0476 剣戟
0476 剣戟
剣戟。
剣士と剣士の戦い。
青い男は、身長も体格も、アベルとほぼ同じ。
使う剣も、アベルの魔剣とほぼ同じ大きさ。
「剣士、お前、面白い剣を使っているな」
「青い男、普通、人には名前があるんだぞ」
青い男の挑発を含んだ言葉に、挑発しか含まない言葉を返すアベル。
「そうか、それは知らなかった。で、剣士、お前の名前は何だ?」
「そうか、知らなかったのか。じゃあ、これも知らないのか? 相手に名前を尋ねる時は、自分から言うもんだぞ」
「それも知らなかったな。俺の名前はラウだ」
「……素直だな」
青い男ラウは、笑いながら素直に答え、アベルは結局答えない。
「答えないならまあ、それでもいい。リチャードの 末裔 ( まつえい ) と呼ぶことにする」
ラウが笑いながら言ったその言葉に、一瞬言葉を失うアベル。
言葉を失いながらも、剣と体は動き続けている。
二人とも、剣戟の最中だ。
「なぜ、リチャード王の事を……」
「知っているのか? そりゃ、昔戦ったからだ」
「まったく……魔人といい幽霊船といい、うちのご先祖様の活動範囲はどこまで広いんだか」
「ふむ? あの時は……幽霊船じゃなかった気がするが、まあいいか」
最後のラウの言葉は小さく、アベルの耳には届かなかった。
「それで? なぜリチャード王の末裔だと?」
「そりゃお前、その剣以外にはないだろう?」
「これ?」
ラウの指摘に、心の中で首を傾げるアベル。
アベルの魔剣は、今日も赤く輝いているが……これは別に、国王が代々継ぐ剣というわけではない。
いちおう、王室の宝物庫に眠っていた剣の一つではあるが、冒険者となる時に、適当に持ってきた剣だ。
宝物庫の中で気になったのは確かだが……。
「落ちてた剣を拾ってきただけだぞ?」
「“エクス”が落ちてた? 世界には不思議なことがあるもんだな」
アベルが、けっこう正直に答える。
それに、首を傾げるラウ。
「まあいい。リチャードの末裔を虜にできるのなら、それもまた一興」
「やってみろ!」
アベルは、三年もの国王のお仕事で、剣の腕はなまっていた。
もちろん、暇を見つけては剣を振っていたし、模擬戦も時々やっていたが、それでも冒険者時代の、命のやり取りがかかった現場とは違う。
ひりひりとした空気もない。
なまるのは仕方がない。
だが、戦場に戻り、魔人の眷属オレンジュと戦って打ち倒し、多島海地域に飛ばされてからも敵船に突っ込んで旗艦を制圧した。
感覚が研ぎ澄まされた。
今までにない経験を繰り返したことによって、新たな知見も得た。
見た事のない剣の技、ナイフの技、それら全てを含めての戦闘術。
その知見は、アベルを、冒険者時代よりも、高い新たなレベルへと押し上げた。
アベル自身は、その事には気づいていない。
思った以上に体が動くな、程度の感覚だ。
アベルが強くなったことに気付いたのは涼だ。
ローンダーク号の甲板で、今まで通り剣を振るっている時に確信していた。
涼自身が、魔法使いでありながら剣を使う。
そして、ずっと以前からアベルの剣を見てきた。
だから気づいていた。
ただし、その事は本人には伝えていない。
別にわざわざ言わなくてもいいかなって。
魔人大戦以前であれば、アベルはラウには勝てなかっただろう。
もしかしたら、十合程度で決着がついたかもしれない。
だが、今は……。
「くっ……末裔、強いな!」
「何だ末裔って。省略し過ぎだろうが。俺の名前はアベルだ。覚えておけ」
三段突きから、横薙ぎ。
ラウの首を狙うアベルの剣。
カキンッ。
だが、さすがにラウも簡単には倒されない。
アベルの薙ぎを弾き返して、攻守交替。
二人の剣戟は、攻守を激しく入れ替わりながら濃密さを増していった。
そんな剣士二人の剣戟より少し離れた場所で、別の二人の剣戟が行われている。
「あなたとあの剣士を、永遠の虜にする」
「お断りします」
「強そうだから、近衛兵にしてあげてもいい」
「えっと、人の話聞いています?」
青い女と涼の会話は噛み合っていない。
「そうね、永遠の虜にする前に、名前を聞いておくべきね。あなたの主になるのはファンよ。それが私の名前、よろしくね。それであなたの名前は?」
「えっと、ファンさん、虜になるつもりはないのですが……」
「あなたの名前は、虜さん? 珍しい名前ね」
「違います、涼です。僕の名前は涼」
「リョウ……いい名前ね」
「そ、それはありがとうございます」
突然、微笑んで名前を褒めたファン。驚きながら、ありがとうと言う涼。
そんな会話を交わしながらだが、二人の剣戟は激しい。
ファンが攻め、涼が守る。
時々、涼がカウンターを合わせるが、それをファンが華麗にかわす。
涼にとっては、よくある流れだ。
この間に、相手の剣筋を把握できる。
言うまでもなく、涼の防御は鉄壁。
だからこそ、守勢に回っても全く問題ない。
問題ないはずなのだが……。
「むぅ……」
ごくわずかに、切り傷を負うのだ。
全ての剣をよけきっているはずなのに。
魔法?
