0624 愛の形
0624 愛の形
「風と海流から計算して、自治都市クベバサへの到着は十日後です」
第一船に降り立った涼とアベルを含めた、リュン親王やシオ・フェン公主ら交渉団首脳に、第一船のミュン船長が説明する。
「予定では二週間と聞いていましたが、早いですね」
「はい。この時期の海流は読めますが、風はけっこう回りますので標準的な日程をお伝えしておきました」
リュン親王の確認に、ミュン船長が答える。
リュン親王は親王であり、かなり高い地位にあると言っていいだろう。
だが、ミュン船長に対して、かなり 丁寧 ( ていねい ) な言葉づかいで接している。
ミュン船長自身、かつては海軍提督としてダーウェイ海軍を率いる人物の一人であった。
それもあって、皇帝からのおぼえもめでたい。
皇帝ツーインが、最も信頼する海の男の一人と言ってもいいだろう。
その辺りもあって、ミュン船長をぞんざいに扱うような者はいない。
「海の男とか海の女とか、そういう人たちってなんかカッコいいですよね」
「ああ、確かにな」
日程に関する説明が終わり、涼とアベルは雑談している。
「アベルも、国王を退いたら海軍提督になったらどうですか? ナイトレイ王国海軍を率いて、七つの海を征服してまわるのです!」
「意味が分からん」
「元冒険者にして元国王、しかしてその実態は最強無比王国海軍を率いるアベル提督! 結構カッコいいでしょう?」
「その最強無比の王国海軍は誰と戦うんだ? 仮想敵国たるデブヒ帝国にはそもそも海軍が無いぞ」
「そう、敵は……クラーケン軍団!」
「うん、負けだな」
アベルは小さく首を振る。
「仕方がありません、イワシ軍団にしておきます」
「なんだそれは……」
「ベイトボールというか……ほら、小さい魚が群れになって泳いでいたでしょう?」
「クラーケンを倒した後に、七匹手に入れたやつか」
クラーケンを倒した後、帰りがけに七匹のイワシのような魔物を、ニール・アンダーセン号の『腕』で 掴 ( つか ) んで陸に戻ったことがあった。
アベルもそれを覚えていたのだ。
「最強無比はともかく、王国の南の海にも、いつか出ていけるようになるといいな」
「ですよね。王国に戻ったら、海洋省でしたっけ? あそこを 査察 ( ささつ ) しましょう」
「査察……」
「悪いことをしている貴族とか、長官みたいな人がいるに違いありません。そんな人たちの財産を没収して、 懐 ( ふところ ) に入れるのです!」
「うん、没収した場合、国庫に入るだけだからな。筆頭公爵の懐はもちろん、国王の懐にも入らんからな」
「ぐぬぬ……。査察に入る前に法律改正が先ですか。悪徳筆頭公爵が、全てを奪ってやるです」
「自分から悪徳というのはどうなんだろうな」
遠く国を離れていても、自国を良くしようと常に議論を交わす国王と筆頭公爵。
これこそが国の政治を 司 ( つかさど ) る者の姿に違いない。
……うん、違いない。
ルヤオ隊長と傍らにいる友好の証二号君が、二人の視界に入った。
それを見て、アベルが尋ねる。
「なあ、リョウ」
「なんですか、アベル」
「あの友好の証二号君、不思議に思っていたんだが……なぜ動いているんだ?」
「はい?」
一瞬、アベルの問いの意味が理解できない涼。
「いや、リョウのゴーレムは輪舞邸の中や周りでだけ動くようになっていただろう?」
そう、輪舞邸の中に設置された水の魔石から魔力供給を受けているため、その周囲……けっこうそれは広くて、リュン王府も完全に含まれている……でのみ動くことができる。
だが、ここは海の上。
『中黄』ですらない。
「ああ、そういうことですか。アベル、よく覚えていましたね」
涼は、アベルの記憶力に感心する。
人は、あまり関心のないことに関しては、けっこう記憶は 曖昧 ( あいまい ) になるものなのに……。
「友好の証二号君は現在、スタンドアローン型に移行しました」
「すたん……ど?」
「自律型、というんですかね。実は直接、水の魔石を 填 ( は ) めてあるんです」
「ああ、リョウが持っていた残り一個か」
涼の説明にアベルは頷く。
イワシ型魔物から取り出した魔石のうち、涼が持っていた三個。
そのうち二個は輪舞邸で使われた……残りの一個が二号君に填められたらしい。
「ですので、友好の証二号君はどこでも活動できるのです」
「だが水の魔石だろう? ルヤオ隊長とかは火属性魔法使いだろ?」
「ええ、ちゃんと魔法式じゃなくて魔法陣を通して、どんな属性の魔力でも充填できるようにしてありますから大丈夫です」
「なるほど」
魔法式だと水属性なら水属性の魔力のみとかになるのだが、魔法陣なら効率が落ちはするがどんな属性の魔法使いでも魔力の充填をできるようになる。
「ロンド公」
そんな友好の証二号君を連れて、ルヤオ隊長がやってきた。
「ルヤオ隊長。友好の証二号君も、すっかり 懐 ( なつ ) いていますね」
涼が、友好の証二号君とルヤオ隊長を交互に見ながら言う。
「はい……あの、ロンド公、本当によろしいのですか?」
「はい?」
「二号君を、正式に私が譲り受けてしまって……」
「もちろんです」
