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0813 特務庁

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0813 特務庁

テルモリ港の出来事から四日間、買い付け一行は待ちの時間だった。

その間、彼らはだらけていたわけではない。

決してドージェ・ピエトロのロビーで、ケーキとコーヒーにうつつを抜かしていたわけではない。

決して、ない。

「一生懸命に頑張ったご褒美として、ケーキを食しているのです」

「……わざわざ言わなくてもよくないか?」

「後で報告書に書かなければなりません。そうしないと、ケーキ代を経費として認めてもらえないのです」

「ケーキ? ケーヒ?」

「ニルス、ボケるのは僕の役割です、勝手にとらないでください!」

「そんなつもりはないんだが」

ダジャレを 咎 ( とが ) める涼、意味の分からないニルス。

確かに一行四人は、午前中に訓練をし、昼食後もそれぞれに調べものや体を動かしてからの三時のおやつなので、『一生懸命に頑張った』と言っても嘘ではない……。

わざわざ涼が主張したから、変な空気になっているだけだ。

「それにしても、共和国政府からは何も言ってきませんね」

「あれ以降、調査が進んでいないのかもね」

アモンが首を傾げ、エトが小さく頷きながら推測する。

「ニルスは、調査の 進捗 ( しんちょく ) 具合を知りたいからって、剣を振り回して正面から乗り込んでいったらダメですからね。外交関係というものがあるのですから」

