0562 お披露目
0562 お披露目
第六皇子リュンとシオ・フェン公主婚礼の儀の二日後。
その日は、二人の帝都民へのお 披露目 ( ひろめ ) があり、夕方から皇宮で 披露宴 ( ひろうえん ) が行われる。
午前中、涼とアベルは、『龍泉邸』の訓練場で各々やるべきことをやっていた。
フォン・ドボーの護衛となってからやれていなかった、やるべきこと……。
アベルは、飛翔環での飛ぶ練習だ。
最初のうちは、久しぶりの練習で、体が忘れていたのか飛べなくなっており、絶望に満ちた表情であった。
だが、何度も何度も繰り返し、体に思い出させると……。
「よしっ」
低いながらも、安定して前方に飛翔する事ができた。
「アベル、高さも大切ですよ。この『龍泉邸』からお披露目の行列を見るには、多分、けっこうな高さまで上がらないと見えませんからね」
自分の飛翔環を、いろいろいじくり回している水属性の魔法使いが、今、何か衝撃的なことを言った。
「……ここからお披露目の行列を見る?」
「ええ。帝都の中を、けっこう移動するみたいですから、ここの上空からなら、近くに来たのを見ることはできるんじゃないですかね?」
「普通に通りに出ればいいだろう……」
「アベルのような怪しげな剣士が通りで見ていたら、衛兵さんに取り押さえられる可能性があります」
「ねえよ!」
涼の 戯言 ( ざれごと ) は措いておくとして、アベルも、確かに高い所にまで上がってみたいとは思うのだ。
アベルがイメージする『空を飛ぶ』というのは、高い空を飛ぶことだから。
その後も、アベルは一心不乱に練習した。
そして、ようやく……。
「おぉ……」
「龍泉邸の屋根より高くまで上がれていますよ!」
「やったぞ……あっ」
アベルは落ちた。
だが、地面にたたきつけられる直前に、<ウォータージェットスラスタ>の涼に拾われた。
「すまん」
「いえ、さすがにちょっと危なかったですからね。打ち所が悪いと、あの高さでも死んじゃいますよ」
「気をつける。突然傾いたのは分かったんだが、何でだ?」
「多分、突風でしょう」
アベルの問いに答える涼。
以前涼は、飛翔環の魔法式を解析して、マルチコプター型のドローンのように、四カ所から下向きの風を送ることによって浮きあがり、その四つの風の強弱によって、前後左右に移動することを理解していた。
だがそうなると、突風で軸がずれるだけで安定性を失う。
これが、ドローンのように、ほぼ完全なシンメトリー構造であればそこまでないのだろうが、飛翔環で飛ぶのは、人だ。
そんな人を、直立の状態でホバリングや、前傾姿勢で前移動などさせる。
かなり高度な計算が魔法式ではなされているが、それでも限界はあろうというもの。
「多分慣れてくれば、一度姿勢が崩れても、落ちる前に回復できるようになるとは思いますよ」
「そうだな。もっと練習するとしよう」
嬉しそうに言うアベル。
本当に、空を飛べるのが楽しそうだ。
好きこそものの上手なれ。
きっと、自由自在に飛べるようになるに違いない。
涼は、その点を疑っていなかった。
二人が、『龍泉邸』の食堂でお昼を食べていると、ウェイ・フォンがやってきた。
「ちょうど三十分後に、お披露目の行列が、前の通りに差し掛かるらしいですよ」
「おぉ!」
「見に行くか!」
だが、二人がゆっくり食べてから門の外に出たからだろうか。
すでに、通りには人がいっぱいだ。
「アベルが、ゆっくり食べているからです」
「リョウが、行列は逃げませんとか言って、デザートのお替りをしたからだろう」
魔法使いと剣士による責任のなすりつけ合いは、宿命なのだ。
「お、見えてきたぞー!」
そんな声が、通りの右の方から聞こえてくる。
「仕方ないですね。背に腹は代えられません」
涼はそう言うと、『龍泉邸』の敷地内に戻る。
「ささ、アベルもこっちへ」
「ん? 何をするんだ?」
「上から行列を見るんですよ。<氷筍>」