そう、二カ月前のあの日以来、涼は友好の証二号君はルヤオ隊長にこそふさわしいと思っていた。
だからその後、ずっとルヤオ隊長に預けて……一週間前、正式にルヤオ隊長に譲り渡した。
その時のルヤオ隊長は、嬉しい以上に困惑していた。
本当に貰っていいのかと。
一週間たった今、さらに友好の証二号君への愛情は深まっているようで、よく頭をなでなでしている。
それはもう……他の人など愛せないのではないかと思うほどに。
余計なお世話だとは理解しているが。
「友好の証二号君はルヤオ隊長に、その忠誠の全てを捧げるがいいです」
「ロンド公、感謝いたします」
ルヤオ隊長はそう言うと、笑みを浮かべて二号君の頭を撫でる。
それはもう、本当に嬉しそうに。
人とゴーレムの愛情。
それくらいはあり得るのではないかと思えるほどに。
だが、それを理解しない剣士も世の中にはいる。
「ルヤオ隊長は、王府軍の兵士からも人気があるだろう? 魔法砲撃隊の隊員たちがルヤオ隊長を見る目は 崇拝者 ( すうはいしゃ ) の視線だぞ」
「いいじゃないですか。人が好きなものと結ばれる。それこそが本当の自由です」
「いや、それはまあ、そうなんだが……」
「なんですか、アベルはルヤオ隊長に、誰か男性を紹介しようとでもいうのですか?」
「そういうわけじゃなくて……」
さすがに、涼とアベルもそんな会話はものすごく小さな声で交わしていたのだが……。
すぐそばにいるルヤオ隊長には聞こえたらしい。
ルヤオ隊長は笑いながら言う。
「申し訳ありませんが、私は紹介されてもお付き合いできません」
はっきりと言い切った。
「ほら~。アベルが変なこと言うから」
「いや言ってないだろうが。リョウが勝手に……」
責任を押し付け合う二人。
だが、ふと気になったことがあるらしい。
「ルヤオ隊長は、すでにお付き合いされている方が?」
「お付き合いというか……」
涼の質問に、首をかしげてどう答えるか考えているようなルヤオ隊長。
「おい、リョウ、踏み込み過ぎじゃないか?」
「ああ、確かに。すいません、忘れてください」
さすがにアベルが 咎 ( とが ) め、涼も受け入れる。
こういうのはプライベートなこと。
ロンド公爵としての権威をかさに着て答えさせるのは、確かに良くないことだ。
「いえ、そういうわけではないのです。つまり、もう結婚することが決まっているといいますか……」
「なるほど、 許嫁 ( いいなずけ ) がいるのですね。リュン親王の供回りですもんね、家門的にもいろいろあるでしょう」
二人とも、ルヤオ隊長の家がどういうものなのかは知らない。
だが、リュン親王とは小さい頃から一緒に育ったので、いい血筋なのだろうとは思っているのだ。
「許嫁といいますか、リュン殿下の第二妃になると思います」
「……はい?」
ルヤオ隊長の全く表情を変えない答えに、一瞬言われたことを理解できない涼。
横にいるアベルも、何度も目をしばたいている。
二人とも言葉がない。
当然、ルヤオ隊長も何も言わない。
彼女からすれば、伝えるべきことは全て伝えているからだ。
隣にいる友好の証二号君の頭を撫でて、さらにスカーフを整えている。
「すいません、ちょっと聞き逃したかもしれませんけど、ルヤオ隊長は、リュン殿下の第二妃になるとおっしゃいましたか?」
「はい」
「えっとそれは……いつ決まったのですか?」
「いつ? 小さな頃から……」
「第二妃にと?」
「はい。ダーウェイの皇子は、正妃を国内からは 娶 ( めと ) りません。必ず国外の王族からですので」
「なるほど」
確かに、ダーウェイほどの超大国であれば、皇子が数人の妃を娶るのは当然だろう。
「その、ルヤオ隊長の第二妃の件は……えっと……シオ・フェン公主はご存じで?」
「はい、もちろんです」
「いつ……」
「初めてお会いした時に紹介されました」
「おぉ……」
涼の知らない世界が展開されているらしい。
アベルも知らない世界であるらしい。
「その時、シオ・フェン公主は何と?」
「共に盛り立てていきましょうと」
「なるほど」
そんな話をした後、ルヤオ隊長は友好の証二号君と共に去っていった。
後には、二人が残される。
「なんか……いろいろ凄いな」
「ええ。僕にはよく分かりませんでした」
国王にも筆頭公爵にも、理解できない世界だったらしい……。
「アベル、ナイトレイ王国の国王陛下も第二妃を……」
「うん、筆頭公爵が、王妃に進言してくれるのか?」
「……すいません、今の話は無かったことに」
ナイトレイ王国は大国だ。
しかも王族も少ない。
王の子どもたちは多い方が、国は安定するかもしれない。
もちろん、相続をめぐっての争いの可能性はあるが。
王国の規模からすれば、国王の妃が複数いるのは不思議なことではないだろう。
だが……それを王妃であるリーヒャに進言するのは、なんというか……。
確たる理由があるわけではない。
あるわけではないのだが……涼は、なんとなく進言したくなかった。
そう、アベルとリーヒャは愛し合っている。
そう、それでいいではないか。
そう、第三者が口を出す事ではない。
愛の形は様々。
そう、きっと……それでいいはずだ。