0717 アベル王の行動力
0717 アベル王の行動力
スキーズブラズニル号がウィットナッシュに寄港した日の翌朝、涼とアベルは王都に向けて出発した。
「ホントにウィットナッシュに一泊しただけなのですね……」
「王都で、いろいろ予定が入っているんだ。仕方ない」
「ウィットナッシュ弾丸ツアー……」
涼が小さく首を振る。
スキーズブラズニル号を迎え入れた後も、なんだかんだと二人はお仕事があり、街に繰り出すことなどなかった。
お仕事なので仕方ないのだが……。
「次は、お仕事抜きで来たいです」
「それは同感だ」
「でも、スキーズブラズニルに積んであった海の魔物除けは確認できました。僕が共和国で設計の修正をした時に積むはずだったものより、魔法式が進化していました」
「進化?」
「ええ。西方諸国の、海の魔物除けは魔法式だと言ったじゃないですか?」
「ああ、以前リョウが言ってたな」
二人が東方諸国に飛ばされた時、涼はそんなことをアベルに話した。
中央諸国の海の魔物除けは、それに比べると遅れている。
海に関するものは、錬金術であっても海洋省が握っており、その大きな省ゆえに動きが鈍いからに違いないと考えたのだ。
「スキーズブラズニルに積んであった新しい魔法式の魔物除けは、ほぼ、クラーケンすら寄ってこないらしいですよ」
「すごいな、それは……」
大きく目を見開いて驚くアベル。
そう、海には多くの魔物がいるが、二人が最も脅威に感じたのは巨大イカ……クラーケンだ。
涼が「またしてもやつらに!」と何度も悔しがるほど、 苦渋 ( くじゅう ) を飲まされてきた。
そんなクラーケンすら寄ってこない……。
西方諸国の『海の魔物除け用の魔法式』そのものに関しては、涼は知識を持っている。
それは、海洋国家として名高いマファルダ共和国。
その中でも一、二を争うフランツォーニ海運商会で、民間で最高レベルの技術を見せてもらったことがある。
それでだ。
後に、スキーズブラズニル号を手に入れてからは、その魔法式を使った魔物除けを載せることになると説明もされた。
だが、今回のは、それよりもさらに発展していた。
しかし、基本は同じ。
海の魔物が嫌がる振動を船体下部から発することによって、魔物が寄ってこないようにする。
クジラの声は五百キロ先まで届く……つまり海中内を、振動が五百キロ先まで届くということ。
もちろんこれは、海中内の『層』を利用しているため、その層内を反射しながら進むから遠くまで行くのだが。
そうでなくとも、海中内を『振動』はある程度の距離までは伝わるのだ。
なにより、涼が得意とする<パッシブソナー>や<アクティブソナー>も、水分子の振動だ。
だから振動は、涼にとって得意分野と言っていいだろう。
とはいえ、どんな振動が苦手なのか、というデータを持っていない。
だから、再現するのはとても難しかったのだが……。
しかし、スキーズブラズニル号に積んである魔物除けをたっぷりと見せてもらった。
魔法式の全てを、氷の板にコピーもした。
じっくり勉強することができそうだ。
「スキーズブラズニルの魔物除けは、中央諸国の船でも活かせそうか?」
「そうですね……すぐには難しいかもしれません。ちょっと見ただけですが、海域によって使い分ける必要があるようです」
「海域によって使い分ける? つまり、クラーケンであっても棲んでいる場所によって、違いがあるということか?」
「ええ、ええ。人間でも、地域によって好きな料理、苦手な料理が分かれたりするじゃないですか。辛いのが得意な人もいれば苦手な人もいますし。クラーケンたちも、いろいろいるみたいです」
「なるほど。中央諸国の海での調査も必要になってくるということだな」
「そういうことです。ウィットナッシュを出てくる前に、王立錬金工房での研究、開発の許可をゴローさんにもらってきましたから、王都に戻ったらケネスに相談してみます」
「……仕事が早いな」
涼の言葉に驚くアベル。
ゴローは海洋省のトップ、海洋卿だ。
王国においては、海に関する行政関連は海洋省の 管轄 ( かんかつ ) となっている。
だからいちおう、筋を通した方がいいのかなと涼は思ったのだ。
「王都から……確か王城だけでなく王立錬金工房からも、ウィットナッシュの海洋省に直接連絡をとれるようになっているぞ」
「それって、ケネスが以前開発した、街どうしを結ぶ錬金道具ってやつですか?」
「ああ、それだ。それがあるから、海洋省をわざわざ王都に置いておかなくともいいと判断したんだ」
「なるほど」
技術の進歩によって、行政の形も変わっていく。
ごく当たり前のことだ。
ナイトレイ王国では、それができているようであった。
行き同様、二日かけて国王と筆頭公爵の一団は王都に戻ってきた。
涼はそのまま王立錬金工房へ。
アベルは執務室に入ってお仕事へ。
国の中枢に居る者に、休みなどないのだ!