「俺、そんなこと一言も言ってないよな? 何だよ、剣を振り回しながらって。絶対捕まるだろ」

「僕は心の目で、ニルスが心の中に抱いていた欲望を 顕 ( あきら ) かにしただけです」

「うん、安心しろ。そんなことは全く考えていない」

「そうですか~?」

「何で残念そうなんだよ!」

涼が残念そうに小さく首を振り、ニルスがツッコむ。

そんなタイミングだった。

受付のお姉さんが、一行の元に来た。

「共和国政府の使いの方がお見えになっています」

「ああ、こちらにお通ししてください」

すぐに、おすまし顔になる涼。

その変わり身の早さに驚くアモン。

小さく首を振るニルス。

エトだけは何のために来たのか推測できるらしく、微笑んでいる。

案の定、涼の手に渡されたのは、バーリー卿が約束してくれた特別滞在証と捜査協力証であった。

「政府施設に行って協力してもらえるね」

「これでようやく動けます!」

エトが言い、涼も頷く。

「……四日間、それを待っていたのか?」

「当然です。なんですかニルスは、僕がただ 無為 ( むい ) にのんべんだらりとしていたとでも思っていたのですか?」

「いや、ただケーキとコーヒーのために宿に引きこもっていると思っていた」

「なんたる言い草……」

ニルスの直接的過ぎる言葉に、涼は顔をしかめる。

しかし、顔をしかめてばかりではいられないのだ。

「では、行きましょう」

「どこに行くんだ?」

「やはり最初は、最も情報が集まるところです」

涼が自信満々に言い放つ。

「普通は、情報が集まるところって酒場とかなんだろうけど、リョウの感じからすると違うよね」

「まだ三時なので、早いですよね」

エトとアモンも、分からないようだ。

「もしかして……特務庁ってところか?」

ニルスが言う。

それに思いっきり大きく目を見開いて驚く涼。

本気で驚いたのだ。

「なぜ、ニルスが分かったのです?」

「俺だってB級冒険者だぞ。それくらい推測できるわ」

「負けた気持ちになるのは、なぜでしょう」

ニルスの当然だという言葉に、涼は小さく首を振るのだった。

買い付け一行は、馬車で特務庁に乗りつけた。

門では、涼の身分プレート、特別滞在証、捜査協力証の三つを全部出す。

門番の守備兵の顔が引きつったことに気付いたのは、アモンだけだったかもしれない。

「ご、ご訪問先は?」

「訪問先? え~っと、確か……首都防衛指令室ですね。そちらの、バンガン室長とアマーリア副室長の元に」

「……お約束は?」

「ありません。こちらで取り次いでいただければ、お二人は必ずや、通せとおっしゃるはずです」

守備兵の確認に、堂々と答える涼。

アベルがいつも疑問に思う、なぜか自信満々な態度。

だが、そんな涼の態度に 気圧 ( けお ) される者もいるのだ。

特に、貴族身分を表すプレートに、共和国政府発行の特別滞在証と捜査協力証まで示され、しかも馬車で乗りつけられれば。

「し、至急確認を取りますので、しばらくお待ちください」

「なんか、すげーな」

「こういう時、リョウって公爵様なんだなって思うよね」

「権力という名の強さなんですかね」

ニルスが素直に驚き、エトが微笑みながら言い、アモンが『力』と『強さ』への憧れに頷く。

事象は、見る人それぞれに異なる姿を見せるのかもしれない。

四人は特務庁本庁舎の隣に立つ、第一別館の会議室のような部屋に通された。

「僕一人の時は、いつも本庁舎の中に案内されていたんですけど……」

「何だよ、俺がいるせいって言うのかよ!」

涼が嘆きながら、チラリとニルスを見たからの反応である。

「僕はそんなこと、一言も言っていませんけど、ニルスには、その自覚……」

「自覚はねーからな!」

「くっ……アベルから続くボケ潰し剣士の 系譜 ( けいふ ) 、おそるべし」

剣士の反応速度はすごいらしい。

こう見えても、ニルスはB級剣士なのだ。

そんな場面に、ノックをして三人の人物が入ってきた。

二人は、涼が面会を求めた人物たち。

すなわち、バンガン室長とアマーリア副室長。

もう一人は面会を求めてなどいない。

「ボニファーチョ局長さん?」

涼が少し驚く。

港の現場にも出張っていた、特務庁のトップ。

「公爵閣下、実はこちらから訪問させていただこうと思っていたところです」

「はい?」

挨拶もそこそこに、ボニファーチョが切り出す。

「どうか、お力をお貸しいただきたい」

そう言うと、ボニファーチョは頭を下げた。

すぐに、バンガンとアマーリアも頭を下げる。

「え~っと?」

全く意味が分からない涼。

涼の後ろに立つ『十号室』の三人も、視線だけ交わし合うが、誰の顔にも理解している表情は浮かんでいない。

「実は暗殺教団の 根拠地 ( こんきょち ) が判明いたしました」

「おぉ」

「我ら特務庁では、そこに強奪されたミトリロ塊の残り半分も保管されているだろうと見ております」

「ふむ」

「共和国政府は、その根拠地に踏み込む決断をいたしました」

「はい」

「そこに、公爵閣下のお力添えをいただきたいのです」

ボニファーチョが理路整然と説明をした。

涼も、理解して頷いてきた。

しかし、最後だけ飛躍している気がする。

もちろん協力は惜しまないのだが……。

「特務庁だけでなく、共和国政府からも、踏み込む際には協力を得られるのでしょう?」

「はい。共和国軍だけでなく、『シビリアン』も五十体を投入予定です」

「シビリアンって、あれですよね、ゴーレム……」

涼が驚きながら確認する。

『十号室』の三人も、さすがにこの情報には明らかに表情が変わる。

噂には聞いていたし、この一年、ファンデビー法国に留まっていた間に、法国のゴーレムを見る機会もあった。

圧倒された。

その、共和国版が出てくる?

「戦場用のゴーレムを投入し、共和国軍すらも動員する。もちろん、特務庁 麾下 ( きか ) の 荒事 ( あらごと ) 専門の方々も出てくるのでしょう? 僕とかの助力とか必要ない気が……」

「いえ!」

涼の言葉に、ひときわ強く反応するボニファーチョ。

「暗殺教団の根拠地は、非常に深い森の奥です。まず、それだけでも厄介ですが、 隠蔽 ( いんぺい ) を可能とするブレスレットを、かなりの数、製造したと思われます」

「ああ……あれは厄介ですよね」

「先日のテルモリ港で倒した者たちが着けていたブレスレットを持ち帰り、分析いたしました。その結果分かりました。ですが、実際にどれくらい隠蔽されるのかを試すことができないために、彼らを相手にするのは不確定要素がかなり多いのです」

「試せない?」

「はい。使用者専用の魔力に固定されていると言いますか……」

「ああ、そういえばそうでした」

涼は思い出した。

教皇の四司教から奪い取った隠蔽のブレスレットを使って、地下施設に潜入したことがあった。

その時、涼の魔力を強引にブレスレットに通して使用するために、かなり苦労したことを覚えている。

涼ですら、魔法を使いながらはもちろん、走りながら使うことすらできず、ゆっくり歩いて施設に入っていったのだ。

涼は、魔力制御のようなものにはかなりの自信があるが、それでも歩くだけで精一杯。

確かに普通の人には、起動させることもできないだろう。

見なくとも、後ろの三人が「あれか!」と、視線を交わしているのが分かる。

「それについては、協力できるかもしれません。使用者がどれくらい『隠蔽』されるのか、実際に経験したりデータを取ったりしたうえで本番に臨んだ方がいいでしょう。私が、魔力を強引に通して起動してみせましょうか?」

