0720 スキーズブラズニル号
0720 スキーズブラズニル号
ウィットナッシュを出港して一時間後。
甲板には、まるで冒険者の様な服装でくつろぐ国王と、いつものローブでくつろぐ筆頭公爵がいた。
当然のように、アイスクッション付きの氷の 椅子 ( いす ) に座っている。
当然のように、二人の前の氷テーブルには、コナコーヒーが 淹 ( い ) れられたカップが置いてある。
「こうしていると、多島海地域や東方諸国を思い出します」
「そうだな。 懐 ( なつ ) かしいな」
涼の言葉に、頷くアベル。
そう、あの時はイリアジャ姫がいた。
後に女王となるが……。
「あの時に比べると、護衛の数が少し多いですね」
「そうだな、少しな」
涼とアベルの視線の先には、五十人の王国騎士団員がいる。
さすがにごつい鎧ではなく、軽い革鎧を着ている。
騎士付きの 従士 ( じゅうし ) と呼ばれる者たちは、今回の旅には同行しない。
騎士が自分たちだけで鎧の着脱を行うし、その他の行動も自分たちだけで行う。
そんな王国騎士団は、二人の中隊長から、訓示か注意点を聞かされているようだ。
「あの二人って、ザックさんとスコッティーさんですよね」
「そうだな」
「アベルの学友さんでしたよね」
「そうだな」
「可哀そうですよね」
「何がだ?」
「アベルの学友であるばかりに、西方諸国にまで駆り出されて……」
「仕方ない、それも仕事だ」
「何でもかんでも仕事のせいにするのはどうかと思うんです」
涼は小さく首を振る。
そんな二人の元に、赤い服の老人がやってきた。
もちろん後ろからは、自律移動式の 棺桶 ( かんおけ ) がついてきている。
「良い香りじゃな」
「マーリンさんもどうぞ」
涼はそう言うと、マーリンにもアイスクッション付きの氷の椅子と氷のカップを生成し、フレンチプレスに残っていたコーヒーを入れた。
「ほぉ……これはまた……美味いのぉ」
「でしょう? ナイトレイ王国が誇る、コナコーヒーです。王国のコナ村というところで採れるのです」
マーリンが称賛し、涼が嬉しそうに説明する。
涼は、マーリンがコーヒー好きであると認識している。
マーリンの西ダンジョンを訪れた際、二度も素晴らしい暗黒コーヒーを出してもらったからだ。
それはとても美味しかった。
だから、コナコーヒーの良さも分かってもらえるはずだと。
「なるほど。普段からこれほどのコーヒーを飲んでおれば、ダンジョンで出した暗黒コーヒーの良さも分かるな」
「ええ、ええ。あれも素晴らしいコーヒーでしたよね」
やはりマーリンも、涼と同じことを考えたようだ。
コーヒー好きは、どこ産のコーヒーでも美味しいものは認めるのだ。
そして、ここにはもう一人、コーヒー好きが。
「暗黒コーヒーというのは、もしかして暗黒大陸産のコーヒーか?」
「そうですよ。暗黒大陸まで行かなくとも、西方諸国ではけっこう広がっていた印象です」
「ぜひアベル王にも、暗黒コーヒーを試してもらいたいのお」
アベルが問い、涼が答え、マーリンが薦める。
良い物を 同好 ( どうこう ) の 士 ( し ) に薦める……それは、いつの時代、どんな世界でも良くある光景。
人の本質は、時代、場所に関わらず同じであるという 証左 ( しょうさ ) かもしれない。
「西方諸国、その先の暗黒大陸に行く楽しみが、また一つ増えたな」
嬉しそうに笑うアベル。
国のお仕事、国王としての役目で異国を訪れるのだとしても、楽しみはあっていいはずだ。
笑顔で訪れるためにも。
「ああ、そういえばリョウは、暗黒大陸語は話せるか?」
「え? 話せるわけないでしょう」
「そうか。なら、船に乗っている間に勉強してもらうことになる」
「え……」
「もちろん強制ではないが、話せるようになった方がいいんじゃないか?」
「それはそうですが……」
アベルの言葉に涼は頷く。
東方諸国に飛ばされた時……正確には多島海地域に飛ばされた時、そこから東方諸国に移動する船の上で、涼とアベルは東方諸国語を勉強した。
それによって、ダーウェイなどでは快適な暮らしを送ることができたのだ。
旅行に行く際、現地の言葉を学んでおくことの大切さを、身をもって体験した。
「学ぶのはいいんですけど、誰が教えてくれるんですか? 確かあの時は、機関長さんが教えてくれましたけど……乗組員の誰かですか?」
