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0524 ミーファの死闘

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0524 ミーファの死闘

シオ・フェン公主離宮への襲撃が行われる少し前、スー・クーの一行は、カン公邸に到着した。

二百人を超える、完全武装の一行。

だが、一行の前に、カン公邸は扉を開き全員を中へ導いた。

当然、スー・クーは罠を疑う。

「<呪符探知>」

それは、その名の通り、一定距離内に設置された呪符や霊符を探知する風属性魔法だ。

かつて、ダーウェイの前王朝で開発され、ボスンター国でもスー・クーを含め、何人かは使う事ができる魔法。

元々、呪符は 隠蔽 ( いんぺい ) との相性が良いため、かなり上級の魔法使いでなければ、<呪符探知>を使っても見つけ出すことはできない。

だが、スー・クーは熟練の魔法使いだ。

「外壁に、攻撃反射系の呪符のみか。魔法封じ系は無い。さて、どういうことか……」

魔法系、呪法系の罠がないのに、完全武装の兵士二百人以上を受け入れる?

「最近はあまりないが……。<探査>」

風属性魔法で、例えば 伏兵 ( ふくへい ) の存在などを探知する事ができる魔法だが……。

「やはり、伏兵もなし」

そう、当然だ。

呪符と違って、伏兵であれば気配で感じられる。

スー・クーほどに、死線を潜り抜けてきた者であれば、それは当然の事。

そんな経験豊富なスー・クーであっても、このカン公邸の状況は理解できない。

「結局、屋敷に入って直接会うのが一番か」

スー・クーは、側近らと共にカン公の元に案内された。

驚くほど低姿勢の召使らによって。

「スー・クー、よく来てくれた」

一行を迎えたカン公の第一声だ。

極めて普通。

ほとんど戦争状態であるのに、極めて普通。

だからこそ、異常。

スー・クーは、魔法使いとしても、カン公が異常である事をすぐに感じ取った。

(何だ、これは……。カン公の魔力の流れが変だ……体内の魔力がかなり少なくなっていて、外部から入り込んでいる魔力がある? 初めて見る魔力の流れだが……)

「先日の、不幸な誤解を謝罪する」

カン公が、スー・クーの前で謝罪している。

謝罪しているのだが……。

(よく見ると、表情にも覇気がない。カン公といえば、良きにつけ悪しきにつけ、その押し出しの強さが特徴だったはずだが)

スー・クーはそこまで考えると、頭を下げた。

「いえ、もったいなきお言葉」

頭を下げることによって、カン公の視線から切れる。

頭を下げたまま、目を閉じ小さく唱えた。

「<呪符探知>」

門をくぐってすぐ、屋敷の外でも行った呪符探知。

罠に関する呪符は、外には無かったが……。

(見つけた! カン公が座る椅子の……中? しかも、その呪符からカン公に魔力の流れがある。そんな呪符がありうるか?)

スー・クーは顔を上げた。

表情は、いつも通りを意識しているが、頭の中は高速で回転している。

(呪符から人への魔力の流れ……呪法使いなら分かるが、そうでないなら呪符の支配下に置かれてしまうのでは……。そうか、カン公を支配下に置いているのか!)

スー・クーにも思い当たる呪法があった。

( 傀儡 ( くぐつ ) ……)

古い、とても古い起源の呪法。

一説には、浮遊大陸、古のバビロンに起源を発するとすら言われる傀儡の呪法。

古い起源の呪法として知られながら、その解呪法はただ一つしか見つかっていない。

すなわち、かけた呪法使いの死。

(いや、まだ傀儡と決まったわけではない。確定させねばならんが……確認するには服を脱がせねばならん……)

スー・クーは、心の中で深くため息をついた。

傀儡の呪法は、対象の胸、心臓の上に特徴的な魔法陣を描く。

それを確認すれば、傀儡となっていることが分かるのだが……。

カン公ほどの地位にある人物の胸部を確認するのは、はなはだ困難だ。

(やむを得ん)