「可能なのですか!」

驚くボニファーチョ。

無言のまま、バンガン室長とアマーリア副室長も驚いている。

「特務庁きっての魔法使いたちでも無理でしたのに……」

「以前、成功しました。ただ、僕も歩くことしかできないくらい、あれは難しいですから」

「歩くどころか、通すことすらできなかったのですが……いえ、それはぜひご協力ください。できればこの後すぐ」

「え……あ、はい」

こうして、買い付け一行は特務庁本庁舎に移動しながら話すことになった。

「暗殺教団の根拠地があるのは、ニュランの森と呼ばれている森の中です。ニュランの森はかなり広いです。森の奥には、八代前の共和国元首が隠棲するために建てた別荘があると思われます」

「……思われます?」

「元元首が亡くなるとすぐに、お子様たち含めた一族は賊に襲われて全員がお亡くなりに……」

「なんという権力者たち……怖いですね」

涼が顔をしかめて小さく首を振る。

「もしかしたら、実行したのは依頼を受けた暗殺教団で……」

「その時に別荘の存在を知って、根拠地にすることにした? あり得ないとは言えませんね」

ボニファーチョの推測に、涼も同意した。

政治が絡むと、映画や小説のようなことが起きるのだ。

涼だって、地球にいた時からそういうのを見てきた。

事実は小説より奇なり。

「隠蔽のブレスレットを着けた暗殺者たちと、奥深い森の中での戦闘ともなれば……」

「 地獄絵 ( じごくえ ) 図しか思い浮かびません」

涼が懸念していたことは、ボニファーチョら共和国政府関係者も懸念している。

だからこそ、特務庁で、何とかして隠蔽のブレスレットを起動して実際の効果を確かめようとしているわけで。

「確かに厄介な相手ですが、共和国軍まで動員するんですね」

「捕縛や壊滅といったものではなく、共和国政府の認識としては『内戦』です」

「そこまで破壊的な……」

ボニファーチョが政府内の温度感を正直に告げると、涼は驚いた。

当然だろう。

内戦というのは、文字通り『国内での戦争』だ。

対外国ではなく、自国内の反政府勢力との戦争。

涼でもなんとなくは分かる。

共和国にとって暗殺教団は、国内に拠点を置くテロ組織のようなものなのだ。

暗殺教団が他国でテロ活動……すなわち有力者を暗殺したりすれば、その本拠地がある共和国は目の敵にされる。

テロ支援国家か、と。

共和国が暗殺教団を 苦々 ( にがにが ) しく思っていても、国外からはそう見えるのだ。

当然それは、戦争の口実とされてしまう。

二十世紀以降の地球でもよくある光景だった。

国内に存在されるだけで、驚くほど有害な組織。

「調査によりますと、中央諸国に置いてあった資源のほとんどを、西方諸国に移動させてきたそうです」

「つまり、こっちに本拠地が? ああ、その森が新たな本拠地になった……」

「はい。我々はそう考えています」

「だからこの際、完全に叩き潰そうということですか」

「どうか、そのためにもお力添えを」

ボニファーチョが再び頭を下げる。

「ブレスレットを起動してみせるのは、もちろん構いませんけど、森への突入も手伝ってほしいということですか」

「はい」

「う~ん」

悩む涼。

確かに前回、暗殺教団の村を壊滅させた。

だがそれは、ウィリー殿下を救うため。

もちろん、ただ救うだけなら壊滅させる必要はなかったのだが……今思えば、間違いなく冷静さを欠いていた気がする。

水属性魔法の弟子たるウィリー殿下を 拉致 ( らち ) された怒り。

相手の狙いにまんまと乗ってしまい、殿下の近くを離れてしまった自分への怒り。

怒りは冷静さを奪う。

今、涼は怒っていないので冷静なのだ。

そんな冷静な涼からすると、暗殺教団とはいっても命まで取るのは……。

甘いという自覚はある。

自覚はあるが……。

「現地まで行くのは構いませんが、森への突入は、少し考えさせてください」

それが、とりあえず涼が今出せる結論だった。