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0784 絶壁

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0784 絶壁

翌日。

第三守備隊の案内によって、アベル以下ナイトレイ王国一行五十三人、グラハム教皇以下ファンデビー法国五十二人が、中央部東壁に向かって歩き出した。

「陛下、代官所も総督府も馬が出払っておりまして……申し訳ございません」

「構わん、第一守備隊の捜索だろう? 歩くのには慣れている、気にするな」

第三守備隊のモーラ隊長が頭を下げ、アベルが 鷹揚 ( おうよう ) に頷く。

元A級冒険者であるアベルは、歩きで移動することを全く苦にしない。

「僕はアンダルシア以外の馬は未だに抵抗があるので、歩きの方が嬉しいくらいです」

「そうか? 普通に乗りこなせていたろう?」

「乗ることはできるのですが、アンダルシアのように全てを預けて安心して乗れるわけではありませんので」

涼は王国に預けてあるアンダルシアへの全面的な信頼を口にする。

「アンダルシアというのが、リョウさんの愛馬ですか?」

「ええ、そうなのです、アンジュリ副隊長。とても賢い 葦毛 ( あしげ ) の馬で……」

アンジェリの問いに、笑顔で答える涼。

涼はわざわざ、第三守備隊の五人に、リョウと呼んでほしいと伝えていた。

特に身分についても 言及 ( げんきゅう ) せず、ただ「アベル王に 虐 ( しいた ) げられし王国の民の一人です」などと説明をして、アベルにため息をつかれただけだ。

