0591 三人の訪問者
0591 三人の訪問者
ピアノが屋敷に来てからのロンド公爵の日常は、優雅である。
朝御飯を食べてからピアノを弾く。
しばらく弾いた後で、魔法と錬金術を楽しむ。
お昼御飯を食べてからピアノを弾く。
その後も、ピアノを弾く。
ピアノを弾く。
ピアノを弾く。
ピアノを弾く……。
「ピアノを弾いてばかりだな」
空を飛んでばかりの剣士が、何か 小言 ( こごと ) を言う。
「ピアノはヴァイオリンと違って、弾いていなかった期間を取り戻すのが大変なのです!」
ピアノを弾いてばかりの魔法使いが、何やら反論をする。
そんな日常。
だが、時々いつもとは違うことが起きる。
たとえば、皇宮から呼び出されることがある。
もちろん呼び出すのは皇帝ツーインである。
他の人たちはさすがに……。
たとえば、皇宮から人が来ることがある。
たいていやってくるのは工房統領ロン・シェンである。
他にも皇帝ツーインの使いがいろいろ持ってきたり……。
たとえば、皇宮外から人が来ることもある。
そのほとんどは、お隣さんである第六皇子リュンである。
あるいは奥方であるシオ・フェン公主と侍女ミーファ。
しかし、今日の午前は、想定外のお客様が……。
「ここじゃ」
「あの、シャウ様、本当に先触れなしでよろしいのでしょうか?」
シャウ司空の言葉に、アポイントなしに訪れていいのかと恐々と問いかけるリー・ウー刺史。
「もう着いたわい」
「そ、それはそうですが……」
「急いで探さねばならぬと言うたのはお主であろう?」
「確かにそうですが……」
未だに踏ん切りがつかないリー・ウー刺史。
それは、来る途中に聞かされたロンド公爵周りの話があまりにも普通でなかったからだ。
曰く、故郷の戦争で、一撃で十万の敵を倒した。
曰く、リュン皇子の披露宴で、クラーケンの魔石を贈った。
曰く、話題の幻人を、氷漬けにして捕虜とした。
などなど。
「 御史台 ( ぎょしだい ) で言うたろうが、恐ろしいお方じゃと」
「確かにおっしゃいましたけど……」
呆れた表情のシャウ司空に、おどおどし始めたリー・ウー刺史。
だが、二人に続いて馬車から降りてきた三人目が、何かに気付く。
「屋敷の中からでしょうか。何やら、聞いたことのない楽器の音が聞こえてきます」
それは、スージェー王国護国卿、カブイ・ソマル。
第六皇子リュンの披露宴に、外交特使として来訪し、最後にダーウェイ海軍の演習などを見せてもらって今日、明日にでも帝都を出る予定であった。
それなのに、なぜかまだ帝都にいる。
(私がある程度長く国外にいた方が、女王陛下の権威が上がるのは確かだが……。いや、ここでリョウ殿やアベル殿にお会いして、それを土産話にできれば陛下もお喜びになられるか)
カブイ・ソマルは、元々海軍提督だ。
戦場を渡り歩いてきた彼は、予定通りにいかないことには慣れていた。
とても臨機応変な男である。
ロンド公爵の屋敷の門扉は開いている。
そのため、三人は門をくぐろうとした。
くぐろうとしたのだが、そこには……。
「何か、います……」
リー・ウー刺史が呟いた。
「うむ、氷のゴーレムだそうじゃ。先日訪れた際に見たのじゃが、中にもおるぞ。何体も」
シャウ司空が答える。
当然であろうという言い方ではあるが、少なくともゴーレムに触ろうとはしない。
先日訪れた際には、庭や屋敷の掃除をしていたが、今目の前にいるゴーレムは、三人をじっと見ている……気がする。
頭部はあるが、そこに目はない……。
三人が逡巡したのはわずかな時間だったはずだ。
だが……。
「失礼いたしました。ようこそ我が家に……あれ? シャウさん?」
いつの間にか、ローブを着た魔法使いが現れた。
「いや、リー・ウー刺史も? いやいや、護国卿のカブイ・ソマルさんも? お二人ともご 無沙汰 ( ぶさた ) いたしております」
それはロンド公爵、涼であった。
屋敷に通された三人。
涼がお茶を淹れて出す。
アベルが奥から、何やら小さなお 餅 ( もち ) というか、小さな大福のようなものを大きめの皿に載せて持ってくる。
