0684 清新
0684 清新
「カブイ・ソマルさんは、押しの強い人でした……」
「 諦 ( あきら ) めろ、俺はもう諦めた」
涼とアベルは、スージェー王国王都ピューリに戻るローンダーク号の甲板上にいた。
いつものように氷の椅子に座り、氷のテーブルにはコーヒーが置かれ……ちなみに甲板では、アンダルシアとフェイワンも当然のようにひなたぼっこをしている。
「なんとしてもイリアジャ女王に会わせたいという圧が凄かったです」
「ああ……アレクシスが本気になった時と同じくらいの圧だった」
「ハインライン侯爵? うちの宰相閣下の本気の圧も凄そうですね」
「あの手の、分厚い経験をしてきた連中の圧には抵抗しても無駄だ」
涼もアベルも、カブイ・ソマルとハインライン侯爵を思い浮かべて小さくため息をついた。
そう、二人はカブイ・ソマルに説得されて、スージェー王国の王都ピューリに向かっている。
女王イリアジャと面会するために。
「こうなっては仕方ありません。ナイトレイ王国に戻るのが少し遅れますが、新たな旅を楽しむことにしましょう」
「これだけ東方諸国中をめぐっていたら、戻るのが少し延びるくらい誤差な気がするがな」
涼もアベルも、切り替えは早い方なのだ。
そうやって、押しの強さで二人をローンダーク号に誘ったカブイ・ソマルがやってきた。
「お二人がいらっしゃれば、女王陛下はことのほかお喜びになられるでしょう」
「先日あったクベバサの会議では、あまり話せなかったからな」
アベルが、自治都市クベバサで行われた東方諸国合同会議でのことを思い出しながら答える。
「そういえば護国卿は、以前はレインシューター号に乗ってらっしゃいましたよね? コマキュタ藩王国に来た時とか。でも今回とかダーウェイに来た時もでしたけど、ローンダーク号ですよね。旗艦が代わりました?」
「いえダーウェイでお会いした段階では、クベバサ以北まで航行できる船と船員は、ローンダーク号くらいしかいなかったのです。それにローンダーク号には、なんとなく不思議な加護のようなものもありそうな気がしまして」
「加護?」
カブイ・ソマルの言葉に、涼が首を傾げる。
「危機に陥っても、なんとかそれを脱することができる……もちろんそれは、船員たちの日頃の訓練の 賜物 ( たまもの ) ではあるのですが。海に生きる者の多くは、そういう合理性だけでは割り切れない経験を色々としている者が多いです。私を含めて」
「運の良さ、っていうのはあるよな。人にしろ船にしろ」
カブイ・ソマルの説明に、アベルが頷く。
人を率いる立場、彼らの命を預かる立場の者にとっては、『加護』や『運の良さ』といった非科学的なものに頼ることはできない。同時に、完全に無視することもできない。
なぜなら、人の命がかかっているから。
「運が悪かったから部下が死んだ」……そんな言葉、誰だって口にしたくはないのだ。
「加護にしろ運の良さにしろ、それで上手くいくのなら使いたい、守ってほしい……素直に私はそう思います」
カブイ・ソマルは笑みすら浮かべてはっきりと言い切った。
涼はその表情を 眩 ( まぶ ) しそうに見る。
第三者の前で、はっきりとそんなことを言い切れるのは、器の大きな人間だ。
涼は知っている。
世界の 摂理 ( せつり ) に比べれば、人の影響が及ぶ範囲などとても小さい。
カブイ・ソマルの言葉は、それを理解した上で、それでも努力し続けてきた人の言葉。
当然のように努力し続けてきたからこそ、素直に加護や運にも手伝ってほしいと言えるのだ。
言うまでもなく、努力もせずに運だけで何とかなってほしい……そんなものとは次元が違う。
カブイ・ソマルが去った後、涼はアベルに言った。
「運が良いとか、流れが来ているとか、戦闘でもありますよね」
「あるな。なぜそうなるのか、なぜそんなことになるのか分からんがな」
「いつか……そう、数百年後か一千年後くらいには、その辺りについても科学的に……論理的に説明できる『要素』が見つかったり、特定されるかもしれません」
涼が重々し気に頷きながら言う。
それを見て、アベルが肩をすくめて言う。
「時々、リョウは面白いことを言うよな」
「失敬な! 時々ではなく、僕はいつも面白いことを言おうと努力しています!」
「うん、それは全く別の意味だな」
しばらくすると、二人組がやってきた。
