0712 変わらない平和
0712 変わらない平和
ただいま、戻ってまいりました!
ついに、「第四部 暗黒大陸編」開幕です。
世界は平和だった。
特に、ナイトレイ王国国王執務室は平和だった。
いつものように、書類にサインするアベル。
いつものように、ソファーにぬべ~っと寝転びながら錬金術の本を読む涼。
何も変わらない。
「アベルは変わりました」
「んあ?」
「いつもここで、アベルの監視をしている僕の目はごまかせませんよ!」
涼はソファーから起き上がってそう言うと、眼鏡クイッのポーズをとる。
気分は、 被疑者 ( ひぎしゃ ) を追い詰める検察官。
涼のイメージでは、検察官は眼鏡をかけているらしい……。
「監視というより、寝転がって本を読んでいるだけだろ」
「監視対象にばれないようにするのが、監視の基本なのです」
「自分から、監視しているとばらしているだろうが……」
アベルの 指摘 ( してき ) は、涼に無視される。
「アベルは、東方諸国に飛ばされる前に比べて、仕事量が減りました」
「仕事量?」
「それです!」
涼はそう言うと、びしっと人差し指を伸ばす。
その対象は、アベルの机に積まれた書類の山。
「以前は、もっと大量にありました」
「ああ……」
「僕らが戻ってきて、もう一カ月です。戻ってきてすぐなら、久しぶりということで回ってくる仕事も少ないのかもしれません。でも、一カ月も経てば元に戻るはず。それなのに、書類が少ないです」
「俺に言われてもな」
アベル自身は、その理由を知っている。
「それに、朝も剣を振るっているでしょう? 以前は、そんな時間はなかったです」
「よく知っているな、俺が午前中、剣を振るっているの。リョウはセーラと 模擬戦 ( もぎせん ) をしているのに」
「当然です。そういう情報は入ってくる……え? 午前中? もしかして朝だけじゃなくて、午前中ずっと剣を振るっているのです?」
「ああ、そうだぞ。時々、騎士団の連中と模擬戦もやるが」
アベルは肩をすくめる。
「アベルが日々、戦闘狂の道をひた走っているのを確認しました。そのうち、戦闘王とか剣闘王とか呼ばれるに違いありません」
「何だそれは……」
涼と共に東方諸国に飛ばされてから、アベルは思い出したのだ。
強くなりたい、という気持ちを。
かつて、第二王子であった頃には持っていた……。
そして、『赤き剣』を結成した頃には失っていた……。
その気持ちを思い出させたのは、目の前でいつものソファーから指摘する、水属性の魔法使いだ。
「もっと、強くなりたいという気持ちを思い出した。ただ、それだけだ」
「強さだけを追い求めても 虚 ( むな ) しいだけです」
「何だろう、リョウに言われるのは納得いかないんだよな」
賢者 ( けんじゃ ) が言えば称賛される言葉も、口にするのが涼だと……アベルは受け入れてくれないらしい。
言葉とは、内容ではなく誰が言うかが重要……そういうことなのだろう。
「まあ、一年も国を空けていたからな。俺無しでも決裁その他が回るように仕組みが変わるのは当然だ」
「なるほど」
以前は、アベル王の決裁が必要だったものが、決裁がなくともいいように、いろいろ変わったらしい。
「でもそれでも、誰かは決裁をしないといけないでしょう? 宰相閣下がされているのです?」
「ハインライン侯ももちろんしているが……かなりの部分を、大臣に振り分けたらしい」
「財務卿とかそういう人たちですね」
涼は頷いて答えた。
涼は覚えているのだ。かつていた『財務卿フーカ』という人物を。
A・デュマの名作『ダルタニャン物語』に出てくる『財務卿フーケ』と似た名前の人物。
財務卿というのは、現代日本風に言うなら財務大臣のことで、財務省を取り仕切っている人物である。
しかし中には、省庁をまたいで決裁する必要があるものもある。
もちろん、宰相府の主たる宰相アレクシス・ハインライン侯爵が決裁するのだろうが、国王決裁が必要なものもかなりあるはずだ……。
「代理で決裁する人物がいる」