「昨日、お隣のシオ・フェン公主が持ってきてくださった甘味です。お茶にとても合いますのでどうぞ」
「ほう、これは美味そうじゃ」
「南部の方で見たことのある、ニェンカオに見えます」
涼の説明に、さっそく一つ食べるシャウ司空、地方を巡る刺史としての知識で推測するリー・ウー刺史。
無言のまま、だが美味しそうに食べるカブイ・ソマル。
涼とアベルは顔を見合わせてうなずいた。
三者三様だが、満足してもらえたようだと。
「それで、本日のご訪問はいったい?」
涼の方から切り出すことにした。
「そうじゃった。実はの、この刺史リー・ウーの相談に乗ってくれと、こやつの師匠に言われてな」
「ほぅほぅ」
「ノモンの街で、ロシュ・テン殿と一緒に報告した二人を探していると。おそらく帝都に着いているはずだからと」
「なるほど。それなら、確かに僕らですね」
「やはり!」
シャウ司空の問いに、涼が答え、リー・ウーが頷く。
ノモンの街での報告といえば、虎山の件であったはずだ、幻人関連の。
「よし、わしの頼まれごとは解決したぞ」
笑いながらそう言うと、シャウ司空は再び大皿に手を伸ばし、甘味を食し始めた。
残されたリー・ウー。
「実は、ノモンの街でお聞きした幻人に関してなのですが、以前、お二人は別の場所で幻人に会ったから分かったとおっしゃいましたよね?」
「はい」
「それはどちらでお会いしたかを上司が知りたがっておりまして」
「それは、ダーウェイに来る前です」
涼は素直に答えた。
それに反応したのはリー・ウーではなく、カブイ・ソマル。
「自治都市クベバサ、ですか?」
「まあ……そうですね」
ちょっとだけ、涼の答えが 滞 ( とどこお ) る。
それでカブイ・ソマルは理解したのだろう、あまり詳しく尋ねて欲しくなさそうだと。
一つ頷くと、質問は続けなかった。
できる男は、こんな場面でも、できるのだ。
それによって、涼の心の中でのカブイ・ソマルに対する評価はさらに上がった……。
「なるほどクベバサで……」
頷いて 顎 ( あご ) に手を当てて考えるリー・ウー刺史。
二十秒ほど考えた後、リー・ウーは再び質問を続ける。
「そのリョウ殿が会った幻人は、自分で幻人だと名乗ったのですか?」
「いえ、違います。他の……人がそう言っていました」
涼はそう答えた。
『人』と言っているが、言ったのは『悪魔』だ。
死竜で実験をしていた悪魔パストラが、アティンジョ大公弟ヘルブ公のことを、幻人だと青い島で言ったので涼は知っている。
「その、幻人だと言った人は、どなたですか?」
リー・ウーが尋ねる。
涼は答えに迷った。
当然、そういう質問の流れになるだろうとは思ったのだが……どう答えるべきか正直分からない。
素直に答えていけば、最終的には「その幻人は誰か」という問いが出てくるだろう。
そこで、アティンジョ大公弟のヘルブ公だと答えるのは……あまり良くない気がする。
確信はないのだが、なんとなく。
だから、ここで質問の連鎖を断ち切ることにした。
「リー・ウーさん、私にそれを伝えた存在は、人が近づかない方がいい存在です」
「は?」
「人間は、存在すら知らない方がいい者たち。ですので、先ほどの質問にはお答えできません。私が答えたことが理由で、東方諸国全てが瞬時に消滅するようなことになってしまっては困りますし」
「……はい?」
涼の言葉を、リー・ウーは完全には理解できていない。
そのために反応が鈍い。
だが、隣で美味しそうに甘味を食べていたシャウ司空は理解したようだ。
すぐに食べる手を止め、涼を見たから。
それも、しっかりと。
そして、心の中で何かが 腑 ( ふ ) に落ちたのだろう。
一つ頷いてからリー・ウーに向かって言った。
「リー・ウー、その辺りで止めておけ」
「は? しかし……」
「今、ロンド公がおっしゃったとおりだ。人が知るべきでないことだ」
「ですが……」
「やめよ! リー・ウー」
最後は、シャウ司空の鋭い声がリー・ウーを打った。
さすがに、そのシャウ司空の尋常ではない雰囲気を、リー・ウーも理解する。
