0736 お茶会inバモス
0736 お茶会inバモス
港での戦闘があったために、客が誰もいなくなっていたカフェ。
そのため、全員入ることができた。
まず涼が座らされ、その左隣に座るキンメ。
いちおう助けてやろうというのだろうか、涼の右隣に座るアベル。
三人の対面に座るパトリスら四人。
彼ら七人を遠巻きにして座る王国騎士団……。
「ぼ、僕には心に決めた女性が……」
「大丈夫よ。あなたを独占しようなんて思っていないから。そんなことしたら、私、破裂してしまうわ」
「そ、そうですか」
明らかにホッとする涼。
いちおう、言うべきことは言っておいた方がいいと思って、座ってすぐに言ったのだ。
涼にはもちろん、『破裂する』の意味は分からないが……。
何やら涼の言葉を聞いて、大きく目を見開いて驚いているらしいアベル。
涼はアベルの表情の意味は分からなかったので問いかけようと思ったが、キンメの言葉が先に聞こえてきた。
「一万年か、二万年後に、また頬に触れさせてもらえれば大丈夫よ」
「……はい?」
涼は理解できない。
キンメのパーティーメンバーたちも冗談だと思ったらしい。
「もう、キンメったら冗談ばっかり」
「一万年後とか、みんな死んじゃってるよ」
そんな言葉が。
涼も同感だと思いつつ、少し考える。
キンメは魔人だと思うので、もしかしたら一万年後も生きているかもしれない。
だが涼が、生きていないのと思うのだ。
確かに、あんまり年を取らない気はするが……。
……さすがに生きてないよね?
いや、まったく年を取らないのだとしても。
「いろんな人に命を狙われているので、僕は生きていない気がします」
「命を狙われて……」
涼が言い、グティが驚く。
驚きつつ、彼女は気付いた。
「私たち、自己紹介してない」
「ああ……俺たちは、暗黒大陸東部諸国、バーダエール首長国所属、護衛パーティー『 清涼 ( せいりょう ) なる 五峰 ( ごほう ) 』だ」
「私がグティ、こっちの緑髪がパトリス、黄色髪がトコ、白髪がマウ、そして水色髪のキンメ」
「これはご丁寧に。僕は、中央諸国ナイトレイ王国所属、C級冒険者の涼です」
パトリスとグティの紹介に、涼も自己紹介する。
「そう、リョウさんというお名前だったのね」
笑顔のまま頷くキンメ。
「え? キンメ、名前知らなかったの?」
「ええ、今初めて知ったわ」
「そんなに、親しげなのに……」
「リョウさんは、私の恩人なの。私を 軛 ( くびき ) から解き放ってくれた恩人」
「恩人……」
キンメの説明に、驚く『清涼なる五峰』の四人。
だが首を傾げる人物が一人。
当の水属性の魔法使いだ。
「僕、何かしましたっけ?」
涼はあの時の事を思い出す。
みんなで『 祠 ( ほこら ) 』に入って、しばらくしたら揺れて脱出して……キンメが空に浮いて現れた。
涼は何もしていない。
復活した、あるいは封印を破った力も、数日前に『祠』を訪れたヴァンパイアの力を奪ったものだと言っていたし。
「そう、ヴァンパイアの魔力を奪って、私自身は完全に復活したのだけど、封印は解けていなかったの。でも、リョウが来てくれたおかげで、封印が弾け飛ぶほどの『 雫 ( しずく ) 』が、あの場に 溢 ( あふ ) れたのよ」
「なんですと……」
南に封じられた魔人の封印が解けたのは、実は涼から溢れる『妖精の因子』が原因だった……。
((知りませんでした))
((リョウのせいで、魔人は封印を破ったということだな))
((で、ですから、知りませんでしたと……))
((俺は事実を整理しただけだ))
((僕は……魔人逃亡 幇助 ( ほうじょ ) 罪に問われて、 牢屋 ( ろうや ) に入れられる可能性があるのでは?))
((俺が知る限り、王国にそんな罪はないから大丈夫じゃないか?))
((あ、そうなんですか?))
ホッとする涼。
((そんな軽いものじゃなくて、国家反逆罪とか国家 転覆 ( てんぷく ) 予備罪みたいな、 無期懲役 ( むきちょうえき ) か極刑しかないやつじゃないか?))
((なぜそんな重いことに……。仕方ありません。誠意を見せて 情状 ( じょうじょう ) 酌量 ( しゃくりょう ) を狙います))
((誠意?))
((週一ケーキ特権を、月一ケーキ特権に格下げしていいです……))
無念さを込めて申し出る涼。
((それで……重犯罪の情状酌量を得ようというのか?))
((ええ。あ、あと、ロンドの森の凶暴なお隣さん方が、王国本土に侵攻することはないと約束しましょう))
((……それは、ただの脅迫だ))
((僕を処刑すれば、彼らの抑えはどうなるか分かりませんよ!))
((……まあ、どうしてもとなったら、俺が国王の名前で 恩赦 ( おんしゃ ) を出してやるから))
((さすがはアベルです! 僕はずっとアベルについていきますからね!))
