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0635 衝突

水属性の魔法使い — ncode.syosetu.com · All chapters

0635 衝突

キン!

キン、キン、キン……。

魔法使いと呪法使いの戦いは、剣での戦いから始まった。

呪法使いヘルブ公……の体を乗っ取った幻王が、飛び込み剣を振り下ろす。

魔法使い涼が、丁寧に受ける。

幻王の連撃。

涼の防御。

まるで剣士同士の 剣戟 ( けんげき ) だが、それだけでは終わらない。

カキンッ、カキンッ、カキンッ……。

響く軽い質量の音。

幻王が飛ばす四枚の呪符が、あらゆる方向から涼に向かって石の雨を降らす。

「オールレンジ攻撃とは……呪符は便利ですね」

涼は呟く。

だが、呪符からの攻撃は全て氷の盾が動いて弾き返す。

最近では使うことの少なくなった<アイスシールド>だ。

氷でできたテニスラケットほどの大きさの盾が、涼の周りを飛び回り呪符からの攻撃を弾き返している。

いつもなら<アイスウォール>で弾いてしまうのだが、今回は剣戟の最中のオールレンジ攻撃を受けているのだ……攻撃される部分だけを、盾でケアする方が都合がいい。

「こざかしい!」

幻王がそう叫ぶと、飛び回る呪符が八枚に増えた。

「しゃらくさいです!」

涼も負けじと叫ぶと、<アイスシールド>の数が増える。

「貴様……本当に人間か?」

「どこからどう見ても人間でしょう? イワシにでも見えるんですか?」

涼はナチュラルにボケたのだが、当然誰もつっこまない。

こういう時に思うのだ、アベルの素晴らしさを。

「アベルなら、どんなピンチでもつっこんでくれるのに」

もちろんアベルは、涼のボケにつっこむためだけに存在する人物ではない……。

涼はボケており、幻王の呪符も完璧に氷の盾で弾いているが、剣戟部分においては劣勢であった。

幻王の剣は、一撃一撃が驚くほど速く、驚くほど強い。

「胸に星形の魔法陣を描かれた後、人とは思えない力と速度を手に入れた人を見ましたけど、そんな感じですね」

涼は独り言をつぶやいたのだが、正面で対峙する幻王には聞こえたらしい。

「もしや< 傀儡 ( くぐつ ) >すら知っているのか?」

「傀儡? 操り人形? その名前は知りませんけど、どうせ似たような感じなんでしょうね。なんか呪法ってそういうのが多いイメージがあります。 清廉 ( せいれん ) な魔法使い、 堕落 ( だらく ) した呪法使いというイメージを持ってしまいそうです。真面目な呪法使いの人たちが可哀そうです」

「 戯言 ( ざれごと ) を!」

涼の軽口に対して、さらに速度を増す幻王の剣。

しかも、決して力と速度だけではない。

実は技術もかなり高い。

だがそれ以上に、涼がずっと気になっていることがあった。

それは幻王が振る剣。

魔剣のように、赤く光っているわけではない。

悪魔アルジェンタの剣のように、緑に光っているわけでもない。

だが、何かそれに近い雰囲気を感じるのだ。

「もしかして、聖剣?」

それは完全にあてずっぽう。

涼が見たことのある聖剣は二振り……多分。

西方諸国でいくつか見た記憶があるが、はっきり覚えているのは二振りだけだ。

グランドマスター、ヒュー・マクグラスの剣と、勇者ローマンの剣。

どちらも見た目は普通の剣だ。

だが、なんとなく存在感のようなものを感じさせる……そう、なんとなく。

涼もうまく説明はできない。

そんな存在感を、目の前の剣から感じる。

「握った時から俺も感じていたが、その感覚は合っていたということか」

幻王がニヤリと笑い、言葉を続ける。

「アティンジョ大公の剣らしいからな……あの辺りの剣と言えば、聖剣タティエンか」

「アティンジョ大公も、面倒な物を持ち込んで……」

「聖剣は常に傍らに置いておくだろう?」

「そういえば……主人以外が持って、へそを曲げて命を奪ったりしたら大変とか……」

涼は、ヒュー・マクグラスから聞いた話を思い出す。

「ふん、分かっておるではないか」

「聖剣だからといって、特殊技能があるわけではありません!」

「本当にそうか?」

「え?」

自信満々に言い切った涼に対して、正面からその自信をたたき割るかのように言い返す幻王。

そこまで言われれば、当然ながら涼でも驚く。

「魔王の因子やステラ魔法陣を知っている者でも、さすがに『聖剣 昇華 ( しょうか ) 』は知らんか」

「聖剣昇華?」

涼が言葉を繰り返す。

それは初耳という証拠。

「クックック、知らぬか? 愉快 ( ゆかい ) 愉快」

禍々 ( まがまが ) しい笑みを浮かべる幻王。

涼はカチンときたが受け流す。

正直、この剣戟では余裕がない。

余裕がない中に、さらに心に引っかかる情報が目の前にぶら下げられた。

これは非常に良くない。

集中せねばならない状況において、どうしても集中が削がれてしまう。

むしろ、それが狙い?