だが切り傷は、妖精王のローブの上からつけられている。
ローブ自体は、自己修復機能があるらしく、傷ついてもすぐに元に戻るのだが……涼の体は自己修復しない。
「不思議です……」
涼のその呟きが聞こえたのだろう、青い女ファンが口を開いた。
「リョウが着ている水の妖精王のローブでは、私の攻撃は防げない」
「なんですと……」
涼のローブを正確に理解しているのも驚きだし、それで防げない攻撃というのも驚き。
二重の驚き。
「なぜ防げないのか教えていただけますか?」
「近衛兵になったら教えてあげる」
「それはお断りします」
ファンの提案を、丁寧に退ける涼。
「どうして、断るの? 全ての苦痛から解放されるわよ?」
「近衛兵もスケルトンですよね?」
「そうね」
「では、やはりお断りを」
「どうして?」
「スケルトンでは、ケーキが食べられません!」
涼は顔をしかめて答える。
自明ではないか!
「ケーキって、なあに?」
ファンはケーキを知らなかった。
「知らなかったのなら、仕方ありません……」
涼は、本当に可哀そうな人を見る目になって、ファンを見た。
そして、思考を戦闘に戻して考える。
見えないダメージを負う。
であるならば、<アイスアーマー>を着るべきだと。
それは、戦闘開始直後から思っていたことだ。
だが……。
嫌な予感がするのだ。
なぜかは分からないが、<アイスアーマー>は悪手のような気がする。
これまでの涼が得てきた知識、その身で受けた経験、それら全てを無意識下で分析した結果として、脳が警告を発しているのだろうと思っている。
「なんとなく嫌」「説明できないけどダメ」
それらは、決してわがままではない。
そのまま、『嫌』であり『ダメ』なのだ。
ただ、第三者に論理的に説明できないだけ。
もちろん、必ずしも正解とは限らない。
当然だ。
人の判断なのだから、百パーセント正解などということはあり得ない。
論理的思考の結果の『嫌』や『ダメ』であっても、いつも正解とは限らないのと同じだ。
まあ、他の人と一緒にお仕事をしている場合には……「なんとなく嫌」とか、すごく困るのだが……。
「なんとなくの理由を知りたい……」
涼は呟く。
ファンとの激しい剣戟の最中であり、鉄壁の防御で防ぎながらも、少しずつ切り傷を負っている。
「さっきファンは、『水の妖精王のローブでは、私の攻撃は防げない』と言った」
もちろん、嘘である可能性はある。
戦っている相手に、正直に情報を伝えるとは限らないわけで。
だが、何を判断するにしても、手にした情報をもとに考えるのが第一歩だ。
「水の……妖精王のローブ……?」
これまでにも、涼が羽織るローブを、『妖精王のローブ』だと一目で認識した人たちはいた。
悪魔レオノール、セーラ、西の森のおババ様、魔人ガーウィン……みんな、人ではないが……。
だが、その中の誰一人として、『水の妖精王』とは言わなかった。
『妖精王』とは言っても、『水の』はつかなかった。
この辺りに、何かヒントはないか?
