0538 後始末
0538 後始末
「いつからリョウの名前が、ヘノヘノ・モヘジになったのか」
アベルが 呆 ( あき ) れたように言う。
「あんなわけの分からない人に、本名を名乗るのは無謀でしょう? 必要なリスクマネジメントです」
堂々と主張する涼。
個人情報の取り扱いは、慎重に行われるべきなのだ。
「アベルはいつも人を褒めませんよね。そんな事では、部下は育ちませんよ」
「それはリョウの事か? まずリョウは俺の部下じゃないし、けっこう褒めていると思うんだが」
「全然足りません。毎日ご飯を 奢 ( おご ) ってくれるくらいないと、褒めたことにはならないと思います」
「たとえ褒めたとしても、飯は奢らない」
「なんたる横暴!」
涼は、世の不条理を嘆く。
だが、涼を正当に評価してくれる人が、ここにはいた。
「リョウ、よくやってくれた」
フー・テン副代官は、ちゃんと褒めてくれた。
「いえ、冒険者として、当然の事をしたまでです」
セリフはお澄まし顔が似合うセリフだが、照れた顔なのでギャップが激しい。
すぐ隣で、アベルが「慣れない言葉を」などと言って首を振っていた。
フー・テン副代官は、そんなアベルも褒める。
「アベルも、よく飛び出してジュン・ローを救ってくれた。なかなかできる事ではない」
「いや、当然の事をしたまでだ」
アベルが答えると、横から言葉が飛んできた。
「僕の真似を……」
何やら涼が呟いたらしい。
もちろん、アベルはスルーする。
「アベル、さっきは助かった。ありがとう」
ジュン・ローがアベルの元にやってきて感謝した。
「いや、当然の事をしたまでだ」
再び繰り返される「当然の事をしたまでだ」という言葉。
とても使い勝手がいいらしい。
「ジュン・ロー、答えられんなら答えんでいいのだが……」
そう言いながら、フー・テン副代官が問う。
「代官からの書類、今回の件に関して具体的にどう書いてあったのかを教えてもらえんか」
「副代官……何が出てもいいように、慎重に対処しろとだけ書いてありました」
そう言うと、ジュン・ローは書類を差し出した。
フー・テンは受け取り一読する。
顔はしかめっ面だ。
何度か読み返してから、深くため息をつく。
「なぜこんな内容なのだ」
その呟きは、怒りを通り越して呆れとなっていた。
しばらく考え込むと、顔を上げた。
その表情には、ある種の決意があった。
「本来なら、皆に話せる内容ではない。そのため、ここだけの話にしてほしい」
その場にいるジュン・ロー、アベル、そして涼は頷く。
一度、アベルに伝えるのを控えた制限された情報についてなのだろうというのは、涼にも分かる。
「実は、ダーウェイの他の地域でも、今月に入って、魔物が山から下りてきて村を襲うということが起きているのだ」
かなり小さな声でフー・テン副代官は、告げた。
そして、再び言葉を続ける。
「街の兵士がその村に向かい、敗退したという報告すらある」
「なるほど。だから、当初はこの三倍の戦力を準備しようとしたんだな」
アベルが頷いて言う。
「そうだ。だが、知っての通り、今は第六皇子妃様の 輿 ( こし ) 入 ( い ) れだ。ちょうど街に見えられるし、この機会に街の有力者たちに顔を繋ごうと、内陸の街からも人が来ている。その警備のために兵を割けない……」
フー・テンは無念な表情で答えた。
そして言葉を続ける。
「輿入れと時期をずらして討伐隊を組織したかったのだが……」
それができない事情があったらしい。
「簡単に言えば、もっと上からの指示だ……」
「ああ……」
悔しそうに言うフー・テン副代官。
やっぱりかという顔のアベル。
速やかな討伐の指示を出したもっと上の人間というのも、代官所を困らせようとして出したわけではあるまい。
困っている住民たちをできるだけ早く助けようとすべく、指示を出したのだろう。
