0731 甲板模擬戦
0731 甲板模擬戦
海賊らを海に返したスキーズブラズニルの一行。
アベルは情報を精査した後、断を下した。
「今回は、ノズー国に向かわずに西方諸国へ向かう」
いずれは、ノズー国との間にも国同士の関係が結ばれる可能性はある。
だが今回は……。
「一度も通ったことのない海域に、陛下を乗せた船で進むのは、やめたほうがよろしいかと」
パウリーナ船長がはっきりと言ったのだ。
その言葉を聞いて、深く大きく頷き同意するスコッティー王国騎士団中隊長。
そこまで反対されれば、アベルとしても無理を通すことはしなかった。
当初の目的通り、一路西方諸国に向かうスキーズブラズニル。
そんなスキーズブラズニルに乗る者たちは、皆、一生懸命である。
安全な航行のために船の仕事に励む乗組員。
いつ来るか分からない主を守る仕事のために 研鑽 ( けんさん ) を積む王国騎士団。
それぞれ担う仕事は違うが、溌剌とした表情の者が多い。
そんな中、一人、悶々とした表情の騎士がいた。
その騎士はかなり 逡巡 ( しゅんじゅん ) した後、一度船倉に降りていく。
しばらくして、何か手に二本持って甲板に戻ってくると、今度は迷わず対象に向かって歩いていった。
「ロンド公爵、一手ご 指南 ( しなん ) 願いたい!」
「え?」
騎士ザック・クーラーが、涼に模擬戦を申し込んだのだ。
右手には木剣が握られ、それを涼に突き出している。
その光景に驚いた二人の人物。
ザック同様に王国騎士団中隊長のスコッティー・コブック。
それと国王であるアベル。
二人は、なぜザックが涼に模擬戦を申し込んだのか、なんとなく分かるから。
「おい、ザック!」
「りょ、リョウ、ちょっと仕事の話が」
スコッティーがザックに呼び掛け、アベルが涼に呼び掛ける。
簡単に言えば、二人を引き離すためだ。
ちなみに涼は、なぜザックが模擬戦を申し込んできたのか、全く分かっていない。
「止めるな、スコッティー! 俺は、あの人を倒さねば前に進めん」
「馬鹿なことを言ってるんじゃない! 仮にも相手は公爵だぞ。しかも筆頭公爵だぞ。だいたい、魔法使いに剣での模擬戦を申し込んでどうするんだ。勝っても……セーラ殿が振り向いてくれるわけじゃないんだぞ!」
「分かっている。分かっているが……」
小声で交わされるスコッティーとザックの会話。
ザックはずっと、エルフのセーラに片想いをしている。
だがそのセーラが、目の前にいる涼と仲が良いということも知っている。
そんな涼と模擬戦を戦ったからといって、何も変わらないということも分かっている。
分かっているのだ、頭では。
それでも苦しいのだ、心が。
「一度、全てをぶつけてみたい……そうしなければ、俺は前に進めない気がする」
「ザック……」
スコッティーが顔をしかめる。
スコッティーはザックの気持ちを知っている。
涼とセーラの関係も……詳しくは知らないが、とても仲が良いということは知っている。
今まで我慢して抑え込んできたのだろう。
だが、昨日の『戦闘』を見ていて、その抑えが外れそうになっているのだろう。
しかし、二人は王国騎士団中隊長だ。
五十人の騎士団を二人で率いている。
そんな部下たちの前で……。
「ザックさんって、初めてお会いした時から怖い顔をされちゃうんですよね」
「そ、そうか……」
「僕、何か悪いことをしたのかもしれませんけど、思い出せないんです」
「き、気付かないうちに何かあったのかもしれないな」
首を振る涼、全ての事情を知っているが何も伝えないと決めているアベル。
「で、アベル、何か仕事の話があるんですか?」
「え? あ、いや、そうだな……」
アベルが、二人を引き離すためにとっさに言ったセリフだ。
もちろん、仕事などない。
だが、何か話を繋げなければ……。
「リョウは以前、ルン騎士団の指南役をしていただろう?」
「ええ、ええ。みんなやる気に満ちていましたから、僕もやりがいがありました」
思い出して、うんうんと頷く涼。
「今は、どうしてるんだ?」
「午前中はセーラと模擬戦をしていますよ。エルフ自治庁で」
「ああ……」
頷くアベル。
そんな報告を受けた気が……。
涼とアベルが会話しているところに、ザックがやってきた。
後ろには、うつむいた表情のスコッティーを伴っている。
