0701 辺境にてⅢ
0701 辺境にてⅢ
七夜連続投稿の第三夜目です。
清潔 ( せいけつ ) な 厩舎 ( きゅうしゃ ) に 綺麗 ( きれい ) な 敷 ( し ) き 藁 ( わら ) 、アンダルシアが喜ぶ姿を見て涼は何度も頷く。
そんな満足した状態で、宿泊の手続きが行われ、二人は部屋に入った。
客室露天風呂 ( きゃくしつろてんぶろ ) は残念ながら無かったが……。
「大浴場がありましたね! いいお湯でした」
「 荒野 ( こうや ) のど真ん中で風呂に入れるってのは不思議だよな」
お風呂から上がっての二人の会話である。
東方諸国を出てから二人が泊まった街には、さすがにお風呂は無かったのだ。
とはいえ、涼は水属性の魔法使い。
しかも元日本人。
当然のように氷の浴槽にお湯を溜めて、毎晩お風呂に入った……アベルもお 相伴 ( しょうばん ) にあずかった……。
「まあ、風呂自体はリョウの水属性魔法で問題ないんだが……」
「ええ、ええ。毎晩、水属性魔法の素晴らしさを見せつけましたよ。でも、お宿の大浴場というのは、それはそれで違いますよね」
「そうだな。広い浴場というだけで、いろいろ気持ちが変わるよな」
そんなことを言いながら、二人は『砂の眠り亭』の隣にある 食事処 ( しょくじどころ ) に入っていく。
『砂の眠り亭』には食堂のようなものはなく、隣の食事処『砂の食事亭』で食べることになっているのだ。
「名前的に、宿と同じ系列のお店ですよね」
「そうだろうな。だが『砂の眠り』はまだしも、『砂の食事』は……」
「砂料理が出てこないことを祈りましょう」
二人の 懸念 ( けねん ) は当たらず。
素晴らしい食事であった。
さすが商人ギルドの兌換長が『一番いいお宿』と勧めてくれただけのことはある。
当然、食事も含めてのいいお宿だったのだ。
「宿泊客は、好きなものを好きなだけ食べてOKなんて、凄すぎです」
「この肉の味付けは辛さが 癖 ( くせ ) になるな」
涼もアベルも、とても美味しい料理を 堪能 ( たんのう ) していた。
『砂の食事亭』は、少し高級な料理店という感じで客層も上品な者たちが多いのだが、そういう店にありがちな『食べ足りない……』ということにはならなさそうであった。
そう、最後まで食べることができれば……。
二人がメインの肉料理に取り掛かった……いや、正確にはおかわりした肉料理に取り掛かった時、外の扉が開いて六人の男が店に入ってきた。
もちろん、客の出入りはこれまでもあったので、二人は特に気にせず食べていたのだが。
「いたぞ、あの二人だ」
そんな声が男たちから聞こえてくる。
六人の男たちは早足で二人のテーブルに来ると、ぐるりと取り囲んだ。
それを 訝 ( いぶか ) し気な表情で見るアベル。
ちなみに涼は完全に無視しているのか、 一顧 ( いっこ ) だにしない。
「C級冒険者リョウと荷物持ちだな。一緒に来てもらおう」
「お断りします」
当然のように言う六人組のリーダーっぽい茶髪の男、 間髪 ( かんはつ ) を 容 ( い ) れずに拒否する涼。
涼はそれだけ言うと、目の前の肉料理を食べ続ける。
アベルはその様子を見て、小さくため息をついてから、こちらも肉料理を食べ始めた。
置いていかれた六人の男。
二人のあまりの態度に、怒る前に驚いていたが……時間が経つにつれて、ちゃんと怒りが増してきたようだ。
「ふざけるな!」
怒鳴 ( どな ) る茶髪の男。
店の客全員が六人をチラチラと見始める。
「ここは料理を食べる場所です。静かにできない人は出ていった方がいいと思います」
涼の冷静な声が 紡 ( つむ ) がれる。
それを聞いても六人の男たちは引き下がるつもりはないようだ。
逆に、らしくない声を聞いて少しだけ 震 ( ふる ) えた人物がいた。
アベルである。
(リョウが怒っている……)
気持ちはわかる。
楽しく食事をしていたのに、それを邪魔されたら誰でも怒るだろう。
当然だ。
「おいっ!」
ゴンッ。
ついに涼に手を出した茶髪の男の手が、見えない何かにぶつかった。
「何だ?」
「<物理障壁>?」
見えない何かに弾かれて、六人はそれを物理障壁と認識する。
