0741 世界征服の障害
0741 世界征服の障害
翌朝、ボールンの街を出港したスキーズブラズニル号。
厄介な存在に目をつけられたようだが、今さらそんなことを気に 病 ( や ) むような公爵閣下と国王陛下ではない。
「アベル以上に厄介な存在など、そうはいませんからね」
「投票したら、俺なんかよりもリョウの方が厄介だという結果が出るだろうがな」
「お金で票を買って僕を追い詰めるのですね! さすがは悪徳王アベルです」
「うん、買収なんかしなくともそんな結果が出ると思うぞ」
今日も、二人がいる 甲板 ( かんぱん ) は平和である。
甲板の一角では騎士たちが剣を振るい、乗組員たちは仕事に励む。
先ほどまで剣を振るっていたアベルは、今は本を読み、涼は氷の板に記述された魔法式を見ている。
「見ている魔法式は、例の 棺桶 ( かんおけ ) ……レグナ殿が入っている箱のか?」
「ええ、よく分かりましたね」
「見覚えのない文字っぽいものが、たくさんあるからな」
「そうなんですよ。全く意味が分からないんですよね」
そう言う涼は笑顔だ。
それもかなりの笑顔だ。
「なぜ意味が分からないのに笑顔なんだ?」
「え? なぜ? 楽しいから笑顔なんですが」
「楽しい? 分からないんだろ?」
「分からないのが楽しいのです」
「……そうか」
涼が笑顔のまま答え、アベルはよく分からないまま受け入れる。
『分からないのが楽しい』……多くの分野において、一流以上になると、この感覚が 芽生 ( めば ) える。
逆に言えば、そう思えるようになったのなら、その分野において一流と言っていいだろう。
もしかしたら、超一流かもしれない。
涼は、錬金術に関して、一流と呼ばれる領域に足を踏み入れている。
水属性魔法に関しては、世界でもトップクラスだろう。
そして錬金術に関しても、高いレベルに手をかけた……そう言ってよいのだろう。
もちろん、本人にその自覚はない。
だから 天狗 ( てんぐ ) になることもない。
それはすぐ近くに、ケネス・ヘイワードという天才錬金術師がいるからだ。
天狗になることなく、さらに上に上がっていこうとする……それは幸福なこと。
「この世界の全て、 森羅万象 ( しんらばんしょう ) を明らかにする、それこそが人の欲望の最たるものだと思うのです。そう考えれば、この魔法式くらい読み解けるようにならなければいけません!」
笑顔を浮かべながら、やる気 漲 ( みなぎ ) る表情の涼。
「この世界の全てか……壮大だな」
「アベルだってそうでしょう?」
「俺? 別に俺は世界の全てとか考えたことないぞ」
「アベル王は、世界の全てを手に入れる。そんな世界征服の野望を持っているはずです」
「うん、そんな野望は持っていない」
「王となったからには、一度くらいはそんな野望を持つはずです」
「俺は持ったことない」
世界征服をけしかける涼、とてもまともなアベル。
涼のけしかけは、手を替え品を替え……。
「世界征服の際に厄介な相手は、トワイライトランドに違いありません」
「ああ……あそこの征服とか、無理じゃないか? ヴァンパイアの国だぞ」
「確かに。トワイライトランドとは同盟を結んで、敵に回さないようにしましょう。その際は、僕が交渉します。任せてください」
「そ、そうか……その時は頼……いや、そもそも世界征服とかしないからな!」
「惜しい、もうちょっとでした……」
涼のそそのかしは失敗した。
そんな平和な時間が流れるスキーズブラズニル号は、ボールンの街を出港二日後の朝、バーダエール首長国首都ホソイナの沖合に到着した。
平和だったスキーズブラズニル号とは違って、そこは……
「 哨戒 ( しょうかい ) ……多いな」
「 物々 ( ものもの ) しいですね」
「ボールンから、街を救った報告は行っているはずですから、問題なく入港できるはずなのですが」
アベルも涼も、哨戒船と思しき船の多さに首を傾げ、船長のパウリーナも 訝 ( いぶか ) し気な表情だ。
多い哨戒船の一つが、すぐにスキーズブラズニル号を見つけて寄ってきた。