「ご無沙汰しております、アベル陛……いえ、アベル殿、ロンド公爵閣下」
そう、ゴリック艦長は、アベルがナイトレイ王国の国王で、涼がロンド公爵であることを知っている。
ダーウェイの輪舞邸で会った時にも、右手と右足が同時に出て、変な歩き方になっていた……。
「いえ艦長、どうか涼とお呼びください」
「俺も、冒険者アベルだ」
涼とアベルが苦笑しながら呼び方の注文を付ける。
ゴリック艦長は昔通りに『リョウさん』や『アベルさん』になったが、今回はもう一人、以前と違う態度の人がいた……。
「リョウ先生! ファンです、もしよければサインを!」
そう言ったのは、常に冷静なレナ副長。
懐から出してきたのは、いつも持ち歩いているらしい、文庫本のような携帯版ともいえる『そんなアベルは、腹ペコ剣士 Ⅱ』。
「それは第二巻? 発行されたのですね」
「はい! 愛読書です」
涼が、以前カブイ・ソマルに預けた原稿を元に出版されたらしい『そんなアベルは、腹ペコ剣士』の第二巻。
本と共に差し出されたペンで、さらさらとサインをする涼。
筆頭公爵という立場になって、実はそれなりにサインをする機会が増えた。
もちろん、国王アベルや、宰相ハインライン侯に比べれば微々たる回数だが……。
そんなサインをされた本を抱えて、感動しているレナ副長。
「ありがとうございます! 一生の宝物にします」
そう言うと、挨拶もそこそこに船尾の方に去っていった。
「え~っと……」
あまりの去り際に、逆に驚く涼。
「レナの宝物箱にしまわれるのだと思います」
「宝物箱?」
苦笑しながら説明するゴリック艦長、首を傾げる涼とアベル。
「錬金術で防水、防湿機能がついている宝物箱を、レナはスーシーとの相部屋に持っていまして……。大切なものをそこに入れているようです」
「なるほど」
驚きつつも、嬉しそうな表情になる涼。
自分のサイン本を、それほど大切にしてもらえるのは、小説家 冥利 ( みょうり ) に尽きるというものだ。
艦長と副長が去り、涼とアベルの元にもう一人の権力者がやってきた。
その人物は、ローンダーク号での旅を 彩 ( いろど ) ってくれる、かなりの重要人物。
「今日も期待しています、スーシー料理長!」
「今日は金曜日だから、晩御飯はカレーだ」
「おぉ!」
そう、ローンダーク号には、素晴らしい料理の腕を持つ女性料理長スーシーがいる。
「やりましたよ、アベル。カレーです!」
「スーシー料理長のカァリーは美味いからな」
やはり未だに、アベルは『カァリー』と発音するのだ。
涼もアベルも、スージェー王国海軍ではカレーが提供されることがあると認識している。
しかも、美味しいカレーが!
「これが食べられるだけでも、ローンダーク号に乗る意味がありますね」
とても嬉しそうな涼。
夜、そんなカレーの席で、機関室から出てきた恩師に二人は出会った。
「機関長の仕事は大変だな」
「グンノさん、お久しぶりです」
「おお、アベルさん、リョウさん。ご挨拶が遅れました。いや、それより、 流暢 ( りゅうちょう ) な東方諸国語を話せるようになりましたね」
二人に東方諸国語を教えたグンノ機関長。
この人のおかげで、二人の東方諸国旅はスムーズだったと言っても過言ではないのだ。
いくら感謝してもし足りない。
「機関長のおかげだ」
「そのおかげで、どこに行っても会話に不自由することがありませんでした」
アベルも涼も心から感謝した。
そんな、懐かしいローンダーク号乗組員たちとの再会もありつつ……。
十日後、ローンダーク号はスージェー王国王都ピューリに入港した。
「お二人とも、私と一緒に王宮へ」
カブイ・ソマルに言われ、涼とアベルはついていく。
王宮に入ったカブイ・ソマルの元に、慌てて近付いてくる一人の男性がいる。
「ロックデイ! 驚くべき人たちに会ったぞ。女王陛下もお会いすれば、お喜びになられるだろう」
「閣下、その女王陛下を訪ねて、大変な方がお見えになっております」
嬉しそうに言うカブイ・ソマルと、見るからに困った顔をしているロックデイ。
そんな二人を、後ろから見る別の二人。
「あれは、アベルに剣を突き立てられてお腹に大穴を開けられた人じゃないですか」
「ロックデイ提督な。リョウが言っている内容はその通りだが、なんか嫌だよな」
「じゃあ、アベルのお腹や足に石の槍を突き刺した提督兼魔法使い、とかの方が良かったです?」