いつの間にか、涼は<アイスウォール>で二人を囲んで守っていたようだ。
しかし、それを見てアベルは思った。
(この後のデザート、店の人間が持ってくるのだろうが、どうするんだろう)
そう、この場にふさわしい思考かと言えば極めて微妙な。
むしろ涼的な思考。
長い関係から、アベルも涼的思考に 侵食 ( しんしょく ) されているかもしれない。
二人がメインの肉料理を食べ終えるまで、六人は文字通り手が出せなかった。
<物理障壁>で守っているのだろうと結論付けているらしく、無言のまま二人を 睨 ( にら ) みつけているだけだ。
さすがに、店の中で剣を振り回して<物理障壁>を破壊しようとはしない。
涼とアベルは肉料理を食べ終えると、店の隅から心配そうに見ているホール担当の女性に向かって手を挙げる。
それを見て、女性がおずおずと近付いてきた。
「すいません、デザートをください。僕はモンブランケーキで」
「俺はミルフィーユを」
「かしこまりました」
涼とアベルが注文し、女性はちらりと六人を見ただけで 厨房 ( ちゅうぼう ) の方へ去っていった。
寄ってきた時はびくびくしていたが、二人が普通に注文し、それに対して六人が何も言わず行動も起こさなかったために、厨房に戻る際には少しだけ落ち着いてみえた。
そして、ホール担当の女性が二人のケーキとコーヒーを運んでくるのが見えた。
次の瞬間。
「あ、あれ?」
「え……」
「勝手に体が……」
「踏ん張りがきかない」
涼とアベルを囲んでいた六人の一部が『移動し』、女性と二人のテーブルの間に誰もいなくなる。
(<アイスウォール>と<アイスバーン>の併用に違いない)
おすまし顔で何も言わない涼を見ながら、アベルは考えた。
アイスバーンで床に氷を張って踏ん張れなくして、アイスウォールを動かして移動させる……。
付き合いの長いアベルであればこそ、正確にその手法を読み解くことができる。
当然、強制的に移動させられた者たちは、ホール担当女性の行く手を阻むべく動こうとするが、見えない壁があって動けない。
「モンブランケーキとミルフィーユです」
女性は問題なく二人のテーブルに到達し、ケーキ二つとコーヒーを届けた。
ケーキを美味しそうに食べ、コーヒーを美味しそうに飲む二人。
だが、ついに、茶髪の男がキレる。
「おい!」
「お静かに」
間髪を容れずに涼が言う。
茶髪男とは対照的に、静かに、落ち着いて。
だがその言葉は、物理的な圧力を持っているかのように、男たちを押し黙らせ圧迫感を与える。
(これが涼の『圧』か。『魂の響』を通して見たことはあったが……すごいもんだな)
アベルは何食わぬ顔でケーキを食べながら考える。
アベルが見た時は、まさに正面から叩きつける『圧』だった。
確か、宿に乗り込んできた異端審問官たちに対してだったはずだ。
(こんなのを正面から叩きつけられたら、そりゃあビビるわな)
それほど力を込めていなさそうな今でも、二人を囲む六人の男たちはひるんでいる。
ひるんでいるのが、アベルにも分かるくらい、明らかに。
ひるんだ六人はその後、何も言わないまま二人がケーキを食べ、コーヒーを飲むのを見守った。
涼とアベルはゆっくりとコーヒーを飲み干した後、『砂の食事亭』から出た。
二人が泊まる『砂の眠り亭』は、すぐ隣だ。
二人の後を追って、六人も『砂の食事亭』から出てきている。
「私たちは、隣の『砂の眠り亭』に泊まっています。話があるのなら、明日、責任者の方が自分から来てください。そうしたらお話を聞きましょう」
「なに!」
涼の言葉に、 気色 ( けしき ) ばむ六人。
「会わないとは言っていません。それとも、今ここで争って関係を悪化させて、僕らが砦を出ていくことになった場合、あなたはその責任をとれるのですか?」
「くっ……」
「分かったら、お引き取りください」
取り付く島もない涼。
『圧』に押された記憶は、六人に刻み付けられている。
そんな者たちが、涼に対抗できるはずがなかった。
涼とアベルは『砂の眠り亭』に入る。
「リョウを怒らせると怖いな」
笑いながら言うアベル。
「楽しい食事中に来るのがいけないのです。 無粋 ( ぶすい ) です。食事中にやってきてひと 悶着 ( もんちゃく ) 、というのはお約束ではあるのですが……」