涼が唱えると、太い、かなり太い、直径が四メートルほどはありそうな、氷のつららが二人の足下から生じ、二人を三メートルの高さに押し上げた。
そこからなら、『龍泉邸』の塀を越えて通りが見える。
「ほぉ、これはいいな」
「でしょう? ちょっと目立つかもしれないので、できれば避けたかったのですが、仕方ありません。アベルの顔を潰すわけにはいきませんからね」
「俺の顔? なんだそれは」
「だって、シオ・フェン公主の傍らには、絶対に侍女であるミーファがいるでしょう? アベルは師匠ですから、弟子の晴れ姿、ちゃんと見てあげないといけません」
「……そういうものか」
涼が力説し、アベルはよく分からないが、なんとなく受け入れる。
弟子が頑張っている姿は、見てやりたいとは思うからだ。
「おぉ」
「豪勢だな」
行列の先頭には、金縁のかなり巨大な旗が掲げられている。
ダーウェイの国旗か、皇帝の旗か……。
いくつもの 煌 ( きら ) びやかな衣装に身を包んだ者たちが続き、美しい鎧に身を包んだ武官たちが進み……ついに……。
「リュン皇子とシオ・フェン公主ですよ!」
「なかなか似合っているな」
涼が興奮し、アベルが笑顔で頷く。
白を基調に、薄い水色が各所に取り入れられたリュン皇子の衣装。
白を基調に、薄い桃色が各所に取り入れられたシオ・フェン公主の衣装。
どちらもとても美しいが、並んで座っているとより映える。
そして、皇子と公主が乗る 山車 ( だし ) のようなものには、すぐ横をお付きの者たちが歩いているが、その中にミーファはいた。
「ミーファも綺麗ですよ!」
「ああ、立派に役目を果たしているな」
桃色を基調とした侍女服に身を包みながら、周囲の警戒も怠っていないミーファ。
ミーファの視線は、塀の向こうにいる二人の人物を視界に入れた。
「アベル先生? リョウ様?」
アベルは、にこやかに微笑んでいる。
涼は、手を振っている。
どうも、本人たちらしい。
ミーファは、小さく頭を下げた。
その小さな動きに気付くシオ・フェン公主。
そして、公主も二人を見つけた。
「本当に、面白い方々」
そう言うと、小さく笑った。
リュン皇子は、シオ・フェン公主の笑いには気付いたが、その理由は分からず。
そして、行列は通り過ぎていった。
「いやあ、凄かったですね。さすが、お披露目というだけの事はあります」
「ずっと見られ続けるのは、けっこう神経を使うんだよな」
涼が無邪気な感想を述べ、アベルが見られる側の大変さを述べる。
アベル王も、いろいろと経験してきているらしい。
「王国に戻ったら、アベルもお披露目行列をしないといけませんね」
「は……?」
「たまには、王国民にアピールしないと!」
「なんだよ、アピールって……」
「アベル一世ここにあり! って感じで」
「……」
涼が何やら、お披露目の構想を練り始めているようだ。
「そうですね、いっそ空を飛んでみせますか!」
「いや、この飛翔環で飛ぶことができるのは、帝都のある『中黄』の地域だけだろ?」
「そういえば、そんなことを言ってましたね……」
ロシュ・テンの一行にいる時に教えてもらった事だ。
「ちょっとその辺にフォーカスして、中身の解析を……」
などと涼がぶつぶつ言っている。
アベルは小さく首を振った。
そして……。
「ふんっ」
<氷筍>の上から飛んだ。
それを見て涼は呟いた。
「飛翔剣士アベル……腹ペコ剣士アベルの進化系……いや、でもやっぱり、腹ペコ剣士ほどのインパクトはありません。残念です」
飛翔剣士アベルは、飛べるだけではない。
「リョウ、何か言ったか?」
耳もいいらしい。
「な、何も言っていませんよ。自由自在に飛べるようになってくださいね」
「おう、まかせとけ」
ごまかす涼の事など気にせずに、楽しそうに答えるアベル。
空を飛ぶ。
それは、原初から人が持つ本能的な欲望なのかもしれない。
明日はついに、披露宴です!