0828 ヴォンの街
0828 ヴォンの街
二日後。
艦隊はヴォンの港に入港した。
この街の港はかなり大きいため、二十一隻入っても余裕がある。
「この街って、西部諸国連邦でしたよね」
「ああ、そうだ」
「連邦元首が行方不明ってのは……」
「俺が王国宿舎で受けた報告でも、まだ行方不明のままだったな」
アベルが思い出しながら答える。
「それって、もう亡くなっている可能性もありますよね」
「現実問題としてあるだろうな」
「規定とかあるんですかね。王国だと、国王が行方不明になって……どれだけ見つからなかったら死亡したと認定されます?」
「一年だ」
「アベルは行方不明になって一年経てば、国王ではなくなると」
「なんか、すげー嫌な言い方だが、その通りだな」
涼が腕組みをして頷きながら言い、アベルが顔をしかめて答える。
「王国の場合、そうなった時に次の王位に就くのは……」
「王位継承権第一位のノアだな」
「でも、ノアはまだ幼いので……」
「リーヒャが 摂政 ( せいっしょう ) になって代行だが……」
「だが?」
「実はその辺りの規定はされていない」
「え? されていない? どうして?」
驚く涼。
王国は、国王にかなりの権限が集中しているが、法整備はしっかりしている印象を持っている。
だから、国王が幼い場合の代理権者も明確に規定されていると思っていたのだ。
「その人物がいない場合、困るからだ」
「どういう意味ですか?」
「例えば……『実母が摂政として補佐する』と規定していたとする」
「はい」
「実母が先に亡くなっていれば?」
「ああ……」
条文が宙に浮く。
「例えば……『宰相が補佐する』と規定していた場合……」
「前のスタッフォード陛下の時には宰相は任命されていませんでした」
「そうだ。宰相がいない場合もある」
これでも条文が宙に浮く。
政権中枢付近の地位であっても、空位の場合がある。
だから厳密には規定されていないのだ。
この辺りが、民主制国家との違いの一つかもしれない。
民主制においては、この辺りは厳密に規定されている。
「まあ王国の場合はそうなっているが、西部諸国連邦は名前通り、諸国の連邦だからな。元首がどう選ばれるか知らんが……新たに選びなおすのが大変そうだよな」
「何となく分かります。権力が欲しい人たちは『権力の空白は良くない! 新たな元首を選出するべきだ』と言うでしょう。でも元の元首支持者は『死亡が確認されたわけじゃない! 戻ってくるまで現在の状態を維持すべきだ』って言うかもしれません」
「そうだ。いくつもの国家が集まって成立する連邦というのは、まとめるのが本当に難しいと思うぞ」
「そう考えると、中央諸国のハンダルー諸国連合……まあ、連邦じゃなくて連合ですけど、あそこをまとめているオーブリー卿って人はすごいですね。だって、連合の中にはロベルト・ピルロ陛下みたいな国王とかもいたりするんでしょう? そんな人たちがトップの国々をまとめるって」
「ああ、俺には想像できん」
涼が称賛し、アベルは肩をすくめる。
「結論として、アベルの置かれた地位はぬるすぎるということですね」
「うん、リョウには言われたくないな。いつも俺のソファーで、ぬべぇ~っと寝転がっているリョウにはな」
「僕は王国の民を代表して、国王が真面目にお仕事をしているか監視しているのです。国政に関して手を抜くようであれば、筆頭公爵として王国民と共に革命を起こし、アベルを玉座から追放するのです」
「そうか、それは怖いな」
アベルは頷く。
全く本気にしていない。
「それで、俺を追放した後はリョウが玉座に座るんだろう?」
「え?」
「自分から書類まみれになりたいなんて、素晴らしい筆頭公爵だ」
「そ、そこは、もっとふさわしい人を国王に据えて、僕は影から支える形で……」
しどろもどろになる涼。
「もっとふさわしい人ってのは誰だ? 俺よりふさわしければ、俺自身が王位を譲るぞ」
「……ノア」
「うん、譲位決定だな。俺は国王を引退してゆっくり過ごすから、リョウはノアを支えてやってくれ。ノアはまだ幼いから、書類仕事は全部リョウだな」
「ひどい……」
涼は嘆く。
涼は、地球にいた頃から本当に心の底から疑問に思っていた。
なぜ政治家なんかになりたがるのかと。
知り合いの政治家たちは……親の議席を継いだ者もいたし、お 蕎麦 ( そば ) 屋さんや 豆腐 ( とうふ ) 屋さんから政治家になった者たちもいた。
彼らの状況から考えても、涼には一ミリも理解できなかった。
なぜ、政治家になりたいのか。
「子供たちのためだろ」
だがアベルが答える。
「政治ってのは、確かに今起きている問題を解決する、そういう仕事だ。とはいえ同時に、子や孫の世代に花開く政策もある。今手を抜けば、将来国を継いだ子や孫の世代が大変なことになる。しかしだからといって、今の世代に負担を強いていいわけではない。そのバランスは、考えれば考えるほど難しい。まあ、バランスのとり方が難しいのは、政治だけじゃなくて商会なんかもそうなんだろうがな」
アベルは苦笑する。
「でも、そんな立派な考えの人ばっかりじゃないですよ。お金のために 便宜 ( べんぎ ) を図る政治家もいます」
「そうだな。政治には権力が生じるから、それを利用したい者たちは近付いてきて金を出す……それで 収賄 ( しゅうわい ) 事件になったりするな」
「困ったものです」
「それは同感だ」
涼が顔をしかめて首を振り、アベルも笑いながら首を振る。
二人を含めスキーズブラズニル号の乗客と船員は、まだ船の上だが、グラハムら法国の一行は港に降りていた。
それは教皇を迎えるために、大規模な式典が用意されていたから。
「以前来た時には無かったですよね」
「ああ。どうも西部諸国連邦政府上層部の人間たちが来ているみたいだな」
「絶対、厄介ごとですよ」
「何でだ?」
「豪華な式典で恩を売っておいて、逃げ道を塞いでから相談するのです。政治家や官僚たちの手です!」
「うん、それ、リョウの偏見が混じってるだろ」
涼が主張し、アベルは首を振る。
「教皇がいると助かるな」
「政府のお偉いさんとか、全部あっちに行きますもんね」
「ああ」
「あんな人たちがいたら、買い食いもできませんもんね」
「ああ」
「アベルは腹ペコ剣士ですもんね」
「いいや、それは違う」
「くっ……もうちょっとだったのに」
そんなアベルと涼が会話をしている間に、式典は終わったようだ。
もちろん、グラハムや連邦政府の偉い人たちにとっては、これから建物の中に移ってからが本番だろう。
交渉開始となるだろうから。
しかし、ここにいる腹ペコペアには関係ない。
「さて、行きますか」
「そうするか」
涼もアベルも、上陸して買い食いする気満々で、式典が終わって港内が歩きやすくなるのを待っていたのだ。
二人の後ろには、当然のようにスコッティー・コブック中隊長。
もちろんアベル王の護衛だ。
当然、護衛役もお 相伴 ( しょうばん ) にあずかるので……。
「スコッティー、絶対代わってくれないんだよな」
船に残されたもう一人の中隊長ザックは、三人が下船するのを見ながらぼやくのだった。