0748 死闘Ⅱ 涼対ガーウィン
0748 死闘Ⅱ 涼対ガーウィン
一方の涼とガーウィン。
こちらも立ち上がりは静か……。
いや、静かという言葉が正しいのか?
涼は、村雨を正眼に構え、足を前後に開きいつもの通り。
ガーウィンもいつも通り、自らの魔法で生成した手甲と足甲を着けただけの 徒手 ( としゅ ) だ。
(何だ、この感覚は)
どちらもいつも通りなのだが、ガーウィンは 違和感 ( いわかん ) を抱いている。
理由は分かっている。
目の前で剣を構える涼のせいだ。
目を閉じれば、そこにいることが分からなくなる。
それほどに、存在感が無い。
存在感が無い?
いや、そんなことはありえない。
ガーウィンは魔人だ、スペルノだ。
その感覚を潜り抜けるほど存在感を無くすなど、人にできることではない。
しかし、それが成立している。
だから違和感。
ありえないことがありえている、違和感。
ガーウィンは、もう一度、涼を見る。
(眠っている?)
目を閉じているように見える……いや、よく見ると少しだけ 瞼 ( まぶた ) が開いている。
半眼 ( はんがん ) 。
その視線はガーウィンを捉えていないように見える。
捉えていないように見えるのだが……。
(違う。俺の全てを捉えている……そんな気がする)
理屈ではない。
だがガーウィンは、ある種の確信を持って、そう認識した。
先手を取るべき。
ガーウィンの理性がそう言う。
分かっている。
分かっているのだが、いざ足を出そうとすると、感情が足を止めるのだ。
なぜ?
力は上、速さも上、技術は互角だろう。
油断さえしなければ、負ける要素などない。
当然だ。
魔人と人間なのだ。
その差は歴然。
だが……足が出ない。
(力? 速さ? そんな表面的な要素によるものじゃない。俺の一番奥、本能の一番奥が叫んでやがる。ヤバいと)
頭の中でガンガン響く 警鐘 ( けいしょう ) 。
真っ赤だ。
目の前にたたずむ、青、あるいは透明な水属性の魔法使いとは、驚くほど対称的。
一度、鋭く、だが深く、長く息を吐く。
心を整える。
ガーウィンとて、その生涯において多くの強敵を相手に戦ってきた。
強敵を前にすれば、当然、心は揺らぐ。
そんな揺らいだ心を強制的に落ち着かせる……そんな方法はもちろん持っている。
しかし……。
(心の中で響く警鐘は消えんか。それでも、行くしかない!)
ガーウィンの神速の跳び込み。
その速度に乗せて繰り出される突き。
ザシュッ。
右脇腹が大きく斬り裂かれた。
ほとんど同時に、斬り裂かれた箇所から凍りついていく。
「なに!?」
「秘剣・氷結剣」
驚くガーウィン、ドヤ顔でキメる涼。
だが……。
「<エバポレーション>」
ガーウィンが唱えると、一瞬で、凍結した氷が蒸発した。
「以前、<スコール>を蒸発させた魔法……」
「斬られるたびに凍りつくんだったか? なんて面倒な」
『秘剣』を返されて顔をしかめる涼、厄介さを認識してこちらも顔をしかめるガーウィン。
再び、ガーウィンによる神速の跳び込み。
地面から伸び上がるように放たれるアッパーカット。
左拳の 裏拳 ( うらけん ) 、右のフック……。
ガーウィンの連撃をかわし、かわし、全てかわす涼。
そして、一撃。
「くっ <エバポレーション>」
ガーウィンが、氷結を止め、大きくバックステップして距離をとる。
ガーウィンの攻撃は涼に届かない。
だが、涼はガーウィンに有効打を与えている。
なぜなのかは分かる。
その瞬間、ガーウィンの視界から涼が消えるのだ。
死角からの攻撃で、ガーウィンは斬られている。
「どういうことだ?」
なぜそんなことが起きるのかは、ガーウィンには理解できない。
涼はいつも通り正眼に、そして再び半眼に。
なぜ、涼は消えることができたのか。
涼とガーウィンは、一度戦った。
だから、涼はガーウィンの 癖 ( くせ ) を知っている。
どんな癖か?
戦闘の中における『その瞬間』、ガーウィンが『どこを見るのか』を知っている。
そこを避けて動けば……結果的に、ガーウィンからは消えたように見える。
例えばガーウィンが、左ジャブから右ストレートを放つ時に見る場所。
例えばガーウィンが、右の回し蹴りモーションに入る瞬間に見る場所。
などなど。
魔人大戦の最終局面において、涼はガーウィンと戦った。
だから知っている。
どんな分野においても、学習能力の高さは自らを助けてくれる。
一度経験した……あるいは、見た覚えがある……その状況は想定したことがある、自分だったらどう解決するか考えたことがある……。
自らの頭で考えることができるかどうかは、とても大切なのだ。
その時から一年を経た今、涼は有利に戦いを進めることができている。
力でも、速さでも、もしかしたら技術でもない……学習能力によって、全ての 劣勢 ( れっせい ) を 覆 ( くつがえ ) す涼。
それは、人が、能力において上回る相手とどう戦っていくべきなのか……その姿、その未来を見せているのかもしれない。
とはいえ、ここは戦場。
状況を変転させる要素が 溢 ( あふ ) れる場所である……。
一方の、アベル。
対峙 ( たいじ ) するのはオレンジュ。
そう、戦っているのは二人だけだ。それは変わらない。
変わらないのだが……。
少し離れた場所から、二人の 眷属 ( けんぞく ) がじっと戦闘を見ている。
女形の眷属と、男形の眷属。
もちろん手を出すわけではないし、そんな雰囲気も無いのだが……気になる。
「あの二人の眷属、四将とかいうやつだよな?」
気になったので剣を合わせているオレンジュに問うアベル。
「ああ、そうだ。心配しなくとも、あいつらは手を出さない」
「それは分かる。お前さんの剣士としての 矜持 ( きょうじ ) は、たいしたもんだと俺も思っている。はっきり言って好ましいものだ」
「お、おう」
戦っている相手であるアベルに称賛されて、驚くオレンジュ。
アベルは、剣に関して何者も差別しない。
「そうなると、余計疑問がわく。なんでずっと、俺たちの戦いを見ている?」
「知らん。ガーウィン様が命じたんだろうが……」
「戦いが始まった時には見ていなかった」
「ああ。その時は、ガーウィン様たちの方を見ていたからな」
オレンジュも意味が分からないようだ。
もちろん、二人の戦いには関係ない。
誰かに見られているからといって、緊張して実力が出せなくなる……などというレベルではないのだから。
だが、アベルはなぜか気になるのだった。
死闘は続きます。