0735 旧知の人たち
0735 旧知の人たち
港の端に上陸する一行。
涼とアベル、スコッティーと率いる王国騎士団二十五人だけが下船する。
スキーズブラズニルの乗組員と、ザックら残りの王国騎士団などは船に乗ったままだ。
戦っていた冒険者風の者たち五人は、港に降り立った一行に気付いている。
気付いてはいるが、まだ軍隊と戦闘中。
そして、ついに、立ちはだかっていた軍隊の最後の一人を気絶させた。
「ふぅ、ふぅ……」
「はぁ……はぁ……」
一方的であったとはいえ、休みなく戦い続けていたのだ。
冒険者風の者たちは息が荒い。
そんな中、ただ一人だけ涼しい顔の女性。
水色の髪の女性。
降り立った王国一行を見ると、微笑んだ。
そして……。
ゆっくりと歩いてきた。
まるで時間が止まったかのように……この世界で、彼女だけが動けるかのように……。
誰も 遮 ( さえぎ ) らず、誰も 誰何 ( すいか ) せず。
水色の髪の女性は、軽やかに涼に近付いた。
涼の前で……止まらずに、さらに一歩……。
涼の間合いに入り、そっと両手を、涼の頬に当てる。
驚くが、声も出せず、動くこともできない涼。
女性は優しく微笑みながら、涼の両頬を、その手で柔らかく包み込んだ。
「来てくれてありがとう」
その声は、驚くほど軽やかに、涼の耳に響く。
それによって、アベルが動いた。
「リョウ!」
「あ……」
アベルの声が届き、涼の気が付く。
その瞬間……瞬間移動のように、水色髪の女性は後ろに下がった。
微笑んだまま。
アベルが涼の前に出る。
まるで、涼を 庇 ( かば ) うかのように。
「何者だ?」
誰何するアベル。
呆 ( ほう ) けていたとはいえ、涼が無抵抗で間合いに入られる姿は見たことがない。
そんなことができる者が、 尋常 ( じんじょう ) な相手だとは思えない……だからこその、誰何。
「あなたとは初めてね、リチャードの 末裔 ( まつえい ) 」
笑みを浮かべたまま、水色髪の女性は答える。
「キンメ……」
後ろの方から、女性に呼び掛ける声。
先ほどまで戦っていた、ピンク色の髪の女性だ。
「キンメ?」
アベルが首を傾げる。
涼も無言のまま首を傾げる、が……どこかで会った気がするのだ。
いや、もちろん、聖都マーローマーの『カフェ・ローマー』で見かけたのは分かっている。
そうではなく、もっと前に……どこかで……。
涼の困惑の表情に気付いたのだろう。
キンメは、右手人差し指と中指を目に持っていく。
軽く触れると、目の表面に張り付いていたカラーコンタクトのようなものがはがれた。
その下から現れたのは、金色の目。
涼は、金色の目を持つ者を知っている。
魔人マーリン、魔人ガーウィン……そう、どちらも魔人……。
だから思い出した。
「南に……」
そこまで呟いたところで、キンメは微笑みながら、左手の人差し指を立てて唇の前にそっと持っていった。
それ以上、言ってはダメだと。
そう、彼女は王国の南に封じられていた魔人。
涼が、『十号室』、ヒュー・マクグラスや勇者パーティーと共に訪れ、ちょうどそのタイミングで封印が解けた魔人。
涼が、その浮き上がる様から『反重力』と認識した魔人。
優しい表情で涼を見た後、西の方に飛んでいった……魔人。
「暗黒大陸に来ていたんですね」
「思い出してくれてありがとう」
呟くような小さな声の涼、同じくらいの 囁 ( ささや ) き声の魔人キンメ。
「もしかして金色の目だから、キンメ?」
「本来の名前は別にあるけど、あなたに、この名前が届くといいなと思って」
その金色の目は、涼とアベルの方からしか見えない。
キンメは微笑みながら、指に持っていたカラーコンタクトのようなものを再び目にはめた。
あっという間に、黒い目。
「私はすぐに分かったわ。 溢 ( あふ ) れる『 雫 ( しずく ) 』、見間違えるはずないもの」
「雫? もしかして『妖精の因子』とかいうやつですか? 見えるんですか?」
「ええ、見えるわ。とっても綺麗」
今まで以上の微笑みを浮かべるキンメ。
「魔人……スペルノは見えないと思っていました」
「あら、私以外のスペルノを知っているの?」
「はい。マーリンさんと……ガーで始まってウィンで終わる人を」
「ガーウィンは、まあ、お馬鹿さんだから。でも『赤服』を知っているのはびっくりね。もしかして、魔王軍と戦ったりした?」
魔人マーリンは、魔王軍の参謀として、歴代魔王の 傍 ( かたわ ) らにいるからだ。
彼が着ているのは、常に赤い服、赤い帽子……。
「いえ……いろいろありまして。助けていただいたりしました。それこそ、昨日まであの船に乗っていました」
「まあ……それは驚きね。いつかうちのパーティーで、彼のダンジョンに遊びに行ってみようかしら」
「キンメさんは、どうしてあのパーティーに? 一年前の教皇就任式に来ていたパーティーですよね。『カフェ・ローマー』で見かけましたし、その後、集会場で助けた記憶があります。緑髪のパトリスさんと、ピンク髪のグティさんを」
涼が言うと、キンメは大きく目を見開いた。
かなり驚いているようだ。
「後で報告を聞いたわ。そう、あの二人を助けてくれたのはあなただったのね。ありがとう」
「いえ、たまたまです」
キンメが再び笑顔になって感謝し、涼が照れる。
そんな所に……。
「あの……キンメ?」
「え?」
「楽しそうに話しているところ悪いんだけど……」
キンメに後ろから呼びかけたのは、ピンク髪のグティ。