「乗組員は全員、暗黒大陸語を完璧に習得しているそうだ」
「なんと……」
「だが忙しいだろうから、教師を頼んではいない」
「え? 僕は独学?」
「いや、王国騎士団も、暗黒大陸語を話せない者たちは、一緒に勉強する。リョウだけじゃない、安心しろ」
「安心しろと言っても……先生は?」
「俺だ」
アベルはにっこり微笑んで答えた。
たっぷり三十秒、無言の涼。
しばらくして、ようやく口を開く。
「アベル……暗黒大陸語、分かるんですか?」
「ああ、分かる。సంపూర్ణంగా మాట్లాడగలడు」
「後半の意味は……」
「完璧に話せる、と言ったんだ」
「むむぅ……」
実力を見せつけるアベル、ぐうの音も出ない涼。
「まあ、いいです。訪れる先の言葉を事前に学べるのはありがたいですからね。どんとこいです!」
「いいな、そのやる気。俺が教えるとなったら、王国騎士団の連中もやる気に満ちていると、ザックとスコッティーが言っていたが……。やる気がないよりはやる気がある方がいいよな」
アベルは何度も頷く。
「ああ、ザックさんとスコッティーさんも、アベルの授業を受けるのですね」
「いや、受けないぞ。あの二人も暗黒大陸語は話せる」
「なんですと……」
「王立高等学院では必修科目だったからな」
「恐るべし、エリート教育……」
そう、二人はアベルの学友。
「俺は、学院に入る前から王城で学んでいたし」
「帝王学……」
「そういうものだ」
「教育格差反対! 学びの機会均等を!」
涼はシュプレヒコールをあげるが……あとに続く者はいない。
もちろんアベルは無言で肩をすくめるだけ。
いつの時代、どんな国においても、為政者候補たちは外国語の習得は絶対必要とされる。
それは、この世界においても同様らしい。
中央諸国と西方諸国は、同じ言葉だ。
方言の違い、程度の差はあるが、ほとんど気にならない程度の違い。
そうなると、『外国語』というのは暗黒大陸語になるのだろう。
東方諸国とは、全く行き来が無いのだから。
「僕は出遅れたようですが……頑張ります、やってみせますよ!」
涼は拳を突き上げて決意表明した。
しかし……。
「でも僕には、もっと直近の楽しみがあります」
涼が嬉しそうに言う。
「直近の楽しみ?」
「ええ。この船の料理です!」
アベルが首を傾げ、涼が答える。
そう、この船旅は、二十日以上かかると言われている。
海路調査を兼ねているが、さすがに国王が乗船したために、今回は西方諸国から来た時の海路を戻る。
元々、海域情報の乏しい航路だ。
何度も通って、情報の精度を上げるのは必要な措置でもある。
西方諸国から中央諸国には二十二日で到着した。
もちろん、帰りがそれ以上にかかる可能性はある。
そんな長旅の楽しみと言えば、当然食事。
だが、国王陛下は 懐疑的 ( かいぎてき ) だ。
「それは、まあ、美味い料理が出れば嬉しいが……船だぞ? 乗組員と、騎士団も含めた随行員を入れれば、百人を軽く超える。それだけの食材もだが、 厨房 ( ちゅうぼう ) でも調理は難しいだろ。たまにはいいものも出るかもしれんが、基本は干し肉なんじゃないか?」
「か、可能性はありますが……でも、多島海地域では美味しいものが出ましたよ」
「ああ……ローンダーク号のスーシー料理長だったな」
「さすがアベル……完璧に覚えていますね」
「恩を受けた人の名前は覚えているもんだろ?」
「も、もちろんです……」
アベルが当然の顔で言い、それほど名前を覚えるのが得意な方ではない涼は、詰まりながら同意する。
もちろん、会った人全員、覚えようとは思っているのだ。
思ってはいるのだが……。
スーシー料理長は覚えていたが、他の船員さんたちは……十人くらいしか……。
「ま、まあ、ローンダーク号はいいです。でも、あの船みたいに、長い旅をするなら料理は美味しいのを希望します!」
「希望するのは自由だ」
「希望こそが、人を生かし続けてくれるエネルギーなのです!」
「……」
涼の熱弁に、何も言えなくなるアベル。
ちなみに、ずっと同じテーブルにいるマーリンはコーヒーを楽しみながら何も言わず。
コーヒーも楽しめていないレグナも何も言わず。
その間にも、甲板上でお仕事をしている乗組員たちも何も言わず……。
涼の熱弁は続く。
「僕は、整然と仕事し続けるスキーズブラズニルの乗組員の皆さんを見て確信しています」
「うん?」