スー・クーは、正面からカン公を見て言葉を切り出した。

「カン公、ちと内密な話がある。二人だけで話をしたいので、人払いをお願いしたい」

「いいだろう」

スー・クーの提案を、カン公は表情を変えることなく、声のトーンも変えることなく受け入れた。

この時点で、傀儡となっている可能性は八割以上と、スー・クーは心の中で考えている。

彼女が知るカン公と、あまりにも違い過ぎるから。

そして、全員が外に出て、ある程度離れたところで、スー・クーは唱えた。

「<眠れ>」

瞬時に、カン公は眠りに落ちた。

スー・クーは、椅子に座ったまま眠った、カン公の胸元をはだけさせた。

その胸には、はたして……。

「星形の魔法陣。やはり傀儡か……」

スー・クーは、深いため息をついた。

小さく首を振る。

今は亡き妹の夫。

考え方も方法論も、スー・クーとは違う。

だが、それでも……。

「こんな目にあっていいはずがない」

その言葉と共に、俯いた顔から一滴の涙がこぼれた。

傀儡の解呪は、かけた呪法使いを殺す以外にない。

おそらく、カン公にかけたのは、呪法使いだと言われるデザイ。

「この屋敷のどこかにいればいいが……」

スー・クーはそう呟くと、涙をぬぐって決然として顔を上げた。

やるべきことは決まった。

「誰かある!」

「はっ! ここに」

スー・クーの言葉に、すぐに扉を開けて部下が入ってきた。

「すぐにデザイを探せ! カン公の同意を得ていることを、屋敷の者たちに知らせよ。家探しを邪魔する者は斬っても構わん」

「はっ!」

すぐに、部下たちは散っていった。

「すまんなカン公。勝手に名前を使わせてもらったぞ」

もちろん、魔法で眠らされているカン公は何も答えなかった。

シオ・フェン公主離宮。

最も広く奥まった場所にある謁見室にシオ・フェン公主は移り、守備兵に守られている。

守備兵の中でも、シオ・フェン公主直属の近衛兵とも言うべき、公主禁軍の二十人。

それと、ミーファだ。

「シオ様、もうしばらくご辛抱ください」

「大丈夫よ、ミーファ」

ミーファの言葉に、笑顔で頷き返すシオ・フェン公主。

その時、扉の外が慌ただしくなった。

謁見室内にまで聞こえてくる剣戟の音。

さらに 怒号 ( どごう ) 。

当然、公主禁軍の二十人とミーファは、剣を構える。

「謁見室のすぐ隣に、地下道の一つの入口があります。そこから逆に入ってきたのでしょう」

最も冷静であったのは、命を狙われているシオ・フェン公主であろう。

「錬金鍵で封じてあるのに……」

「人がやる事です、完全ではありません」

ミーファの言葉に、苦笑交じりに答えるシオ・フェン公主。

その差は、覚悟の違い。

ほどなく、謁見室の扉が破られた。

入ってきたのはただ一人。

「確かに、ここで正解だったようだな」

黒い長剣を持ち、肩で切りそろえた黒髪、黒目、長身の男性がニヤリと笑って言った。

「まさか……」

「馬鹿な!」

「なぜ、あなた様が……」

そんな声が、公主禁軍の中から聞こえてくる。

ミーファは、黒剣の男が誰か知らない。

だが、その圧倒的な存在感に押し潰されそうになる。

「ヴォーグ卿、お久しぶりですね」

「さすが公主様。この状況でも泣き叫ばない 胆力 ( たんりょく ) 、いや感服いたしました。私は、常々、公主様こそこの国の女王になっていただきたいと思っていたのですが」