それを見てアベルは悟った。
ザックの説得に失敗したのだと。
「ロンド公爵、もう一度お願いしたい。一手、ご指南を」
ザックが木剣を差し出す。
涼はチラリとアベルを見る。
そして小声で確認した。
「ルンでやってたみたいにすればいいんですかね? 王国騎士団ではタブーというか、やっちゃいけないこととかあります?」
「禁止技か? 別にないだろ。最悪、<エクストラヒール>で治療してもらえば、なんとでもなる。というか、木剣なんだから酷いことにはならんだろう?」
「木剣は使ったことないですけど……僕の故郷には木刀というのがあります。あれ、打ち所が悪いと大怪我しちゃいますからね。木剣も一緒でしょう」
小さく首を振る涼。
そもそもルンで指南役をしていた時は、刃を潰した剣だった。
それに比べれば、確かに 大怪我 ( おおけが ) はしないかも。
「まあ、ルンでやってた感じでいいんですよね?」
「ああ、問題ない」
涼が問い、アベルは頷いた。
頷いたが、思い出す。
「ルン騎士団での指南って……叩きのめす、が基本じゃなかったか?」
アベルも知ってはいる。
涼の前任者セーラがそうやっていたので、涼も同じようにしていたらしい。
「問題ないって言ったが……問題あったかもしれんな」
そんな国王陛下の呟きは、誰の耳にも届かない。
こうして、スキーズブラズニルの甲板上で、涼とザックの模擬戦が開始された。
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
ザックと涼が挨拶する。
涼はいつものように正眼に構えた。
その瞬間、ザックの腕に鳥肌が立つ。
(なんだ、この感覚は)
あまり記憶に無い感覚を覚えたのだ。
いや、ずっと昔、元王国騎士団長が視察に来た時、模擬戦をしてもらったが……その時に、こんな鳥肌が立った。
(元王国騎士団長……アレクシス・ハインライン侯爵。『鬼』と呼ばれた伝説の騎士団長と同じだとでも言うのか!)
認めない!
「ウラァーーー!」
ザックが気合いを入れる。
気合いを入れなければ飲まれてしまうから。
アベルは、涼を見て気付いた。
「足が……いつもと違う?」
アベルは、何度か、涼の真剣勝負を見たことがある。
それは強敵たちとの戦いだった。
その時、涼の足は前後に開いていた……右足が前、左足が後ろ。
しかし今は、横に開いている。
わずかに右足が前に出ている気もするが……いつもほどではない。
いつもの足なら、地面を蹴って一気に相手の間合いに飛び込む。
しかし今は……自ら動くというより、相手の攻撃をどっしりと受ける……そんな感じがする。
「ウラァーーー!」
もう一度、ザックが気合いを入れて、一気に飛び込んだ。
最速の打ち下ろし。
カンッ。
木剣同士の独特な音が響く。
ザックの打ち下ろしを、涼がしっかりと受け止める。
だが、この一撃で吹っ切れたのだろう。
ザックの連撃が始まった。
その速度は、驚くべきものだ。
周りを囲んで見ていた王国騎士団員たちの口からも、称賛が漏れる。
中隊長の 面目躍如 ( めんもくやくじょ ) 。
しかし、最も剣に詳しい二人の見立ては違う。
「模擬戦ではなく、ザックは本気の剣を浴びせています……」
「ザックは、完全に余裕を失っているな」
中隊長のスコッティー・コブックと、元A級剣士アベルだ。
ザックの凄まじい連撃は、余裕がないから。
二人の見立ては正解であった。
(なんだこいつは、なんだこいつは、なんなんだこいつは!)
ザック・クーラーは、王国騎士団の中隊長だ。
通常なら、五十人の王国騎士団員を率いる強者。
しかし今、目の前のローブを着た魔法使いの剣に圧倒されていた。
(一撃も入れられる気がしない。この防御は……岩かよ!)
ザックは、凄まじい連撃を繰り出している。
だがそれは、目の前にいるローブの魔法使いから受けるプレッシャーに飲まれてだ。
しかも、全力の連撃を繰り出しているのに、破れそうにない。
その結果、絶望感に苛まれる。
そんな鉄壁の防御のくせに、一瞬でもザックの攻めが途切れると、牽制の横薙ぎや突きを繰り出してくる。
そう、牽制だと分かっている。
分かっているが、ミスればその一撃で自分が沈められるのも分かってしまう……それほどに鋭い 牽制 ( けんせい ) 。
(普通、こんなのは牽制とは言わない!)