「それも事実なんだが、さっきよりも俺の気持ちが沈むからすげー嫌だ」
「わがままアベル……」
「そっちのほうがましだ」
受け入れやすい言葉は人によって違う……。
王宮の一角にある護国卿室。
部屋の主カブイ・ソマル、彼の右腕とも言われるロックデイ提督、ゲストである涼とアベルの四人が、椅子に座っていた。
「それでロックデイ、陛下を訪れているというのは誰だ?」
「先王陛下の第二王子ヘンドラワ様です」
「生きていらっしゃったか……」
カブイ・ソマルは小さくため息をついた。
生きていたことを喜ぶというよりも、 厄介 ( やっかい ) なことになったという表情だ。
「先王の第二王子ということは、イリアジャ女王の兄か」
「はい。現在三十一歳のはずです。先の第一王子が十八歳になり王太子になったタイミングで、大陸南部にあった小国に養子として出されました」
「確か、母親の地位があまり高くなかったため、スージェー王国に残っていても難しい立場だったと聞いた覚えがある」
アベルが問う。
隣に座る涼は、偉そうにうんうん頷いている。
以前、アベルにそんな話を聞かせてやったのは涼だからだ。
「おっしゃる通りです。ですが養子に出された国は、二年後には隣国のゲギッシュ・ルー連邦に飲み込まれました」
「ゲギッシュ・ルー連邦……」
涼が呟く。
大陸南部、アティンジョ大公国周辺で、何度も出てくる国だ。さすがに覚えた。
「長らく、ゲギッシュ・ルー連邦に 匿 ( かくま ) われていたそうです」
ロックデイ提督が補足する。
「十年以上もか? 確かその間に、連邦は激しい内戦もしただろう? 今は実質的に、アティンジョ大公国の支配下にあると聞いたが」
「そうなのですが……その辺りは、まだ会談が続いておりますので、詳しくは分かりません」
アベルの問いに、ロックデイ提督も小さく首を振った。
「会談は、執務室で行われているのか?」
「いえ、外務会議室です」
「外務会議室? 国交レベルで使う会議室だよな。陛下がそこへお通ししろと?」
「はい」
カブイ・ソマルの問いにロックデイ提督が頷く。
「ヘンドラワ殿下には、ゲギッシュ・ルー連邦の人間がついてきていた?」
「おっしゃる通りです」
「久しぶりに会いにきただけではない、連邦の力を背景に面倒な要求をしてくるだろうと、陛下は予測されたわけだ」
しばらく考えてからカブイ・ソマルはそう呟くと、立ち上がった。
「ちょっと失礼します」
そう言って、カブイ・ソマルは部屋を出ていった。
残された三人。
そのうちの一人の提督が、チラチラと辺りを見回して、何か言いたそうだ。
だが、ゲスト二人に対して言いにくいのだろう……。
「どうしたロックデイ」
アベルが話を振った。
「あ、いえ、何と言いますか……ここは護国卿室でして……閣下がいらっしゃればいいのですが、その、閣下は出ていかれて……」
「うん?」
「アベル、みなまで言わせてはいけません」
ロックデイが言いにくそうに言葉を選び、アベルが首を傾げ、涼が助け舟を出す。
「ロックデイ提督は、お腹が空いたからご飯を食べに行きたいとおっしゃりたいのです」
「いいえ、違います」
涼の言葉を、間髪を容れずに否定するロックデイ提督。
無言のまま首を振るアベル。
「部屋を移りましょう」
ロックデイは、直接的に言うことにした。
「ああ、護国卿室ということは、機密文書の類もあるからということだな」
「アベルのような危険分子に見られては、大変なことになる可能性もありますからね」
「俺よりリョウの方がまずいだろう?」
「僕は安全安心がモットーの魔法使いですよ? 突っ込み剣士の危険度とは比べものになりません」
なぜか自信満々の表情で言い切る涼。
アベルは無言のまま再び首を振り、ロックデイは賢明にも無言のまま立ち上がって移動し始めた。
涼とアベルが案内されたのは、とても広い会議室。
前方にはかなり大きめの 楕円形 ( だえんけい ) のテーブルがあり、二人が入ってきた部屋の後部には多数の会議机と椅子が並べられている。
恐らくは、前方で偉い人たちが楕円形テーブルの上に並べられた資料や、壁に貼られた資料を基に話し合いながら指示を出していくのだろう。
そして部屋後部では、細かな情報の収集と分析が行われ……適時、前方に情報が届けられる。
もちろん今は、三人以外には誰もいない。
「危機管理センターみたいです」