「ああ、リョウの大好きなお約束か。なんで、それなのに怒ったんだ?」
アベルが首を傾げる。
アベルは、涼が『お約束』をこよなく愛していることを知っている。
「お約束は大切ですけど、僕が不愉快になるお約束はいりません」
「お、おう……」
「食べ終えるのを待ってから話しかけてくるとか、食事処を出てから話しかけてくるとかであれば、今夜のうちに行ってあげたかもしれません」
「まあ、タイミングというのは、何事においても重要だからな」
逼迫 ( ひっぱく ) した状況であれば、そんなことを 頓着 ( とんちゃく ) してられないというのは分かる。
だがそれは、相手の事情である。
本当にそうであるのなら、最初から頭ごなしで言ったりしてはいけないのだ。
タイミングは重要。
言い方も重要。
「重要な用件なら、明日また来るだろ」
アベルも肩をすくめた。
国の一大事、組織の一大事……だからといって相手の事情を無視していい……などとは、国王であるアベルも思わない。
本当にそうなら、相手を怒らせるような人物を使者にしてはいけない……簡単な話なのである。
翌朝。
素晴らしい眠りを 堪能 ( たんのう ) した二人は、朝食を食べるために笑顔で『砂の食事亭』に入った。
そして、朝食をとって『砂の眠り亭』に戻ってくると、四人の男が待っていた。
その中の二人は、実は見覚えがある。
「リョウ殿、そして荷物持ち殿、昨日はうちの者が失礼なことを言って申し訳なかった」
見覚えのある一人が、真っ先に頭を下げた。
それを見て、他の三人も慌てて頭を下げる。
その中には、もう一人の見覚えのある人物……昨日来た、茶髪の男性もいた。
とてもばつの悪そうな表情だ。
どうも、かなり怒られたらしい。
茶髪の男に対しては 一瞥 ( いちべつ ) しただけで、アベルは真っ先に頭を下げた人物に対して口を開く。
「昨日、門で守衛をしてたよな」
「あなたが責任者さん?」
涼が驚いた表情で問う。
そう、真っ先に頭を下げた人物は、砦に入る門で身分証明を確認していた守衛たちのまとめ役で、二人と会話した人物だ。
「俺の名前はモールガー、守衛総隊長で砦の軍事責任者だ」
三十代後半、黒い瞳にこげ茶色の髪、 褐色 ( かっしょく ) の肌、身長は涼と同じ175センチほどだろうか。
引き締まった体つきだ。
「責任者自ら門に立つのが、この砦の伝統か何かなのか?」
「いや、単純に人が少ないだけだ」
アベルの問いに、笑いながら答えるモールガー総隊長。
「正確には、人はいるが訓練中の者が多いというべきかな。守衛に立つと、その間は剣の訓練などはできないだろう? 今は少しでも、訓練して強くなってほしい者たちばかりでな。守衛に立たせて休ませる余裕が無いんだ」
「守衛は休みか……」
モールガーの言葉に肩をすくめるアベル。
だが言っていることがもっともであるのは理解できる。
逆に言うと、この砦は、経験の浅い者たちを訓練漬けにしなければいけない状況に置かれているということだ。
「忙しいのは理解できるが、使者は選ぶべきだ」
「ああ……もっともだ、言い訳のしようもない」
アベルの言葉に、モールガーは苦笑しながら茶髪の男を見る。
何のことを言っているのか、完全に理解しているらしい。
茶髪の男も、もう一度、深々と頭を下げている。
自分の行動が、問題をややこしくしたことは理解できているのだ。
「言い訳をさせてもらうと、あの時、私も他の宿を見て回っていたんだ」
「俺たちを探してか?」
「そう。見つけたら、丁寧にお願いしろと言ったんだが……不快にさせて申し訳なかった」
モールガーは再び頭を下げ、他の三人もまたも頭を下げた。
さすがに、ここまで下手に出られると、涼もアベルもまあいいかと感じ始める。
二人の悪感情がだいぶ和らいだと感じ取ったのだろう。
モールガーは、涼とアベルを一度ずつ見た後で問う。
「一つ質問がある」
「はい?」
「うん?」
涼とアベルが反応する。
「荷物持ち殿の名前を聞かせてほしい」
「ああ……」
アベルはチラリと涼を見る。
涼はアベルの視線を受けて肩をすくめた。任せる、という意思表示だ。
「俺の名前はアベルだ」