「国王の代理……?」
「いちおう王国の法律上、先代なら可能だ」
「先代国王陛下? アベルのお父さん? 回復されたのですか!」
「ああ。そうか、リョウはまだ知らなかったんだな」
先代国王スタッフォード四世。
アベルの父だが、長い間、帝国の計略によって薬漬けにされ、王国解放戦が終了した後も、中央神殿で治療を受けていた。
涼が西方諸国に旅立った時には、まだ起き上がることもできなかったはずだが……。
「いずれ、リョウも紹介するから」
「え……。別に、僕なんか紹介しなくとも……」
「さすがに、筆頭公爵を紹介しないわけにはいかんだろ」
アベルが肩をすくめる。
完全な正論である。
「お、 大人 ( おとな ) は苦手です……」
「リョウも大人だろうが」
ナイトレイ王国においては、十八歳で成人となり、法律上の『大人』となる。
「心は常に少年でありたいと思っています」
「意味が分からん」
「昔、偉い人が、少年よ大志を抱けと言いました」
「大人だって大志を持っていいだろう?」
「そ、それはそうですが……」
首を傾げながら言うアベル、正論を立て続けに言われて一気に劣勢となる涼。
こういう時は目先を変えるに限る。
「アベルは、何か大志を持っているのですか?」
「強くなりたい」
「あ~、それ以外に」
「そうだな……どうせなら、世界中を見て回りたいな」
アベルは、少しだけ遠い目になって言う。
元冒険者であれば当然かもしれない。
しかし同時に、国王という地位に就いた者には不可能な望みなのかもしれない。
長い期間、国を空けることができないから。
いや……実際のところ、アベルはこの一年ほど、王国を空けていたが。
「僕の故郷では、王室外交というのはごく一般的でしたけど……」
涼は呟くように言う。
もちろんそれは、立憲君主制と飛行機の発達によるところが大きいだろう。
ナイトレイ王国のような専制君主制に近い……つまり、国王に多くの権力が集まっている政体においては、国王が長い期間、国を空けるのが難しいというのは誰でも理解できる。
「世界を見て回るのには最後の機会なのかもしれません」
「うん?」
「アベルのお父さん……先代国王陛下が元気になられたのなら」
「ああ、そういうことか。まあ帝国も、先代の皇帝陛下だったルパート陛下が、皇帝代理として取り仕切っていらっしゃるからな」
「前の長男……ヘルムートさんでしたっけ……騎馬の王に討たれた。その後、誰も新しく皇帝には就いていないんですね。僕らがいなかった間も、ずっと……」
「そうだな。順当にいけば皇弟のコンラート殿だったのだろうが……公爵のままだな」
思ったより、世界の動きはゆっくりなのかもしれない。
「デブヒの帝城に、現国王であるアベルが現れれば、さすがのルパート陛下もびっくりするでしょうね」
「びっくりはするだろうが……」
「外交というのは、最後は人と人です。国同士の利害対立は当然あるにしても、その国を代表する人物が 約 ( ・ ) 束 ( ・ ) をすれば、相手国のトップもそれを信じる……そういう場合はままあります。もちろんそれは、 根底 ( こんてい ) に、その二人が相手を人として信頼している場合、という条件付きですが」
「ああ、それはあるな」
アベルは、戦場で会った帝国のルパートや、連合のオーブリー卿を思い出していた。
どちらも、もちろん油断できない相手だ。
さらに自国の利益のためなら、平気で相手国をだます……というか、策略を仕掛けるのに 躊躇 ( ちゅうちょ ) しないであろうと思う。
だがそれでも、信頼できる部分もある。
どちらも、自国民を平気で犠牲にはしないだろう……そうは思えるのだ。
下衆 ( げす ) な人間ではない。
アベルは、そう思っている。
「アベル自身が動くことによって王国の利益になるのであれば、僕は止めませんよ」
「そうか、ありがとうな」
涼がそう言うと、アベルは何度も頷いた。
「実は、その辺について、色々と相談してはいるんだ」
「相談?」
「リーヒャや父上、あるいはハインライン侯爵あたりだ」
