0605 繋ぎ
0605 繋ぎ
リュン王府に戻ったルヤオ隊長は、師たるローウォン卿との会話の全てをリュン親王と、リンシュン侍従長に話した。
「リンシュン、どう思う?」
「ロンド公爵にもお伝えすべきかと」
そんなリュン親王とリンシュン侍従長の会話によって、そのままルヤオ隊長は、お隣さんのお宅にお邪魔することになった。
輪舞邸を訪れると、すぐに一体のゴーレムがルヤオ隊長の下にやってきた。
首に、黄色いスカーフを巻いている。
「おぉ、友好の証二号君。久しぶりだな」
思わず笑顔になって挨拶するルヤオ隊長。
もちろん、友好の証二号君はアイスゴーレムであるため、喋ることはできない。
特に反応もしないのだが……。
ルヤオ隊長は、頭をなでなでする。
一週間前までずっと借りっぱなしであり、それまで毎日のように傍らについてきて、毎日のように魔法式を覗いていたために、かなりの愛着が湧いていた。
だが、リュン皇子の親王への 冊封 ( さくほう ) が迫り、ルヤオ隊長自身も王府親王 羽林 ( うりん ) 軍の隊長としての仕事が増えてきたために、泣く泣く涼の元に送り返した……。
「こんにちは、ルヤオ隊長」
「ロンド公爵閣下、突然申し訳ございません」
出迎えた涼が挨拶し、ルヤオ隊長が先触れもない突然の訪問を 詫 ( わ ) びる。
「ルヤオ隊長は、友好の証二号君の仮マスターですからね。そんなことは気にしないで、いつでも訪ねてきてください」
涼が 零 ( こぼ ) れんばかりの笑顔で言う。
ルヤオ隊長には、『仮マスター』という言葉は通じていないようだが、友好の証二号君が言うことを聞いてくれる立場だというのは理解できている。
「実は、本日お邪魔いたしましたのは……」
部屋に通されたルヤオ隊長はそう切り出すと、師であるローウォン卿との会話を話した。
全てを聞き終わり、驚く涼とアベル。
「ルヤオ隊長の先生、ローウォン卿というと、あの手甲にも使われていた『魔力増幅文字列』を、隊長に教えてくれた人ですよね?」
「魔力増幅文字列? ああ、はい、そうですそうです。昔、先生に教えていただきました」
「戦う前に、ぜひそれについてお聞きしたいと思っていたところです」
涼が小さく頷きながらそんなことを呟く。
「戦う前に? ロンド公は、先生と戦うことになるだろうとお考えですか?」
「あり得ると思いますね」
涼は断言する。
だが、理由は言わない。
横で聞いていたアベルは心の中で呟いた。
(王道展開とか言うやつだろう)
涼の考える事などお見通しなのだ。
ルヤオ隊長は、必要なことを伝えると王府に戻っていった。
その際、 名残 ( なごり ) 惜しそうに友好の証二号君を何度も撫でてから。
「ルヤオ隊長には、友好の証二号君を王府に持っていってもいいですよと何度も言ったのですが……」
涼は、友好の証二号君のスカーフを巻きなおしながら誰とはなしに説明する。
誰とはなしにとはいえ、横にアベルがいることはもちろん知っているのだが。
「彼女は親王羽林軍の隊長だろう? 羽林軍というのは、近衛兵みたいなものだろう? 鍛え上げるのに時間を割けないだろう」
「そうだと思います。以前の、魔法砲撃隊もルヤオ隊長が鍛え上げたそうなのですが、かなり凄かったですもんね」
「そうだったな。ああいうのは、鍛える人間次第で全然変わる」
涼の言葉に、アベルも頷く。
王国内の騎士団や魔法団の 閲兵 ( えっぺい ) を行うのは、国王の仕事の一つだ。
その中には、ただ行進を見るだけでなく、実戦さながらの模擬戦を見る場合もある。
数百人単位で衝突する模擬戦は、死者こそ出ないが重傷者が出る場合があるほど激しいもの。
もちろん戦闘中に、<ヒール>だけでなく<エクストラヒール>すらも飛び交う……事情の分からないものが見れば、実戦かと見間違うほど激しいものもある。
だからこそ、アベルは訓練の重要さを知っている。
個人戦闘においては、かかっているのは自身の命だけだ。
だが集団戦となると、一人が手を抜いただけで数十人、数百人の命が危機に 瀕 ( ひん ) する。
訓練によって、その事を理解させる必要がある。
