0697 その名は……
0697 その名は……
三夜連続投稿に二夜目です。
「今、村の者たちは気が立っておるのだ。申し訳なかった」
村長が頭を下げる。
「気が立っている?」
こういう場合の交渉役はアベルだ。
「明日、村の男全員で狩りに出る予定だ」
「狩り? その対象が 厄介 ( やっかい ) ということか?」
「うむ。何せ相手は、サラマンダーだからな」
「サラマンダー!」
異口同音 ( いくどうおん ) に、アベルと涼が声を上げる。
アベルは 驚愕 ( きょうがく ) 。
涼は 歓喜 ( かんき ) 。
もちろん涼は、サラマンダーという魔物を詳しくは知らない。
ミカエル(仮名)が準備してくれた『魔物大全 初級編』にも載っていなかった。
だが、地球のファンタジー的知識によれば、炎を吐いたり、マグマの中に住んでいたりする。
とても有名なファンタジー生物。
そして、この『ファイ』であれば、おそらく火属性の魔物。
これまで、火属性の魔物自体も見たことがない。
いや、そういえば、西方諸国で赤い熊を見たか。
とはいえ、あれは多分 突然変異 ( とつぜんへんい ) か特殊な個体。
しかしサラマンダーは、種として火属性の魔物なはず。
そんな魔物の話を聞いて歓喜しないわけがない!
その後、村長が村人に呼ばれ席を外した。
当然、二人での相談の時間となる。
「アベル、サラマンダーですよ、サラマンダー!」
涼は興奮している。
「リョウはサラマンダーを知っているのか?」
「当然です。火属性の魔物でしょう?」
「そうだが……どこで見た? 中央諸国にはいない魔物なのに」
「え? そうなんです? ああ、だから今まで見なかったんですね」
「なんで見たことがないのに、知っていると言えるんだよ……」
涼は、自分が知っていると主張した。
アベルには、その理由は全く分からない。
「じゃあ、アベルは知っているんですか?」
「知らん。名前以外、何も知らん」
アベルは、自分が無知であることを断言する。
その姿は、いっそ 清々 ( すがすが ) しい。
「アベルは、元A級冒険者と言ってましたけど、実はそのA級というクラス、お金で買ったんじゃないですか?」
「そんなわけあるか!」
涼が 胡乱気 ( うろんげ ) な目でアベルを見て、アベルが小さいが鋭い声で言い返す。
「だって、かの有名なサラマンダーを知らないんでしょう?」
「有名か? 中央諸国の冒険者なら、名前しか知らないやつばっかりだと思うぞ」
「自分が知らないからって……」
「じゃあ、リョウはサラマンダーについて、どれくらい知っているんだ?」
アベルが問う。
「よくぞ聞いてくれました。サラマンダーは火属性の魔物で、 溶岩 ( ようがん ) とかそういうのの近くに住んでいるはずです」
「……はず?」
「外見は、ワイバーンっぽいやつか、イモリやサンショウウオのでかいやつだと思われます」
「……思われます?」
「超高熱の火属性魔法を使います。これは確実です」
「確実なのはそれだけか」
「なんですか、その 言 ( い ) い 草 ( ぐさ ) は! アベルよりも詳細な情報を出したじゃないですか!」
「全部、推測だろ?」
「ぐぬぬ……」
アベルは肩をすくめ、涼は顔をしかめる。
結論として、涼もアベルも、サラマンダーに関する確実な情報は持っていなかった。
そんな会話を交わしている間に、村長が戻ってきた。
涼は、アベルとの違いを見せつけることにする。
「村長さんにお尋ねしたいことがあります」
「はい、何でしょう?」
「村の人たちがサラマンダーを狩ろうとしているのは、村がサラマンダーに襲われたからですか?」
「ど、どうしてそれを……」
涼の問いに驚く村長。
それを受けて、涼はふふんとアベルを見る。
ドヤ顔というやつであろうか。
「……なぜそこで、俺を見る」
「アベルとの違いを見せつけてやったのです」
そんなことを言ってしまうあたり、涼は素直な奴なのだ。
「実は先日、サラマンダーがやってきまして……南の畑が燃えてしまいました」
「ありゃ……」