「この船の料理は美味しいと」
「……その二つは関係があるのか?」
「当然です」
自信満々の涼。
「海の上には、美味しい露店があるわけではありません。乗組員の人たちのストレスの発散は、厨房で作られた美味しい食事しかないのです。つまり、彼らが良い表情で仕事をしているということは、船で提供される食事が美味しいからに違いありません」
堂々たる涼の主張。
「彼らも……昨日までは、ウィットナッシュの街に出ていただろ? そこで飯、食ってたから良い表情なんじゃないか?」
「あ……」
アベルの指摘に言葉を失う涼。
確かに、何週間かウィットナッシュに停泊していたのだから、ご飯はウィットナッシュで食べたかもしれない。
ウィットナッシュは大きな港町ということもあって、食事は美味い……。
「そ、それでもです。美味しくない食事の船であれば、余計に、これから数十日の食事の事を考えれば、乗組員の表情は暗くなるはず。でも、彼らの表情は明るいです」
「だから、この船では美味い食事が提供されるはずだと」
「ええ、そういうことです」
「まあ、俺もそうあってほしいとは思う」
涼が再び自信をもって頷き、アベルも否定する必要もないために受け入れた。
どうせ、夕方には分かるのだからと。
スキーズブラズニル号は交易船である。
西方諸国と暗黒大陸の間での交易を想定して設計され、造船された。
船足が驚くほど速い。
そのために、純粋な交易だけでなく、政府上層部などが大陸間を行き来するのにも使われる……そういう想定もされていた。
だから、船尾には 貴賓室 ( きひんしつ ) がある。
船長室とは別にだ。
これはとても珍しい。
「そんな貴重な貴賓室を、我が物顔で占拠するアベル」
「いや、どう考えても国王である俺が使うしかないだろ」
そんな貴賓室で、問題点を指摘する筆頭公爵、指摘じたいが変だと主張する国王。
「船の上ではみんな平等です。国王陛下も見習い水夫も、みんな等しく一人の人間なのです!」
「……俺が使わなかったとして、誰が貴賓室を使うんだ?」
「え……っと……誰か、別の偉い人……」
「じゃあ、筆頭公爵のリョウだな」
「ぼ、僕は必要ありません!」
強い拒否反応を示す涼。
涼は、そういう変な特別扱いは苦手なのだ。
月一ケーキ特権などは要求するくせに。
「だいたい、別の偉い人って言ってるのが変だろう? 船の上ではみんな平等なんだろう?」
「ぐぬぬ……」
正論で押し返すアベル、やり込められる涼。
元々、 無理筋 ( むりすじ ) なのである。
「仕方ありません、アベルの使用を認めます。ですが使うからには、真面目に仕事をしてくださいね」
「知っているかリョウ。その貴賓室のテーブルで、俺とリョウとパウリーナ船長には、特別な食事が提供されることがあるらしいぞ」
「何でそれを早く言わないんですか! 特権万歳! アベル国王の 一 ( いち ) の 家臣 ( かしん ) 、ロンド公爵とは僕のことです!」
手の平を返す涼。
『特別な食事』が何かは分からないし、その頻度も分からないが、国王用の料理が美味しくないわけがない。
そう、偉い人の近くにいれば美味しいものにありつける……いつの時代、多くの世界で通じる共通項。
たまに毒見をやりすぎて、あるいは過剰に健康に気を遣い過ぎて、味気ない食事を出される偉い人もいるが……ナイトレイ王国ではそういうことはないのだ。
二人がそんな会話を交わしていると、パウリーナ船長が、一人の男性を連れて貴賓室に入ってきた。
「失礼いたします、陛下。本船で、料理長を担当しているコバッチを紹介させてください」
パウリーナ船長が紹介したコバッチ料理長が頭を下げる。
大きな体に、ふっくらした顔。
かなり緊張しているようだが、とても人が好さそうな感じだ。
「よ、よろしくお願いします」
「料理長、美味い料理を頼む」
「はい陛下! お任せください!」
アベルが声をかけると、パッと顔が明るくなり元気に返事をした。
これから料理を完成させて持ってくると言って、一度、パウリーナ船長とコバッチ料理長が下がる。
そして残された国王陛下と筆頭公爵の間で交わされる会話。
その対象はもちろん、コバッチ料理長。
だって料理長は、見るからに……。
「美味い料理を作りそうだった」
「どことなく、ルン冒険者ギルドの料理長さんを思い出します」
アベルと涼は意見の一致をみる。
