0798 バーチャル放牧
0798 バーチャル放牧
そんなこんながあって、アベルも会議が終了して、宿舎一階にあるラウンジに降りた。
そこでは、水属性の魔法使いがコーヒーを飲みながら考え事をしていた。
「アベル、ようやく会議が終わりましたか」
「ああ、終わった。そこで聞いたんだが、フィオナ殿……ルビーン公爵は一カ月前に 赴任 ( ふにん ) したそうだが、それ以降『十号室』の模擬戦申し込みを、ルスカ伯爵は受けるようになってくれたらしい」
「あの元皇女様……ルビーン公爵さんにも何か考えがあるんでしょう」
涼は一つ頷いて言葉を続ける。
「爆炎が厄介であることは知っていましたが、ルビーン公爵さんも厄介です」
「ああ……ルビーン公爵領はかなり発展しているそうだ。統治者としても有能みたいだな」
「僕やアベルが、個人の力を上げるだけでは帝国に勝てない可能性があります」
「うん? 確かに帝国は仮想敵国だが、決定的な対立はしていないぞ」
「でもアベル、王国北部で帝国の軍隊に襲撃されたんでしょう?」
「まあ、そうだが……今はルパート陛下が復帰されて国政を握っておられるからな」
アベルは、北部視察中に帝国軍と思われる者たちに襲撃された。
「ルパート陛下は 傑物 ( けつぶつ ) です。傑物であるからこそ、チャンスがあれば王国への侵攻もいとわないでしょう。わずかでも王国が 緩 ( ゆる ) んでいるところを見せるのはいけません」
「それはそうだな」
涼は西方諸国への使節団である程度の時間を過ごしたので、ルパート六世の『強さ』を理解している。
アベルは、王国解放戦で戦ったりしたわけで言わずもがな。
「やはり個人能力以外も引き上げましょう」
涼はチラチラとアベルを見ながらそう言った。
アベルはそれに気付いたが、何も言わない。
「これまで秘密裏に進行していたプロジェクトを、表に出す時が来ました!」
涼が決意表明を行う。
だが、それを見るアベルの視線は冷たい。
「何ですかアベル、その目は!」
「いや、別に……」
「言いたいことがあるなら、はっきり言ってください!」
「リョウがそう言う時って、あんまりあれだよなと」
「失敬な! 僕が見えないところで努力している結果をアベルにも見せてあげます」
涼はそう言うと、氷のイス二脚とテーブルのセットを生成した。
そのテーブルの上に静かに置かれたのは、小さな氷の箱。
大きさは親指二本分だろうか。
透明なその箱の中に、小さな青い魔石が入っているのが見える。
「中に入っているのは、水の魔石だよな?」
「ええ、ええ。イワシ……ベイト・ボールから取り出したやつの一個です」
アベルの確認に涼が頷く。
その時、アベルは魔石が入った箱の表面に、実はびっしりと 精緻 ( せいち ) な模様が付けられているのに気付いた。
さらによく見ると、氷の表面に彫られている……。
「もしかして、その箱の表面に彫られているのは魔法式か?」
「よく分かりましたね!」
アベルの指摘に驚く涼。
絶対普通の人には魔法式などとは認識できないほど縮小して、転写したものなのだ。
それを一発で言い当てられれば驚くのは当然。
「中にある魔石から魔力を引き出して、その箱が錬金術的な何かをしているということだよな?」
「その通りです。この箱の中は、戦闘ゴーレム用バーチャル放牧地なのです」
「戦闘ゴーレム? 放牧地は分かるが……うん?」
「 百聞 ( ひゃくぶん ) は 一見 ( いっけん ) に 如 ( し ) かず、中を見せてあげましょう」
涼はそう言うと、正面を向いた。
「<アイスクリエイト スクリーン>」
唱えると、正面に氷のスクリーンが生成された。
さらに、テーブルの上の箱からスクリーンに向かって光が放たれ、スクリーン上に何かが映し出される。
アベルはそれを見るが、正直よく分からない。
「うじゃうじゃと、何か動いている?」
「もっと拡大してみましょう」
涼が言うと、映し出されていたものの一カ所が拡大された。
「リョウのゴーレムか。動いているが、この数は……」
「8192体います」
「え……」
絶句するアベル。
「あくまでバーチャル空間ですので、これが全部出てくるようなことはありませんよ」
「ばーちゃ? とにかく出てくることはないんだな?」
「ええ、出てきません」
涼が頷く。
その言葉にアベルはホッとした。
そうなると、疑問がわいてくる。
「これは、実際の生き物……いや、まあ、ゴーレムだから生きてはいないんだろうが……そういうものではない、幻想ということか?」
「ああ、幻想……ある意味そうかもしれません」