「ふむ、アベル殿だな。どう見ても、ただの荷物持ちに見えなくてな。実際、先ほどからC級冒険者であるリョウ殿の代わりに、ずっとアベル殿が受け答えをしているわけで」
「交渉も任せられることが多いからだ。気にするな」
「そ、そうか? 絶対名のある剣士だと思うんだが」
モールガーは、アベルの剣をチラリと見てそう言ったが、それ以上の追及はしなかった。
「今回伺ったのは、冒険者であるリョウ殿への依頼だ」
「冒険者への依頼なら、冒険者ギルドを通すのがいいと思うのだが?」
「そう、普通ならそうだが、この砦には冒険者ギルドが無い」
「だろうな」
モールガーの言葉に、予想した通りだと頷くアベル。
「昨日、商人ギルドを探しながら通りを歩いたが、冒険者ギルドの看板は目に入らなかったからな」
「商人ギルドの 兌換長 ( だかんちょう ) マイファ殿と二人が話したというのは聞いた」
「マイファ殿からは、訓練する仕事をやらないかとは言われた」
「そう。だが、すぐに砦を出るから無理だとも」
「その通りだ」
アベルが答える。
無言のまま涼も頷く。
アベルが交渉も含めて話している時には、涼は無言でいることが多い。
窓口は一つに絞るのが交渉の鉄則。
今回の窓口はアベルだ。
「ニュシャ侯爵が前王家を倒して、砦はそれに抵抗していると聞いた」
「そうだ」
「そのニュシャ侯爵とかいうのと、戦争になりそうなのか? だから訓練している?」
「可能性がゼロとは言わないが、戦争だけは避けたいと考えている」
「それはモールガー殿の考え?」
「いや私だけでなく……この砦の自治を仕切る商人たちも同じ考えだ」
「ほぉ」
アベルは少しだけ意外そうな表情になる。
「かなりきな臭い感じだとは思ったんだが……戦争も辞さずと」
「侯爵側も、戦争は避けたいと考えているようだ」
「そうなのか?」
「ああ。このザーラッシュ砦は、ゴー王家の時代から 難攻不落 ( なんこうふらく ) を誇ってきた砦だ。正規軍二千の攻撃を、二百人の兵で退けたこともある」
「それは凄いな」
アベルは感心する。
砦にしろ城塞にしろ、一般論として守り切れる上限は、守り手の五倍と言われている。
それを超えて十倍の敵を退けたというのは、ザーラッシュ砦の優秀性を証明していると言えるだろう。
「とはいえ、今現在砦を守る者たちは、熟練兵がとても少なくなっている」
「それはなぜだ? 確か内戦自体は、五年近く続いているんだろう? 戦い続けていれば経験を積むと思うのだが」
「そう、実は二カ月前まではそうだったのだが……。ここから少し離れた場所に、ボンドという街がある。このザーラッシュ砦と共に、反ニュシャ陣営の中心と言っていいだろう。そのボンドの街で 流行 ( はや ) り病が起きて……運の悪いことにその時、神官様が街を離れていて、多くの者が亡くなった」
「なるほど。この砦の熟練兵は、その穴埋めに回されたのか」
「ああ。あちらはこの砦ほど 堅牢 ( けんろう ) ではない。攻められたら難しい状況に追い込まれるので、仕方なかった」
モールガーは顔をしかめて答えた。
「実際、明後日、両陣営による初めての会合が開かれる」
「ほぉ……」
「私も軍事責任者として出席するが……侯爵陣営からも、内々だが武力衝突は避けたいという打診が来ている。大規模な武力衝突が起きれば、周辺国からの介入を招きかねない。それは、誰にとっても避けたい。我々も、侯爵陣営も」
「冷静な判断だと思う」
アベルは頷く。
そう、内戦で厄介なのは、周辺国からの介入なのだ。
それは、いつの時代、どんな国でも変わらない。
武力衝突が起きずに、あるいは大規模なものは避けて内戦を終結させる……誰にとっても良いものなはず……。
「その会合は、仲介役というか間に入る者がいるのか?」
「いる。ハンダルー諸国連合が仲介役となる」
「なるほど」
長く対立している陣営同士の会合であれば、必ず仲介に入る組織が必要となる。
それは多くの場合、力のある国だ。
もし、会合の場で一方が 闇討 ( やみう ) ちなどをしたら困るから。
力のある国が仲介役に入っていれば、メンツを潰されたと感じれば敵に回る……それを避けるために闇討ちなどしない。
だから、仲介に入るものが誰なのかは重要。