「南の畑は、まだ植えたばかりでしたから被害は少なかったのです。ですが、北の畑の 穀物 ( こくもつ ) 類は、一カ月後には収穫を迎えます。それまでにまたやってきて、すべて燃えてしまったら……村はおしまいです」
村長は顔をしかめながら現状を説明した。
「この周囲には、他の村や街は無いのか?」
「はい。最も近い街……西にあるココリの街まで、馬車で三日ほどかかります。昔、街で争いがあり……負けた我々が三十年前に移り住んだのが、この村なのです」
アベルの問いに、村長が苦笑しながら説明する。
「だから、街に助けを求めることもできないと?」
「はい。商隊がやってきますので、交易は行われていると言っていいでしょう。ですが村の者は、ここ三十年間、誰も街に足を踏み入れておりません。もう、争った者たちも亡くなった、あるいは水に流してくれるのかもしれませんが……」
「そうか」
アベルはそう言うと、チラリと涼を見る。
涼は無言のまま頷く。
それを受けて、アベルは言葉を続けた。
「条件次第では、俺たちがサラマンダーを 討伐 ( とうばつ ) してもいい」
「え!」
アベルの言葉に驚く村長。
「先ほど、俺たちを迎えた五人の男たちも、戦うことには慣れていないように見えた。武器も、木の棒を削っただけだったしな。援軍も望めないというのであれば……多分、全滅するぞ?」
村長は目を大きく見開いたまま尋ねる。
「その……条件とは? 見てお分かりの通り、あまり裕福な村ではありませんので……」
「いや、金をくれとかそういうのではない。サラマンダーを狩ったら、その魔石を含めた皮や肉を全て俺たちが貰う。それでどうだ?」
「そ、それでよいのですか?」
アベルの提案に驚く村長。
実質的に、村が出す物はゼロだ。
厄介な魔物を倒し、倒した魔物を持っていってくれる……それだけでいいと言っているのだから。
「俺も連れも、サラマンダーを見たことがなくてな。冒険者としての経験を積むという意味でも、悪い話ではない」
アベルがそう言うと、涼も笑顔で頷く。
人助けになって、 知的好奇心 ( ちてきこうきしん ) も満たせる。
これほど素晴らしいことはない。
「では、よろしくお願いいたします」
こうして、契約は成立した。
「実際に狩る前に、いくつか知っておきたいことがある」
「はい、何なりとお尋ねください」
アベルの言葉に、村長は頷いて答える。
「サラマンダーは、元々近くに住んでいたのか?」
「はい。村の南……二キロほどの場所に 洞窟 ( どうくつ ) があります。その洞窟の奥に魔物が住んでいるという話は、我々が移り住んですぐからありました」
「それなのに、ここに村を造った?」
「ええ。その魔物……しばらくするとサラマンダーであることが確認されたのですが、そのサラマンダーも洞窟から出てくることはありませんでした。何よりこの場所は、北側に 薬草 ( やくそう ) の 群生地 ( ぐんせいち ) が広がっております」
「商隊を通じての交易で使えるな」
「おっしゃる通りです。食料を含めた多くは自給できますが、塩などはそうはいきませんので」
街から離れた場所に村ができるのには理由がある。
その場所が選ばれるのにも理由がある。
しかし今回、そのバランスが崩れた。
「サラマンダーが洞窟から出てきたのは、今回が初めてということだな」
「正確には二度目です。一度目は、三、四カ月ほど前だったでしょうか。初めて洞窟の外に出てきました」
「その時は、どうしたんだ?」
「ずっと洞窟の入り口付近に止まっていたのですが……実はその数週間後、旅の女性が東からやってました。その方を見た瞬間、襲い掛かったのです」
「旅の女性……」
「東から……」
村長の説明に、アベルと涼が呟く。
二人の頭の中には、『マリエ』という名前の女性が描かれた。
そして同時に、三十年間外に出てこなかったサラマンダーが、洞窟の外に出てきた理由、女性を襲った理由にも思い当たった。
(『見えない壁』を開けたことで、サラマンダーが活発になった? あるいは怒った? どちらにしろ、それが原因でしょうね)
涼は心の中で、小さく首を振った。
「それで……襲われた女性はどうなった?」
