0836 権力闘争
0836 権力闘争
その日の夕方、副元首ジャージャと宰相ゼンモシが、副宰相チゴーイの執務室に 怒鳴 ( どな ) り込んできた。
これは珍しいことだ。
「チゴーイ! 我らの護衛兵が暴行を受けたと聞いたぞ! どういうことだ!」
入ってきて早々、ゼンモシが怒鳴る。
その後ろからジャージャも入ってきているが、こちらはそれほど怒ってはいないようだ。
いろいろめんどくさい、という表情だろうか。
「はい、ゼンモシ様。私も、その報告は受けました」
「そうか。で、暴行した者たちを逮捕したのだな?」
「いえ、しておりません」
「逃亡しおったか。捜索は進んでおるのだな?」
「いえ、しておりません」
「うむ、いずれ捕まえたら厳罰を……何? 捜索、していない?」
想定外の言葉が返ってきたからだろう、ゼンモシが怒りではなく驚きの声を出す。
「はい、ゼンモシ様。相手が誰か分かっておりますので、捜索はしておりません」
「逮捕もしていないと言ったな?」
「はい、言いました」
「相手が分かっておるのなら、なぜ逮捕せん!」
再び怒るゼンモシ。
「その護……兵士たちを政庁に連れてきたのは、デブヒ帝国のルビーン公爵とルスカ伯爵だからです」
「デブヒ? そんな国があったか?」
チゴーイが理由を説明するが、ゼンモシは首を傾げる。
その後ろにいるジャージャも同様に首を傾げている。
「中央諸国の大国の一つです」
「中央諸国? そんな遠方の国の……公爵と伯爵? そんな連中が、なぜこの街にいるのだ?」
「ファンデビー法国の艦隊が寄港しているのはお聞き及びでしょう」
「うむ、聞いている。教皇が乗ってきたのだろう?」
「はい。その艦隊に、お二人も乗り合わせているのです」
「なるほど、そういうことか」
ゼンモシは顔をしかめたまま頷く。
「だが、法は法。他国の貴族か知らんが、法にしたがって罰するべきだ」
ゼンモシが言い募る。
それは正論。
他国の貴族だからといって、法を犯せば許されはしない。
とはいえ……。
「一方の当事者、オスカー・ルスカ伯爵は、中央諸国最強の魔法使いであり、爆炎の魔法使いとの二つ名もあるくらいです」
「最強……」
「一分もかからずに、ヴォンの街を壊滅させることなど造作もないでしょう」
「……」
「そんな方を怒らせるのですか?」
「し、しかし……」
「東部諸国の脅威が迫ろうという、この時にですか?」
「む、むぅ……」
チゴーイの口調は決して強くない。
むしろ柔らかく言って聞かせる、という感じだ。
「しかも聞いたところによると、兵士が食事処で暴れたそうです。だからお二人は捕縛して、連れてきたと」
「馬鹿な!」
「正直、どちらが正しいのか分からない状態です。そんな状況で、有名な魔法使いを敵に回すのですか? こちらが絶対に正しい……そんな状況でもないのに?」
「くっ……」
チゴーイの説明に、ゼンモシが顔をしかめる。
実はゼンモシだって、護衛の兵士が正しいという絶対の確信はない。
ただ、メンツのために言いに来たのだ。
そしたら、相手は厄介な他国の貴族、しかも強力な魔法使い。
後ろには、ファンデビー法国がついている……彼らの艦隊の船に乗っているのだから。
迷うゼンモシ。
全く真剣みのない表情のジャージャ。
二人を見た後、チゴーイは話題を転換した。
「そもそも二人の護衛兵士たちは、何を探していたのですか?」
「何?」
「街中を走り回っているのは知っております。それが生んだ衝突です」
チゴーイは笑顔のまま問う。
「お、お主は知らんでよい!」
焦ってそう答えたのはゼンモシ。
ジャージャも顔をしかめている。
二人の様子を見て、チゴーイは確信した。
(ラムン・フェス様がこの街におり、動くことができない状態にあることを掴んだな)
いずれは知られるだろうと思っていた。
政庁や宿においておけば、すぐに見つかっただろう。
(教会に置かせてもらえて、本当に良かった)
チゴーイは、表情を変えずに心の底で、信じてもいない神に感謝した。
しかし、その夜。
「ラムン・フェス様は、ヴォン教会にいることが分かりました」
「なんだと!」
報告に、副元首ジャージャと宰相ゼンモシが異口同音に叫ぶ。
しかも同時に立ち上がる。
「すぐに兵を送れ……」
「待て!」
ゼンモシが命令するが、すぐにジャージャが止める。
「ジャージャ様?」
「今、ヴォン教会には西方教会の教皇がいる」
「あ……」
「しかも、その教皇の艦隊に、昼間の魔法使いが乗っているのだろう?」
「あ……」
ジャージャに指摘されて思い出すゼンモシ。
「魔法使いは教会には詰めてはいないだろう。だが、問題が起きれば出てくる可能性がある」
「どうすれば?」
「誰にも知られないように、命を絶て」
「……」
ジャージャの命令に、言葉を失うゼンモシ。
「どうした、ゼンモシ」
「い、いえ……その、元首様の命を、絶つのですよね……?」
「当たり前だ」
「しかし、いきなり、それは……」
「事ここに至って、何を迷う!」
副元首ジャージャが怒鳴りつける。
「申し訳ございません!」
頭を床にこすりつけて謝罪する宰相ゼンモシ。
こういう時、ジャージャの 苛烈 ( かれつ ) さが出ることをゼンモシも知っている。
「今やらねば、次は我々の首が狙われるのだぞ! ラムン・フェスの怪我が回復してみろ。我々の行き場は無くなるのだ!」
「は、はい」
ジャージャの圧力に、ゼンモシは抵抗できず。
「明日の夜、襲撃し、その命を奪え」
そんな命令を出さざるを得なかった。