0778 探検の終わり
0778 探検の終わり
遺跡の中では、四本腕のスケルトンとの 対峙 ( たいじ ) が続いている。
四人の撲殺士が囲んでいるのに、その攻撃は全て四本の剣によって防がれていた。
『大いなる雷』のハリムンと、『流水』のヤスキン、二人とも次の一手を考えていた。
「放て!」
ハリムンの号令と共に、スケルトンを囲った撲殺士が後方に跳ぶ。
それに合わせて、二本の攻撃魔法が飛ぶ。
ザシュ、ザシュ。
左右ほぼ同時に襲った魔法を、スケルトンは剣で斬った。
「魔法にも対応するのか」
「そろそろ持久力が……」
アルファクラスの冒険者にとっても、本気で戦い続けるのは大変だ。
誰にだってスタミナというものがあるのだから。
「だが他にどうしようもない。もう一度囲むぞ!」
囲む撲殺士たちが、自分たちでそう言う。
それを無言のまま離れて見守るハリムンとヤスキン。
送り出す以外の方法を思いつかないため、無言なのだ。
しかし再び囲んで攻撃し始めて三分後。
違和感を感じて叫んだのはヤスキン。
「全員、スケルトンから離れて!」
その声が聞こえて、囲んでいた四人は後方に跳んだ。
だが、遅かった。
不可視の何かが、彼らを襲ったのだ。
彼らもアルファクラスの冒険者。
致命傷こそ避けたが、四人とも重傷。
戦闘継続が困難なのはすぐに分かった。
「俺が行く。ノーミラト、そいつらの治療を頼む」
四本腕のスケルトンに当たるハリムン。
ハリムンも撲殺士だ。
しかし、一人で押さえきれないのはすぐに分かった。
だが、ここは退けない。
退けば、治療中の仲間がとどめを刺される。
『大いなる雷』は、ハリムンを含めた撲殺士三人、斥候、魔法使い、治癒師の六人パーティー。
『流水』は、撲殺士二人、魔法使いのヤスキン、斥候、治癒師の五人パーティーだ。
ハリムン以外、最前線に立てる者はいない。
他には誰も……。
「加勢する」
スケルトンの反対側に回り込んだ撲殺士がいた。
「ママドゥだったな。感謝する」
ママドゥ副隊長が加わった。
スケルトンの魔法攻撃に驚いたのは、遺跡の中だけではなかった。
スキーズブラズニル甲板でも。
「スケルトンが魔法を放った!?」
「確かに珍しいです」
「いや、あり得んだろう」
涼も驚いてはいるが、アベルほどではない。
「そうです?」
「忘れたのか? スケルトンには魔石が無い」
「あ……」
「それなのに魔法を放つ? どうやって?」
「確かに、あり得ない……」
アベルが本気で驚き、涼も追認する。
そう、スケルトンは魔物なのだが、体内に魔石を持っていない。
魔石が無いのに、魔法的に動いている、存在し得ている時点で不思議ではあるのだが……それ以上に、魔法を放つのは……。
「ラウ、多分人はまだ、スケルトンについて理解していない」
「うん?」
「ほら東方諸国で、幽霊船で戦った時、ファンさんが相方のラウさんに言ってたじゃないですか」
「ああ……そういえば言ってた気がするな。よく覚えていたな」
「あの二人は、いろんな意味で記憶に残っているのです」
涼は何度も頷く。
そう、あの時もスケルトンだった。
四本腕ではなかったが……大量にいた。
大量にいた?
