0782 アウグジェの街
0782 アウグジェの街
ダズルーの街の郊外で、竜王と戦った三日後。
ファンデビー法国艦隊とスキーズブラズニル号は、暗黒大陸西岸沿いを南に向かって進んでいた。
艦隊は、夜は動かず停泊する。
ここは慣れていない海域であるため、 暗礁 ( あんしょう ) に乗り上げたりしたら大変だからだ。
昼間は船の上からも海中が結構見えるが、夜は全く見えないので。
「明日のお昼過ぎでしたっけ、街に到着するの」
「そうだな、アウグジェという街だったか。西方諸国の人間が知っている、大陸西海岸沿いの最も南にある港町らしいな」
「そこで、最大級の補給をするんですよね」
「ああ。その先は何があるか分からんそうだからな。アウグジェは、かなり大きな街らしいから、法国艦隊のような大艦隊でも入れるそうだ」
「そこも、西部諸国連邦に所属してはいるんでしょう?」
「そう、だから、協力もスムーズに得られるらしいが……」
そこでアベルが言葉を切る。
「何でそこで言葉を切ったんですか? 得られるらしいが、実は問題が、とかって続くんですか?」
「街の奥……東の方に行くと、暗黒大陸中央部の断崖絶壁が見られるそうだ」
「なんですと! それは行かなきゃいけないじゃないですか!」
驚きから、 喜色満面 ( きしょくまんめん ) へと移行する涼の顔。
「暗黒大陸が中央部に行けない理由が、断崖絶壁に囲まれているからというのも驚いたが、それが大陸の端近くにまで張り出してきていて街から見に行けるというのもすごいよな」
「ええ、ええ。多くの大陸の人たちが昔から、あの崖の上はどうなっているんだろう、何がいるんだろうと想像をめぐらしたに違いありません」
「まだ見ていないのに、まるで目の前にあるかのような言い方だな」
「当然です。心の目ではすでに捉えていますから! 距離など 些事 ( さじ ) です」
「凄いな、心の目」
涼が胸を張って主張し、アベルは肩をすくめる。
心の目など信じていないから。
翌日午後三時、スキーズブラズニルを含めた法国艦隊は、アウグジェの港に入港した。
事前に、西部諸国連邦を通して寄港することが知らされていたために、全ての手続きがスムーズに進んだのだ。
「僕ら、いろんなところで寄港も大変だったし、寄港してから政庁に無視されることもありました」
「仕方ないだろう。元々、西方諸国に行くはずが暗黒大陸に先に着いちまったんだから。全て嵐が悪い」
「責任をなすりつけるアベル王……」
「……正午からすると、少し遅れたか。断崖絶壁の見学は明日になりそうだな」
「え……」
「片道二時間以上は、かかるらしいぞ」
「今から出たら、戻ってくるのは夜……」
涼は諦めた。
「大丈夫です、断崖は逃げません」とか呟きながら。
「陛下、西部諸国連邦政府から届けられた書状です」
入港手続きのためにスキーズブラズニルを訪れたアウグジェ政庁の人間が、書状を手渡した。
「ふむ、読ませてもらう」
アベルはそう言うと、すぐに読み始めた。
読み終えると、声を出した。
「パウリーナ船長、ザック、スコッティー、街に宿が用意されているそうだ。私はそちらに移る。スコッティーは隊を率いて宿での護衛を頼む。ザックは船の護衛を頼む。船長、そういうことだ」
「はっ」
「分かりました」
「……承知いたしました」
アベルの命令に、ザックとスコッティーが頷き、パウリーナ船長は一瞬だけ考えた後、受け入れた。
元々この街でも、アベルは、夜はスキーズブラズニルで寝るつもりだったのだ。
周囲にもそう伝えてあったのだが、書状を読んだ後それを変えたということは、変えるような情報が書状に書かれていたということ。
パウリーナはそれを理解した。
「リョウはどうする?」
「アベルの護衛をリーヒャから頼まれていますからね。当然、宿に行きますよ」
「……そうなのか?」
「そうでなければ、リーヒャがアベルの外遊を許可するわけないでしょ」
「ああ……」
アベルは頬をかく。
「決して、国王の近くにいた方が、美味しいものにありつけるからではありませんからね」
「なぜだろう、そっちが本音だと考えなくとも分かるのは」
「権力者の周りにいれば美味しい思いができるとか、僕は知りませんからね」
「リョウの場合の『美味しい思い』は、利権や金じゃなくて文字通り食い物の『美味しい思い』なのが、他の連中とは違うところなんだよな……」
アベルは小さくため息をつく。
もちろん、利権や金の『美味しい思い』だったら断固拒否するのだが、食べ物であるのなら……。
「宿の料理も、スキーズブラズニルくらい美味いといいな」
「ですです」
こうして、アベルと涼らナイトレイ王国一行は、アウグジェの街に降り立つのだった。