ルン冒険者ギルドの厨房は、安くて量が多くて、なにより美味しい料理を提供していた。
その厨房を取り仕切る料理長は大きながたいの元冒険者で、いつもニコニコと料理をしていた印象がある。
「さっきは緊張していましたけど、最後は笑顔が素敵でした」
「美味い料理を作る自信があるんだろう」
「これは期待できます」
「全く同感だ」
涼もアベルも、楽しみに料理を待つことにした。
十分後。
二人に同席するパウリーナ船長もテーブルにつき、すぐにコバッチ料理長が入ってきた。
「本日は、陛下の西方諸国への旅立ちを記念する一日目ということで、西方諸国民誰もが知る伝統の料理……それでいて最も美味しいと言われる『ニュー様の料理』を振る舞いたいと思います」
「ほぉ、それは楽しみだ」
「ニュー様の料理?」
コバッチ料理長が嬉しそうに説明し、アベルが楽しみな顔をし、涼が首を傾げる。
そう、涼が首を傾げたのは、どこかで聞いた覚えがあったからだ。
そして、出てきたのは……。
「 唐揚 ( からあ ) げ!」
思わず涼の口をついて出る正解。
「ロンド公爵閣下は、カラアゲをご存じでしたか」
満面の笑みのコバッチ料理長。
涼は何も言えないまま、何度も頷く。
そう、何度も何度も。
涼が食べたのは、聖都マーローマーの西にある街ゼピュロスであった。
確か、メニュー表に『カラアゲ定食』と書いてあったので注文したら……出てきたのだ。
それはまごうかたなき唐揚げであった。
そして今、目の前のテーブルに並ぶのも……大皿に山と盛られた唐揚げ!
「これは美味そうだ」
アベルが頷いている。
「どうぞ陛下、お取りください」
「大皿に盛りつけられたカラアゲを、好きなだけ自由に取って食べるのが伝統となっております」
コバッチ料理長が言い、パウリーナ船長が説明する。
「そうか。では一つ……」
アベルはそう言うと、豪快にフォークで突き刺し、そのまま口に持っていった。
国王というより冒険者としての食べ方。
口に入れると、熱いのかハフハフしているが……口内に広がる肉汁に目が大きく見開く。
傍から見ても美味しそうなのが分かる!
「これは美味いな!」
口の中に入れた唐揚げを飲み込むと、アベルは絶賛した。
「ありがとうございます!」
満面の笑みのコバッチ料理長。
無言だが、笑顔を浮かべて何度も頷くパウリーナ船長。
船長としては、不安が無かったと言ったら嘘になるだろう。
中央諸国の大国として知られるナイトレイ王国の国王……それも若くして英雄王とすら呼ばれる王を、西方諸国に案内することになったのだ。
ただでさえ、船上では不便な思いをさせる。
国の高い立場の人間が、そういう環境では不機嫌になりやすいというのは、もちろん知っている。
だがそれらは、「船の上ですから」と言って 封殺 ( ふうさつ ) することができる。
船の上では、王ですら船長の言うことには従う……それが海の伝統だから。
そんな、ある種の緊張状態を改善する最も有効な手段は、美味い食事だ。
これは 古今東西 ( ここんとうざい ) 、人である以上、変わらない真実。
だが今回、そこに問題がある。
中央諸国の王を、西方諸国の人間がもてなす……。
西方諸国の味を、中央諸国の王が認めてくれるかという問題。
こればかりは、やってみなければ分からない。
スキーズブラズニル号の 艤装 ( ぎそう ) が完了し、海に出たこの半年以上、コバッチ料理長が乗組員らの胃袋を満たしてきた。
その味は、西方諸国の美味の多くを食してきたと自負するパウリーナ船長からしても、最上級の評価をすべきもの。
そう、どんな料理でも、すごく美味しい!
だから、コバッチ料理長の腕には 全幅 ( ぜんぷく ) の信頼を置いている。
だが、それでも……中央諸国の王の舌を納得させられるかは、やってみなければ分からない。
結果は……完璧だった。
「ああ、本当に、これは美味しい……」
続けて、筆頭公爵も食べている。
目を閉じて、本当に美味しそうだ。
そこまで見て、パウリーナは確信した。
コバッチ料理長の腕は、中央諸国の王侯貴族をも満足させると。
出航初日にして、船長パウリーナが抱えていた大きな悩みが、消え去った瞬間であった。
大切なお知らせ
明日2025年1月10日は、12時と21時の二回投稿を行います!
なぜ一日二回投稿なのか?
それは、明日になったら分かります。
楽しみにお待ちください。