涼のそんな呟きはアベルにも聞こえたのだが、意味が分からないためにアベルは何も言わない。
「危機管理センターみたいです」
再びの涼の呟き……ただし、先ほどよりも声は大きい。
だが、やはりアベルは何も言わない。
「危機管理……」
「聞こえている」
三度目は、さすがにアベルも答えざるを得ない。
「アベルが無視するのがいけないのです」
「いや無視というか、キキカン何とかってのを知らんから、何も言えんだろう?」
「知らない場合は素直に尋ねるべきだと思うのです。分かったふりをしてごまかすと、後で大変なしっぺ返しを食らいます」
「そうか……。キキカン何とかって、何だ?」
素直でいい奴でもあるアベルは、素直に尋ねる。
「国家レベルの危機が生じたときに、偉い人たちが集まって指示を出すところです。それを前提に造られているので、情報の収集が行いやすい……のですが……」
途中まで涼は言って、言葉が小さくなる。
「そう、机や椅子はそうだが……せいぜい会議室だぞ? リョウの言う感じだと、特別な錬金道具とかも準備されてそうじゃないか?」
「ええ、そうなんです……」
涼が見たことのある危機管理センターは、中央正面の壁面に巨大モニターと、四十もの小型モニターがはめ込まれ、机には数十台のパソコンと固定電話……。
「巨大モニターが無いのは仕方ないのです」
ちょっとだけ残念そうな表情で呟く涼。
二人の会話を、すぐそばで無言のまま聞いていたロックデイ。
だが、会議室前部の扉が開き、数人の人が入ってきたことに気付いた。
そして首を傾げている。
入ってきた者たちは、何やら資料を壁に貼ったり、大きな地図を楕円形テーブルの上に置いている。
「会議が始まりそうだな」
「いよいよ、危機管理センター始動です!」
なぜか決意した表情で涼が頷いている。
もちろん、涼は責任ある立場にはない。
当然、何の会議なのかもわかっていない。
「おかしいですね。今日はこの部屋、会議の予定など入っていなかったのですが」
ロックデイが何度も首をひねっている。
当然だ。
会議が入っていないのを確認して、ここに二人を導いたのだから。
ロックデイ自身も情報を持っていないために、準備をしている人物の元に行き問いかけた。
「これは、何の準備ですか?」
「はい提督、護国卿閣下の命により、緊急会議の準備をしております」
「閣下の? どのような緊急会議かはおっしゃっておられましたか?」
「いえ、詳しくは。ただ、王国本土地図と主要な街の情報を準備しておくようにと言われました。他の部署にも他の指示が出されていましたので、かなり大掛かりな何かだとは思うのですが」
問いかけられた人物の答えに、ロックデイ提督はやはり首を傾げる。
着々と何かの準備が進む。
しばらくすると、カブイ・ソマル護国卿が部屋に入ってきて、三人を見つけて歩いてくる。
「実はヘンドラワ殿下が、スージェー王国国王位を要求しました」
「はい?」
簡潔に述べるカブイ・ソマル、異口同音に 素 ( す ) っ 頓狂 ( とんきょう ) な声を上げる涼とアベル。
ロックデイは顔をしかめて無言だ。
もしかしたらと考えていたのかもしれない。
「イリアジャ女王は先代の第六王女、自分は第二王子だから、自分こそが正当な王位継承者だと主張されて」
「当然、ゲギッシュ・ルー連邦の力を背景に、だな?」
「ええ」
アベルの確認に、カブイ・ソマルは頷く。
「それは、スージェー王国の法的にはどうなる?」
「最優先は、先代国王陛下の意思です。そして陛下は、 勅命 ( ちょくめい ) でイリアジャ姫を女王の座に就けよと仰せになられました」
カブイ・ソマルこそが、直筆の勅命をイリアジャに届けたのだ。
「その事は、公表されている?」
「一部。先代陛下の意思により、イリアジャ姫が女王の座に就かれるとは発表されました。ですが他の王子、王女が亡くなられたこともあり、勅命そのものは公表されていません」
「なるほど、そのヘンドラワ王子はそこを突いたか。まあ、突っぱねればいいのだろうが、この会議の準備は、それではないな?」
アベルは、チラリと準備が進む会議の資料を見てそう言った。
「ええ、おっしゃる通りです」
カブイ・ソマルは頷いてから、言葉を続ける。
「決して通らない王位の要求を行う……その意味は何か。なぜ通らないと分かっているのに、わざわざ王宮に来て要求したのか」
