民のことを考えていた、真の為政者だと思います」

「はい……」

涼の力説に、アベルは反論できなかった。

言ってることは、全くその通りだからだ。

ただ、『錬金術の深淵』と『酔い止め薬』というギャップが驚きなだけ……。

その時。

カンカンカン、カンカンカン、カンカンカン、カンカンカン……。

辺りに、鐘の音が響き渡る。

「なんだ?」

「分かりませんけど……。アベルの胸騒ぎが当たったのでしょう」

「いや……え?」

涼が指摘し、アベルが少しうろたえる。

「アベルがあんなことを言ったから、この事件は起きたに違いありません」

「俺のせいにするな。だいたい、事件とかいうが、内容も分からんだろう」

「アベルが言ったせいで、街の人々が不幸な目に……」

「絶対、俺のせいじゃない……」

二人がそんなことを言っていると、言葉が聞こえてきた。

「北の砂浜だ!」

「大変なことになっているぞ!」

「まさか、あんなものがやって来るとは……」

そんな言葉が、二人の耳に飛び込んでくる。

「北の砂浜?」

「これは間違いないですね。魔物の大群の襲来。アベルのせいです」

「いや、だから、なんでだよ!」

涼は、アベルのせいにしようとしていた。

「行くぞ!」

それを抑え込んで、アベルは言った。

そして走り始めた。

涼もアベルを追う。

二人とも、北の砂浜の場所は知らなかったが、街の人の多くが走っていたために、それについていくだけでよかった。

北の砂浜につくと……。

辺り一面、それは数千、あるいは数万という膨大な数。

次から次へと、海から砂浜に向かってきていた。

「これは……」

「とんでもないな……」

さすがの涼とアベルも、言葉を続けられない。

海から陸へと侵略を続ける、膨大な数の……。

「カニ……ですかね」

「カニ……だな」

それは、カニ。

大人の掌ほどの大きさの、カニ。

みんな横歩きをしている、カニ。

「あのカニは、魔物?」

「いや、多分違う。普通のカニだ」

涼の問いに、アベルが答える。

魔物のカニがいないわけではないが、アベルの記憶では、かなり巨大だったはずだ。

もちろん、見たことはない。

確か名前は、キングカリブ。

アベルがそんな事を考えていると、涼が少し歩いて、老人に話しかけているのが見えた。

「ご老人。僕は旅の者ですが、ここでは、こういうことはよく起こるのでしょうか」

「たまに……そう、数年に一度、カニの大群が上がってくることはある。じゃが、これほどの数は、わしも初めて見たわい」

「なるほど」

「もう少ししたら、収奪が始まるぞ」

「収奪?」

「うむ。ほれ、カニをこのまま置いておいても仕方あるまい? 死んで腐って、環境を悪化させる。じゃから、街の者たちが持って帰って食べるのじゃ」

「なんと!」

「そのうち、総督府も出てきて、カニスープのふるまいも始まるかもしれんな」

「それは楽しみですね!」

涼と老人の会話は、アベルにも聞こえていた。

アベルの元に戻ってきた涼は。

「総督府が出張って来るそうです!」

「そこだけ聞いたら不穏な空気になるわ」

アベルは、全部聞こえていたから問題ないが、確かにそこだけなら……。

「カニスープ屋さんが立つまで、ここで待ちますか」

「……さっき、たらふく貝を食べなかったか?」

「あれはあれ、これはこれです。カニは別腹という名言が、世界にはあります」

「うん、絶対嘘だな」

「まさか、アベルに見抜かれるとは……」

「誰でも分かるわ」

時間が経つうちに、桶や樽を持った人から、荷車に樽を積んだ人たちまでやってきた。

そして、ついに。

「あれですね、総督府のカニスープ屋さん!」

バンラ総督府の旗を掲げたお店が建った。

しばらくすると、お店の前に人が並び……かなり大きめのお 椀 ( わん ) をもらっている。

