0774 遺跡
0774 遺跡
三人が政庁からスキーズブラズニル号に戻る時。
二十人ほどの一団が、歩いているのが見えた。
剣は差していないが、一目で近接戦闘職の人間であることは分かる。
「手甲と足甲? あれで戦うのか」
「確か 撲殺士 ( ぼくさつし ) ……」
アベルが装備を見て、涼が記憶から答える。
二人とも、『清涼なる五峰』を知っているので、初めて見たわけではない。
そんな二人の視線を感じ取ったのか、一団が近付いてきた。
ある程度近付いたところで停止し、先頭を歩いていた一人だけが近寄ってきた。
当然、スコッティーがアベルの前に体を入れて剣に手を掛ける。
「失礼、我々はダズルー戦士軍団第一隊、私は副隊長のママドゥ。 役儀 ( やくぎ ) により尋ねさせていただく。街でお見かけしたことはないと思うのだが、貴公らの身分と名前を教えていただけるだろうか」
「戦士軍団には、不審者を 誰何 ( すいか ) する役目があるのか?」
ママドゥの問いかけに、うっすら笑いながらアベルが問い返す。
「はい、あります。貴公らは、どう見ても普通の商人ではないし、冒険者とも思えない。はっきり言えば強すぎる。そういう人物に対して、身分と名前をただす許可を政庁からいただいております」
「なるほど」
アベルは頷いて答える。
隣で、嬉しそうな表情になっている涼が目に入る。
おそらく、「はっきりいえば強すぎる」と言ったセリフで気分が良くなったのだろう。
「我らは中央諸国ナイトレイ王国の者だ。ファンデビー法国艦隊と行動を共にしている」
「ナイトレイ王国……」
「私は国王アベル一世だ」
「これは、失礼いたしました!」
アベルの名乗りに、片膝をついて最敬礼を取るママドゥ。
後ろで、同じ様に最敬礼を取る戦士軍団。
「いや、構わない。むしろ、真面目に職務に取り組んでいる姿には好感が持てる」
「はっ。……そういっていただけると救われます」
「戦士軍団第一隊、ママドゥ副隊長だったな。これからも職務に 精励 ( せいれい ) されよ」
アベルが言うと、片膝をついたまま、さらに深くママドゥは頭を下げた。
戦士軍団と分かれたアベルら王国一行。
「噂の戦士軍団を見ることができましたね」
「噂のというほどではないが、まあ確かに鍛えられていたな」
「ええ、ええ。強さは知りませんけど、皆きちんとお仕事をしていましたし、威張り散らかしたりもしていませんでした」
「威張り散らかす……」
涼がなぜか偉そうに腕を組んでうんうん頷き、アベルが首を小さく振る。
「メディ・アラジ代官を見たら、そういうのはなさそうだろう? あの人物、不正とかには厳しそうじゃないか? 多分、暴力で民を脅す輩にもかなり厳しいと思うぞ?」
「見ただけで分かるんですか?」
「当たり前だろ。分からなきゃ、国王なんてやってられるか」
「これが人の上に立つ者の力……」
涼は素直に驚く。
確かに、人生は顔に刻まれる。
絶対ではないが……慣れてくると一目見ただけで、なんとなく分かる。
少し話せば、さらに精度が上がる。
一分も話せば、もう外さない。
アベルはその境地にまで達しているということだ。
「これが、鍛えられるということですか」
「それができなきゃ仕事にならんだけだ。本当に仕事を任せていい人物か、権力を与えていい人物か……任せる前、与える前に分からなきゃ困るだろ? 任せてみたらダメでした、じゃあ遅い。犠牲者が出てしまうだろうが」
「いや、そうなんですけど……」
「見抜けないんだったら、見抜けるように努力するしかあるまい。努力しても身に付かなければ、なくてもやっていける仕事に替わるべきだろう。そんな仕事もたくさんある。他の誰かを不幸にしてまで、自分に合わない仕事を続けるのは……誰にとっても幸せではないと、俺は思う」
「アベルが言うのはもっともですが、なかなかそうはいかないのが世の中なのです」
「確かにそうかもしれんがな」
肩をすくめるアベル。
誰もが万能なわけではない。
「とはいえ、いろいろと気になることは多いな」
「僕に相談してみてはどうですか?」
アベルの呟きに、なぜか自信満々の表情で提案する涼。
当然、それを見るアベルの目は 胡乱気 ( うろんげ ) だ。
「な、なんでそんな目で見るんですか!」
「いや、だって、なあ……」
「なあ、じゃないですよ、なあじゃ! 僕にだって頭はあるんです。相談事に対応できるかもしれませんよ」
憤る涼。
やっぱり胡乱気な目を向けるアベル。
それでも、言ってみても損はないかと思い口を開いた。
「遺跡の中に何があるのかは気になる。それは否定せん」
「ですよね」
「だがそれ以上に、法国が滞在を伸ばした理由が気になる」