「 戯言 ( ざれごと ) ですね」

ヴォーグ卿と呼ばれた男の軽口を受け流すシオ・フェン公主。

だが、『ヴォーグ卿』という名前が出たことで、ようやくミーファにも、目の前の黒剣の男が誰なのか理解できた。

「現、『国の剣』……」

ミーファの呟きが聞こえたのだろう。

ヴォーグ卿は笑いながら答えた。

「あははははは、正解だ、 小娘 ( こむすめ ) 。お前は……おっと」

ヴォーグ卿が話している途中で、公主禁軍は襲いかかった。

「まだ話している途中だったろうが」

顔をしかめながらも、公主禁軍の攻撃を危なげなくかわすヴォーグ卿。

しかも、かわしながら的確にカウンターを合わせ、次々と公主禁軍を打ち倒していく。

ミーファの目から見ても、その実力は圧倒的。

「強すぎる……」

わずか二分で、ヴォーグ卿は公主禁軍二十人全てを 葬 ( ほうむ ) った。

「公主禁軍、鍛え方が足りんのではないか?」

笑いながら言うヴォーグ卿。

「あなたが強すぎるのです、ヴォーグ卿」

「お褒めにあずかり 恐悦至極 ( きょうえつしごく ) 」

シオ・フェン公主が言い、ヴォーグ卿はわざとらしく馬鹿丁寧にお辞儀をした。

「単騎で来る自信、それだけの実力は確かにありますね」

「いや、それは誤解だ。最上級の錬金鍵で封がされている地下道、錬金鍵をごまかして通過できるのが一人だけだそうだ。それで、俺が一人でやって来ただけだ」

ヴォーグは、そう言うと、歩き出しながら言葉を続けた。

「では、公主様のお命を 頂戴 ( ちょうだい ) ……」

「まだです!」

ヴォーグ卿の前に立ちはだかるミーファ。

それを見て、目を細めるヴォーグ卿。

「小娘、お前では勝てん」

馬鹿にしたような笑いを消し去り、真顔で言った。

「そうだとしても、ここは譲れません」

剣を構え、シオ・フェン公主の前に立つミーファ。

「ミーファ、無理です。どきなさい」

「どきません!」

シオ・フェン公主がいっそ優しく言う。

だが、断固たる決意の下、ミーファは立つ。

「小娘、お前はさっきの禁軍の連中よりも筋が良さそうだ。生きていれば、いずれは俺の領域に届くやもしれんぞ」

「シオ様を差し出して生きながらえることに、何の価値があろうか!」

「やれやれ。ならば、死ね」

本気の一撃。

間違いなく、ヴォーグが放ったのは、本気の一撃だった。

それを……。

「これを受け流すか」

驚くヴォーグ。

ミーファが片手剣なのは把握していた。

そのため、受けられても、受けた剣もろとも肩口に打ち下ろそうとした。

だがミーファは、その打ち込みに対して完璧な角度で剣を当てることによって、打ち込みの力を流したのだ。

理屈は難しくない。

だが、目に捉えられないほどの速度の剣に対して、自らの剣を前に出して流すのは、勇気のいる事だ。

失敗すれば死ぬのだから。

先ほどの、公主禁軍の者たちだって、そうしようとした者たちはいた。

だが、ことごとく失敗して打ち倒された。

ヴォーグは一度大きく後方に跳ぶ。

ミーファは、それを追わない。

ミーファの戦略はただ一つ。

時間を稼ぐ。

師匠たるアベルが戻って来るまで、時間を稼ぐ。

だから、相手が距離を取って、時間が経過するのであれば、それは望ましい展開。

しかも、相手が話しかけてくるのであれば、なおさら……。

「小娘、名を聞こう」

「ミーファ」

ヴォーグの問いに、短く答えるミーファ。

長い答えにして、時間を稼ぐのが一番いいのは分かっているが……。

さすがに、そこまで頭を回す余裕はない。

「ふむ……ミーファか。ああ、思い出したぞ。モゴックの娘、公主の侍女としてダーウェイについていく娘か」

「ええ」

会話をしていても、ミーファは油断していない。

先ほどの打ち込みは、なんとか受け流すことができたが、ギリギリだった。

ヴォーグの、あまりにも速い踏み込みに、対応できる自信は、正直ない……。

「それにしても惜しいな。その歳で、俺の打ち込みを受け流せる奴など、ボスンター全土を探してもおらん。マジで、時間さえあれば俺のレベルにまで上がれる。おい、剣を引く気はないか?」

「あなたが……ヴォーグ卿が剣を引き、この離宮から出ていかれるのなら、すぐにでも」

「そいつは無理だ。そこの公主様を殺す約束だからな」

「……約束?」

ヴォーグの言葉に対し、訝しげにつぶやくミーファ。

「おっと、喋り過ぎた。どうしても公主様を守るというのなら、もう言うまい。そこで死ね」

「死にません!」

黒い 疾風 ( しっぷう ) のごとく、一気に間合いを侵食するヴォーグ。

その勢いのままの突き、突き、突き、さらに横薙ぎ。

かわし、流し、かわし、そして横薙ぎを下方に流す。

完璧な防御を見せるミーファ。

本来なら、下方に流した後、間髪を容れずに切り上げで返すべきなのだが、ミーファにその余裕はない。

ヴォーグの全ての攻撃を受け流しているが、 牽制 ( けんせい ) の反撃すらできないのだ。

力の差は歴然。

(そんな事は、最初から分かっていた!)

今さら、下を向いたりはしない。

今さら、膝をついたりもしない。

今さら……絶望などしない!

