0535 春村
0535 春村
翌朝六時半。
涼とアベルは、冒険者互助会の裏庭にいた。
七時集合だが、三十分前行動なのだ。
昨夜も宿は空いておらず、すぐ近くの公園で野宿したので……。
「二日連続野宿でしたよ」
「今日から山狩りということは?」
「三日連続以上が確定……」
アベルが笑いながら無慈悲に問い、涼がうなだれながら答えた。
三十分前行動の二人だが、それより早く集まっている者たちもいる。
すでに二十人ほどいる。
その中の一人が、二人を見つけて歩み寄ってきた。
「山狩りに参加する冒険者だな。俺はジュン・ロー、三級冒険者だ。いちおう、今回の冒険者側のまとめ役だ」
「アベル、八級冒険者だ」
「涼です、同じく八級冒険者です」
二人がそう言って、握手をすると、ジュン・ローは目を見張った。
「どうした?」
訝 ( いぶか ) しげにアベルが問う。
「いや、すまん。二人は、どう見ても強いだろ。それなのに八級と言われたから驚いてしまったのだ」
「ああ、冒険者登録したばかりだからな」
ジュン・ローの言葉に、アベルが肩をすくめながら答えた。
「なるほど、そういう事か。いや、あんたたちほどの強者が参加してくれるのは心強い。よろしく頼む」
ジュン・ローはそう言うと、新たにやってきた別のパーティーの所に挨拶するために去っていった。
「強者らしいですよ」
「そうらしいな」
涼が言うと、アベルは少し顔を赤くしている。
まんざらでもないようだ。
「良かったですね。見る人が見れば分かるのですよ」
「そうだな。だが、今のジュン・ローとかいう奴も、けっこう強いだろ」
「ですね。あれで三級ということは、一級冒険者とか、どれほど強いんでしょうね」
涼は、まだ見ぬ一級冒険者に思いを馳せ、嬉しそうに笑った。
自分のパーティーに戻ったジュン・ロー。
すぐ横に、参謀役の魔法使いバリリが来た。
「ジュン、あの二人組、どうでした? 思った通りでしたか?」
「ああ、強い。どっちも異国の人間だが、相当な 修羅場 ( しゅらば ) をくぐってきているぞ」
バリリの問いに、ジュン・ローは頷いて答えた。
遠くから見ただけで強者だと分かったが、実際にすぐそばに行ってみて確信した。
「あの魔法使いが着ているのは、ローブというやつですね。ダーウェイでは、ほとんど見かけませんが」
「どうだバリリ、魔法使いの方の魔力は」
「異常です」
「異常?」
「魔力が、体から全く 漏 ( も ) れていません」
バリリは断言した。
ジュン・ローには、あえて笑顔を浮かべて会話しているバリリが、ほんの少しだけ震えているのが分かった。
バリリは、魔法使いから漏れる魔力を見る事ができる。
それによって、どれほどの魔法使いなのかを認識できるのだ。
強力な魔法使いは、それこそ、目が 眩 ( くら ) むほどの魔力を 纏 ( まと ) って見える。
だが……。
「魔力が漏れていないってのは、あのローブは魔法使いじゃない?」
「いえ、魔法使いでしょう。確かに、魔法使いの杖も持っていませんが……魔法使いであることはなんとなく感じます」
「だが、魔力が漏れていないんだろ? 弱いのか?」
「逆でしょう。信じられない事ですが、漏れないほどに、魔力を完全に制御下に置いている」
「そんな事が可能なのか?」
「今までは不可能だと思っていましたけど、目の前で見せられたら可能なのだと……思うしかありません」
バリリは苦笑した。
「つまり……あの二人は、やはり強者ということだな」
「はい。 杜撰 ( ずさん ) な、今回の山狩り計画の中では、数少ない喜ばしい事です」
ジュン・ローが頷きながら言い、バリリも頷きながら同意した。
七時。
冒険者互助会の裏庭には、かなりの人数が揃っていた。
前の方では、 白髭 ( しろひげ ) の老人が演説をしている。
フー・テンという名の副代官で、この山狩りの責任者らしい。
「演説から、この山狩りが嫌そうなのがヒシヒシと伝わってきます」
「決定を下した人間に、何か恨みがあるみたいだな」