「ああ、グティ、こちらの方、見覚えない?」
「はい?」
キンメがグティに涼を示す。
「一年前、教皇就任式……」
「あっ! あの時、助けてくれたパーティーの!」
「はい、お久しぶりです」
「あの時はありがとうございました」
深々と頭を下げるグティ。
そんな様子を、遠くから首を傾げている三人。
緑髪のパトリスは何度か首を振ると、港の隅に歩いていく。
そこには、尻もちをついたまま震えている中年男性がいた。
かなり 豪奢 ( ごうしゃ ) な服を着ている。
そう、まるで王様のような服。
その人物に、パトリスは懐から出した一通の手紙を差し出す。
「国王陛下、我がバーダエール首長国首長バットゥーゾンからの親書、お渡しいたします」
「……」
「親書の受け取り拒否など通りませんこと、ご理解いただけましたでしょうか」
「わ、分かった……確かに受け取った」
パトリスが差し出した手紙を、国王は受け取った。
受け取りはしたが立ち上がれない。
「親書の受け取りを拒否した国王に、力づくで受け取らせるために戦っていた?」
「そういうことだろうな」
「アベル以上の 脳筋 ( のうきん ) です」
「リョウ以上の強引さだ」
その光景を見ながら、涼とアベルはコソコソと会話する。
「元々、この国の国王陛下が親書の受け取りを拒否されたのが、戦闘の発端です」
二人の会話が聞こえたのだろう。グティが小さな声で説明を始めた。
「我々はバーダエール首長国のバットゥーゾン首長の正式な命令を受けて、親書を届けに来ただけです。内容については詳しく聞いていないのですが、このバモス国にとってけっこう厳しい内容が書かれているらしいのです。それは事前に知らされていたらしく……あの国王陛下が受け取りを拒否されまして……」
「親書の受け取り拒否……」
「戦争中でもない限り、中央諸国では聞いたことないな。いや、戦争中でも受け取りは拒否しないか」
涼が驚き、アベルも肩をすくめる。
国家元首から国家元首への親書の受け取りを拒否するというのは、外交上、最大級の非礼だとする地域もある。
中央諸国では、そうらしい。
「この暗黒大陸でも、ほとんどありません。ただ首長様はお渡しする際に、『なんとしても受け取らせよ。どんな犠牲を払っても構わない』とはっきりとおっしゃられましたので、結局戦うことに……」
「パトリスは嬉しそうだったわね」
グティが首を振りながら言い、キンメは笑顔のまま告げる。
親書を渡したパトリスが、四人の方にやってきた。
「グティ、キンメ、何をしているんだ?」
パトリスが、行ったきり戻ってこない二人に呼び掛ける。
「パトリス、ほら、教皇就任式の時、テンプル騎士団にやられそうになっていた時に助けてくださった方」
「教皇就任式……? ああ! 思い出した」
パトリスはそう言うと、涼を見る。
そして、思いっきり頭を下げた。
「あの時はありがとうございました!」
「いえ、たいしたことではありませんから」
涼が苦笑する。
「それで……なぜ、この島に? 確か、中央諸国の方でしたよね? あれ? 俺たち暗黒大陸語を 喋 ( しゃべ ) っているのに、通じている?」
「勉強しましたから」
パトリスの困惑に、苦笑する涼。
隣で微笑むアベル。
暗黒大陸語の習得は、非常に順調に進み、涼は問題なく操れるレベルに達したのだ。
「中央諸国ナイトレイ王国の冒険者です。こちらの島には、お仕事で上陸しました」
涼は答える。
そう、間違いではない。
嘘もついていない。
だが、開示する情報が十分だとは言えない。
涼が補足する前に、アベルが口を開く前に、別の人物が口を開いた。
「さっきも言ったけど、リチャードの末裔さんよね?」
キンメがアベルに問いかける。
「言ってるのが、ナイトレイ王国国王であったリチャード王のことなら、その通りだ。なぜ、そう思った?」
「もちろん、その剣よ。彼の“エクス”でしょう? リチャード以外使えなかったけど……だいぶ 懐 ( なつ ) いているから。かなり頑張ったのね」
「お、おう……」
「剣って懐くんですね」
「俺に聞かれても分からんぞ」
涼が感心したようにアベルの剣を見る……アベルには答えようがないのだが。
「このバモス島……というか、バモス王国の国王への 謁見 ( えっけん ) をする予定なのでしょうけど、見ての通り難しい状態よ」
キンメが指さした先は、ずっと座り込んだままの国王。
パトリスから親書を受け取って以降も、立ち上がれないまま。
彼の軍隊も、全員が立ち上がれないまま……こちらは、叩きのめされたからだ。
「なので、どこかでお茶しましょう」
「はい?」
キンメの提案に、涼が首を傾げる。
アベルも無言のまま首を傾げる。
キンメのパーティーメンバー四人も首を傾げる。
「王様、ショックが大きいから、ろくに会話できないと思うから、時間を与えた方がいいでしょう?」
「……そうかもしれん」
アベルが頷く。
「港広場に、良い感じのカフェがあったわよね。あそこに行きましょう」
キンメはそう言うと、さっさと涼の腕を引っ張って歩き出した。
え、あの……とか言いながら引っ張られていく涼。
その後ろからついていくアベル。
さらにその後ろからついていく王国騎士団。
「今日のキンメ、すごく積極的」
「珍しいな」
ピンク髪のグティも緑髪のパトリスも、肩をすくめる。
キンメのパーティーメンバーも苦笑しながらついていくのだった。
伏線を、さらに回収しました!