「あっ」
涼が声をあげたのは、遺跡の中、スケルトンがもう一体、天井から現れたからだった。
その一体も、四本腕のスケルトン。
ハリムンとママドゥは危地に置かれた。
天井の魔法陣から、二体目の四本腕スケルトンが降ってきたのは、ハリムンにもママドゥにもすぐに分かった。
すぐに分かったが動けない。
だが、動かねばならない。
降りてきた一体が、治療中の仲間の元に行ったら……。
ガキンッ。
次の瞬間、派手な音が響きわたる。
蒼い閃光がスケルトンを打ったのだ。
閃光は、スケルトンの前に立ちはだかった。
「ゴーレム!」
そう、立ちはだかったのは突撃探検家三号君。
氷の板を生成して、スケルトンの剣をしのいでいる。
その氷の板は、メッセージを浮かばせていたものだとハリムンは気付いたが、すぐに自分が対峙しているスケルトンに意識を戻した。
他に気を取られて戦えられる相手ではないのだ。
「頼んだ」
そう言うのが精いっぱいだった。
一方の三号君。
決して戦闘向きではない。
元々、水田管理ゴーレムの仕様を流用しているのだから当然だ。
もちろん、涼が西方諸国で得たゴーレムに関する知見を基に、いくつもの修正、アップデートは行われている。
だがそれでも、本質は戦闘向きではない。
戦闘向きではないという部分が最も出るのは、力比べ。
特に関節部分は、高い負荷に耐えられない……と思う、多分。
それでも……。
「戦わなければならない時があります」
そんな決意を胸に、涼は操縦する。
涼が口にした言葉を文字にして映し出す『メッセージボード』を盾として、両腕に生成し、スケルトンの四連撃をしのぐ三号君。
『メッセージボード』に角度をつけて剣を流す。
考え方は、涼自身の剣戟と同じ。
得意の防御。
だが……。
「四刀流は厄介!」
足を使っての防御はできない。
三号君は、ホイールを出さず二本足で立って戦っているが、その動きは涼の足とは連携していないのだ。
涼の指のコンソールと連動しているが、腕を動かして剣を弾いている時には、指での 精緻 ( せいち ) なコントロールは難しい。
「腕は 籠手 ( こて ) で連動していますけど、足は専用のものがありません。やはり無理してでも、全身対応型のスーツにするべきでした」
涼の愚痴は、隣で聞いているアベルにも意味が通じない。
それでも、三号君が苦戦しているのは分かる。
しのいでいるが、反撃の糸口は全くつかめない。
スケルトンは疲れない。
だが人は疲れる。
三号君は疲れない。
だが涼は疲れる……多分。
いや、問題はそこではない。
「リョウの持久力は 無尽蔵 ( むじんぞう ) かもしれんが、撲殺士はそうではない」
アベルは気付いていた。
三号君らの隣で戦っているハリムンとママドゥに。
まだ戦っている。
だが少しずつ、本当に少しずつだが体のキレが落ちてきている。
それは当然だろう。
一撃いいのが入れば自分の命が絶たれる……そんな剣と対峙しているのだ。
撲殺士の攻め、スケルトンの受けという構図ではあるが、当然スケルトンだって反撃はしてくる。
二人の撲殺士のスタミナが切れた時、三号君は圧倒的な劣勢に 陥 ( おちい ) る。
運が良ければ、それまでに治療が終わる?