「もし、このタイミングでイリアジャ女王が亡くなれば、ヘンドラワを王に就けるしかなくなる」
「それを行えるだけの戦力を、連邦はすでに、この本土に上陸させていると考えました」
「そのための対策会議か」
「実は、すでにいくつかめぼしい場所では探索を行い、実行部隊と思われる者たちを発見、拘束しております」
「さすがだな」
カブイ・ソマルの言葉に、称賛し頷くアベル。
「え? つまりゲギッシュ・ルー連邦が、イリアジャ女王を殺害するための戦力を上陸させているってことですか?」
「はい」
大きく目を見開いて涼が確認し、カブイ・ソマルが頷いた。
その時、前方の扉が開いて、一人の女性が入ってきた。
「陛下!」
会議室の準備をしていた者たちが、一斉に片膝をつく。
「いえ、そのまま準備を続けてください」
イリアジャ女王は優しくそう言うと、そのまま会議室奥に歩いてきた。
「アベルさん、リョウさん、お久しぶりです。何もお構いできず、申し訳ありません」
「気にするな」
「国政に 邁進 ( まいしん ) してください」
イリアジャ女王の言葉に、アベルも涼も頷いて答える。
物事には優先順位というものがある。
それは、立場によっても変わる。
女王が優先すべきは、旧交を温めることよりも国が直面する 喫緊 ( きっきん ) の課題への対処。
イリアジャ女王は一礼すると、会議室の前方に戻っていった。
それについてカブイ・ソマルも。
二人を送り出した後、涼、アベルと共に残っているロックデイ提督だが……見るからにソワソワしている。
「ロックデイさんも会議に加わりたいのでしょう?」
「行ってこい」
涼とアベルが笑いながら促す。
「そ、そうですか? すいません、ちょっと行ってきます」
ロックデイはそう言うと、会議室前方の楕円形テーブルの上に並んだ情報を見に行き、その後、情報精査の指揮を執る。
数分もしないうちに、会議室は機能し始めた。
王都各所から情報が集まってくる。
ロックデイらが情報を精査し、必要な情報を速やかに楕円形テーブルに投げる。
即座に反映される情報。
護国卿カブイ・ソマルが部隊の運用を指示する。
最上位の判断者として、イリアジャ女王が決断を下す。
涼、アベルの目には、とてもスムーズに組織が動いているように見える。
「僕ら、この部屋を出ていくようには言われませんでした。目の前って、国のトップレベルの機密事項が飛び交っていますよね」
「そうだな。出ていかされなかったのは、あえてだろう」
「あえて?」
涼が首を傾げる。
「あえて、この光景を見せているんだ」
「何のためにです?」
「大丈夫だとのアピールさ」
アベルが半分笑いながら答える。
「スージェー王国は問題なく機能しています。俺やリョウが協力して、即位したイリアジャ女王と行政府は、国家の統治をうまくやれていますというな」
「ああ、なるほど」
アベルの説明に涼も頷いた。
「自分たちがどう見られているか、どう見えているかというのは、行政に携わる人間は常に意識しなければいけない」
「それは国民の税金からお給料をもらっているからですか?」
「それもある。だが、国外からの視線もだ」
涼の問いに苦笑しながら答えるアベル。
「国家中枢にいる者は、自国が他国から、あるいは異国の人間たちにどう見えているのかを意識しなければならない」
「他国に、なめられてはいけないってことですね」
「ああ。 与 ( くみ ) しやすしと見られてはいけない。それは最悪、自国を攻められるという結果を招くことになる。まともな国なら、隣国に『攻めにくい国だから手を出すのは控えよう』と考えさせる……それが、自国が戦争に巻き込まれるのを避ける、最も有効な手段だ」
アベルは、少しだけ顔をしかめてそう言い切った。
三年前、ナイトレイ王国はそれができなかった。
帝国に、『攻めれば勝てそう』と思わせてしまったのだ。
もちろん、攻めた帝国が悪い。
それは当然だ。
だがそれは、一般民衆の感想であり意見。
国家中枢にいる者たちは、自国を弱い国だと思わせてはいけない。
これは、一部の部署だけでどうにかなることではない。
国と、行政を構成する全ての部署が、その意識を持って動かねばならない。
そうしなければ……。
戦争に巻き込まれる。
当たり前の話だが、隣国に攻め込む側は、『勝てる』と思って攻め込む。
ならそれを防ぐには?