本当に『聖剣昇華』なるものがあるのか?

「ブラフ? 精神的にゆさぶりをかけようとしているだけ?」

あり得る。

心が揺らげば剣も揺らぐ。

そう、涼もいつも言っているではないか。

「相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩」

そう言った瞬間、涼の 纏 ( まと ) う雰囲気が変わった。

「ほぉ……」

幻王もそれを感じ取ったのか、ニヤリと笑う。

涼自身も分かってはいるのだ。

最初から、こうやってぶれない剣に入っていかないといけないというのは。

いつも、追い込まれてからだと……いつか足をすくわれると。

だが、今は仕方ない。

展開される涼の鉄壁の剣。

それは、力と速さで圧倒し、技術においても申し分のない幻王の剣すら弾き返す。

「人間のくせに、よくぞこれほどの修練を積んだな」

幻王が呟くその言葉に、 嘲 ( あざけ ) りの色は 微塵 ( みじん ) もない。

心の底からの称賛。

敵であり、倒す相手であっても良いものは良い。

幻王の突きを流す。

幻王の薙ぎをかわす。

幻王の打ち下ろしを……氷の盾で受ける。

「何?」

それは幻王にとって想定外の受け。

剣で受けなかったことにより得た自由。

涼は大きく踏み込み、抜刀術のように右手一本で胴薙ぎ。

カシュッ。

ヘルブ公が着ている大公弟の正装が切り裂かれる。

だが、その下の硬質な何かに弾かれた感触。

「え?」

その瞬間、涼は見た。

「呪符を体に貼っている?」

そう、体に貼られた呪符が村雨を弾いたのだ。

「そんなのあり?」

思わず漏れる素直な感情。

「なんだ? 近接戦が得意な呪法使いと戦ったのは初めてか?」

「近接戦が得意な呪法使いってのが変でしょう!」

「貴様は魔法使いなのに近接戦もいけるじゃないか。呪法使いにだってそういう奴はいる」

「あ、なるほど」

思わず納得してしまう涼。

「だったら、呪法使いは全員、呪符を自分の体に貼っておけばいいんじゃ……」

「魔力が尽きて死ぬぞ?」

「またまたなるほど。それはもっともですね。ヘルブ公がそれをやれるのは……」

「幻人だからだ」

「種族特性おそるべし」

そう、いつも涼の前に立ちふさがるもの。

種族特性。

悪魔にしろ、魔人にしろ、ルリの二人にしろ……そして、幻人も!