だが<ヒール>では、流された血は補充されない。
怪我をする前と同じだけのパフォーマンスは、期待する方が無理というもの。
「リョウ、どうするつもりだ?」
「いちおう、奥の手はあります。あとはタイミングです」
アベルの問いに、涼ははっきりと答える。
元々、戦闘用ではない突撃探検家三号君を無理して戦闘に投入したのだ。
それだけでも、当初の想定から外れている。
しかし、それでも、三号君は……。
退かない。
退けない。
今日、初めて会った人たちを守るために。
それは将来の、あるいは本来の、『人を守るゴーレム』という存在理由の証明。
偉大なる先輩たち……先触れ担当一号君、信頼の証二号君、そして 数多 ( あまた ) の 御庭番 ( おにわばん ) たちに続く、『三号君』の名を冠せられたからこそ……それこそが、誇り。
「少しでいい……わずかでもスケルトンの意識を逸らせれば……」
そのタイミングが生み出せれば。
だが、時間はない。
戦っているのが自分だけであれば、守り続けて『そのタイミング』が訪れるのを待てばいい。
しかし、今はそうはいかない。
このままでは、二人の撲殺士の方が破綻する。
案 ( あん ) の 定 ( じょう ) 。
「あっ」
小さな声がママドゥの口から漏れる。
剣が、左脇腹を深く切り裂いたのだ。
「ママドゥ!」
叫ぶハリムン。
始まる連撃……。
ガキンッ。
横から飛んできた氷の板が、連撃を止めた。
三号君の板だ。
禍福 ( かふく ) は 糾 ( あざな ) える 縄 ( なわ ) の 如 ( ごと ) し。
飛ばされた板に、三号君と戦っていたスケルトンの視線が流れた。
これこそが、待っていた『そのタイミング』。
「『ランス起動』アブレシブジェット!」
板を投げ、空いた左手に生成された 氷の槍 ( ランス ) 。
その先から、アブレシブジェットが放たれた。
硬質な氷の粒を含み、石ですら瞬時に切り裂くアブレシブジェット。
狙い 能 ( あた ) わず、スケルトンの 頭蓋骨 ( ずがいこつ ) を射抜く。
すぐに三号君は体をひねり、撲殺士二人と対峙するスケルトンの頭蓋骨もアブレシブジェットで射抜いた。
ほぼ同時に倒れる、二体の四本腕スケルトン。
一行は、とりあえずの危地を脱することができたのだった。
スキーズブラズニル甲板では。
「ゴーレムの槍……突っ込むときの武器ってだけじゃなかったんだな」
「ええ。西方諸国で、ニールさんが見せてくれました。ゴーレムにだって、飛び道具を持たせることができると」
アベルが感心し、涼はうまくいったからだろう、少し頬が上気している。
マファルダ共和国のゴーレム『シビリアン』と、ファンデビー法国のゴーレム『ホーリーナイツ』の戦闘において、錬金術師ニール・アンダーセンは、シビリアンに遠距離攻撃を行わせた。
それはゴーレムそのものの機構をいじるのではなく、遠距離攻撃できる武器を持たせるという方法によって。
驚く涼に対して言ったのだ。
どちらも魔力が元になっているのだから難しいことではないと。
そう、多くの場合、問題解決の方法はシンプルなのだ。
それに気付かなかったり、事情があって採用できない時に……複雑な方法を取らざるを得なくなる。
「良かった……」
「寿命が縮むぞ」
そう言って、しゃがみこんだのはモン隊長とメディ・アラジ代官。
それでも安堵に満ちた声だ。
だが、涼とアベルは気付いた。
三号君の隣にいるハリムンとママドゥの緊張が解けていないことに。
二人とも一点を、遺跡の奥を見ていることに。
「まだ、何かいるのか?」
「おそらく。三号君はゴーレムなので、人の第六感的なものは感じ取れません」
アベルの問いに、涼が頷く。
二人は奥を見つめたまま、じりじりと下がる。
自然と、三号君が全員を守る位置となった。
遺跡の中にいる者たちは、ハリムンとママドゥだけでなく、全員が冷や汗を流し始めていた。
文字通り、涼しい顔の三号君以外。
「氷の人形とは興味深い」
遺跡の奥から聞こえてきた声に、全員が震えた。
理屈ではない。
カツーン、カツーン……。
何かが近付いてくるのが分かる。
分かるのだが……じりじりと下がっていた二人も含めて、全員が動けなくなった。