目の前の、青く輝く女ファン……。
「青? 水? まさか……水属性系統の魔物?」
涼の言葉は、思わず口から漏れた言葉。
決して大きくはないが、相手は剣を挟んで目の前だ。
当然、聞こえた。
「そう、それは、だいたい正解」
ファンは、何度も小さく頷きながら答えた。
それで涼にはすべて 得心 ( とくしん ) がいった。
クラーケンやベイト・ボールのような海の中以外では、初めての水属性の魔物。
そもそも、こんな魔物がいる事など、聞いたこともないが。
だが、間違いなく、涼よりも長く水属性魔法を扱ってきたはずだ。
つまり、水属性魔法の魔法制御で涼を上回る。
涼が水属性魔法を使えば、魔法制御を奪われる可能性があった……。
もし、<アイスアーマー>を生成して、身に纏っていて……その魔法制御を奪われたら……?
死しかありえない。
涼は身震いした。
「なんとなく嫌」に従って、<アイスアーマー>を使わなかった自分を褒めてやりたかった。
同時に、一つの結論が導かれる。
(この戦い、魔法が使えない……)
剣士の戦いでは、『魔法が使えない』ということで悩むことはない。
だから、アベルは悩んでいない。
悩んでいるのは別の事だ。
「ラウと言ったか。強いな」
そう、目の前の青い男ラウは、強いのだ。
アベルとほぼ同じ体格、同じような剣、剣筋こそかなり違うが……似ている部分が多いために、強さをダイレクトに感じる。
「ハハハ、面白いな、アベルは。普通は、虚勢を張ったり、逆に戦意を喪失したりするものなんだが……。そうか、心が強いのか? これまでに、強敵と戦った経験があるようだ」
「まあな。お前さんも含めて、物語や伝承に残るような強者と戦うことが多くてな」
ラウが笑いながら言い、アベルも苦笑しながら答える。
そう、アベルは思うのだ。
昔は、決してそんな事はなかった。
確かに強者と戦うこともあったが、少なくとも相手は人間だった。
あるいは普通の魔物か。
だが、ある時期を境にしていろいろと変わってしまった。
言うまでもなく、ロンドの森に流れ着いて、どこかの水属性魔法使いと出会ってからだ。
「それまでは平和な毎日だったのに」
思わず呟くアベル。
「そんなわけあるかよ」
なぜか目の前の青い男に否定された。
「“エクス”が、お前に拾われた時点で、そんなわけない」
「いや、何も知らんだろう? ラウ、俺の事情なんて何も知らんだろう?」
「ああ、アベルの事情は、確かに何も知らない。だが、アベルが“エクス”を持って振っている時点で、平和なんてありえないというのは分かる。そいつは、そういう剣だ」
「物騒なことを言うな……」
思わず、自らが操る赤い剣を見るアベル。
「いいじゃないか。どうせ、最後は力がものを言うんだ。力ある者が語るから、説得力を持つ。正しいから従うんじゃない、そいつに従えば生き残れるから従うんだ。言葉じゃねえ、行動で示さなきゃ、人はついてこないぜ? 理路整然に語れ? そんな言葉、心を打たんだろう?」
「……お前、魔物なのに人間ぽいな」
「馬鹿野郎、俺らの方が人間より古くから存在しているぞ。俺らの真似をしたのが人間だ。アベル、俺は寛大だから許すが、そんなこと言ったら、相手によっちゃ即死案件だぜ?」
「そうか……それは悪かった。人間中心に考えてしまうのは、悪い癖だな」
「素直に謝る事ができるのはいい事だ」
魔物に諭されるアベル。
いや、本当に『魔物』なのかは分からないが……青く輝いている以上、少なくとも普通の人間ではないだろう。
(人間より古くから……? 幽霊『船』だよな? 船って、人間が作ったんじゃないのか?)