街に降り立った涼が、腕を組んで呟いた。
「この街は何かが変です。何か起きるに違いありません」
「……」
「この街は何かが変です。何か起きるに違いありません」
「……」
「この街は何かが変です。何か起きるに……」
「ああ、分かったよ。何か起きるんだな。絶対、適当に言ってるだろう」
「失敬な!」
涼が 憤慨 ( ふんがい ) してみせる。
「じゃあ、何が変で、何が起きるんだ?」
「何かが変で、何かが起きる……」
「どうせ、雰囲気を出そうとか、それがパターンとか、展開とか言うんだろう?」
「ぐぬぬ……」
完全にアベルに封じられた涼。
街に降り立って、何の 脈絡 ( みゃくらく ) もなく突然そんなことを言えば、アベルが呆れるのも当然かもしれない。
「でもでも、先にそう言っておけば、何か起きた時にドヤ顔できるじゃないですか」
「何も起きなかったら恥ずかしいだろ?」
「その時は、何事もなかったかのように言及しなければ大丈夫です。偉い人たちはそうやってごまかしています」
「そうか。俺、国王だけど、そんな恥ずかしいごまかし方したくないな」
涼が世界の真実を述べ、アベルが小さく首を振る。
こうして、ナイトレイ王国一行は西部諸国連邦が用意した宿『宝玉亭』に入った。
「おぉ、素敵なお宿じゃないですか」
「ああ。さすがに連邦政府が借り上げて、国王一行を入れさせようとしただけはあるな」
「何ですか、自分は偉い国王様なんだから、一流の待遇をするのが当然とか言いたいのですか、アベル 傲慢 ( ごうまん ) 王」
「そんなことは言ってないだろうが。だいたいなんだよ、傲慢王って」
「威張り散らかした鼻持ちならない王様のことです。アベルにはそうなってほしくありません」
「そうだな、俺もそんな風にはなりたくないな」
準備された部屋は素晴らしいものだった。
一通り、自分に割り当てられた部屋探検を終えた涼は、アベルの部屋にやってくる。
「アベル、凄いですよ、客室露天風呂がありました!」
とても興奮しながら入ってきた涼。
だが、アベルの部屋を見て凍りつく。
「おう、そうか。一流宿の証だな」
「いや、この、この部屋は何ですか……ロイヤルスイート?」
アベルの部屋のあまりの広さに驚く涼。
「部屋数も凄いですけど、会議室みたいな部屋とかあるんですが……」
「ああ、会議室だ。普通あるだろ?」
「普通ないです!」
涼が、庶民の声をあげる。
いや、立場上は筆頭公爵なので決して庶民ではないのだが……。
「なんと言ったか……そう、ろいやるぺんとはうすすいーと、とかいう種類の部屋だ。昔からよくあるタイプで、中央諸国の宿にも、最上階に設置されているところがあるぞ」
「ロイヤルペントハウススイート……」
アベルの説明に、涼も記憶が蘇る。
地球にもあった。
一泊一千万円、千六百㎡、いったい誰が泊まるのかという部屋だ。
もちろん、政府首脳らが泊まる……自分のお金じゃないからこそ泊まれる。
涼は意地悪く、そう感じたのを覚えている。
もちろん、スイスの有名ホテル以外にも、『ロイヤルペントハウススイート』という名の付くお部屋は、超絶豪華。
いや、豪華という言葉が 陳腐 ( ちんぷ ) に思えるほど……豪華。
しかし、今アベルの言葉に、聞き捨てならない内容が含まれていなかったか?
「アベル、『昔からよくあるタイプ』の部屋って言いました?」
「ああ、言ったぞ。だいたい王族や政府首脳が泊まる部屋だから、一般には知られていないかもしれんが、昔から世界中にある」
「絶対、転生者が広めたに違いありません」
最後の涼の呟きは、小さすぎてアベルの耳には届かない。
「きっとビリヤードテーブルとグランドピアノがあって、屋上にはジャグジーが備え付けられているに違いありません」
「びりや? じゃくじ? よく分からんが、ピアノってのはあれだよな、ダーウェイで作られていた、リョウが弾いた楽器。さすがに、あれを見たことはないな」
「うぐ……こっちの話です」
涼は顔をしかめた。
世界は、かくも不公平なのだ。
こんなアベルが泊まるような部屋があると知らなければ、涼が割り当てられた部屋だけを知っていれば、幸せだったのに。
「全てを知ることが幸せなのではありません。知らない方が幸せなこともたくさんあります」
涼はそう言うと、アベルの部屋をあちこち見て回った。
そう、部屋探検。
探検を終えて戻ってきた結論。
「ビリヤードテーブルもジャグジーもありませんでした。あったのは、客室露天風呂だけです」
「うん? よく分からんが……風呂があれば十分じゃないか?」
「全く同感です。僕らは、風呂に生き、風呂に死すのですから!」
「僕らはじゃなくて、リョウがな」