((そうか……))
『魂の響』を通して、そんな極秘会話が涼とアベルの間で交わされた。
その間も、テーブル上では別の会話が交わされている。
「キンメはうちらに合流するまで大変だったって聞いたけど、悪いやつに捕まっていたんだ?」
グティが悲しげな表情で問う。
「う~ん、どちらかというと、私の身を守るために、そこに入れてもらったの」
「はい?」
「でも、思ってた以上に長く入ることになってしまって……いざ出ようと思ったら、出られなくて。……鍵が壊れたとか、そういう感じかな」
「なるほど。それは辛いわね」
キンメの説明に、グティが頷く。
他の三人も無言のまま頷いている。
「でも、リョウさんのおかげで抜け出せたのなら、確かに恩人よね」
「そして抜け出せたからこそ、俺たちのパーティーに入ってもらえたわけだ」
「つまり……」
「私たちの恩人でもあると」
グティが頷き、パトリスが説明し、トコとマウが結論付ける。
『清涼なる五峰』のキンメ以外の四人は立ち上がると、涼に向かって頭を下げた。
「キンメを助けてくれてありがとうございました」
「え? あの、いえ、僕は別に何も……」
あたふたする涼。
『魂の響』では重犯罪に問われる可能性を指摘され、こちらでは感謝される。
一つの事象でも、見る立場、置かれた立場によって何もかもが変わるというその証明であろうか。
全員の前に運ばれる暗黒コーヒー。
「やはり本場の暗黒コーヒー、美味しいですね」
「ああ、美味いな。我が国のコナもいいが、これもいいな」
涼とアベルが称賛する。
ナイトレイ王国中枢の人間たちは、コーヒー好きである。
二人の称賛を、満足そうに聞いて頷く緑髪のパトリスとピンク髪のグティ。
パトリスとグティは、ふと気付いた。
「そういえば……騎士というか、護衛の方が多いですよね?」
「これはリョウさんの?」
「え? いえ、違います。僕ではなくて、こっちの人の護衛です」
涼は右隣に座るアベルを指さす。
「そういえば、そちらの方のお名前をうかがっていない気が……」
「リチャードの 末裔 ( まつえい ) 、とかは聞こえたのですが、そういえば聞いてない」
パトリスとグティがアベルの方を見て言う。
「今さらな気もするが……ナイトレイ王国のアベルだ」
「こう見えても、うちの国王です」
「なるほど、国王」
「だから護衛が多い……」
「……え?」
アベルが答え、涼が補足し、パトリスとグティが流れで言い、トコとマウが気付く。
「国王陛下!?」
四人が驚く。
「やりましたねアベル。驚いてもらえました」
「恥ずかしいから、そういうことを言うな」
涼が嬉しそうに言い、アベルが顔を赤くして 苦言 ( くげん ) を 呈 ( てい ) す。
『清涼なる五峰』の中で、唯一驚いていないキンメ。
「キンメは知ってたの?」
グティが尋ねる。
「ええ。リチャードは、ナイトレイ王国の国王だったから。末裔も王様かなって」
「言ってくれ……」
「こっそり教えて欲しかった……」
キンメが笑顔で答え、パトリスとグティがげっそりした顔になる。
トコとマウは無言のまま小さく首を振った。
「それでリョウさんとアベル陛下は、このバモス国にどうして見えられたのですか?」
ようやく落ち着いて、グティが尋ねる。
「船が嵐に流されてだ」
「ああ……」
「嵐は仕方ない……」
アベルの答えに、グティとパトリスが何度も頷く。
それ以上に、トコとマウが激しく頷く。
『清涼なる五峰』は、嵐に関して大変な経験をしたことがあるようだ。
「以前、船が嵐で流されて、この大陸の南の方に行っちゃったことがあるの」
「暗黒大陸の……」
「南?」
キンメが笑顔で答え、涼とアベルが驚く。
「暗黒大陸の南って……どうなってるんですか?」
「クラーケンの巣があったわ」
「なんと……」
「よく生きて戻ったな」
「もちろん船は一瞬で崩壊」
「キンメがいなかったら……」
「陸にまで辿り着けずに……」
「クラーケンの 餌 ( えさ ) になってたはず」
キンメが衝撃の事実を伝え、涼とアベルが驚き、パトリスが船の末路を述べ、グティ、トコとマウがキンメに感謝した。
「海上とはいえ、さすがに海でクラーケンと戦うのはきついわね」
「うん、普通はきついじゃなくて、簡単に死ぬから」
キンメが笑顔で言い、グティが顔を引きつらせる。
「リョウさんも、クラーケンと戦ったことがありそうね?」
キンメは涼の表情から読み取ったようだ。
「はい……いくつもの苦い思い出が」
「一体だけなら、海中で倒したよな」
「すごいじゃない! 私でも海中だと大変かも」
涼が 苦渋 ( くじゅう ) に満ちた表情で思い出し、アベルが潜水艦ニール・アンダーセンによる戦闘を記憶から呼び覚まし、キンメが称賛する。
「錬金術まで駆使しても、まだ一体しか……。集団になっていると難しいです」
「まあ! リョウさんは錬金術もできるの?」
「はい……」
涼の言葉が尻すぼみになる。