連合であれば十分な力と言えるだろう。
「だが、侯爵陣営は、そこの部分には納得いっていないと聞いている」
「そうなのか?」
「連合は、最終的に我々すべてを吸収しようと考えているから、中立ではないと」
「ああ……」
モールガーの説明に、アベルは小さく頷いた。
「俺たちには……いや、リョウには訓練を手伝ってほしいということだったが?」
「リョウ殿だけじゃなくて、アベル殿にも手伝ってほしいのだが」
「依頼料が倍になるぞ?」
「う……そこは、商人たちを何とか説得する……」
モールガーが顔をしかめる。
「まあそれはいいが。どれくらいのレベルを、何人訓練するんだ?」
「一カ月前まで剣も握ったことなかった子たちを三十人、基礎は身に付けたが戦場に出すにはまだ危うい者たちを二十人」
「ふむ」
「いちおうこの砦には、剣の師範がいる」
「ほぉ」
「もう六十を超えているが守衛の誰よりも強い、マスダ老と呼ばれている。ゴー王家時代からこの砦にいて、実は昔、私も鍛えられた」
苦笑するモールガー。
「だがさすがに、一気に五十人も若いのが増えて……いや元から、二十人近く訓練を受けているんだ。そっちの訓練だけでマスダ老は手一杯、新たに五十人もは無理だとぼやいていてな。そこに『C級冒険者』が来ただろ? まあリョウ殿はローブを着ていて魔法使いに見えるが……それでも訓練を手伝ってもらうのにはいいのではないかと思ってな」
「はい、僕は魔法使いです」
ここでようやく涼が口を開く。
涼は水属性の魔法使いであることに、誇りを持っているのだ。
だが、そんな涼を横目でチラリと見るアベル。
口では何も言わないが、視線で語っている……ルン騎士団の剣術指南役だったろうと。
涼も、アベルの視線は気付いているが、おすまし顔で無視する。
それはそれ、これはこれなのだ。
「少し考えさせてもらっていいか」
「もちろんだ」
アベルの言葉に、モールガーが目を見開いて頷く。
恐らくここに来るまでは、無理だろうと思っていたのだろう。
そして話している間も、決して色よい返事がもらえるとは思っていなかったのだろう。
「砦訓練組合の訓練場があるので、そこに来てほしい。西門のすぐそばだ。詳しい場所は、『砂の眠り亭』のフロントでも、街の人間でも誰でも知っている」
そう言うと、モールガーは出ていった。
「アベル、協力しましょう」
昨晩とは打って変わって、いつになく積極的に賛同する涼。
「珍しいな」
それに対して驚くアベル。
「モールガーさんの、戦争を回避したいという思いは本物だと感じました。だからそれには協力してあげたいと。昨晩の、無粋な 狼藉 ( ろうぜき ) は忘れてあげます」
「狼藉……」
アベルは小さく首を振る。
「戦争は避けたいな」
「ええ。一方が好戦的ならともかく、双方ともに避けたいと考えているのなら、それに協力するのが人の道です」
「リョウは戦闘狂なのに戦争は嫌いなんだな」
「 失敬 ( しっけい ) な! 個人の戦闘と、多くの人の生き死にがかかる戦争は、全く別物です」
涼ははっきりと言い切る。
もちろん歴史好きな涼は、人の歴史が戦争と切っても切れないものであることは知っている。
しかしそれでも、戦争は人にとって絶対必要なものだ、なとどは思わない。
国同士ともなれば、大きすぎるために避けられない衝突が起きることはある……個人の努力で衝突が起きないようにすることは難しいだろう。
その結果、誰も幸せにならない……戦争とはそういうものだ。
まあ、涼個人が戦闘狂であるという点を否定するのを、忘れてはいるのだが……。
「戦争が起きないようにするために訓練を施すという矛盾……」
「ええ。結局、相互破壊が 抑止力 ( よくしりょく ) になる……それは万能ではなくとも、一定の事実を含んでいます。反撃が強力で、 躊躇 ( ちゅうちょ ) なく行ってくると分かっている相手に対しては、なかなか戦争を吹っかけることはできません。いじめっ子が、 喧嘩 ( けんか ) っ早くて強くて怖い人をいじめのターゲットにしないのと同じです」
「よく分からんが……戦争以外の問題解決ができるならそれに越したことはないか」
アベルの言葉に、涼は無言のまま頷くのであった。