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0679 アティンジョ大公国訪問Ⅳ

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0679 アティンジョ大公国訪問Ⅳ

翌日。

「アティンジョ大公国、運命の日です」

「少し、おおげさじゃないか?」

涼がなぜか決意した表情でそう言い切り、アベルが 胡乱気 ( うろんげ ) な目で見る。

もちろん涼には、何か役割が与えられているわけではなく……勝手に、何か決意した表情になっているだけだ。

「大げさなどではありません。首都で内戦が起きようというのですから、国全体にとって大変なことです」

「バッシュ殿も、首都全体を戦場にするつもりはないと言っていたろう。そのために王宮に 籠 ( こも ) ると。戦場は王宮とその周辺だ」

「なら……アティンジョ大公、運命の日に言い換えます」

「お、おう」

涼の言葉を、アベルも仕方なく受け入れる。

確かに、アティンジョ大公バッシュにとっては、運命の日であるのかもしれない。

「ダーウェイでも内戦を経験したじゃないですか?」

「ああ、第二皇子コウリ親王な」

「かつて、ナイトレイ王国でも内戦があったじゃないですか?」

「ああ、レイモンド 叔父 ( おじ ) 上な」

「どこでもここでも内戦ばっかりですね」

「リョウの行くところ行くところで、内戦が起きているという話だろう?」

「なぜ僕のせいに……」

アベルの指摘に、 愕然 ( がくぜん ) とする涼。

だが、すぐに反論する。

「名探偵の行くところ、必ず犯罪が発生するみたいなのは、しょせん小説の中だけの話です」

「うん、よく分からん」

名探偵、金田一耕助の行くところでは、よく殺人事件が起きるという統計学上のお話を、涼はしているのだが、当然アベルには通じない。

「リョウ、最初に言っておくが……」

「大丈夫です、アベル。みなまで言うなです」

「そうか?」

「お昼ご飯は食べられないかもしれないから、朝ご飯はしっかり食べておけでしょう?」

「違うわ!」

涼、 渾身 ( こんしん ) の推理は、アベルに否定された。

「この内戦は、あくまでアティンジョ大公国の国内事情だから……」

「 内政不干渉 ( ないせいふかんしょう ) ということですか」

「そういうことだ」

アベルは厳然たる口調で言う。

涼が不満を抱いているのを理解しているからだ。

「リョウが介入すれば被害が減ると考えているんだろう?」

「ええ、まあ……」

涼は、あくまで一般人的感情を持っているので、目の前で人が傷つくのを見るのは好きではない。

それが、戦うことが役割である兵士たちであっても。

罪のない一般市民であればなおさらだ。

「気持ちは分かるが……」

「民が、自分たちで 掴 ( つか ) み取らなければならない」

「ああ」

「人の命より大切なものなんて、そんなにないはずなのに」

涼はそう言うと、小さく首を振る。

「何が大切かというのは、人によって違う。その違いがあるということそのものを、尊重するべきだと俺は思う」

「多様性って、難しいですね」

王族として高所、大局を見ることを小さい頃から学んできたアベルと、民主主義、自由主義の中で生きてきた涼とでは、考え方の違いがあるのは当然なのかもしれない。

それでも、人は分かり合えるはず……。

「介入はともかく、バッシュ陛下の覚悟は見届けます」

涼は、それだけ、はっきりと言い切った。

午前九時、王宮への攻撃は南門から始まった。

「やっぱりこの高さからでは、城壁の向こう側は見えません」

「そりゃそうだよな」

涼とアベルは、二人が宿泊した離れの屋上に上っている。

平屋の造りであるため、氷の 梯子 ( はしご ) を掛けたら簡単に登れたのだ。

しかし、王宮を囲む城壁はけっこう高い。

地上から五メートルくらいはあるだろうか。

二人のいる場所からは、城壁の内側はなんとなく見渡せるのだが、城壁の向こう側、すなわち攻め手側がどれほどの軍を動員しているのかなどは確認できない。

「仕方ありません」

「うん?」

「<氷筍>」

涼が唱えると、太い、かなり太い、直径が四メートルほどはありそうな、氷のつららが屋上から生じ、二人を十メートルほどの高さに押し上げた。

そこからなら、城壁の向こう側も見える。

「敵の数もけっこういるな」

「南の城門付近だけでも二千くらいはいますか? 東の城壁の向こう側……あ、西の城壁の向こう側にもいますね。全部合わせると五千人くらいはいません?」

「いるな。王宮の北側は崖だから大軍は展開できんようだが、それ以外の三方向から攻撃か。大公側がどれほどの戦力で守っているのか分からんが、楽な戦いではないというのは確かだ」

