LNCrawler

0533 幸せと不幸

水属性の魔法使い — ncode.syosetu.com · All chapters

0533 幸せと不幸

四日後、ボアゴーの街にて。

「船、降ろされちゃいました……」

「まあ、俺たちだけじゃなくて、冒険者全員だ。仕方ない」

「最初の契約では、帝都までだったのに! 帝都行らくちん計画が 破綻 ( はたん ) してしまったじゃないですか。訴えてやる!」

「何だその計画……。契約解除金とかで、かなり上乗せした額を貰ったし、仕方ないんじゃないか?」

「さっきからアベルは、仕方ない仕方ないばっかりです。覇気が足りません!」

「うん、そんなものはない」

涼とアベルは他の冒険者と一緒に、ボアゴーの街で船から降ろされた。

帝都まで、船でらくちん移動を頭に描いていた涼としては、納得いかないものがあるらしい。

「船長やら船員たちは、かなり悲しんでいたな。真水樽の仕事やら、甲板シャワー権とかのせいだろ」

「元々、船長さんたちと船員さんたちは、とっても善い人たちなのです。 賄賂 ( わいろ ) のせいばかりではありません」

アベルの指摘に、涼は 性善説 ( せいぜんせつ ) で対抗する。

人は、本質的に善なるものなのだ!

「僕らを追放した上層部め、船員さんから突き上げられて、困るがいいです!」

「絶対リョウは、本質的に善だとは思えんのだが……」

ひとしきり 愚痴 ( ぐち ) を吐き出した後は、現実に対処しなければならない。

二人は、なんとしても帝都に行き、さらに中央諸国に戻らねばならないのだから。

「帝都までの馬車とかないんですかね?」

「あるかもしれんが……金かかるだろ」

「僕らは大金持ちですよ。銀行にもお金がありますし」

「その金、どれくらいの大金持ちなのかが分からんだろうが。使った後で、あの時使わなければ、とかなったら大変だぞ。このダーウェイという国は広いらしいからな。抜け出るまで、かなりの金がかかるだろう?」