無意識に剣を振るいながら、頭の中でそんなことを考えているアベル。
だが、確かに、深い知性を持っていることは理解できる。
もちろん、戦闘狂の感じもするのだが。
そこで、ラウは大きく後方に跳んで距離をとった。
アベルは追撃せずに、見守る。
ラウの剣筋は、なんとなく理解しているが、強さの底は全く見えない。
そんな相手に追撃するのは恐ろしすぎる。
罠であった場合、一気に負けてしまうからだ。
「ふむ、判断力も悪くない。アベルは興味深いな」
「そりゃどうも」
「よし、一段階上げるから、受けきってみろ!」
ラウが言った瞬間、消えた。
ガキンッ。
「ぐっ……」
思わずくぐもった声を出すアベル。
ラウは消えた瞬間、高く跳びあがって、上空から打ち下ろしてきたのだ。
人間が跳べる高さではない場所から。
(いよいよ人外の本領を出してきたか……。いや、そんな事を考えている場合じゃないな。無駄な思考をしている余裕はなくなった)
アベルはそう考えると、小さく短い息を吐く。
その一息で、余計な思考を追い払った。
「ほぅ……」
ラウの口から漏れる称賛の声。
一呼吸で、眼前の戦闘に集中したのを理解したのだ。
ラウも、これまで多くの剣士たちと剣を合わせてきた。
剣という武器は面白いもので、多少の違いはあれども、世界中どこに行っても似た武器が存在する。
いつの時代でも。
それはつまり、体長二メートル弱の二足歩行の生物にとって、最も合った武器だという事なのだ。
そんな剣士たちの中でも、目の前のアベルという剣士が、一流であることは、すでに理解している。
「問題は、超一流か、だ!」
後方に体を飛ばしながら剣を薙ぐ。
アベルも同時に後方に跳び、かわす。
お互い距離をとって仕切り直し……にはならない。
一度後方に体を飛ばしたラウが、それを反動にして一気に前に詰める。
同時に突く。
薙ぐ、逆袈裟、袈裟懸け、突き……。
時計方向に体を動かして、アベルの横に回り込みながら技を繋げる。
最初とは、比べものにならないラウの剣速。
だが、それを丁寧に受けるアベル。
「受けきってみろ」と言われたのだ、ラウの攻勢、アベルの守勢になる展開になる事は想定できた。
『受ける』とは言っても、ラウの剣を正面から受け止めるわけではない。
速度が上がるということは、威力も上がっている。
それを正面から受けるのは……。
相手が人間ならいいだろう。
ウォーレンのような怪力の男もいるが、それでも威力は想像できる。
だが、アベルは、文字通り人外の、たとえば魔王子や、魔人の眷属のような者が振るう剣を経験した。
守る場合でも、正面から受け止めると危険な剣。
アベルの魔剣は折れまい。
だが、アベルの体自身に無理がくる。
ラウの剣も、同じようなものだと考えて処理した方がいい。
だから、剣の勢いが完全に乗る前に弾く、剣の力を逃がす……ラウの腕を伸びきらせない。
最初、頭で考えてそんな処理をしていた。ほんの少しだけ、雑味もあった。
しかし、時間が経つにしたがって洗練されていく。
弾く。
流す。
伸ばさせない。
剣の動きに合わせて、体の動きもさらに洗練されていく。
腕の動き。
足の動き。
胴の動き。
全てが一連の動きへ。
視覚も。
聴覚も。
触覚も。
全てが一つの感覚へ。
アベルの体は、すでに無意識で動いている。
アベルの思考は、すでに何も考えていない。
アベルの全てが……無に染まった。
無我。
その瞬間、ラウの突きをギリギリ、革鎧を削らせながらかわす。
そして、赤く輝く剣をその胸に突き立てた。
「うぐっ」
ラウの口から漏れる言葉。
アベルは剣を引き抜き、そのまま体を回転させて、一息でラウの首を刎ねた。
「ふぅ……」
肩で息をするアベル。
さすがに、一息では興奮した気持ちも、呼吸も整わない。
以前の経験から、胸を突き刺すだけではなく首も斬り飛ばした。
胸を突いた時も、首を斬り飛ばした時も、魔石を割った感覚はない。
もちろん、魔石のない魔物というのもいるので、何とも言えないが……。
アベルは、油断なくラウを見ている。
同時に、もう一方の戦闘にも、ようやく注意を払える余裕が出てきた。
チラリと見ただけだが、涼の顔に、あちこち切り傷があるように見えた。
鉄壁の防御を誇る涼がだ。
「リョウ!」
思わず叫ぶアベル。
「大丈夫! ただのかすり傷です!」
涼はアベルの方を見ずに答える。
まだ、剣戟の最中だ……。
「向こうが終わりました」