「はい。実はその場面、遠くから私も見ていたのですが、飛び掛かってくるサラマンダーを剣で 一閃 ( いっせん ) ……サラマンダーは結構な深い傷を負ったようでした。女性はそのまま、西の方へ去っていかれました」
「……サラマンダーに傷を負わせた? とどめを刺さずに去った?」
「はい」
アベルが顔をしかめて問い、村長が頷く。
「傷を負った魔物は凶暴になる」
アベルは、ため息をつきながら言葉を絞り出す。
「自分を傷つけた人間という種族……見た目が人間のものに対して恨みを抱く。今になって再び出てきたのは、傷が癒えたのだろう。だが、恨みは消えていない。冒険者だったら、確実にとどめを刺したのだろうが……」
「あの人は冒険者じゃありませんでしたからね」
アベルの言葉に、涼が小さく首を振る。
そう、マリエは幻人の将軍だ。
「お二人は、その女性をご存じで?」
「知ってはいるが……」
「先日、ちょっと戦った相手です」
村長の問いにアベルが 肯定 ( こうてい ) し、涼が仲間などではないことを 明言 ( めいげん ) する。
「一度目の襲撃は分かった。二度目は?」
「四日前でした。一度目の時以来、洞窟入口を監視しておりましたら出てきたのです。ゆっくりとではありましたが、村に向かって一直線に進んできまして……。仕方なく、南の畑の外で迎え撃ちました。しかし止められず……最終的に村の人間が三人、亡くなりました」
「その時は、どうやって押し返したんだ?」
「押し返せませんでした。ですが雨が降り出すと、走って洞窟に戻っていったのです」
「雨か……」
アベルが小さく頷く。
火属性の魔物であれば、水が苦手だというのは分からないではない。
そう考えると、水属性の魔法使いである涼は、今回の依頼に適任ではないかとも思う。
「二回目の襲撃の少し前でした。商隊がやってきたのですが、気になる話を持ってきたのです」
「気になる話?」
「はい。ココリの街の周辺でも、魔物が活発になった……というより、凶暴になったと。今まで森の奥から出てこなかった魔物たちが、街の近くにまで出てくるようになり、人を襲うことが多くなったと」
「ここ三、四カ月か?」
「そうです。サラマンダー同様に」
村長はそう言うとため息をついた。
もしかしたら、マリエの件がなかったとしても、遅かれ早かれサラマンダーと村は衝突する運命にあったのかもしれない。
確かに見えない壁を開けたのもマリエではあるが、もうかなりがたがきていたと言われた。
いずれ壊れれば、今回と同じようなことが……。
「このタイミングで俺たちが通ったのは、ある意味、運が良かった?」
「そう思うしかありませんね」
アベルがいろいろと 諦 ( あきら ) めて肩をすくめ、涼も同じように肩をすくめて同意する。
人の手によって作られたものは、いずれ壊れる。
それは、錬金術であっても避けられないのかもしれなかった。
いよいよ明日2023年10月20日(金)、
『水属性の魔法使い 第二部 西方諸国編Ⅰ』
が発売されます!
早い本屋さんでは、もう店頭に並んでいるようですが……。
今回も『応援書店様』があります。
北は北海道から、南は沖縄まで!!
ええ、ついに沖縄にまで!
(実は沖縄には、『水属性の魔法使い』を出版していただいているTOブックスの支社があったりします)
応援書店様リスト
https://note.com/tobooks/n/n7bf9d463b589
あと、10月2日にジュニア文庫として『水属性の魔法使い』が発売されました。
内容に変更はないのですが、全ての漢字にルビ(ふりがな)が振られております。
単行本ともコミックスとも違う、たく先生による表紙と挿絵……こちらも良いですよ!
「紙書籍限定特典・描き下ろし4コマしおり付き!」
なのですが、この4コマ漫画が、また面白い!
書店で見つけられない場合でも、TOブックスオンラインストアからいつでも購入可能です。
(下の特設ページからどうぞ)
単行本、コミックス共々、どうかよろしくお願いいたします。
水属性の魔法使い 特設ページ
https://www.tobooks.jp/mizuzokusei/index.html