もちろん第三守備隊の五人は、何も反応せずにその言葉を聞いた。

二時間後。

一行は何事もなく、目的地に到着した。

一行が到着した丘の上からは、東の方に絶壁が見える。

それはまさに絶壁。

絶壁の高さはかなりある……多分、数千メートル。

なんとなくだが、上部の方はこちら側にせり出してきているようにすら見える。

ロッククライミングで言うところのオーバーハング。

傾斜角度が垂直以上になっている岩壁。

「暗黒大陸の中央部に行けないのは、断崖絶壁に囲まれているからだと聞きました。それが、あれですよね」

「そうだな」

「規模は違うのですが、どこかで見た気がするのです」

「 奇遇 ( きぐう ) だな、俺も見た気がする」

「僕の記憶が確かなら、ロンドの森からアベルをルンの街に連れていってあげる途中だった気がします」

「 崖 ( がけ ) に沿って歩いていったその先に、ゴーレムの巣があった気がするな」

そう、涼もアベルも、見た覚えがある。

確かに規模は違う。

ロンド亜大陸で見たのは、高さ百メートル程度だった。

だが、特徴として『レーザーか何かで 抉 ( えぐ ) られたかのような』と涼は認識したのを覚えている。

彼方に見える断崖絶壁も、まっすぐではなく、上と下が張り出した 湾曲 ( わんきょく ) した形だ。

まるで、直径四千メートルのレーザー砲にでも抉られたかのような……。

「アベルが習得することになる、剣士最終奥義『世界断罪究極凄絶波』によって削られたっぽいですね」

「うん、そんな剣士の最終奥義なんて聞いたことないけどな。どう考えても、剣士というより魔法使いの奥義だろ、それ」

「かつての剣士が魔法使いになど負けないと心に誓い、血と汗と涙の結晶として編み出した最終奥義に違いありません。あんな巨大な岩を抉るのですからすごいものです」

「絶対に違うだろ」

否定するアベル。

だが涼も引き下がらない。

ビシッと指をさす。

「その剣!」

指さした先は、アベルの愛剣だ。

「俺の剣がどうした?」

「アベルは、まだその剣の力全てを引き出せていないでしょう? その自覚があるでしょう?」

「まあ、自覚は確かにある」

涼の指摘に、アベルも同意する。

今までいろんな者たちが指摘した内容を総合すると、アベルの剣は先祖であるリチャード王が造ったものらしい。

リチャード王と言えば全六属性の魔法を扱い、錬金術も極北に至ったと言われる伝説的な王だ。

そんな人物が造った剣であるため、正直、その力の全てというのがどれほどなのか全く分からない。

だから、引き出せていない自覚はある。

「その剣には、実は剣士最終奥義『世界断罪究極凄絶波』を放つ力が備わっているかもしれないじゃないですか」

「ねーよ」

それでも涼の言葉を、一刀のもとに否定するアベル。

「何でですか! 可能性はあるかも……」

「ねーよ」

「可能性だけでも……」

「ねーよ」

「うぅ……」

アベルに否定され続け諦める涼。

「いつか……『世界断罪究極凄絶波』が放てる剣を錬金術で作ってやるです」

そんな涼の捨て台詞。

アベルには聞こえたが、小さく首を振るだけだった。

言うまでもないが、剣士最終奥義『世界断罪究極凄絶波』など存在しない。

多分。

今のところ。

何の前触れもなく、それは突然起きた。

強制転移。

一瞬の浮遊感。

西方諸国にある、転移機能を持つ西ダンジョン内で経験した、あの浮遊感。

それを涼は思い出した。

とはいえ、なぜ転移が起きたのかは分からない。

地面に魔法陣など描かれなかったし、空中にも描かれなかった。

少なくとも、涼は目にしなかった。

だが、転移は起きた。

空はある。

つまり地下や岩の中に閉じ込められたわけではない。

地面もあまり変わらない。

地球で言う北極や南極のような極地に飛ばされたわけではない。

だが、アベルはいない。

「二度も同じ間違いは犯しません!」

涼はそう言うと、『魂の響』を繋いだ。

《アベル、転移してしまいました》

《ああ、リョウ、今回はすぐに繋いだな》

東方諸国で、アベルが石の中に閉じ込められた時、涼は『魂の響』で連絡をとる方法をしばらく忘れていたのだ。

《俺も、というか俺たちも転移した》

《無事ですか?》

《こっちは、ほぼ全員揃っている。法国の連中は分からんが、王国の人間でいないのはリョウだけだ》

《なんという仲間外れ》

涼はため息をつく。

だがすぐに気付いた。

自分一人ではなく、近くに人がいることに。

すぐ近くに、五人の女性がいる……。

《もしかして第三守備隊の五人は……》

《そういえば、いないな》

《でしょうね、こっちにいますもん》

《そうか。二手に分断されたということか》

《誰かが意図したのか、それとも偶然か》

《偶然で転移はせんだろう?》

涼の問いに、アベルは即答する。

《こちらは草原……というか、荒れ地のような場所です。空は開けています》

《こっちもだ》

《南の方に、すごいとんがった……僕のアイシクルランスみたいな山が見えます》

《言いたいことは分かる。ここからも見える。だが……北にだ》

《つまり、その山を挟んで、こちらは北》

《こっちは南に飛ばされたわけだ》

涼とアベルが、お互いの位置を確認した。

山までの距離はどれくらいだろう。

歩いて一日で着ける距離とは思えないほどには、遠く見える。

《とりあえず、お互いにその山のふもとを目指すということでしょうか》

《それしか目印になりそうなものがないからな》

《では、また後ほど》

第三守備隊の五人は混乱していた。

「え? 何……」

「分からない」

「みんなが消えた」

「私たち五人はいる」

「さっきの場所と違う」

隊長のモーラは理解できず、副隊長のアンジュリも分からないと口にし、ミニが王国や法国の一行とはぐれたことを認識し、パラスは第三守備隊はいることを確認し、治癒師オミンが強制的に移動したことを理解する。