『勝てない』と思わせるのが一番であるし、それ以外に方法はない。
『勝てない』と思わせれば、攻め込んでこないのだから……。
「我がナイトレイ王国は大丈夫なのでしょうか」
「正直、分からん」
「えぇ……」
アベルがはっきりと言い、涼が思いっきり顔をしかめてアベルを見返す。
「今、王国には最強戦力がいないからな」
「最強戦力? アベル王?」
涼が首を傾げながら答える。
「いや、リョウだ」
「はい?」
「間違いなく最強戦力は、ロンド公爵のリョウだ」
アベルは涼を正面から見て、はっきりと言い切った。
「でもでも……国力とは必ずしも、軍事力だけではありませんよ。それに、必ずしも自国だけで守る必要はないでしょう?」
「同盟、というやつだな?」
「ええ、ええ。まあ、同盟も確実なものではないですが……」
「そうだな。同盟はしょせん同盟だ。相手国のためではない、自国のために結ぶもの。自国に利がなくなれば解消される。それを責めることなど誰にもできん」
「確かに。利がなくならないようにしなければいけません。そこで、軍事力以外の国力です」
「ああ、全くその通りだ」
「相手国が、自国にとって必要な経済力や科学技術力を持っていれば同盟を解消するのは避けるでしょう。だからこそ、国政の中枢にいる人たちは、例外なく手を抜いてはいけないのです」
涼がはっきりと言い切る。
「国の力とは軍事力だけではない」
「そう。経済力、科学技術力、あるいは文化も……発信する力とかもあるかもしれません。他国の人たちが憧れる……それはある種の国力です」
「ルル島の民が、このスージェー王国に憧れて、その傘下に入りたがったようにか」
「そういうことです」
アベルの確認に、力強く頷く涼。
「属国のような立場になるのも、同盟を結ぶのも、似た部分はあるのかもしれません」
「完全に対等な同盟というのは、ありえないからな」
涼の言葉にアベルは頷く。
現実的に、国同士の同盟においては、完全に対等な国同士の同盟というのはほぼない。
世界中の歴史を振り返っても、ほぼない。
たいてい、明確に強い国が主導権を握っての同盟となる。
「大公国とげぎ何とか連邦の関係も、それに似ているのかなと」
「ゲギッシュ・ルー連邦な。多分書類上も、『属国』ではなく『同盟』になっているだろうしな」
「そうなると、今回の連邦の動きも読み解けます」
涼はそう言うと、言葉を続ける。
「連邦にしてみれば、大公国に捨てられないようにスージェー王国を傘下に置いておきたい」
「侮られないだけの力は持っておきたいということだろうな。スージェー王国を支配下におさめておけば、大公国から一方的に切り捨てられない力を持つことになる」
「政治って、ほんと難しいですね」
「全く同感だ」
涼もアベルも、政治が得意、という方ではない……。
「実は、仁王作戦、再発動の必要があるかもと思っていました」
「ニオウ?」
「僕とアベルがイリアジャ女王の後ろに立って、睨みを利かせるあれです。ですが……」
「必要ないだろう」
「ええ、必要なさそうです」
「誰も味方のいなかったあの時とは違い、今では強力な味方が数多くいる」
アベルと涼は、会議室前方を見た。
イリアジャ女王を中心に、問題解決に向けて一丸となって動いている。
「あの頃とは違う」
「そうですね」
「姫は女王へと成長した」
アベルがはっきりと言う。
涼は無言のまま頷いた。
訪れたことがないルル島民すら憧れを抱くスージェー王国。
その政治中枢は、清新の雰囲気に満たされていた。
明日の「0685 忠誠」で、五夜連続投稿、いったんおしまいです。