だが……。
「けっこう大変なんだよな、人を鍛えるのって」
「みんながみんな、アベルのように放っておいても真面目に頑張る人ばかりではありません」
「別に俺だって、嫌いなものは真面目に取り組まんぞ」
「例えば、魔法ですね! 魔法は手を抜いたのですね!」
「いや、俺には素質が無かっただけだ……」
涼の指弾に、苦笑して首を振るアベル。
アベルの父、先王スタッフォード四世は、魔法を扱うことができた。
だが兄、故カイン王太子は、アベル同様に魔法を扱えなかった。
「生まれつきできない、というのは実際にあるんだから仕方ない」
アベルが肩をすくめる。
「まあ、人それぞれですよね。自分にできる事をする、それしかありません」
「違いない」
二人はそう言うと笑い合うのであった。
「僕が楽しみにしているのは五日後です」
「あれだな、 響音会 ( きょうおんかい ) とかいうやつ」
「ええ、それです! 皇宮を挙げての演奏会って、すごいですね」
「皇子や親王の派閥からはもちろん、シタイフ層からもだろ? さすがに午後から夜までずっと聞いてると、疲れたりするんじゃないか?」
「皇帝陛下は芸がお好きだからでしょう。好きなものならいくらでもできる……アベルの剣と同じですね」
「ああ、そう言われると少し理解できるか」
涼のたとえ話に納得するアベル。
確かに、好きなものなら時間を忘れる。
好きでもないのに付き合わされる人は大変かもしれないが……。
「リュン王府からはシオ・フェン公主が出るんでしょう? ミーファも合奏で」
「ああ、この前、俺のところに聞きに来たな」
アベルはミーファにとって、剣だけでなくヴァイオリンの師匠にもなっているようだ。
「正妃を迎えたら、その正妃が響音会に出る……考えてみれば大変なしきたりというか、縛りというか」
「その正妃のお 披露目 ( ひろめ ) 的な意味合いだろう。これに出れば、誰もが知ることになる」
「でも、へたっぴな演奏をしたら……」
「仮にもダーウェイ皇子の正妃になる人物だ。その程度は教養の範囲として身に付けているのは当然ということだな」
「王族、おそるべし……」
アベルが事も無げに言い、涼は小さく首を振った。
いつの時代、どんな世界においてもそう。
王族に生まれて 羨 ( うらや ) ましいな、ではないのだ。
普通の人なら一生必要とならないものも身に付けなければならない。
好き嫌いは関係ない。
多分、普通の人なら精神を 病 ( や ) む。
王室とはそういう場所。
知らない人は全く知らないだろうし、想像もできない。
「しかも大トリ……演奏順は最後なんでしょう?」
「お披露目的な意味を持っているのだから当然だろう」
「それを当然だというアベルも、普通とは感覚がかけ離れていると思うのです」
「そうか? 王族なら当たり前だと思うぞ」
いつもは涼が理解できないとアベルに言われるのだが……こと王族や王室関連は、やはり普通の民衆とは大きくかけ離れてしまうのだ。
とはいえ、王族だろうが一般大衆であろうが変わらない部分もある。
それはどちらも、ご飯を食べるということ!
「まあ何はともあれ、僕ら正式に招待されていますからね。素晴らしい演奏を聞きながら、ただ飯食べ放題というのは素晴らしいですよね!」
涼がとても嬉しそうだ。
「ただ飯食べ放題って……」
「皇宮の料理を食べ放題なんて、僕のような一般庶民ではなかなかないですからね」
「筆頭公爵を一般庶民とは言わんだろう」
アベルも苦笑しながら小さく首を振る。
そうは言っても、アベル自身も皇宮の料理には興味がある。
リュン親王とシオ・フェン公主の披露宴で食べたが、確かに美味しかった。
もちろん、アベルはナイトレイ王国の国王であり、王城では最上級の料理人によって調理された料理を食べてきたが……それとはまた違う。
「美味しい料理は正義です!」
「それは間違いない」
涼もアベルも、響音会そのものも楽しみだが、それ以上に出される食事も楽しみであった。
明日より四日連続で「響音会」のお話です。
大丈夫、だらだらと続いたりはしません……多分。