「そうなのです?」
「まあ、決まったらリョウにも言う」
「期待して待ってます」
アベルの言葉に、涼は頷いた。
しかし、アベルの言葉はそれだけではなく……。
「ふむ、ちょうどいい時間だな」
時計を見て、アベルが呟く。
もちろん涼には意味が分からないが……危険を察知して立ち上がり、部屋の扉の方へ……。
「こら、リョウ!」
「え……」
当然、アベルに止められる。
「今から、父上の所に行くぞ」
「え? さっき、いずれ紹介するって言ったじゃないですか。今日じゃないでしょう」
「今日、今から紹介するのが一番良さそうだ。リョウが逃げる前にな」
「なぜそんなことに……」
「父上の執務室は、離れに置かれてある。行くぞ」
「えぇ……」
涼の 襟首 ( えりくび ) をむんずとつかむアベル。
引きずられていく涼。
その光景は、王城の者にとって 微笑 ( ほほえ ) ましく 懐 ( なつ ) かしいものだった……。
「失礼します、父上」
そう言って、離れの先王執務室に入るアベル。
「失礼します」
後に続いて入る涼。
さすがに、もうアベルに引きずられてはいない。
それどころか、引きずられていた時の弱々しい雰囲気はかけらもない。
もちろん、 威張 ( いば ) っているわけでもないし、 肩肘 ( かたひじ ) を張っているわけでもない。
自然体。
何も気負わない。
大きく見せようとしても無駄な相手だと分かっているから。
そうであるなら、そのままを見せた方がいい。
涼は涼である。
二人が入ってきたのを見て、先王スタッフォード四世は椅子から立ち上がった。
完全に回復したというのは本当なのだろう。
ずっと寝たきりであったという、そんな弱々しさなど 微塵 ( みじん ) もない。
まさに王。
涼は、アベルは王の顔になったと思っている。
王としての威厳も身に付けていると思っている。
それは否定しない。
だが、立ち上がり二人を迎える先王は……。
(さすが、アベルの父君)
素直に、そう感じた。
涼がスタッフォードを見たことがあるのは、ただ一度。
王都を奪還した夜、中央神殿で治療のためにいたスタッフォードに、アベルが顔を見せた時だ。
涼は、その部屋の隅で二人の対面を見守った。
その時は、スタッフォードは一言も言葉を発することはできなかった。
辛うじて、アベルの言葉に頷くことができただけ。
その時と今の差は凄い。
「父上、ロンド公爵を紹介させてください」
アベルがそう言った瞬間、涼は片膝をついてスタッフォードに礼をとる。
「いや、ロンド公、立ってほしい」
「え?」
スタッフォードは涼の手を取って立ち上がらせる。
「ロンド公は、アルバート……いや、アベルにとっては家臣ではなく、友だと聞いている。カルメーロがそう頼み、そうあってくれていると」
「カルメーロ?」
「先代のルン辺境伯だ」
首を傾げる涼に、アベルが補足する。
確かに涼は、当時のルン辺境伯から「アベル王の友であってほしい」と言われた。
それがうまくできているかどうかは、今でも分からないのだが。
「余も、以前王であったゆえ……王たるものに友ができぬのは知っている」
悲しい表情で述べるスタッフォード。
「いや、かつては友と呼んでも良い者はいた。イラリオン、アーサー……彼らは、余の異常に気付いたはずだ。だが、直言できる環境、関係になっていなかった。王とはそういうものだと、以前の余は思っていたが……ロンド公とアベルの関係を聞き、別の可能性もあったのではないかと、今では思っている」
スタッフォードは話しているうちに、優しい瞳になって涼を見ている。
もちろん涼は無言のまま聞く。口を挟むべき場面でないことくらいは、涼でも分かる。
「ロンド公、これからも、アベル王の良き友であってほしい」
「お任せください、陛下」
第三部が幕を閉じて幾星霜……。
大変お待たせいたしました。
「第四部 暗黒大陸編」です!
毎日21時更新予定ですので、またしばらくの間、おつきあいいただけると嬉しいです!