ザックは心の中でそう叫ぶ。
お互いに使っているのは木剣なのだ。
それなのに、よけ損なえば一撃で沈む牽制などありえない。
あり得ないのに、分かってしまうほど鋭い剣閃。
見るからに鋭いのに、同時に重い……。
(この重さは……一撃一撃に腰が入っているからだよな。剣の重さや腕だけじゃなくて、上半身だけでもなくて、膝、腰の動きも連動させて重心の移動が完璧だから、剣が重い。俺だってそんなことできん。スコッティーも無理だ。アベルなら……そう、アベルならあり得る。つまりこいつは、アベル並みの剣を振るってるってことか? なんなんだよ、それは!)
乱れるザックの思考。
当然その乱れは剣にも現れる。
しかし、見ているほとんどの者は気付かない、それほど微細な乱れ。
それは、ザックがこの四年間、一心不乱に剣に打ち込んできたからこそ。
心の乱れが剣に現れにくくなっている。
鍛え上げられた剣が、答えているその証左。
それでも……分かる者には分かる。
「心穏やかに剣を振るうのは難しいな」
「アベル陛下ですらそう思うのなら、誰にもできないことでは?」
アベルの呟きに、隣に立って模擬戦を見ているスコッティーが応じる。
「ザックの乱れが見て取れる」
「はい」
「だが、もう一方は……」
「ロンド公爵……リョウ殿は凄いですね。波風一つ立たない水面のようです」
「さすがスコッティー、表現が詩人だな」
「からかわないでください」
顔立ちの整ったスコッティーが詩的な表現をすると、とても雰囲気が出る。
アベルは学友でもあるので、昔からそんなスコッティーが異性にもてるのを見てきた。
スコッティー自身は無自覚に言っているために……思いを寄せる者たちの心は、波風一つ立たない水面とは正反対の状態だったろうと思うのだ。
「とにかく……残念ですが、今の心の乱れたザックではロンド公爵には勝てなさそうです」
「あ~、心の乱れていないザックでも、リョウには勝てないだろう?」
「騎士が剣で、魔法使いに勝てないというのはまずい気がします。ですので言葉を選んだのですが」
「気にする必要はないだろ。だいたいリョウは、セーラの後のルン騎士団剣術指南役だぞ?」
「……はい?」
アベルが事実を告げ、スコッティーが理解できない顔をしている。
「まあ、王国解放戦前の話だから、もう五年になるが……」
「ルン騎士団というのは、ルン辺境伯領騎士団ですよね?」
「そうだ」
「精強として名高い、ルン辺境伯領騎士団ですよね?」
「そうだ」
「セーラ殿が剣術指南役をされていた、ルン辺境伯領騎士団ですよね?」
「そう、そのセーラの後を引き継いだ剣術指南役が、リョウだ」
「……ザックが勝てるわけないでしょう」
「俺に言われても……」
スコッティーが呆れたように言い、アベルが肩をすくめる。
涼が、正式にルン騎士団の剣術指南役を務めていた期間は、実はそれほど長くない。
もっともその前から、セーラと騎士団の前で模擬戦を繰り返していたために、ルン騎士団の騎士たちからは最上級の敬意を払われているが……。
「ですがそれでも、ザックの性格なら……」
「ああ、逆転を狙った手を放つだろう」
「それをリョウ殿が受けそこなえば大怪我を……」
「いやあ、どうだろうな。まあ、どうなるか見てみよう」
心配するスコッティー、全然心配しないアベル。
どちらもザックの事は知っている。
だから二人の差は、涼に対する理解の差……と言ってもいいのかもしれない。
模擬戦は続いている。
ザックの攻撃、涼の防御。
ただ、涼の牽制攻撃がザックの体をかするようになってきた。
それは涼の剣が鋭さを増したわけではなく、ザックが安全マージンを削って、ギリギリを見極め始めたから。
何のために?
もちろん、必殺の一撃を入れるためにだ。
(チャンスは一度。ああ、一度で十分だ。牽制の斜めの打ち下ろしを誘う。それで剣を下げさせて、一気に!)
ザックは心を乱しながらも、涼の剣の特徴を分析してきた。
いくつもの牽制の種類があるが、もっともカウンターを取りやすいのは 袈裟懸 ( けさが ) けの後だと見切っていた。
ザックの左肩から右腰に斬り込む一撃。
それをかわして、打ち込む。
そして……。
ザックの横薙ぎ。
それをかわして、涼が袈裟懸けに打ち込む。
(ここ!)
涼の剣を、剣先ギリギリでかわし、思い切り打ち下ろす。
間違いなく必殺の一撃。
カンッ。
軽い音を響かせてザックの剣が跳ね上がる。
剣を持った両腕も跳ね上がる。
空いた胴に……。
一撃。
疾風 ( しっぷう ) のごとき飛び込み胴。
ザックは崩れ落ちた。