だが、現場を知らない、現場の状況が伝わってこない『上の人間』の指示は……余計に人を不幸にする場合があるのだ。
正しい指示であるかはもちろん大切ではあるが、タイミングを間違うと、取り返しのつかない結果を生む。
涼は小さく首を振った。
悲しい話だ。
「そうだな、やはりそうすべきだな」
フー・テン副代官はそう呟くと、涼とアベルを見て言った。
「二人とも、先ほどの幻人について、代官所と領主様の元で報告をしてもらえまいか?」
そう言われて、アベルと涼は顔を見合わせる。
涼が小さく頷き、アベルが言葉を継いだ。
「それは構わんが……ダーウェイの他の地域での魔物の動きが、幻人に関係するかどうかは知らんぞ?」
「ああ、それは分かっている。さっきの幻人、ガリベチと言ったか。あの者自身も、首領とかに命令をされていたみたいだったが、自分だけが人の力を測ってくるように言われた……みたいに理解していたからな。ガリベチが馬鹿なのか、もっと複雑な何かなのか……」
フー・テン副代官は、ガリベチが言っていた言葉もきちんと把握していたようだ。
「虎山に戻っていったということは、また降りてくる可能性はある。そのため、この春村は、もう少し防備を固めて、拠点化する必要があるだろう。輿入れ船団が街を離れれば、多少はここにも兵を回せるから、それまで冒険者たちに手伝ってもらうつもりだ。二人には、まず代官所に一緒に行ってもらって、なんとか代官を説得する。その上で、領主様の元に行き、報告してもらおうと思う」
「なるほど」
フー・テンの見通しに、頷いて同意するアベル。
涼も頷こうと思ったのだが、いちおう起動したままにしておいた<パッシブソナー>に反応があった。
「馬に乗った人が、一人、街の方からやってきます」
「一人? 伝令か……」
涼の報告に、フー・テンが顔をしかめる。
このタイミングでの街からの伝令など、絶対に良い内容ではない。
「副代官! 副代官様はいずこに!」
やってきた伝令が叫ぶ。
「こっちだ!」
フー・テン副代官が手を挙げて叫ぶ。
そして、傍らの涼とアベルに 囁 ( ささや ) く。
「見知った顔の伝令だ。確かに、街の代官所からのものだな」
囁きを聞いた涼とアベルは、無言のまま頷いた。
伝令が片膝をついて報告した。
「大至急、代官所にお戻りください! 代官様が亡くなられました!」
「なんだと!」
思わず叫ぶフー・テン。
涼とアベルは顔を見合わせる。
他の冒険者や兵士たちも報告は聞こえていたらしく、小さな声で話し合いを始めている。
「分かった、すぐに代官所に戻る、が……。ジュン・ロー!」
「はい、副代官」
呼ばれて三級冒険者ジュン・ローが走ってくる。
「先ほど話した通り、残った者たちを率いて柵の強化を頼む。街の事態が収拾したら、すぐに交代の兵を送るから、それまで頼む。お主に指揮権を与える」
「俺は冒険者ですが……」
「構わん。もし、ゴブリンたちが再び降りてきて、守り切れんとなったら、速やかにこの春村を放棄して撤退せよ。よいな」
「 承 ( うけたまわ ) りました」
フー・テン副代官の言葉は、兵士たちにも聞こえたらしく、皆が頷いている。
「馬車の馬だけは借りる。そうだ、アベル、リョウ、二人は、馬は駆れるか」
「ああ、大丈夫だ」
「ええ、まあ大丈夫です」
フー・テン副代官の問いに、アベルと涼が答える。
アベルは当然、馬は得意だ。
涼も、かつてルン騎士団で鍛えられ、ミファソシの代官スー・クーの屋敷で、さらに騎乗訓練をしたので、以前よりもいけるようになったはず……多分。
「冒険者で馬に乗れるのは珍しいな。だが好都合。一緒に代官所まで駆けるぞ」
「早駆け中心で、一時間ちょっとか?」
「い、一時間……頑張ります」
フー・テンが言い、アベルが歩きでかかった時間から逆算し、涼が決意を新たにした。
一時間後、三人は無事にボアゴーの代官所に到着した。