「種族特性の違いは本当に厄介です」

「人間は特に 脆弱 ( ぜいじゃく ) だからな」

涼の呟きに、肩をすくめて答える幻王。

特に嘲る様子ではなく、本当にそう思っているだけらしい。

もちろん涼も反論できない。

上述した例を出すまでもなく、ドラゴンやヴァンパイアがいる『ファイ』においては、本当に人間は……。

「なあ、貴様、そんな脆弱な人間のくせになぜ抵抗する?」

「はい? 抵抗しないで死ねとでも言うんですか?」

「俺は別に、お前が死のうが生きようがどうでもいい。俺が殺したいのは国の首脳だけだ。貴様はそもそも違うだろう?」

「何で違うと思うんですか? 僕もアティンジョ大公国から正式に招待されて円卓に着きましたよ?」

「マジか? 見たことないんだが……」

そこまで言ったところで幻王は気付いた。

失言であったと。

ニヤリと笑う涼。

「各国の宮廷とかを見ることができるんですね」

そう、今日のこの円卓を見たのではなく、以前に各国の宮廷や王城を何らかの方法で見たのだ。

そして、各国首脳の顔を覚えた。

この場で殺し尽くすために。

「貴様と話していると、いろいろと知られたくないことを知られていく」

「ならどうします? さっきは僕を殺すつもりはないと言っていましたけど?」

「……貴様が悪い」

幻王は一言そう言うと、神速の踏み込みから打ち下ろした。

カシュンッ。

涼はそのまま受けずに、村雨で角度を付けて受け流す。

その瞬間、幻王の口角が少しだけ上がったのが見えた。

理由は分からないが、ヤバいという感覚が走る。

「<アイスウォール50層>」

「聖剣昇華“突”」

涼が展開する最硬の氷の壁を、まるで紙を突き破るようにほとんど抵抗なく貫く聖剣タティエン。

「ぐふっ」

涼の左脇腹に深々と突き刺さる。

そのまま涼の胴を一刀両断するべく強引に横薙ぎ。

涼は後方に吹き飛んだ。

自ら<ウォータージェットスラスタ>を全開にして後方に飛んだのだ。

完全なる全開飛行。

速さの調整などできない。

そのまま後方の壁に衝突。

全身を激痛が走った。

だが涼が感じたのは安堵。

なぜなら、飛ばなければ腹に突き刺さった聖剣の横薙ぎで、体は真っ二つにされていただろうからだ。

「<アイスウォール50層>をやすやすと?」

さすがにそんな経験はない。

魔法で撃ち破られたことはあるが、それでも<アイスウォール>は抵抗していた。

今回のは違う。

まるで何もないかのように……。

「自ら後方に飛んだ? なんだ? どんな仕組みだ? 飛翔環か何かか? いやそれにしても速すぎるな」

幻王が、聖剣タティエンを片手で操りながら、首をかしげている。

そんな聖剣タティエンは、白い光を放っている。

先ほどまではそんな光は無く、普通の剣だったのだが、聖剣昇華と叫んでから変わったのだ。

「さっきのが『聖剣昇華』ですか」

涼が立ち上がる。

さすがにお腹に大穴を空けられたのだ、足下はおぼつかない。

とりあえず内臓に氷を張って止血しているが……はたしてどれほどの効果があるか。

「ああ、この聖剣タティエンの特性だ。聖剣ってやつは、一本一本に尖った特性があるが、こいつの特性は当たりだよな。あらゆる魔法を『無視』する」

「やっぱりですか」

「直前に張った氷の壁、あれはたいしたもんだったが、タティエンとの相性は最悪だな。それに貴様、体にも氷の膜を張っているだろ? 俺が呪符を貼っているのを非難する筋合いはないだろ」

「それはそれ、これはこれです」

もちろん涼は、<アイスアーマー ミスト>を着けていたのだが、聖剣タティエンの聖剣昇華の前には何の効果もなかった。

それどころか、涼が羽織る妖精王のローブすら貫いたのだ。

全ての魔法を弾き、属性を帯びた剣の攻撃を弾き返すローブを。

「分かるな? 貴様に勝ちはない」

「だからおとなしく死ねと?」

「貴様に抜かれた情報はそのまま渡してやる。持って帰ればいい」

「はい?」

「だからこのまま手を引いて去れ」

「……各国首脳は?」

「殺す」

「ですよね」

涼は肩をすくめる。

そのために目の前の幻王はヘルブ公の体を乗っ取ったのだから当然であろう。

そして、殺される首脳たちの中には、涼の知り合いも多い。

彼ら彼女らを残して自分だけ去る?

あり得ない!

それに……。

「僕は約束しました。もしヘルブ公が暴走したらそれを止めると」

「止める?」

「首を斬り落とし、心臓を貫く」

「幻人を殺す正しい方法だが、それをすればこの男は死ぬぞ?」

「殺してくれと言われました。僕は約束を守ります」

涼の目は決意に満ちている。

一切の迷いはない。

腹には大穴が空き、全力は出せないかもしれない。

だが、関係ない。

約束を守る。

ただそれだけだ。

涼は静かに、正眼に構えた。

「ふん、いいだろう。やはり貴様は殺すしかないようだ」

幻王も、白く光る聖剣タティエンを構えた。

(< 動的 ( ダイナミック ) 水蒸気機雷 ( スチームマイン ) Ⅱ>)

「見えているぞ! <無限炎鎖>」

幻王が唱えた。

当然、呪法使いも魔法を放てる。

幻王や彼が乗っ取ったヘルブ公ほどの呪法使いであれば、生半可な魔法使い以上に強力な攻撃魔法を放つことができるのだ。

放たれたのは、無数の炎。

涼によって空気中の水蒸気が、大量の機雷のように変質したのを理解したのだろう。

数には数で対抗とばかりに、無数の炎が涼に向かって飛ぶ。

そして、水蒸気機雷にぶつかった。

視界を 塞 ( ふさ ) ぐ、無数の対消滅の光。

当然それは、近接戦のための目くらましとなる。

涼が飛び込む。

もちろん、幻王も理解している。

涼が飛び込んでくると。

そこまで計算の内。

「見えたぞ!」

全ての魔法を『無視』する聖剣タティエンの聖剣昇華。

涼がどんな魔法で自分を守っていても防ぐことなどできない。

まさに 一刀両断 ( いっとうりょうだん ) 。

何の抵抗もなく頭から真っ二つにした。

そう……何の抵抗もなく。

肉体を斬る抵抗もなく。

「分身か! こざかしい!」

幻王はすぐに気づき、さらに遅れて飛び込んできた涼を捉える。

そして再び一刀両断。

その瞬間、気付いた。

囮 ( おとり ) は二つだったと。

切り裂いた囮は氷から水に変わり、辺りを舞う。

まるで、スコールのように。

幻王の体にまとわりつく……。

「<氷棺><ウォータージェット>」

涼の水がまとわりついたヘルブ公の体は瞬時に氷の棺に入れられ、 間髪 ( かんはつ ) を 容 ( い ) れずに聖剣タティエンを持った右腕は手首から斬り落とされた。

「魔法を無視する聖剣は、氷の棺にも入れられないでしょうからね」

激しい動きをしたために、傷口が開き再び血が流れ始めた涼は、氷漬けにしたヘルブ公を見て呟く。

「殺してしまうよりはいいでしょう?」

そして、気を失った。