涼とアベルも並び、無事にお椀を貰った。

その中には、白濁したスープが。

「味噌ではないのですが、これは美味しそうですね」

「ふむ。昔、ウィットナッシュで飲んだカニスープとは、また違うようだ」

涼とアベルはそんな事を言いながら、一口飲んだ。

「おお……」

「いいな……」

もう一口。

「体に染み渡る感じがします」

「言いたいことは分かる。美味いな」

そのカニスープは、二人の口に合ったようだ。

二人の周りでも、街の人たちが嬉しそうに美味しそうにスープを飲んでいる。

スープには、ほぐしたカニの身も入っており、それもいい感じなのだ。

「ああ、お二人も来てましたか」

「艦長さん」

ローンダーク号の、ゴリック・デュー艦長も来ていた。

確か、総督府に報告のために行っていたはずだが……。

「カニスープ屋を出さなきゃいけないということで、報告は打ち切りになったのです。何だ、カニスープ屋ってと思ったら……こういうことだったのですね」

「そうみたいです。街のご老人に聞いたら、これほどの規模は初めてだけど、数年に一度カニがやってくるそうです。その時、総督府はカニスープ屋を出して、街の人にふるまうそうで」

涼の説明に、なるほどとゴリック艦長は頷いた。

そのうち、ローンダーク号の乗組員たちを見つけたゴリック艦長は、そちらにも顔出しのために去っていった。

「全然違うのは理解しているんだが……ルンの 大海嘯 ( だいかいしょう ) を思い出してしまったな」

「ああ。定期的に溢れ出る……魔物とカニの違いはありますけどね」

「あの時は、狩っても狩っても終わりが見えなかった……」

「らしいですね。三万体でしたっけ? ほんと、とんでもないです。よく、アベルは生きていましたね」

「……リョウは、図書館にいたんだよな」

「ええ。僕の所まで知らせに来てくれればよかったのに」

「行けるかよ!」

何度も首を振る涼と、つっこむアベル。

「だが、この前の大海嘯は、たまたまルンの街に行ってて、遭遇したんだろう? ハインライン侯の報告にあったもんな」

「そうなんですよ。冒険者食堂の日替わり定食を食べようと思って行ったら、ラーさんに捕まっちゃいました。ルンのギルドマスターってのは聞いてましたけど、頑張ってますね~」

「オーガの大海嘯はヤバいだろ……」

「僕の魔法で一撃でしたよ。いわば、ルンの街を救った英雄です。偉いと思いません?」

「偉いとは思うが当然の行いでもある」

称賛しつつも、それを当然だと言うアベル。

「と、当然の行い?」

「そうだ。なぜなら、リョウは貴族だからな」

「う……ノブレスオブリージュ……高貴なる者の義務」

「聞いたことのない言葉だが、高貴なる者の義務というのは、まさにその通りだ。貴族の役割だな。これからも頑張ってくれ」

「貴族とは……国の奴隷なのですか……」

「貴族と王族は、民の僕だ」

嘆きながら言う涼に、苦笑しながら諭すアベル。

国の政治に携わる者は、決して偉いわけではない。

むしろ、民のために全てを投げうつ者たち。

むしろ、家族をすら犠牲にする者たち。

むしろ……民の僕。

「世知辛い世の中です……」

涼は、小さく首を振りながら呟くのであった。

カニスープを堪能し、宿屋でもサービスで付いてきた大きめのカニの足を食べ尽くし、ゆっくりベッドで休んだ二人は、翌朝、元気いっぱいであった。

「いやあ、スージェー王国最後の一泊は、言うことなかったですね」

「そうだな。カニも宿も良かったな」

ローンダーク号に到着したのは午前七時四十分。

二十分前行動。

乗組員も、早めに揃っていたらしい……さすが軍艦。

予定通り、八時ちょうどに出航したローンダーク号は、ついにスージェー王国を離れ、大陸に向かって走り始めるのであった。