涼は少し考えて頷く。
バーチャルという言葉は、仮想と言い換えることが多いが、多分アベルに仮想空間と言っても通じないだろう。
それなら、幻想の方がまだいいかもと思ったのだ。
「その幻想の世界で、何をしているんだ?」
「鍛えられています」
「……は?」
「彼らはバーチャル……この幻想の世界で、戦い合っています」
「……は??」
アベルは、右に左にずっと首を傾げ続けている。
「何のために、そんなことをしているんだ?」
「最終的に、僕の 御庭番 ( おにわばん ) として戦うためです」
「ああ、オニワバン……」
アベルも、御庭番は知っている。
先触 ( さきぶ ) れ担当一号君を筆頭に、涼によって生み出された氷のゴーレム軍団だ。
元々が水田管理ゴーレムであるため、戦闘能力はない。
それでも東方諸国では、『氷の槍を構えて突撃』という動きの繰り返しだけで、戦果を挙げることに成功した。
どうもその御庭番に、きちんと戦闘能力を付与しようとしているようだ。
「だがゴーレムを戦えるようにするのと、この幻想の世界でのものと、どう関係するんだ?」
「この幻想の世界のゴーレムたちは、目も見えず耳も聞こえない状態です」
「ふむ……だが、そこで戦い合っているんだろう?」
「ええ。目が見えない、耳も聞こえない。そんな状態で戦い合っています」
「……無理だろ」
「感覚を磨けばいけます。アベルだってやったことあるんじゃないですか? 目隠ししたり、耳に詰め物したりでの模擬戦」
「……ある」
涼の問いに、アベルは顔をしかめて頷く。
正直、あまり思い出したくない訓練だ。
いかに、目からの情報や耳からの情報が大切か、戦闘において重い比重を占めているかを経験させられた。
だが、幻想の世界にいる涼のゴーレムは違う。
「戦闘感覚を磨くためです。どんな攻撃があるのか、受けやすいのか、どんな攻撃が当たりやすいのか、ダメージが大きいのはどんなものか。それらを、『感覚』として磨き、身に付けていく、って感じですね」
「それは……リョウの故郷でもやっていた方法なのか?」
「よく分かりましたね! 実は昔からある手法ではあったのです。バーチャル空間で 疑似的 ( ぎじてき ) に『生かす』というのは、ある種の人工生命研究では主要な研究方法でもありました。僕が動画で見たのはロボットの研究においてで、4096体の四足ロボットが放し飼いされていましたけどね」
「うん、よく分からん」
涼の説明は、アベルにはあまり通じなかったようだ。
まあ、バーチャル空間での放し飼いは、地球においてはよくある手法。
時間の流れをすごく早くすれば、数時間で何万世代も進化させることができるからだ。
それを数千体、数万体でやれば……得られる情報はかなりのものとなるのは、誰でも理解できるだろう。
「僕が見た研究者は、運動神経を鍛える、という表現を使っていました」
「ゴーレムの運動神経?」
「ええ。面白い表現ですよね」
首を傾げるアベル、笑顔で頷く涼。
「ゴーレムの運動神経が鍛えられるとどうなるんだ?」
「ゴーレムなのに、柔らかな動きができるようになります」
「柔らかな動き?」
「高い所から落ちても、膝を曲げたり重心を移動させたりしてダメージを逃がします。攻撃を受けても受け身を取ったり、荷重移動で力を逃がします」
「……ゴーレムがそんなことをできるのか?」
「ええ、できるんです。人間が教え込むのではなく、自ら経験して能力を獲得していくのです」
だが、問題もある。
「最大の問題は、バーチャル空間で得られたものを、現実のロボット……ゴーレムにインストールして、現実世界で動かすのは簡単ではないということです」
「そうなのか?」
「ええ。 摩擦 ( まさつ ) や、衝撃、その他諸々の物理現象が違うためです」
「え~っと……よく分からん」
「僕たちがいるこの世界は複雑だということです」
「なるほど、それならよく分かる」
世界が複雑であるのは、アベルも同感なのだ。
「今開発している魔法式を通してゴーレムにインストールすれば、これまで問題とされていた部分がかなり解決されますからね、頑張りますよ」
「そ、そうか」
「そのうち、うちの子たちがアベルの剣を見に行くと思いますけど、気にしないで見せてあげてくださいね」
「それ、以前も言ってたな」
「ええ、ええ。今回は確実にやれそうです」
「……分かった」
朗らかに言う涼、少しだけ冷や汗が流れるアベル。
「そのうち、俺より技に秀でたゴーレムが出てくるんじゃないか」
アベルの呟きに答える者は、誰もいなかった。