0818 プロローグⅠ
0818 プロローグⅠ
ついに、「第四部 最終章」の開始です。
涼を含めた『十号室』四人は、西方諸国最東端の国であるキューシー公国と、回廊諸国最西端の国であるスフォー王国へのお使いからの帰りであった。
「無事に、アベルとグラハムさんからの親書を両国に渡すことに成功しました」
涼は満足気だ。
アベルとは、中央諸国ナイトレイ王国の国王アベル一世のことであり、グラハムとは、西方諸国ファンデビー法国のグラハム教皇のことである。
四人が届けた親書は、暗殺教団の者たちが移り住む予定の新生ボードワン国に関してのものだ。
簡単に言えば……。
新しく人が入るから、近隣国としてよろしく。
ちゃんと法国と西方教会がバックアップするから。
中央諸国のナイトレイ王国も応援しているから。
そんなことが書いてあるらしい。
まあ、親書なので書いてある中身はそんなものだ。
細々とした内容は書いていない。
とはいえ、形式を整えておくことは大切なのである。
特に、これから国を建てようとする場合は。
「アベル陛下の親書は、応援しているから? それだけなのか?」
ニルスが不満気だ。
ニルスは、冒険者時代からアベルを尊敬しているので、もっとすごいことをやるだろうと思っているのかもしれない。
「頑張れ、応援しているぞ。でも責任は取らないぞ、という 為政者 ( いせいしゃ ) 一流の文書が書き連ねられているはずです」
涼は自信満々に断言する。
「いつの時代も、政治家なんてそんなものです」
「いや、アベル陛下は違うだろ。素晴らしい方だ」
「確かにアベル本人は素晴らしい人間ですが……それだけではやっていけないのが、国家の運営なのです」
「どうしてリョウは、いつもいつも、そう偉そうに断言するんだよ」
両腕を組んでうんうん頷きながら断言する涼、納得いかないニルス。
「アベルは、ずる賢さが求められる国のトップとしては真面目で、優しすぎるのです」
「ずる賢さを求められる国のトップというのが、変なんじゃないか?」
涼の言葉に、ニルスがとてもまっとうな異論を述べる。
「そう、本当にそうですよね。哲学を学んだ者こそが王となるにふさわしい、という人がいましたが……後の世では、結果さえよければ手段など考慮されないとなってしまいました。王の道とはかくも複雑なものなのです」
「うん、意味が分からん」
涼が王の道を嘆き悲しむが、ニルスは意味が分からず首を振る。
当然だろう。
この世界には、哲人政治を唱えたプラトンも、権謀術数主義のマキャヴェッリもいないのだから。
民主主義下の愚かな裁判によって師であるソクラテスを失ったプラトン。
一千年にわたって、何十国にも分裂したままだったイタリア半島の現状を嘆いたマキャヴェッリ。
どちらも、現実として起きた、あるいは置かれた状況から生み出された思想だ。
「アベルが進む王の道は、本当に大変ないばらの道です」
「俺は、アベル陛下をお守りするぞ!」
「そうですニルス、僕らがアベルを守るのです!」
「おう!」
なぜか涼とニルスがそんな結論に落ち着く。
後ろから二人の会話を聞いていたエトもアモンも、笑顔のままだ。
二人の会話が、破滅的な結果になることはないという安心感ゆえ。
対象となっている、アベルという人物に対する絶対的な信頼が 根底 ( こんてい ) にある。
「いずれはアベルを世界の王に!」
「おう! そのためなら、この身を捧げるぞ!」
「アベル陛下も、そこまでは望んでいないと思うけど」
涼が拳を突き上げ、ニルスも拳を突き上げ、エトが少し落ち着かせる。
国王自身がまともであっても、周囲の者の暴走が起きれば大変なことになるかもしれない。
一行は、使節団として来た時同様に、キューシー公国の都ディーアールからオース川を船で下った。
そしてファンデビー法国北部国境の街ヴァルベガラに到着し、そこからは徒歩で聖都に向かっている。
ヴァルベガラから四日目。
聖都外縁とも言うべき場所に達していた。
「北ダンジョンに到着です」
「使節団と来た時には、そのまま通り過ぎたよな」
「北ダンジョンの近くに、小さな街があるらしいよ」
「西ダンジョンと違って転移機能がないから、あんまり攻略する人がいないんですよね」
涼が事実を述べ、ニルスが確認し、エトが事実を述べ、アモンが確認する。
四人とも西ダンジョンの街には行ったことがある。
その規模に比べると、かなり小さい……。
とはいえ、今回、一行がここに寄ったのは北ダンジョン攻略のためではない。
もうそろそろ夕方だし、一泊して聖都に入る予定なので、空いたお腹に何か美味しいものを入れたいと思ったからだ。
「肉の焼けるいい香りが……」
「ウサギ系の肉が焼ける香りだな」
涼が素晴らしい匂いを発見し、ニルスが判別する。
当然、驚く涼。
「何で香りだけで、何の肉か分かるんですか!」
「冒険者として経験を積めば分かるのは当然なんだぞ」
「くっ、さすがはB級冒険者です……」
「いや、分かるのニルスだけだから」
ニルスが当然という顔で答え、涼が少し悔しそうな表情になり、エトが首を振りながら苦笑する。
無言のアモンは、別の匂いを発見したようだ。
「なんというか……刺激臭がしません?」
「うん? 確かに。 唐辛子 ( とうがらし ) 系な感じです」
アモンの言葉に、涼も同意し……。
「激辛ヌードルーって書いてある露店が……」
「あれですね。ちょっと食べてみたいです」
涼が少し恐怖し、いつの間にか激辛大好きになっていたアモンが挑戦者魂を露にする。
そんな平和な四人の耳に……。
「聞こえるかの、妖精王の 寵児 ( ちょうじ ) や」
どこからともなく声が聞こえてきた。
周囲には露店も並んでいるが、そこからではない。
頭の上から降ってくるような感覚。
涼にとっては、とても聞き覚えのある声である……そもそも涼に対して『妖精王の寵児』という言葉を使う人物はあまりいない。
「マーリンさん? はい、声は聞こえます……ああ、声だけの転移ですね」
「うむ。ちとダンジョンまで来てもらえんか、話したいことがあるのじゃ」
マーリンの声だけ転移してきたものだが、四人全員に聞こえている。
涼は他の三人を見る。
三人とも無言のまま頷く。
「分かりました。聖都に戻る前に、そちら西ダンジョンに寄ります」
「うむ、待っておる」
そこで、マーリンの声は消えた。
「マーリンさんって、赤い服の魔人だよね?」
「ええ、ええ。聖都西ダンジョンの管理人さんです」
「呼び出しか、何だろうな」
「ダンジョンの攻略を続けなさいとかでしょうか」
エトが確認し、涼が頷き、ニルスが当然の疑問を持ち、アモンがワクワクしている。
マーリンは、ナイトレイ王国から涼やアベルと一緒にスキーズブラズニル号に乗って戻ってきたのだ。
暗黒大陸に着く直前に、西ダンジョンに帰った。
それ以来なのだが……。
「まあ、西ダンジョンに行ってみれば分かりますよね。とりあえず今は……」
「それぞれ気になるものを買ってきて、十五分後に集合な」
涼とニルスが断を下した。
翌日昼、一行は西ダンジョンに到着した。