シオ様を守り抜く。

ただ、そのためだけに、ミーファは立ちはだかる。

その思いは、対峙するヴォーグにも伝わっていた。

「面白い。いやあ、面白過ぎるだろう。俺を防ぐのが、まさかこんな小娘とは」

笑いながらヴォーグが言う。

だが、何かを思い出したように、一瞬、真顔に戻った。

「いや、年齢や性別で判断するのは愚かだな。昔、ガキだった俺を馬鹿にした奴を殺してやったことがあったか。危ない、危ない」

「油断してくれていいんですが」

「ハッ。その歳で、駆け引きまでするのかよ」

ミーファの言葉に、ニヤリと笑って答えるヴォーグ。

ミーファが言った言葉は、心の底からの言葉でもある。

油断してくれた方が時間は稼げる。

万が一にも、反撃の糸口がそこに見えることもあるかもしれない。

可能性は、どこに開くか分からないのだ。

何度も何度も。

ミーファは、ヴォーグの全ての攻撃を受け流す。

だが、少しずつ切り傷が増えていた。

(剣速が上がった? いえ、私の対応が少しずつ遅くなっているのね)

ミーファは、切り傷が増えている理由を把握した。

ほんの僅か、本当に僅かずつだが、右腕が 痺 ( しび ) れてきている。

完璧に受け流している。

それは事実だ。

だから、ヴォーグの力は、ミーファの剣に当たった瞬間、狙いとは違う方向に流されている。

だが、流される瞬間、必ず剣と剣は当たる。

それは、本当に一瞬であり、力のほとんどは流されているのだが、ミーファの腕にかかる負荷はゼロではない。

その蓄積が、腕の痺れとなっている。

ミーファが使うのは片手剣。

右利きであるため、右手で持つ。

一応、空いている左手で短剣を持って戦う方法も学んでいるが……。

右手に意識を集中するだけでいっぱいいっぱいとなるため、ヴォーグクラスを相手には、左手までは使えない。

ミーファとしては、戦う前からそれは理解していて、左手の事は頭の中から追い払ってある。

(まだ……まだ戦える!)

それは確認、決意の確認。

圧倒的な戦闘力の差は自覚している。

自分の腕への負荷も理解している。

それでも!

まだ!

だが、 破綻 ( はたん ) は突然訪れた。

カキンッ。

「あっ」

音高く……ミーファの剣が弾き飛ばされた。

腕の痺れはヴォーグに知られ、武器そのものを狙われたのだ。

そう、初めてアベルとの模擬戦で経験したように……。

「まだ!」

左手に短剣を閃かせて襲いかかる。

「あめぇ!」

突き出したミーファの短剣を、右手一本で持った黒剣で流しながら、ヴォーグも一歩踏み込む。

そのまま、空いた左拳でミーファの腹部を殴った。

「うぐっ」

後ろによろめき倒れるミーファ。

一撃で、ミーファの戦闘力は奪われた。

「悪くなかったぜ。最後のあがきも、俺は嫌いじゃねえ。だが……」

ゆっくりと歩きながらヴォーグは言う。

「ちーっと、俺と戦うのが早かったな。心配すんな。お前を殺した後、すぐに公主様も殺してやるから、仲よくあの世に行け」

ヴォーグの言葉に、立ち上がれないミーファだが、それでもヴォーグを睨みつける。

もし眼光で人を殺せるなら、ミーファはヴォーグを殺しただろう。

だが、現実はそうではない。

ヴォーグは、剣を振りかぶった。

その瞬間も、ミーファはヴォーグを睨み続ける。

「死ね」

ヴォーグは剣を振り下ろそうとした瞬間……何かを感じ、後ろを振り返った。

間髪を容れずに、飛んできた剣を打ち払う。

そして、赤い光が扉から飛び込んできた。

カキンッ。

赤く輝く魔剣を持った男の打ち下ろしを、ヴォーグは受けた。

「ミーファ、よくもたせた」

「師匠……」

「あとは任せろ」

飛び込んできたアベルは頷いた。

心臓の上に特殊な「星形の」魔法陣を描くんですって!

そして、 傀儡 ( くぐつ・かいらい ) にしちゃうんですって!

どこかで見た記憶がありますか?

西方諸国の誰かが使っていた記憶がありますか?

その人、教皇になっちゃいましたかね?

ふふふふふ……。