「停船せよ。こちらはバーダエール首長国、哨戒船である。本船の 臨検 ( りんけん ) を受けよ」
そんな声が、ボールンの時同様に、スキーズブラズニル号の甲板にも聞こえてきた。
「大きな声で叫んでいるつもりなんでしょうけど……」
「ボールンの時よりも聞き取りにくいな」
「別の部署から急に駆り出されて、慣れていないお仕事なのかもしれません」
「首都の沖合だろ? 普通は、優秀な部隊を配置してるだろ?」
「優秀な人たちは、どこかもっと大変なところに駆り出されたとか……」
アベルも涼も、適当な会話だ。
ただ、ボールンの時の哨戒船よりも、聞き取りにくいのは確か……。
スキーズブラズニル号は哨戒船の停船要請を受け入れた。
二隻の哨戒船のうちの一隻が接舷し、五人の役人が上がってくる。
この辺りは、ボールンの時と同じだ。
「バーダエール首長国第四十哨戒部隊、隊長のレキッサドウです」
「臨検ご苦労様。ナイトレイ王国所属、スキーズブラズニル号の船長パウリーナだ」
お互いに名乗り合う。
それを遠目に見ながら、誰にも聞かれないように会話をする二人。
((第四十哨戒部隊って言ってました))
((ボールンのは第三哨戒部隊だったか))
((その時のナウ隊長に比べて、今回のレキッサドウ隊長さんはかなり若いです))
((一緒に乗り込んできた四人も……全員若いな))
((やっぱり駆り出されたんじゃ……))
((そうかもしれん))
涼の推測を、ついに受け入れるアベル。
パウリーナが乗員証明書をレキッサドウ隊長に渡す。
「乗員証明書、確認させてもらいます」
レキッサドウはそう言うと、正直、あまり慣れていない手つきで確認していく。
その間に、乗り込んできた四人がチラチラと甲板上を見ている。
ボールンの時同様に、動き回ってはいない。
いないのだが……。
((明らかに、 胡散臭 ( うさんくさ ) い感じの視線です))
((……そうか?))
((ええ、僕にはわかります))
((そうだとしても、いきなり俺たちを 拘束 ( こうそく ) したりはしないと思うぞ))
((え……))
((リョウ、そういう妄想を言おうとしていただろ?))
((くっ……ボケ潰しのアベル、僕の 華麗 ( かれい ) な 妄想 ( もうそう ) すら潰しますか))
((妄想に、華麗も何もないと思う))
そんな会話を交わす二人。
しかし遠目にも、パウリーナの表情が暗いのが分かる。
哨戒部隊と言い争っているわけではない。
むしろ、哨戒部隊のレキッサドウ隊長は申し訳なさそうだ。
しばらくすると、哨戒部隊は下船して哨戒船に乗り移り、別の船の臨検に向かっていった。
パウリーナがアベルの元に来る。
「何かあったのだな、船長」
「はい、陛下。申し訳ございません。入港には時間がかかりそうです」
パウリーナが顔をしかめながら報告する。
「船長が謝る必要はない。何があった?」
「哨戒部隊も詳しくは教えてくれなかったのですが……首長が 出征 ( しゅっせい ) しているそうなのですが、それと関係があるようです」
「首長が出征? ボールン領主のチュクディーは、そんなことは言ってなかったよな?」
「はい、私も聞いておりません」
アベルの確認に、パウリーナが首を振る。
涼も無言のまま首を振る。
この二日の間に、首長自らが出征する必要のある、大きな情勢の変化が起きたようだ。
「首長が出征していて、首都の責任者は誰になっている?」
「皇太子だそうです」
「ふむ……それなら、処理手続きなど問題なくまわりそうだが……」
アベルは船の周りを見回す。
スキーズブラズニル号は、朝到着したために、臨検をかなり早い段階で受けることができた。
しかしその間に、次々に沖から船がやってきて……渋滞のような状況になりはじめている。
「哨戒部隊も、すごくたくさんいましたけど……」
「港の中の方の処理が手間取っているんだろう。まだ一隻も入港していない」
「ああ……だから、沖合が詰まってきたんですか」
アベルも涼も小さく首を振る。
「仕方ない。手続きは済ませたのだ。船長、我らはゆっくり待つとしよう」
「承知いたしました、陛下」
結局、スキーズブラズニル号が入港できたのは、夕方になってであった。