自分が、踏み込んではならない領域に、踏み込もうとしていたことを。
相手は人間ではないだけでなく、存在すら知られていない……高位の存在。
「失礼いたしました! 質問は以上です」
リー・ウーは慌てて礼をとって質問を打ち切る。
それを、涼は 鷹揚 ( おうよう ) に頷いて受け入れた。
心の中では、よかった~を連発していたが。
その後、しばらく歓談した後で、三人は帰っていった。
「無事、何事もなく終了しました」
「何があると思ったんだ……」
涼が安堵の言葉を発し、アベルは小さく首を振る。
「決まっているじゃないですか! 僕らが、このダーウェイへの反逆者として捕まる可能性ですよ」
「いや、唐突だな」
「御史台のナンバー2である司空のシャウさんが、いきなりやってきたんですから。身構えるのは当然です」
「そうか?」
「アベル、 油断大敵 ( ゆだんたいてき ) 雨あられです。 常在戦場 ( じょうざいせんじょう ) の精神でいなければ、いつ、どこから不幸が襲ってくるかなんて、人間には分からないのですよ」
「そうか……」
涼の断言に、反論するのも面倒といわんばかりに適当にアベルは受け入れた。
「まあ、スージェー王国の護国卿が一緒に訪ねてきたのは驚いたがな」
「そう、カブイ・ソマルさんですね。街で会ったバンヒューが、カブイ・ソマルさんが来ているというのは以前言ってましたけど……しかも乗ってきた船がローンダーク号とは」
ローンダーク号は、二人をスージェー王国から自治都市クベバサに運んでくれた船である。
「結局ローンダーク号は、クベバサからこの帝都まで航行する羽目になったということだな」
「初めての海を渡るのは気苦労も多かったでしょう」
アベルも涼も、ゴリック・デュー艦長以下ローンダーク号船員たちの苦労をしのんだ。
海域情報のない海を航行するのは、どれほど頑丈な軍艦であっても簡単ではないのだ。
気象が分からない。
海中状況も分からない。
海賊のような者たちがいるかどうかも気にしなければならない……。
「どうせ帝都に来るのなら、僕らもローンダーク号に運んでもらえばよかったです」
「いや、それは無理だろ」
涼が結果論を述べ、アベルが無理であることを指摘する。
何事も、結果から見れば簡単に見えるし、もっと良い方法があったように見えるのだ。
だが、それはある種のわがまま……。
「アベルが、未来予知か未来視の能力を持っていれば何の問題もなかったのです」
「……は?」
「もっと一生懸命に訓練して、それくらい身につけておいてくれないと。周りがこうやって迷惑します」
「そんな能力、どうやって身につけるんだ?」
「知りませんけど、きっと、『剣技:未来視』みたいな技があるに違いありません」
「聞いたことないぞ」
当然、涼の適当言いがかりである。
チリリーン、チリリーン♪
その時、風鈴のような涼やかな音が響いた。
「さっきも鳴ったな、来客時のやつだろ」
「ええ。ゴーレムがお客様を感知したら、鳴るようになっています」
アベルの言葉に、得意そうに頷く涼。
水属性魔法の<アクティブソナー>のように、空気中の水蒸気を使うことによって、入口付近にいるゴーレムが鳴らす仕組みなのだ。
これなら、喋れないゴーレムも、涼を呼ぶことができる!
二人が門に行くと、一人の男の子が立っていた。
「主からの招待状です」
そう言うと、手紙を涼に手渡した。
「リュン皇子とシオ・フェン公主からの、今晩の夕食への招待状ですか。承知いたしました。午後六時に伺いますとお伝えください」
涼がそう言うと、男の子は丁寧に両手を胸の前で重ねる礼をとってから、屋敷の方に戻っていった。
「やりましたよ、アベル。晩御飯にありつきました!」
「いや、まあ、その通りなんだが……。なんかその言い方は、お金が無くて食うものに困っているように聞こえるぞ」
言い方ひとつで与える印象がガラリと変わる。
言葉は、慎重に選ばなければならないのだ……。
「とりあえず、晩御飯の心配はしなくていいので……」
「昼飯を食いに行くか」
涼とアベルはそう言うと、出かけるのであった。
平和な日常です。