涼もアベルも、フー・テン副代官の演説から、その感情をくみ取った。
とはいえ、山狩りをしないわけにはいかないらしいというのも理解できた。
すでに、 麓 ( ふもと ) のいくつかの村が襲われて被害が出ているからだ。
白髭副代官が言いたいのは、本来なら三倍の規模での山狩りを提案したのだが、縮小されてしまったということらしい。
誰かがお金をケチったようだ。
「いつも、政治の犠牲になるのは、罪のない民衆です!」
「お、おう…… 肝 ( きも ) に 銘 ( めい ) じておく」
筆頭公爵の直言に、国王陛下は頷いた。
それでも、冒険者五十人、代官所兵士三十人と、合計八十人の戦力が投入される。
他にも、料理人や記録係や副代官の供周りなどもいるようで、まあまあの規模だと思えるが……。
「これの三倍が想定されたということは……」
「それだけ厄介な相手なのかもな」
涼とアベルが、さらにひそひそと言葉を交わす。
「灰色ゴブリンって強いんですか?」
「知らん」
「知らんって……」
「ゴブリンは世界中にいるが、場所によってけっこういろいろいるらしいぞ。亜種というか進化種というか。灰色ゴブリンなるやつは、少なくとも中央諸国にはいないから、俺は強さを知らん」
「……アベルは、中央諸国ではA級でも、やっぱりここでは八級です」
「下から一つ一つ上がっていくさ!」
八級冒険者である涼とアベルは、七級以下の班だ。
すなわち、本部と食料の警備にあたることになる。
これは、代官所兵士十人と、冒険者十人の任務となるらしい。
だが、まずは、全員で一日かけて虎山まで移動となる。
一行は、街を出発した。
六級以上の冒険者と、七級以下の冒険者は、別れて移動している。
「アベル、この七級以下の班は……」
「ああ、俺たち以外、若いな」
涼とアベル以外に、八人が七級以下の班だ。
四人ずつのパーティーのようだが、全員が成人である十八歳以下に見える。
「アベルは年寄りです」
「否定はしない」
そんな会話をしている二人の所に、七級以下の班の一人が寄ってきた。
男性……というより男の子剣士だ。
「お、俺はジェイ、七級冒険者だ。二人は、八級冒険者だと聞いたのだが……」
ジェイは、かなり緊張しているようだが、自分の方が上位であるため、頑張っているらしい。
涼は、優しい目でジェイを見守る。
「俺はアベル、こっちはリョウ。確かに、二人とも八級だ」
アベルが答えた。
「ふ、二人の方が年上だとは思うが、到着したら、上位冒険者である俺の指示に従ってもらう」
「そうか、分かった」
ジェイは、涼とアベルにどう接したらいいか、正直迷っているようだ。
そこを、アベルが大人の余裕で答えている。
「ああ、ジェイと言ったか。少し質問があるんだがいいか?」
「ん? ああ、何だ?」
「見てわかると思うが、元々、俺たちは異国の人間だ。それで、この辺りの魔物については詳しくない。それで、灰色ゴブリンについて教えてほしい」
アベルは、必死に頑張るジェイの顔を立てて、丁寧に尋ねる。
涼は小さく頷いた。大人の余裕とは素晴らしいと。
「そう、そうだな……灰色は、ゴブリン種の中では強い方だが、賢くはない。七級以上なら、一対一で負けることはないだろう。あんたたちがどうなのかは分からんが……」
「ふむ。だが副代官が言うには、本来、この計画は三倍の人数を投入するはずだったんだろう? たいしたことない相手なら、なぜそこまで?」
「さあな。代官所の人間は、あんまり詳しくないんじゃないか? 俺は、これだけの人数がいれば十分すぎると思うけどな」
ジェイはそう言うと、仲間のパーティーの元に去っていった。
「灰色ゴブリンは、たいしたことないそうです」
「ああ……そう言ったが……」
「若いうちは、危険度を低く見積もる場合があります」
「リョウが言いたいことは分かる。……だがもしかしたら、副代官を含めた代官所は、俺たちに知らされていない情報を持っているのかもしれんな」
涼もアベルも、議論するには情報が不足していることは理解している。
