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0708 虜囚のアベルⅢ

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0708 虜囚のアベルⅢ

エピソード「虜囚のアベル」……四夜連続投稿の第三夜です。

「アベルは 虜囚 ( りょしゅう ) となりました」

「リョシュウってのは、捕まったという意味だよな?」

「ええ。現在の状況、そのままの言葉です」

「捕まって、相手の首都に連れていかれる国王か」

「虜囚という言葉ほど、ぴったりな言葉はありません」

「否定できないのが悲しいな」

そんな会話を交わしているが、もちろん 悲痛 ( ひつう ) な 雰囲気 ( ふんいき ) は 微塵 ( みじん ) もない。

いつもの二人の間のじゃれ合いだ。

連合首都ジェイクレアに向かう馬車の中には、涼とアベルだけ。

オーブリー卿など、連合の人間は誰も乗っていない。

もちろん馬車の外には、連合軍一万騎がいるのだが。

「僕には疑問があります」

「うん?」

「なぜオーブリー卿は、ニュシャ侯爵の元にわざわざ、直接現れたのかです。アベルを捕まえるのだとしても、お忙しいでしょうから部下を 派遣 ( はけん ) すればいいのに」

涼が疑問を述べる。

アベルはほとんど即答した。

「ニュシャ侯爵に対する、 示威 ( じい ) 行為 ( こうい ) だ」

「示威? 強さを示した?」

「ああ。『私』を相手に回して、国の運営をしていくのか? 大丈夫か?」

「……連合に加わった方がいいぞと?」

「そういうことだ」

恐ろしい話である。

オーブリー卿自身がわざわざ訪れ、あえてニュシャ侯爵の前で会話してみせたのは、連合に加わらせるため。

そこまで行かずとも、連合とは仲良くした方がいいぞと見せつけ、思わせるため。

もちろんアベルを捕らえて連合に連れていけば、王国との交渉にも使える。

一つの行動に、いくつもの狙いが 潜 ( ひそ ) ませてある。

「ルパート陛下やロベルト・ピルロ陛下もでしたけど、国を率いる人たちって怖いですね」

「そうだな」

「アベルもその中に入っているらしいですよ」

「その二人や、目の前のオーブリー卿に比べれば、俺なんてまだまだだと思わんか?」

「思います」

「いや、そこは、大丈夫です、十分対抗できていますとか言ってほしいんだが」

アベルのため息が聞こえる。

「アベルは 権謀術数 ( けんぼうじゅっすう ) で対抗するタイプではないということです」

「そうか。 正義感 ( せいぎかん ) とか 真摯 ( しんし ) な心とかで対抗するんだな?」

「……アベルにそんなボケは求めていません」

「リョウを 真似 ( まね ) してみたんだが」

「アベルに求めているのは、 脳筋 ( のうきん ) さです」

「うん、嬉しくない言葉だよな。脳筋な国王とか……」

「大丈夫です。僕はアベルの味方ですから」

「全く意味が分からんが、ありがとうな」

自分が理想とする自分と、人が求める自分……その 乖離 ( かいり ) に人は悩むのだ。

……。

言葉にして説明すると、そんなカッコいい表現になるが、もちろん涼はそこまで難しいことは考えていない。

「分かっている」

「何か今、アベルにバカにされた気が……」

「気のせいだ。気にするな」

アベルは連合の隣国であるナイトレイ王国の国王だ。

建前 ( たてまえ ) 上、オーブリー卿率いる一万騎は、国主たる国王を『護衛』している。

であるから、夜は街で高級な宿に泊まることになる。

とはいえ、オーブリー卿としては、ジェイクレアに入るまで、護衛の者以外にはアベルの存在を知られたくない。

王国のハインライン侯爵に知られれば、いろいろと 厄介 ( やっかい ) なことになるかもしれないから。

だから宿は借り上げ、夕食もオーブリー卿とアベル、涼の三人でとった。

そこでは主に、アベルとオーブリー卿による、国のトップ同士の 親睦 ( しんぼく ) が深められた。

もちろん涼は、おとなしくちょこんと座ってお 相伴 ( しょうばん ) にあずかる。

難しいことは、全部アベルに任せる。

え? 仕事をしろ?

