0747 死闘Ⅰ アベル対オレンジュ
0747 死闘Ⅰ アベル対オレンジュ
「ようやくだ。待っていたぞ、アベル」
「俺は別に、待っていないんだがな」
オレンジュとアベル。
剣を構え、二人は 対峙 ( たいじ ) する。
一年ぶり。
だが……。
(何だ、こいつは……。いや、アベルだ、それは分かる。分かるのだが、一年前とはあまりに違う)
オレンジュは、一度息を深く吸い、深く吐き出す。
そうしなければ冷静さを保てないほど、圧迫されていた。
アベルは何もしていない。
剣を構えているだけだ。
特に圧をかけているわけですらない。
しかし……。
(一年前と違い過ぎるだろうが! アベルは人間だぞ? 人間が、たった一年でこれほど変わるか? 対峙しただけで……俺、震えている? いやいやいや、ガーウィン様の 眷属 ( けんぞく ) である、俺が?)
オレンジュは、もう一度深く息を吸い、深く吐きだす。
「どうした、オレンジュ」
アベルが問いかける。
その問いかけに、オレンジュはびくりとする。
心臓をわしづかみされたような、 喉 ( のど ) を 絞 ( し ) めつけられたような……意味の分からない圧迫感。
「一年で、変わったな」
思わずオレンジュの口から漏れる言葉。
言ってしまった。言わざるを得なかった。
そう口に出さねば、圧迫感から逃れることができなかった……。
「そうか? 確かに、毎日剣を振るようにはなった」
アベルは、うんうんと頷きながら答える。
全く気負っていない。
「そんな表面的なことじゃないと思うんだが」
「そう言われてもな」
オレンジュは口から絞り出すように言うが、アベルはあっけらかんとした様子。
実際、アベルは、ほとんど変化を感じていない。
東方諸国で、かつて思っていた「強くなりたい」という気持ちを取り戻した。
それは確かだ。
しかし、だからといって、一年やそこらで強くなるものでもないということは知っている。
まだ今は、努力を再開したばかり。
結果が出るのは数年後、あるいは十数年後……。
「お前さんとの再戦は、もう少し後の方が良かったというのは、正直なところだ」
「何だと?」
「もう少し強くなってから、戦いたかったという意味、だ!」
一気に間合いを侵略するアベル。
ガキンッ。
音高く響く剣と剣。
始まるアベルの連撃。
「くっ」
オレンジュは防御に必死。
アベルは人間、オレンジュは魔人の眷属。
本来、人間よりも魔人の眷属の方が、力も速さも圧倒的に上だ。
現状でも、アベルよりもオレンジュの方が、力も速さも上回っている……はずなのだが……。
アベルが押していた。
なぜか?
オレンジュがアベルに、気持ちで呑まれているから。
対人戦において、『気持ち』というのは非常に大きな割合を占める。
涼がいつも言っているではないか。
相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩。
怒らせるだけが、冷静さを奪う方法ではない。
怯えさせても、冷静さを奪うことになる。
冷静さが失われた場合、その影響が最も出るのは何か。
力か?
速さか?
いや、技術だ。
みるみるうちにオレンジュの傷が増えていく。
致命打は受けていない。
手も足も問題なく動く。
戦闘力そのものは落ちていないのだが……。
大きなダメージを受けているのは、そんな見える場所ではない。
心の中だ。
(なぜだ? なぜ、これほどに差がついた?)
そんな思考によって、オレンジュの心は乱れている。
実際、オレンジュが思っているほどの差はない。
むしろ、力と速さはオレンジュの方が上である。
技術も、驚くほどの差はない。
だが、心が 後手 ( ごて ) を引いてしまったために、その差が技術に波及し、傷を増やしているのだ。
アベルの方としても、それらを全て理解しているわけではない。
ただ、いつもより先読みがスムーズなのは分かる。
ただ、いつもより体の動きがスムーズなのも分かる。
どうも、いつもより剣が赤より白く輝いている気がする……。
剣はともかく、他がうまくいっているのは分かる。
同時に、オレンジュの心が乱れ、それが技術の差となって表れ、結果が拡大しているのも分かる。
分かっているのなら、最大限つけこむ。
口を開く必要はない。
剣を見せつければいい。
そうすれば……。
「ありえん……なぜ、これほどの差がある」
オレンジュの口から漏れる、まるで 呪詛 ( じゅそ ) のような言葉。
もちろん、アベルは何も答えない。
答えれば、その情報が、オレンジュが立ち直るきっかけになるかもしれないからだ。
無言のまま、 剣戟 ( けんげき ) はさらに 苛烈 ( かれつ ) なものとなっていった。
死闘が続きます。それなりに長く……。