「おそらくは強制的な転移です」

涼ができるだけ落ち着いた声音で告げる。

その声で、五人は一斉に振り向いた。

その視界に映る白いローブの魔法使い、涼。

「リョウさん……だけ?」

「ええ。今アベルに確認しましたが、彼らも強制的に転移したようです。我々六人と、彼ら百人くらいに分断されてしまったようです」

「分断……」

「ここはいったい?」

アンジュリが確認し、涼が答え、モーラが言葉を失い、オミンが疑問を呈す。

その疑問に答えられる者はいない。

そう思ったが……。

「暗黒大陸なのは変わっていないと思う」

アンジュリが周囲を見回して答える。

「え、分かるの?」

「生えている植物は大陸のものよ。この草……ホワイトラックスは暗黒大陸にしか生えていないの。だからそれは確か」

オミンの疑問に、アンジュリが答えた。

植生から場所を判断したようだ。

アンジュリは植物に詳しいらしい。

多分アンジュリが、五人の中で最も早く冷静さを取り戻した。

「リョウさんは先ほど、アベル陛下に確認したとおっしゃいましたが、魔法ですか?」

「いえ、錬金術です」

アンジュリの問いに、涼は左耳に着けている『魂の響』を指で軽く弾いて答える。

「これで、アベルとは会話することができます」

「ずっと綺麗だと思っていたイヤリング……宝石じゃなくて魔石だったんですね」

「青い魔石って……」

「水属性だよね」

「初めて見た……」

涼の答えに、アンジュリが頷き、オミン、ミニ、パラスが驚く。

美しさによって、アンジュリだけでなく三人も冷静さを取り戻したらしい。

あとは、隊長の……。

「私はどうしたら……」

モーラは両手で顔を 覆 ( おお ) う。

それを心配そうな表情で見る四人。

そしてアンジュリとオミンがアイコンタクトをとる。

アンジュリが頷き、オミンがモーラの肩に手を置いた。

「オミン。私、どうしたら……」

「分からなくなったら基本に戻る。どんな場面でも変わらないよ」

「基本……」

「モーラ、あなたはどうして守備隊に加わったの? マネ総督は、どうしてあなたを第三守備隊の隊長にしたの?」

「……功績をあげるため」

「そう。あなた自身のために、そしてあなた以外の人のために、功績をあげなければならない」

まだ少し弱々しい感じのモーラに対して、オミンがはっきりと答える。

「じゃあ、この場で功績をあげるのなら、どんな行動をとればいいかしら。周りを見て」

オミンにそう言われて、初めてモーラは周囲を見渡した。

いつもの仲間はいる。

なぜかアベル王やグラハム教皇たちはいない。

いや、一人だけ……白いローブを着た魔法使いがいる。

「リョウさんがいる。リョウさんだけがいる?」

「そう。私たちを含めて、みんな転移させられたみたい。アベル陛下たちも、別の場所に転移したそうよ。私たち五人以外にいるのは、リョウさんだけ。リョウさんはナイトレイ王国の方、アベル陛下の側近。じゃあ、私たちがとるべき行動は?」

「……リョウさんを護衛して、アベル陛下に合流する」

モーラは答えを導き出した。

そして、立ち上がった。

まだ指先は震えている。

でも、やるべきことははっきりした。

涼の前に立つと、開いた右掌を自らの左胸に当てる。

暗黒大陸西部での、最敬礼だ。

「リョウさん、我々が護衛し、アベル陛下の元に送り届けます。どうかご協力ください」

モーラは、はっきりと言い切った。

先ほどまでの、両手で顔を覆っていた時のような弱々しい感じは、もうない。

強い決意の表情で主張するモーラ、その表情に少し驚く涼。

この手の表情は見たことがある。

自分以外の人たちの人生、生活、場合によっては命をその肩に担いでいる人の表情だ。

「モーラは、守備隊で成果を出し功績をあげて、家を継ぐ許可を得なければなりません」

「家を継ぐ許可? その許可が下りないとどうなるのです?」

「家は取り潰され、仕えている者たち数百人が路頭に迷います」

「ああ……」

オミンの説明に、顔をしかめて涼は頷く。

江戸時代の大名家みたいなものだ。

江戸幕府によって 改易 ( かいえき ) させられたら、その大名家に仕えていた者たちは 浪人 ( ろうにん ) になった。

いくらかは、他の大名家が召し抱えることもあったが……他の大名家とて財政的に苦しいところがほとんどだったわけで。

「そのために、マネ総督も今回の皆様の案内を、我々第三守備隊に任せてくださいました」

モーラが決意に満ちた表情のままではあるが、少し俯いて答える。

『案内』が、大変なことになったからだ。

だが、決意の表情と気持ちは変わらない。

なんとしても役目をやり切るという気持ち。

目の前の涼を護衛して王国一行に合流。あるいは元の場所に戻る。

やり遂げる決意。

五人の表情を見て、涼は一つ頷いた。

「では、なんとしても功績をあげて他と合流、あるいは元の場所に戻らないといけませんね」

涼はあえて笑顔で言う。

五人の決意は本物であることが分かるが、それでも不安がないかと言えば……当然あるだろう。

そんな不安を抱えた人たちを落ち着かせるのに、笑顔と自信は大切なのだ。

「モーラ隊長、あの山が見えますか?」

涼はそう言うと、南の方を指さす。その先には、かなり尖った山が見える。

「はい、すごく尖った山ですね」

モーラは確認する。

「アベルたちは、あの山の向こう、さらに南の方に飛ばされたみたいです」

「え……」

「ですので、あの山を目指して、山のふもとで合流しようと話し合いました」

「承知いたしました。あの山のふもとを目指します」

モーラが頷く。

他の四人も頷く。

「水はいくらでも出せますからね。水属性の魔法使いがいる限り、 喉 ( のど ) の 渇 ( かわ ) きで大変なことになる心配はありませんよ」