大丈夫! アベルの心の安定に 寄与 ( きよ ) したはずです……。

侯爵領の都ナンシャを発って一週間後。

ついに連合の首都ジェイクレアの入口に到着した。

馬車の中では国王と筆頭公爵が、『魂の響』を通して 密談 ( みつだん ) をしている。

《 派手 ( はで ) な演出が必要だ》

《確かに。連合の民に、「アベル王は連合の 軍門 ( ぐんもん ) に下った」と思われるのは良くないですからね。それが王国に伝わると、もっと良くないです》

《馬車を降りた後はいい。リョウのアイデア……例のやつでいくから。だができれば……》

《馬車を降りる時も、何か欲しいと》

アベルの言葉に涼も頷く。

この状況、派手なら派手なほどいい。

《なあ、リョウ。あれはできないか?》

《あれ?》

《解放戦前の、あれだ》

《まさか……》

アベルのたったそれだけの言葉だが、涼も同じ映像を 閃 ( ひらめ ) いた。

少し考える。

《いいですね、いきましょう》

《細かな部分は任せる》

《どうぞ、お任せあれ》

《連合側は、俺が乗る馬を準備してくれているらしいが……》

《それは僕が乗ることにしましょう》

盗聴 ( とうちょう ) の恐れもあるため、聞かれたくない会話は、馬車の中であっても『魂の響』を利用する。

念には念を。

相手は、あのオーブリー卿なのだから。

何らかの魔法や錬金道具などで、馬車内の会話を聞いている可能性も無いとは言えないので。

《それと例の件、どうだ?》

《一昨日の夜、やっておきました。かなり距離も近くなったので、僕だけでやれましたよ。ちゃんと届いたっぽいので、皆さんがいい感じで動いてくれているでしょう》

《順調だな》

《 細工 ( さいく ) は 流々 ( りゅうりゅう ) 仕上 ( しあ ) げを 御覧 ( ごろう ) じろ、というやつです》

頷くアベル、ニヤリと笑う涼。

そして、車列は連合首都ジェイクレアの広場に到着した。

事前に知らされていたのだろう。

連合の民衆がかなりいる。

ここでアベルは馬車を降りて、連合政府庁舎までお 披露目 ( ひろめ ) を兼ねて移動する。

馬車が停まり、扉が開かれた。

その瞬間、民衆の声が止む。

馬車の隣に、氷の演台が生成された。

「え?」

戸惑 ( とまど ) いの声。

民衆からだけでなく、周りを囲む一万騎からもだ。

当然彼らも、そんな話は聞いていないので。

氷の演台に現れたのは、一人の男。

着ているものは、決して 豪奢 ( ごうしゃ ) でも派手でもない。

だが、誰もが分かる。

普通じゃない。

その 絶大 ( ぜつだい ) なる存在感。

放たれるオーラ。

ただ、そこにいるだけで感じる……彼こそが英雄。

「あれが、アベル王……」

「すごい……」

そんな声が漏れてくる。

男が演台に立つと、氷の演台が浮かび上がった。

余裕の表情で手を挙げる男。

その光景は、民衆たちも聞いたことがあった。

「王国解放戦の……」

「王国のルンの街とかでやった……」

「アベル王の演説……」

中には、その様子を描いた絵がルンの政庁にあると聞いたことのある者たちもいたのだろう。

驚きが過ぎ去ると、興奮のるつぼと化した。

「おぉーーー!」

「アベル王!!」

「英雄王!」

連合と王国は、潜在的な仮想敵国同士といっても過言ではない。

だが、民衆同士は、決して 険悪 ( けんあく ) というわけではない。

もちろん、かつての『大戦』では正面からぶつかり合った国同士だが……もう十四年も経っているのだ。

それよりも、帝国と王弟を退けて民と国を解放した英雄を間近に見ている……その興奮の方が勝る。

一通 ( ひととお ) り、空を飛び回った氷の演台が地上に戻る。

すると不思議なことが起こった。

「出でよ、 御庭番衆 ( おにわばんしゅう ) 」

そんな声が聞こえてきた、次の瞬間。

演台の周りに水色の人のようなものが生じた。

その数、百一体。

全長一・五メートル。

全員、身長を超える槍……馬上で使うランスのような槍を持っている。

彼らはアベルを守るかのように、氷の演台を囲む。

「何あれ……」

「ゴーレムじゃね?」

「氷?」

「氷のゴーレム?」

そんな声が広がっていく。

「アベル王を守る氷のゴーレム……」

「おい、王国の氷って言えば……」

「 氷瀑 ( ひょうばく ) 」

「あるいは白銀公爵……」

「あの、馬上にいる白いローブの男性?」

「演台に並んでいる?」

「あの人がロンド公爵……」

そこで 囁 ( ささや ) き声が、一度 収斂 ( しゅうれん ) した後…… 弾 ( はじ ) けた。

「アベル王とロンド公爵だ!」

「こんな光景、一生見られないぞ!」

「最高の二人!」

アベルと涼。