アベルが、とても堅実な話をする。

「アベルは王様なのに、 倹約家 ( けんやくか ) ですね。もっとバンバンお金を使って経済は俺が回すぜ! くらい言ってほしいものです」

「そんな金は無いからな」

「教えてもらった冒険者互助会は、ここだな」

「冒険者 困った時は ギルド行け」

アベルと涼は、東方諸国におけるギルド、互助会に着いた。

中に入ると……。

「え? すごい人数じゃないですか?」

「もう、朝の依頼争奪戦みたいなやつは終わった時間帯だよな」

現在、午前十一時前。

百人近い冒険者がいるのはおかしい……。

「あれ? ちらほらと、見たことのある人たちな気がします」

「ああ……俺たちと同じ連中か。船を降りた冒険者」

「なるほど。考える事は皆同じと」

そう、互助会に押し掛けていたのは、公主 輿 ( こし ) 入 ( い ) れの契約が解除された冒険者たちだったのだ。

「彼らがさばかれるまで、少し待ちましょうか」

「あの、向こうの方、ちょっと気になるんだが」

アベルが見たのは、入口から左に入った別の部屋らしい。

「装備屋、って書いてあります?」

「みたいだな。行ってみよう」

アベルは先に立って歩きだした。

涼はそれを追う。

装備屋には、その名の通り、武具、防具はもちろん、ポーションの類もかなり揃っていた。

「けっこういろいろありますね」

「ああ。買うわけじゃなくても、見るだけでも楽しくなるな」

アベルは剣士ということもあって、武具や防具を見るのが好きらしい。

最近になって、涼も知った。

アベルはいろいろ手に取って見て回っている。

だが、買うつもりはないようだ。

実は、涼には探しているものがあった。

見つけたら買いたいと思っているものが。

それは……。

「ありました!」

「うん? ああ、地図か」

涼が思わず声を上げると、アベルが見た。

それほど詳しいわけではない。

街の場所と名前、主要街道と関の名前が書いてあるだけだが、あるとないでは大違いだ。

「もしかしたら、帝都まで陸路を行くことになるかもしれませんしね。そうでなくとも、中央諸国に行くには、絶対陸路を通るでしょう? 持っておいた方がいいと思いまして」

「確かに。リョウ、 冴 ( さ ) えてるな」

「いやあ、それほどでも」

褒められて照れる涼。

二人は、明るい未来を手に入れたのだった。

世の中には、明るい未来を手に入れていない人たちもいる。

その夜、ボアゴーの公主宿泊館の一室では、護衛連絡会議が開かれていた。

参加者は、スヌス次官、バル秘書官、ビジス隊長、そしてこのボアゴーで合流した礼部所属護衛隊隊長ウィースーの四人。

一通りの挨拶を終えると、ウィースー隊長はスヌス次官に愚痴をこぼした。

「次官殿に言うことではないのだろうが、船員たちの俺たちを見る目がとげとげしいんだ」

ウィースー隊長とスヌス次官は、組んで仕事をすることが多いため、お互いに気心が知れている。

そのため、ざっくばらんに様々な相談をする。

「まあ、初日に八十人もの離脱者を出したからな。礼部護衛隊への風当たりが強いのは分かるが…… 急遽 ( きゅうきょ ) 集めてきた俺たちに、優しくしろとは言わんが、なんだかなあとは思う」

「すまんなウィースー。それは……完全に、私と礼部本庁のせいだ」

スヌス次官は、苦笑を通り越して顔をしかめて答える。

その際、チラリと同席しているビジス隊長を見る。

ビジスは、目を閉じ、我関せずの風だ。

いわば、スヌスにとっては身内の恥をさらすのだが、それを聞かなかったことにしてくれるらしい。

そんなビジスに対して、スヌスは心の中で頭を下げた。

「次官殿と本庁?」

「新たな礼部護衛隊の到着と入れ替わりで、それまで雇っていた冒険者を船から降ろしたんだが……それが原因なんだ」

「冒険者が原因? 冒険者たちに、何か問題があったのか?」

「いや、冒険者たちは問題なかった。けっこう真面目に仕事もこなしてくれたしな。実はその中に、水属性の魔法使いがいたんだが……彼を降ろしたのが全ての原因だ」

スヌス次官は、大きなため息をついた。

「降ろしたといっても、礼部本庁からの指示通りだろ? 俺らが来たんだから必要なくなって降りてもらう。当然の事だろうが……」

「そう、当然なのだが……その魔法使いが、かなり役に立っていた。真水の供給という点でな」

スヌス次官はそう言うと、件の水属性の魔法使いが、一人で全船の真水 樽 ( たる ) に供給を行い、第一船の湯舟にすら水を溜めたことを語った。

「まるで、ローウォン卿だな」

ウィースー隊長は話を聞くと、感心したように頷いて言った。

「たった一人で水攻めの計を行い、反乱軍を流し去った 御仁 ( ごじん ) か。そんな六聖の一人と比べるほどかは分からんが、船員たちの仕事がかなり減っていたのは確かだ」