……時々、一方が、ソファーにぬべ~っと寝転んでいることもあるが、決して休んでいるわけではない。
そう、決して……多分。
涼が、国王執務室に戻ってきたのは五日後だった。
ちなみにその間、アベルは、関係各所と 侃々諤々 ( かんかんがくがく ) のやりとりをしていたらしいのだが……それはまた別のお話。
涼に伝えられたのは、結論だけ。
「スキーズブラズニルが西方諸国に向かう時に、俺も乗せてもらうことにした」
「……はい?」
アベルの言葉を、涼は理解し損ねた。
だが人は、記憶を呼び戻して理解しなおすことができる。
「甲板からの景色とかを見たいのですか? この前、乗せてもらえばよかったのに」
「いや、あの船で、俺は西方諸国に行くという意味だぞ」
「……はい?」
アベルの言葉を、涼は再び理解し損ねた。
だが人は、記憶を呼び戻して理解しなおすことができる……何度でも。
「アベルの像か何かを船に載せて、西方諸国まで持っていってもらうんですね。変な荷物が増えるのはどうかと思いますが」
「いや、俺自身が、スキーズブラズニルに乗って西方諸国、そして暗黒大陸に行く」
「そんなこと、許されるわけないでしょう!」
ついに涼が 叱 ( しか ) る。
「アベルは国王なんですから、簡単に国を空けることなどできません」
「だが、この前、東方諸国に行っていた間は、国を空けていたぞ」
「あれは仕方ないのです。魔人のせいですから」
ガーウィンの魔力だか魔法だかが暴走して、涼とアベルは飛ばされたのだ。
「まあ、聞け。この前話した通り、王国の復興は軌道に乗っている。だがいずれは、その復興は終わり、商会や工房での製造力が有り余る状態になる。その市場が必要だが、中央諸国内にそれを求めるのは難しい」
「ええ、理解できます」
「そのタイミングで、西方諸国……というより、ファンデビー法国が西方諸国と中央諸国との海路での交易を考えている。そして実際、スキーズブラズニルが両地域を繋いだ。ウィットナッシュを抱える王国としては、その交易の一方の中心を担うべきだと考えている」
「ええ、それも理解できます」
「その国の国王自らが訪れれば、相手国政府はその交易の本気度を理解するだろう。だから、俺自らが出向く」
「……」
一見、 理路整然 ( りろせいぜん ) と述べるアベル、言い返せない涼。
もちろん、反論しようとすればいくらでもその余地はある。
涼も理解している。
だが……それ以上に、アベルの気持ちも理解できてしまう。
「理論武装していますけど、結局のところ、アベルが行きたいだけでしょう?」
「まあ、その通りだ」
涼の指摘に、アベルは大笑いしながら認めた。
涼が西方諸国に行き、『魂の響』を通して、その光景をアベルに見せた。
あの時は、それで満足したのだが……東方諸国に飛ばされて、自分の足で歩いたら……やっぱり行ってみたいと思ったのだ。
もちろん、王国がそんなことなどできない状況であれば、無理は言わなかっただろう。
だが、王国は無理が利く状況にある。
いやむしろ、全てがベストのタイミングなのかもしれないとすら思える。
優秀な家臣群。
領地を豊かにすべく、民と手を取り合って発展を図る貴族たち。
回復の 機運 ( きうん ) がもたらす 進取 ( しんしゅ ) の精神。
それらが、王国中に満ちている。
そして、代わりとなる王すらいる……しかも、アベルにとって代わろうなどとは絶対にしない代理王。
「むしろ、今しかないのかもと思ってしまってな」
アベルの 脳裏 ( のうり ) に浮かぶのは父、スタッフォード四世。
未だ五十代であり、王としてやり残した気持ちがあるのではないかと、アベルはずっと思っていた。
王国解放戦の 最中 ( さなか ) 、やむを得ずアベルは即位した。
その後、スタッフォードはずっと病床にあったために、その気持ちを問うわけにはいかなかったし、アベルが王位を譲るということもできなかった。
だが、回復した。
アベルの人気は王国内で絶大であるため、今さら王位を父に返すわけにはいかない。
父もそれは望んでいないだろう。
だが、やり残した思いがあるのなら……。
「父上に、しばらく任せるのは悪くないと思うんだ」
かつては、帝国のルパートと並んで、 英邁 ( えいまい ) な君主として知られた人物だ。
だが、帝国の謀略によって薬漬けにされ……。
やり残した気持ちが無いと考える方が、無理があるのではないか。
「アベルが西方に行くのって、家臣の方々……たとえば、 宰相 ( さいしょう ) 閣下とかは何とおっしゃっているのですか?」
「アレクシスな……最初は反対した」
「でしょう?」
うんうんと頷く涼。
「だが、条件付きで許可してくれた」
「なんと……」
驚く涼。
アベルが国外に出る……それも西方諸国などというとんでもない遠くに出ることを、一番止めると思うのが宰相アレクシス・ハインライン侯爵だと涼は思ったのだが。
「ど、ドンタン騎士団長は? あの人も反対したでしょう?」
「ああ、最初は反対した。だが、条件付きで許可してくれた」
「り、リーヒャは? ノア王子を置いていくのかと 難詰 ( なんきつ ) されたでしょう?」
「ああ、最初は反対した。だが、条件付きで許可してくれた」
アベルは肩をすくめる。
涼は顔をしかめている。
絶対反対すると思われる人たち……実際、最初は反対したようなのだが、みんな条件付きで許可してくれた?
「その、条件って何なんですか?」
「リョウが、護衛としてついて行くことだそうだ」
「……はい?」
「それができるのならいいと。まあ、何年も行くわけではないからな。俺がいない間、国が回らないとかそういう話ではなく、向こうで俺の身が大丈夫かどうかの問題らしい」
「だから僕が護衛としてついていくなら、それはクリアされるから……そんな条件付き?」
「そう。どうする、リョウは西方諸国、その先の暗黒大陸まで行きたくないか?」
アベルが笑いながら問う。
もうその表情だけで、涼の答えなど分かっていると言いたげだ。
涼としては言いたいことがあるのは確かだが……答えなんて決まってしまっている。
「もちろん、僕も行きますよ」
他の答えなど、あろうはずがない。
こうして、ナイトレイ王国国王アベル一世の『西方外遊』が決定されたのであった。