「とはいえ、我の 住処 ( すみか ) に勝手に入ってきおって、無礼な連中じゃ」
それは、白い礼装を 纏 ( まと ) った老人であった。
第一線を退いた将軍というべきだろうか。
左腰に吊り下げた剣が、とても似合っている。
「なんじゃ、誰も謝罪せぬのか。全員殺されたいのか?」
礼装の老人は首を傾げて問いかける。
しかし、誰も反応しない。
反応できないのだ。
口どころか、指先一つも動かせない。
完全に、礼装老人の気に当てられている。
ただ一人、その気に当てられていない者は……。
<<お待ちください>>
三号君が氷の板に文字を浮かび上がらせた。
もちろん礼装老人がなんと言ったのかは、操縦している涼には届いていない。
だが、三号君以外の全員が動けず、もちろん声も出せない状況に陥っているのは視覚情報から読み取れる。
だから、文字を浮かばせたのだ。
「ほぉ、氷の板に文字を浮かばせての会話か。面白いではないか」
<<申し訳ありません。あなたが何とおっしゃっているのかは、こちらには聞こえておりません>>
「それでは会話にならんぞ」
礼装老人はそう言うと、一瞬で三号君の前に移動した。
そのまま、三号君の頭をむんずと掴む。
<<あっ>>
「黙っておれ」
礼装老人はそう言うと、何度か目をぱちくりさせた後……。
《これでどうじゃ。人形を操っておるお主、我の声が聞こえるか?》
「これは念話?」
《よし、聞こえるようじゃな。お主はそのまま話せばよい。我は読み取れる》
「あ、はい」
こうして、礼装老人と涼は会話が行えるようになった。
《まず聞きたい。この人形、操っておるお主が作ったのか?》
「人形……はい、僕が作った氷のゴーレムです」
《今では、人はこれをゴーレムと呼ぶのか》
「今では?」
《よい、気にするな》
礼装老人は一言で切って捨てる。
《お主らは、我の住処に無断で侵入しておる。その認識はあるか?》
「申し訳ありません。認識はありませんでしたが……そう言われればおっしゃる通りかと」
《お主は、この者たちの責任者か?》
「いえ、違います」
《ならば、こやつらは殺してもかまわんな》
「お待ちください!」
涼が大きな声を出す。
涼以外の者たちには、礼装老人の言葉は聞こえていない。
それはスキーズブラズニル甲板でも、遺跡の中でも。
遺跡の中など、礼装老人が三号君の頭を掴んで以来、一切の動きも声もないままだ。
聞こえるのは、涼が口にしている言葉だけ。
「確かに、あなたの住処に土足で踏み入ったのは申し訳なかったと思います。お怒りになるのもごもっともです」
涼のその言葉を聞いて、アベル、メディ・アラジ代官、モン隊長も何を謝罪しているのか理解できた。
そして、相手が何を怒っているのかも。
「しかし、お互いの認識の相違の結果です。勝手に押し入られ、大変ご不快であることは分かりますが、どうか説明をさせていただけないでしょうか」
なぜか涼が説明をする 羽目 ( はめ ) になる。
だが仕方ない。
望まなかったとはいえ、交渉役になってしまっているのだから。
《よかろう、説明の機会を与えよう。じゃが、こちらに来て直接説明をするのが礼儀だと思うが、どうじゃ?》
「全くおっしゃる通りです。ここから馬を飛ばして……」
「二十分」
メディ・アラジ代官の声が聞こえた。
「二十分ほどの距離です」
《その間、この者たちを殺すのは待っておいてやる》
「ありがとうございます」
《表に出て待っておるから来るがよい》
「分かりました」
こうして、会話は終了した。
次の瞬間、三号君の目に映ったのは、遺跡の入口。
一瞬で全員が移動したのだ。
元々入口にいた五十人ほどの見送りが、驚いている。
三号君と同時に運ばれた『大いなる雷』と『流水』、それとママドゥも何が起きたのか理解できていないようで、辺りを見回している。
「アベル、遺跡に行きます」
「俺も行こう。代官殿、馬を借りるぞ」
涼もアベルも、そう言うが早いかスキーズブラズニルの甲板から港に飛び降りた。
涼は水属性魔法によって、アベルは『飛翔環』によって無傷だ。
「陛下!」
「スコッティー、お前たちは後から追ってこい!」
こうして、涼とアベルは遺跡に向かって馬を駆けた。