スヌス次官は、何度目かのため息をついく。

「そんな 有為 ( ゆうい ) な人材がなくなれば……船員たちの目も理解できる。とはいえ、礼部本庁からの指示書に書いてあれば、次官殿は降ろすしかなかったわけで」

「まあな」

「降ろさねば……その報告が本庁に届き、出世の道は断たれるだろう? その辺りは、船員はもちろん船長たちも分からんだろうが」

ウィースー隊長も顔をしかめながら言った。

そんな会話を、目を瞑って聞き流している、公主護衛隊長のビジス。

だが、彼女の心の中は穏やかではなかった。

本来なら、今日、この時間に、例の水属性魔法使いとの会合が開かれるはずだった。

その場で、いろいろと聞くこともできたはずなのだ……。

だが、魔法使いは船を降りたという。

昼間の、第十船船長ラー・ウーとの会話が思い出される。

「船を降りた? なぜですか!」

「スヌス次官の命令です。いや正確には礼部本庁からの指示ですか。どちらでも変わりませんが……官僚というのは、本当に融通が利きません」

思わず声をあげたビジス。

それに劣らず、不満な表情で答えるラー・ウー。

魔法使いの下船は、誰にとっても幸せにならない結果を生んだ。

「私は、公主様になんと報告をすれば……」

落ち込むビジス。

さすがに、そのあまりの落ち込みように、ラー・ウーも気の毒になってしまった。

「まあ、船を降りられましたし、彼が知り合いに会うこともないでしょうから……名前くらいならお伝えしてもいいのでしょうか」

「ぜ、ぜひ! お名前だけでも!」

「いちおう、ビジス殿と、公主様周辺だけでとどめておいてください。魔法使いの名前は、リョウ殿です」

「リョウ殿ですね! ああ、ありがとうございます! もちろん、私と公主様……そう、あとはミーファ殿まで、その三人だけにしますので」

「そうですね、そのお 三方 ( さんかた ) なら大丈夫でしょう」

そして、ビジスは、公主のわずかな休憩時間に報告をした。

公主からは、降りてしまったのなら、もう大丈夫よと言われたものの、名前の報告だけはしておきたいと思ったのだ。

「え? リョウ? それって……」

「はい。アベル先生の相棒の、リョウさんかと……」

「……は?」

シオ・フェン公主が首を傾げ、ミーファが多分と言い、ビジスだけがついていけてない。

「アベル先生というのは、ミーファ殿の剣の師匠ですよね」

「はい。そのアベル先生と一緒に旅をしている魔法使いが、リョウさんです。言われてみれば水属性の魔法使いですね、リョウさん」

「そのリョウ殿は、剣は……」

「どうでしょう……魔法使いですから……。少なくとも、私は見たことが……」

そこまで言って、ミーファはハッと顔を上げた。

「そういえば、一度だけ……リョウさんが剣を振っているのを見たことがあります。練習をされていて、『素振り』とおっしゃっていました」

「スブリ?」

聞きなれない言葉に、ビジスが首を傾げる。

「こう、打ち下ろしを繰り返す形で」

ミーファはそう言いながら、両手で剣を構える形をとり、上から下へ打ち下ろす。

それを何度も繰り返した。

「すごくスムーズでしたから……そうですね、言われてみれば、リョウさんも剣を使われるのかもしれません」

ミーファは、その光景を思い出しながら、何度も頷きながら答えた。

「ですが、その方……多分リョウさんは、あえて名前を伏せられたのですよね。しかも船長にもそう言って……。どうしてでしょう? 言ってくださればお会いできたのに」

「多分、それだからでしょう」

ミーファが誰とはなしに問い、シオ・フェン公主が笑いながら答えた。

「せっかくミーファを送り出したのに、また同じ船団に乗ってしまった……送り出した手前、会ったら恥ずかしいと思われたのではない? 多分、リョウ殿だけでなくアベル先生も」

「……そう言えば、気恥ずかしいとおっしゃられました」

シオ・フェン公主が推測し、ビジスは涼との剣戟時の会話を思い出していた。

「仕方ありません。もしかしたら、またどこかでお会いできるかもしれませんね」

笑いながらシオ・フェン公主は言うのであった。

昼間、そんな会話があったのだ。

(なんたる 失態 ( しったい ) 、なんたる失態、なんたる失態か!)

ビジスは心の中で何度も叫ぶ。

(ミーファ殿も公主様のお言葉に同意されていたが、あれは間違いなく会いたかった顔だった。リョウ殿もだろうが、剣の師匠であるアベル先生にもだ……。その機会を、私は潰してしまった。なんたる失態か!)

ビジスのせいではないのだが、生来の真面目さは消す事はできない。

人の世は、ままならぬ事ばかりらしい。