「珍しいわね、ラウが負けるなんて」
涼が指摘し、ファンが答える。
その答えには、悲しいとか悔しいとか、そんなネガティブな感情はこもっていない。
もちろん喜んでもいないようだが。
むしろ、淡々と事実を述べているというべきか。
しかし、涼には関係ない。
今、欲しい情報が得られた。
涼は、一度、バックステップして距離をとる。
そこに、一気に突っ込んでくるファン。
彼女は、距離をあけて仕切り直しという方法をとらせてくれない。
だから、呼び込みやすい。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
水が舞った。
ほとんど同時に、ファンの頭が斬り飛ばされた。
「見事!」
アベルが称賛する。
それを受けて、一つ頷く涼。
そして、三回、深い呼吸を行う。
落ち着いた。
自分の心の落ち着き、それと周囲を確認してから、服のポケットに入れておいたポーションを飲み干す。
いつもの鞄は、ローンダーク号の船長室に置いてきたが、自作のポーションは持ってきたのだ。
涼の氷容器に入っているため、戦闘程度では割れたりしない。
アベルは、涼に近づきながらも、涼が村雨の刃を出したままにしているのに気付いていた。
アベル自身も、愛剣を抜身のまま持っているからだ。
「リョウ、どう思う?」
「正直、分かりません。アベルが首を斬り飛ばしたのを見て、『ラウが負けた』と言ったので、彼女の首も斬り飛ばしてみたのですが……。でも、彼女らがこの幽霊船の支配者なのか、不明なんですよね」
言った瞬間、涼がビクッとした。
アベルも、すぐに涼が見ている方向を見る。
そこには……立ち上がる二つの首なし死体。
同時に、転がった自分の頭を拾い上げる。
さらに同時に、首の上に乗せた。
「いや、驚いたぞ! まさかアベルの剣が、あれほどとはな」
「リョウの勝ち。負けを認める」
青い男ラウと、青い女ファンが二人を称賛した。
「レオノールといいこの人たちといい……首を斬り飛ばしても死なないのは、反則だと思うのです」
「ああ……その気持ち、よく分かる」
涼は何度も首を振りながら嘆き、アベルも頷きながら同意した。
同時に、カラカラと音を響かせながら、何かが上がってきた。
それは、広船に乗り込んでいたスケルトンたち。
ラウとファンが負けを認めたため、スケルトンたちは撤収してきたらしい。
「二人とも、一緒に行く?」
「俺たちは大歓迎だが?」
「遠慮する」
「辞退させていただきます」
ファンとラウが誘い、アベルと涼は断った。
「近衛隊長でもいいよ」
「その革鎧とローブを着たままでもいいぞ」
「結局スケルトンだろ?」
「お断りさせていただきます」
ファンとラウが提案し、アベルと涼は再び断った。
ラウとファンは顔を見合わせて、二人とも頷いた。
「アベルは強かった」
「リョウも強かった」
「この二人相手には、この『器』じゃ弱すぎたな」
「いつか、本体で戦ってみたいね」
その会話を聞いた涼とアベル。
「アベル、本体とか言っています」
「何も聞こえなかったことにしよう」
無かったことにした。
「あ、ファンさんにちょっと尋ねたいことがあるのですが」
「なあに? やっぱり近衛兵になりたい? リョウが望むなら、特別に、白い骨じゃなくて青い骨にしてあげてもいいよ?」
「いえ、それはお断りします。青い骨は興味ありますけど……いえ、僕はなりたくないです」
涼の言葉に、ファンが動き出して何かしそうになったので、慌てて止める。
「お二人とも、水属性の魔法を操ると思うのです」
「うん、詳しい事は教えてあげないけど、そういう認識でいいはず」
「それでですね、僕の魔法で生成したものの、魔法制御を奪ってみて欲しいのです」
「魔法制御?」
涼は唱えた。
「<アイスウォール>」
二人の横に、氷の壁が生成される。
「ふむ、なかなか面白い魔法。それは、水の妖精王に習った?」
「いえ、魔法は習っていません」
「そうなの? ローブとか剣とか……ブーツまで貰っているのに?」
「はい。師匠には剣を習いました」
「……やっぱり変わっているね、あいつ。で、この壁をどうすればいい?」
「この壁、ファンは動かせます?」
涼が生成した氷の壁であるため、他の者は動かせないはずなのだが……。
氷の壁が浮き上がり、空を飛んだ。
「こういうこと?」
「ああ、やっぱり……」
ファンが問い、涼が顔をしかめてため息をつく。