結局のところ、気を引き締めて頑張ろうと言うしかない。
夕方、一行はようやく虎山の麓に到着した。
麓の春村の広場に本部が置かれ、その脇にある元村長家に食料が保管された。
春村は、数カ月前に灰色ゴブリンに襲撃された。
生き残った者たちは村を去り、現在は無人だ。
それはつまり、自由に使える家があるということで……。
「まさか、山狩りに来て、 雨露 ( あまつゆ ) をしのげる家で寝る事ができるとは思いませんでした」
「街にいる時の方が野宿だったからな」
涼とアベルは、空いていた家で眠った。
二十軒ほどの集落であったが、納屋なども使うと全員が建物の中で寝る事ができた。
翌朝から、山狩りが開始された。
「山狩りの目的は、灰色ゴブリンの集落を見つける事らしいですけど……大変ですよね」
「ああ。けっこう大きい山だな」
二人は七級以下の班であるため、春村の広場にいる。
六級以上の冒険者四十人と、代官所兵士のうちの二十人が、すでに山に入っていた。
とりあえず初日は、山の麓近くを見て回ることになるらしい。
日を追うごとに奥に進む。
そのため、野宿する場合も出てくるそうだ。
「最前線は大変ですね」
「だから、俺たちよりも高い報酬なんだろ」
この山狩りの報酬は、級ごとで違う。
実際に山に登る六級以上は、七級以下と比べてかなり高額になるらしい。
仕事内容を考えれば当然だろう。
本部に残ったのは、二人を含めた七級以下の冒険者十人、代官所兵士十人。
フー・テン副代官と供周り十人と、料理人や荷運び人たち二十人の五十人だ。
もっとも、副代官の供周りや荷運び人たちは戦えないため、冒険者と兵士合計二十人で、周辺の警備を行っている。
だが……。
「暇ですね」
「まあ……な」
涼もアベルも、交代での 歩哨 ( ほしょう ) 的業務はこなしている。
決して油断しているわけではない。
それでも、暇であることは否定できない。
「とはいえ、ここが忙しくなっても困るがな」
「……確かに」
アベルの指摘に、涼も頷くしかなかった。
ここが忙しくなるということは……ここが襲撃されるという事だから。
涼とアベルはともかく、他は決して強いとは言えないメンバー……。
その夜、戻ってきた山狩りメンバーと共に、全員参加の報告会が広場で行われた。
「今日探索した範囲の、一番山際で、複数のゴブリンのものと思われる足跡を発見した」
「おぉ」
三級冒険者のジュン・ローが報告すると、歓声にも似た声があがった。
正直、ほとんどの冒険者が、初日から成果が出るとは思っていなかったからだ。
だが、嬉しい誤算だ。
しかも発見したのは、三級冒険者。
一行の中では最上位であり、ジュン・ローらは経験豊富な冒険者としても知られている。
そのために、冒険者側のまとめ役になっているのだ。
「では、予定通り、その足跡を追って明日からは深く入ってください」
「承知した」
フー・テン副代官の下知がくだり、ジュン・ローが頷く。
だが、ジュン・ローは言いたいことがあったらしい。
「俺たちが深く入るのはいいが、それはつまり、この本部から離れるということだ。本部に異変があって気付いたとしても、戻るのに時間がかかる」
つまり、本部が灰色ゴブリンに襲撃される可能性に言及したのだ。
山は広く深い。
彼らが深く入るのと入れ違いに、ゴブリンが麓に下りてくる可能性もある。
そうなった場合、大変なことになる。
入っていった六級以上の冒険者や兵士たちも、食料を失うことになるわけで……。
「柵を作りましょう」
フー・テン副代官が、極めてまともな提案をする。
知能の低いゴブリンは、それほど高くない柵であっても、乗り越えるよりも横に回って避けて進もうとする。
つまり、柵の設置の仕方によって、ゴブリンたちを望んだ場所に誘い込めるということである。
対ゴブリン防御として、柵の設置は非常に有効なのだ。
「明日から、本部に残る者たちで、柵を設置します」
フー・テン副代官が言うと、アベルと涼はもちろん、七級冒険者ジェイたちも頷いた。