涼もアベルも、これまで、それなりの戦場を経験してきた。

それは、まったく楽しい経験ではなかった……それでも、経験は積んだ。

それによって、相手がどれほどの戦力なのかは一目で理解できるようになったし、味方がどれほどの戦力なのかも把握できるようになった。

当然、どちらが有利なのかも。

「攻め手側の魔法砲撃……正直、あんまり多くないですね」

「そうだな。しかもそれらは全て、大公側の呪符で弾かれている」

「ああ……弓矢の攻撃もそこそこに、城門に向かって近接戦を……」

「当然だが、城壁上から矢で射られているな」

涼とアベルは、どちらかと言えば感情的には大公側だ。

それも仕方あるまい。

新大公バッシュは、 健気 ( けなげ ) に 真摯 ( しんし ) に大公として頑張ろうとしているのだ。

多くの人が、応援したくなるに違いない。

翻 ( ひるがえ ) ってバブリー家を中心とした攻め手側は……そもそも知り合いがいない。

そちらを応援する理由はない。

だがそれでも、この攻撃は……。

「攻撃、洗練されていないように見えます」

「 稚拙 ( ちせつ ) 、だな」

涼もアベルも、そう思ってしまうのだ。

「とはいえ、そもそも攻城戦は難しい」

「確かに。僕の故郷には、城を攻めるには守る側の四倍の戦力を用意しろとか、いやいや六倍は必要とか、いやいやいやいや城攻めなど 愚 ( ぐ ) の 骨頂 ( こっちょう ) だとか……そんな言葉があります」

「いつも思うが、リョウの故郷って帝王学の本が街の図書館にあったり、軍略関係の多くの本があったり……なんかすごいよな」

「本にして残しておく、その歴史学的側面からの大切さを、昔の人も理解していたのでしょう」

なぜか涼が偉そうに胸を張っている。

もちろん、多くの本が残っているのは涼のおかげではないのだが。

「とにかく、攻城戦が難しいというのは誰もが認めるところだな」

「そうですね、それを否定する軍略家はいないでしょう」

「となると、この南門は 耳目 ( じもく ) を引き付けておくだけの 囮 ( おとり ) か」

「なるほど。攻め手側は、城門を打ち破って中に入ることを目指していない。別の部隊が、勝負を決する予定と」

「当然それは……」

「ズルーマさんの出身一族、ギューガ一族」

アベルも涼も、見解は一致した。

どこからか、暗殺者のようなギューガ一族が王宮本宮に入り込んで、大公バッシュを暗殺する……確かにそれが成功すれば、攻め手側の勝利だ。

「もしかしたら、もうすでに?」

「ああ、入り込んでいるかもしれんな」

涼とアベルは、<氷筍>の上から、本宮の方を見るのであった。

暗殺者たちは、音もなく静かに進んでいく。

本宮の構造は、全員の頭の中に入っている。

本宮を守る大公親衛隊は、決して弱くない。

しかし、異変に気付く前に、首を 搔 ( か ) き切られていく。

静寂 ( せいじゃく ) のまま、影が本宮を侵食する。

ギューガ一族による侵入。

だが……。

カキン、カキンッ……。

音の無かった世界に、音が生まれる。

始まる影と影の戦い。

まさに暗闘。

戦闘技術は、ギューガ一族が上回っている。

だが、ここはアティンジョ大公国王宮。

迎え撃つ影らの本拠……地の利がある。

「チッ」

ギューガ一族を率いる眼帯の男が、思わず舌打ちをした。

「ズルーマが鍛えた手勢か? 技術は稚拙だが、この建物の中での戦闘に慣れているな」

「当然だ」

その声が聞こえた瞬間、眼帯の男ルキヤは反射的に体をひねった。

頭のあった場所を剣が薙ぐ。

「お前たちは罠にかかったのだ」

「ぬかせ!」

姿を現したズルーマとルキヤが 対峙 ( たいじ ) する。

そこかしこでギューガ一族の侵入は止められ、激しい剣戟が起き始めていた。

「外務省外事課特殊守護隊。ギューガ一族のような暗殺者を、王宮で迎え撃つための部隊だ」

「付け焼刃の技術で、我らを阻めるとでも? 貴様もギューガ屈指と称された男なら分かるだろう、ギューガの刃は防げん」

「一族の人間だったからこそ分かる、ギューガの強さは。同時に、弱点も知っている」

「なにを……」

ズルーマの言葉にルキヤが反論しようとしたその時。

ズルーマの手元から小さな赤い光が走った。

攻撃魔法ではない。

「合図?」

ルキヤの呟き。

次の瞬間。

辺りを 閃光 ( せんこう ) が照らした。

同時に、耳をつんざく 轟音 ( ごうおん ) が響く。

室内における閃光と轟音。

ズルーマの赤い合図によって、王宮内に設置されていた閃光と轟音の錬金術が発動したのだ。

対処していた外事課特殊守護隊はダメージを受けなかった。

だが、ギューガ一族は違う。

闇に慣れ、屋内のような光の少ない場所での戦闘に慣れている者にとって、閃光と轟音は致命的。

視覚を奪われ、聴覚を破壊された。

反射的に動きを止めてしまう。

経験の豊富なものですら、すぐに壁を背にするが……結局、しばらくは動けない。

始まる特殊守護隊による一方的な 殺戮 ( さつりく ) 。

形勢は、大公側へ、はっきりと傾いた。

ついに明日(2月20日)、小説第6巻の発売日ですよ!

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