「そう、リョウが言う魔法制御って、そういうこと。うん、私は乗っ取れる」
「ええ、ありがとうございました」
涼が丁寧に頭を下げると、ファンは氷の壁を消し去った。
ファンが魔法制御を奪ったため、涼の氷の壁ではなく、ファンの氷の壁になってしまったのだ。
「俺も質問がある」
アベルは厳しい表情になって言葉を発した。
「ふむ、なんだ?」
ラウが、笑顔を浮かべたまま先を促した。
「なぜお前たちは、人の船を襲う? そして船員を殺す?」
「人の船を襲うのは、船員補充だ。そして、正確には殺してはいない。虜にしているだけだ」
「虜? スケルトンにするだろう?」
「ああ、するぞ?」
「殺して、スケルトンにするだろう?」
「そこは認識の相違だな」
アベルが指摘し、ラウが肩をすくめて答える。
「ラウ、多分人はまだ、スケルトンについて理解していない」
「あん? ああ、そういうことか。だから虜にしたいと言っても、拒否されたんだな」
ファンが言い、ラウが頷いた。
「不思議に思ったことはないか? 人が魔物と呼ぶ者たちには、だいたい魔石があるが、スケルトンやレイスには魔石が無いということを」
「活動するためのそのエネルギーは、どこから来ているのか」
ラウの言葉に答えたのは涼であった。
「エネルギー……懐かしい言葉を聞いたな。そうか、リョウはそうなのか……」
ラウはそう呟くと、懐かしそうな目で涼を見た。
「あの、えっと……」
「いや、気にするな、こっちの話だ。まあ、リョウが指摘したこと、そのものだな。スケルトンは食事をしない、水も飲まない、殺した対象から何かを奪ったりもしない……。だが、彼らは動ける。もちろん、錬金術のように魔石からの力の供給を受けているわけでもないのに」
「そう、確かに不思議ですよね」
「実は、スケルトンは、人が言う『死』とは少し違う」
「どういうことですか?」
「俺が言えるのはここまでだ」
「えぇ~!」
涼が抗議の声をあげる。
ここまで言っておいて、そこで話を切るのは困る……。
「まあ、今回は、二人に負けたわけなので、最初の船の船員たちも持ち帰らないでおく。重いケガ人も治したから、それで許してくれ」
「そうか……」
ラウが謝り、アベルは納得しがたい顔をしながらも受け入れたようだ。
「とはいっても、殺すわけじゃなくて、所属の変更……拉致するだけなんだが」
「人の間では、拉致も怒られる」
「……人は難しいな」
ファンとラウの物騒な会話も聞こえてきたが、涼は何も言わないことにした。
この『ファイ』という世界において、人間は弱者だ。
弱者が強者に狩られるのは、自然の摂理。
そこでは、人も動物も魔物も何も、区別はされない。
ある意味、驚くほどの平等がある。
強ければ生き残り、弱ければ狩られる。
人が地球において動物を狩り、植物を採集して、自らの栄養源としたように。
『ファイ』にはまた別の形がある……ただ、それだけの話なのだ。
もちろん、涼としては、狩られたくはないために、狩られないように努力するのだが。
「じゃあな。また会おう」
「近衛兵にはいつでもなれるからね」
そう言って、ラウとファンを乗せた幽霊船ルリは去っていった。
来た時同様、雲を纏って。
「完敗でした」
「は?」
「いや、そもそも勝負してないですね」
「首、斬り飛ばしてただろ?」
「剣で勝って魔法で負けたのです」
涼は悔しそうに小さく首を振って言った。
「ああ、さっきの氷の壁のやつか?」
「最初は、なんとなくヤバそうだったから魔法を使わなかったのですけど、その判断は正しかったです。正しかったのですが……もっと強くならなければいけません!」
「お、おう」
「最近、錬金術にかまけて、魔法制御の練習時間が少なくなっていました。もっといっぱい練習します」
「リョウの魔法制御の練習ってあれだろ。氷の塔を作ったりとか、氷のケーキを作ったりとか……」
「ええ、ええ、それですよ。でも、船員さんたちのお仕事の邪魔をしたらいけないので、空中に作りましょう」
「は?」
「その間も船は移動していますからね。生成物も移動させながら、さらに構築……ふふふ、これはなかなか大変そうです」
大変な修行を思いつき、嬉しそうに笑う涼。
それを横から見て、唖然とするアベル。
そして、アベルは呟いた。
「俺も、今まで以上に剣を振るうか」
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