それは、キンメを封印していた錬金術が頭に浮かんだからだ。
もちろん涼が封印したわけではないのだが、少しだけ居心地が悪い。
「もしかして、私を封印していた技法も使える?」
「えっ……」
図星を指されて絶句する涼。
涼だけでなく、キンメ以外の全員が言葉を失う。
もちろんキンメも、恨みか何かがあるわけではなく、ニコニコと笑顔のままだ。
「さっきも言ったけど、あれは私が頼んだの。閉じ込めてほしいって」
「はい……」
「最初はハルに頼んだのよ。でもハルは嫌だって拒否したの。だから弟子だったリチャードにお願いしたの。リチャードも、かなり難しかったみたいだけど」
キンメが笑顔で説明する。
驚いてアベルが尋ねる。
「リチャード王が弟子? その師匠の……ハルというのは誰だ?」
「あら? リチャードの末裔なのに聞いたことないの? ナイトレイの王室にはその情報は伝わっていない?」
「ああ。少なくとも俺は聞いたことがない」
「そう……。それじゃあ、私が言うわけにはいかないわ。何らかの理由で伝えたくなかったから、残されていないのでしょう?」
「……」
キンメの言葉は正論であるため、アベルは何も言えない。
「使った技法も、後世には残したくないって、リチャードは言ってたから……そっちが残っていないのは分かるけど」
「なるほど」
「でもリョウさんは、なんとなく知ってそうね?」
「キンメさん自身の魔力を使って封じる技法……」
「正解! リョウさん、凄いのね」
嬉しそうに頷くキンメ。
「リョウ、それは……」
「多分、ケネスも知らない技法です。ですから確かに、王国の錬金術師には残されていないと思います」
「……なぜ、リョウは知っているんだ?」
「ああ……ここではちょっと……。今度、アベルには教えます。でも僕もまだ、完全には理解できていません。ですから同じようなものを作れるかと言われると……正直、自信がありません」
アベルの問いに涼は正直に答える。
アベルは、他に言いふらしたりしないだろうから、『ハサン』と彼から引き継いだ『黒ノート』について話してもいいかなとは思っていたのだ。
ずっと忘れていただけで……。
「また閉じ込めてもらう必要ができたら、リョウさんにお願いするわね」
「すみません、それはちょっと 勘弁 ( かんべん ) してください」
キンメの冗談に、涼は顔をしかめて首を振るのだった。
結局……アベルを筆頭としたナイトレイ王国一行は、バモス国王への謁見を行わなかった。
スキーズブラズニルの乗組員が探ったところ、国王の『状態』が不可能と判断されたのだ。
「またすぐに会えるような気がするわ」
それが、キンメが涼にかけた言葉だった。
スキーズブラズニルはバモス島を出港。
西にある、暗黒大陸本土に向かう。
その甲板上では。
「我々は、人はなぜ争うのかという、有史以来の 命題 ( めいだい ) を解決するための 知見 ( ちけん ) を集めています」
「……は?」
「今回の 邂逅 ( かいこう ) は、その解決に一歩近づくことができる、気付きを得ることができました」
「……そうか?」
「親書を受け取らない……それすなわち、話し合いの拒否です」
「お、おう……」
「話し合いが行われずに二つの勢力が接触すれば、武力衝突にならざるを得ません。それが、港で起きた衝突です」
「なんか……丸め込まれた気がするのだが、間違ってはいないんだよな」
涼が滔々と自説を披露し、アベルが首を傾げながらも聞く。
「話し合いの難しい点は、どちらか一方でも拒否すれば成立しないという点です」
「……そうだな」
「その結果は、武力衝突しかありえません」
「……それも、その通りなんだよな」
「こちらが、どれほど平和的解決を望んでいても、相手にその意思が無ければ武力衝突となる。平和とは 儚 ( はかな ) いものです」
「お、おう……」
「論理的 帰結 ( きけつ ) として、話し合いに臨む前の段階から、相手が平和的解決を拒否した場合のことを考えて、武力衝突になってしまった時の準備をしておく必要があります」
「なんか……悲しい結論だな」
「人は愚かな生き物なのかもしれません」
涼は悲しげな表情で首を振る。
「まあ最初から、バモスの国王が親書を受け取れば良かっただけなんだがな」
「ええ。ただそれだけ……たったそれだけだったのですが……」
「たったそれだけが、難しかった」
「アベルはちゃんと受け取ってくださいね」
「うん? 当然だろう?」
「それがたとえ、デブヒ帝国からの親書であっても」
「帝国からの親書だからこそ、受け取るんだろ」
涼の言葉に、片頬だけ上げて皮肉めいた表情になるアベル。
帝国は王国よりも、強大な力を持っている。
武力衝突を避けたい相手なのだから。
「だが、いつか必ず……」
アベルはそこまでははっきり言った。
その後に続いた言葉は、涼にすら聞き取れなかった。
「王国を侵略した借りは返す」