「うん? この先の海路に詳しい水先案内人を捜すためって、グラハムさんは言ってましたけど?」
「そんなの、西方教会の力をもってすればすぐ見つかるだろ。言ってることは嘘ではないだろうが、多分、寄港する前から先入りした聖職者たちによって、案内人の目星はつけられているはずだ」
「ああ、言われてみれば確かに」
アベルの言葉に、涼も同意する。
「直接聞きに行きますか?」
「いや、それはやめろ。さすがに教会の事情に踏み込み過ぎになるだろう。俺たちに知られたくないことは山のようにあるはずだ。リョウが直接行ったのに、そこで言わなかったということは、教会の秘密に関することかもしれん」
「なるほど。でも気になります……」
涼が頬を膨らませて不満な表情になる。
それを見てアベルは肩をすくめる。
「時間が経てば分かることだ」
「そりゃあ、そうですけど」
「ちょっと気になっただけだ」
「気にするな、俺はもう気にしないぞ、とでも言う気ですか。わがままな!」
「そこまで言う気は無かったが、いいなそれ。気にするな、俺はもう気にしないぞ」
「言葉を奪われました」
笑いながら言うアベル、渋い表情になる涼。
しかし涼は、すぐに何かに気付いたのか、チラリとそちらを見る。
当然、アベルは涼のそんな視線に気付く。
「リョウ、狙いが分かりやすいぞ」
「ね、狙いとか意味が分かりませんね」
アベルの言葉に、どきりとする涼。
「確かに、いい香りだ」
「でしょう? あれですよ、クラーケンの姿焼き。タレを塗って、さらに焼いているのですけど、その時にこの香りが漂ってくるのです」
「……やっぱり狙ってるんじゃないか」
「ぐぬぬ……」
「まあ、食ってもいいか」
「さすがはアベルです! 僕は一生ついて行きますよ!」
こうして、涼、アベル、スコッティーの三人は、政庁近くの広場でクラーケンの姿焼きを手に入れた。
「この甘い感じのタレ、いいですね」
「ああ、美味いな」
「歯ごたえがあるのかと思いきや、プツリとかみ切れる感じの食感が……」
涼がタレを褒め、アベルが全体を評価し、スコッティーが食感を称賛する。
「ありがとうよ」
三人の称賛が聞こえたのだろう。
露店の大将が笑顔で答える。
それが涼にとっては会話のきっかけになったようだ。
「大将、この街に逗留している冒険者……アルファクラスの冒険者が二パーティーいるって聞いたのですが」
「ああ、『大いなる雷』と『流水』だな。よく知られたパーティーだから、街の人間なら誰でも知ってるんじゃないか」
「どこにいるかとかは……」
「彼らの定宿は『森の息吹亭』と『暁宿』のはずだ。なんだ、ローブの兄ちゃん、腕試しでも申し込むのかい? やめた方がいいぜ。時々そういうのがいるみたいだけど、ぐちゃぐちゃにされちまうそうだぜ」
「ぐちゃぐちゃ?」
「<エクストラヒール>でも回復が難しいくらいに、ぐちゃぐちゃ」
「えぇ……」
さすがに涼も、想像しかけてやめた。
「うん、絶対にちょっかいは出しません。そんなことになったら、大将のこの姿焼き、食べられなくなっちゃいますから」
「ああ、その方がいい。また食いに来てくれよ」
最後は、大将の笑顔で終わった。
「いつもながら、リョウの人たらしは凄いな」
「別に人たらしとかじゃないですよ。お買い物の会話です」
アベルが褒め、涼が笑顔で答える。
「だが、そんな情報を手に入れてどうするんだ?」
「いえ、特に何も考えていませんよ? ちょっと気になったから聞いてみただけです」
「その冒険者たちの所に、直談判とかには行くなよ」
「それはまさか、行くなよ、行くなよ、行く……なんで行かないんだよ! っていうあれですか!」
「ちげーよ! 何でいつも、それになるんだよ!」
「これこそがお約束だからです」
アベルが 怒鳴 ( どな ) り、涼がなぜか胸を反らして 威張 ( いば ) る。
「お約束は正義」
「……その、リョウのお約束、いや展開か? パターンか? 知らんが、そういうのだと、この後どうなるんだ?」
「決まっています。アルファクラスの冒険者たちのちょっかいによって、遺跡の中に封じられていた怖い人が怒って、遺跡の外に出てきて暴れるのです」
「……」
「そして、この街が壊滅の危機に! そこに 颯爽 ( さっそう ) と現れたアベルが、その怖い人を倒して危機を脱する。それこそが王道展開なのです!」
「そうか……そうなったら街の人も大変だな」
「ええ、ええ。そうなったら、すぐに対処してくださいね。街の人たちに被害が及ぶ前に」
「もしも、そうなったらな」
涼の言葉に、小さく首を振りながら答えるアベル。
当然、そんなことが起きるとは思っていない。
ナイトレイ王国一行は、クラーケンの姿焼きによって 享受 ( きょうじゅ ) した平和に 浸 ( ひた ) ったのだった。