二人こそが、この場の主役であった。

氷の演台に乗ったまま進むアベル。

その横を、馬に乗って並走する涼。

二人の後ろに従う百一体のアイスゴーレム。

連合の民衆から 湧 ( わ ) き上がる 歓声 ( かんせい ) 。

それは仮想敵国の王だとか関係なく、生ける英雄と、めったに見ることのできない光景を目の前にした興奮が生み出しているものだ。

《 先触 ( さきぶ ) れ担当一号君はもちろん、他の子たちもやる気に満ちた表情です》

時々後ろを見ながら、満足そうに頷く涼。

《ゴーレムの表情は俺には分からんが……連合の民の 度肝 ( どぎも ) を抜いて、興奮させることには成功したようだ》

《ええ、ええ。オーブリー卿と一万騎の方々も 唖然 ( あぜん ) としていました。やりましたね》

アベルも涼も満足いく結果。

この光景を見れば、「アベル王は連合の軍門に下った」などと言い出す者など出てこないだろう。

彼らの前後には、連合軍一万騎が連なっている。

率いていたオーブリー卿は、一足先に、連合政府庁舎の入口に立ち、アベルが到着するのを待っていた。

その傍らには、右腕とも言うべきランバー補佐官がいる。

「氷の演台で空を飛んで、さらに氷のゴーレムで護衛……完全に主役だな」

「さすがはアベル王と言うべきでしょう」

「もっと 惨 ( みじ ) めな……とまで行かずとも、『連合が保護する隣国の王』のように見せたかったんだがな」

「簡単にはいきませんね」

策を破られたオーブリー卿の言葉に、小さく首を振って同意するランバー。

そこに、 白衣 ( はくい ) のようなものを着た男性がやってきた。

「オーブリー卿、あれを見たか?」

興奮を隠しきれないフランク・デ・ヴェルデ。

フランクは、連合の人工ゴーレムを制作した天才錬金術師だ。

「ドクターが言うあれとは……氷のゴーレムですか?」

「うむ。出し入れ自由なゴーレムじゃ。つまり、水と氷で、ゴーレムの構造全てが構成されておるということじゃ、すごいぞ」

「ああ、確かに」

出し入れ自由のゴーレム。

確かにそれは 厄介 ( やっかい ) だ。

フランクは興奮したまま、言葉を 紡 ( つむ ) ぐ。

「あれは魔法で生成したものではない。その点に気付いたか?」

「はい?」

「錬金術じゃ」

「なるほど」

オーブリー卿が頷く。

だが、その表情を見て、フランクは小さく首を振る。

「この重大性に気付いておらぬな。錬金術ということは、錬金道具がある。氷のゴーレムを生成する錬金道具。もし、その錬金道具を誰かに渡したとして……」

「渡された誰かが魔力を通せば……」

「うむ、そこで氷のゴーレムが生成される」

「まさか……」

愕然 ( がくぜん ) とするオーブリー卿。

隣で無言のまま聞いていたが、完全に言葉を失うランバー補佐官。

そう、涼だけでなく、別の人物が別の場所で、氷のゴーレム軍団を呼び出せるということだ。

その場所が、例えばこのジェイクレアだったら……。

ある日、突然、氷のゴーレムの軍団が首都に現れて 陥落 ( かんらく ) する。

「あの公爵、なんてものを作りやがった!」

めったにない、オーブリー卿の 狼狽 ( ろうばい ) 。

「 彼 ( か ) の 御仁 ( ごじん ) は、ケネスの一番弟子を名乗っておるからの。水属性の魔法使いとしてはもちろん、錬金術師としても油断できぬ人物ということじゃ」

懸念 ( けねん ) を表明しているフランクであるが、表情は嬉しそうだ。

「ドクター・フランク、なぜ笑顔なのですか?」

「錬金術の新たな 境地 ( きょうち ) を 目 ( ま ) の当たりにすれば、嬉しくなるのは道理であろう?」

「私は嬉しくありません……」

「錬金術師と 為政者 ( いせいしゃ ) の立場の違いじゃな」

顔をしかめるオーブリー卿、笑うフランク。

「その錬金道具は……何体のゴーレムを生み出せるのか分かりますか」

「それはさすがに分からん」

あっけらかんと答えるフランク。

「直接、本人に聞いてみてはどうじゃ?」

「答えるでしょうか」

「さて……わしなら答えんな」

肩をすくめて笑うフランク。

沸 ( わ ) く民衆。

静まる為政者。

その差は、手にする情報の差である。

「なんてものを……作りやがった」

再びの、オーブリー卿の 苦渋 ( くじゅう ) に満ちた 呟 ( つぶや ) きは、隣に立つランバーにだけ聞こえたのだった。

本日2024年4月20日(土)、

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これも皆様の応援のおかげ。本当にありがとうございます。

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