0850 アベルの密命
0850 アベルの密命
「法国艦隊旗艦「アークエンジェル」から報告が来ました。前方にある街が、エトーシャの街だそうです」
パウリーナ船長がアベルに報告する。
「かなり大きな港に見えるが?」
「南部東岸で栄えていたニュートン港ほどではないですが、南部西岸の港としては最も大きいそうです」
アベルの問いに、法国艦隊から来た情報で答える。
さすがに暗黒大陸南部に関して、スキーズブラズニル号には情報が無い。
実は、ファンデビー法国艦隊自体も情報はほとんど持っていない。
その多くは、西方教会のアドルフィト枢機卿が先に送り込んで情報を収集していたからこそのものだ。
事前のその報告書でも、エトーシャに寄港して、そこからは陸路を進む行程が提案されていたらしい。
「だからグラハムさんは、ブラン様に希望地を尋ねられた時に、エトーシャの沖合と答えたのですね」
「そうだな。それにしても、本当に一瞬だったな」
涼が頷き、アベルも同意する。
そう、艦隊は、一時間前にはダズルーの沖合にいたのだ。
一瞬でエトーシャ沖合に転移し、今エトーシャの港に向かって進んでいる。
「以前グラハムさんにチラッと聞いたのですけど、この大陸西岸沿いの予定航路上にも、やつらがけっこうな数でたむろしている場所が見つかっていたんですよね」
「やつら?」
「僕ら共通の宿敵、クラーケンです」
「ああ……」
涼がまるで 苦虫 ( にがむし ) を噛み潰したかのような表情で言い、アベルが苦笑する。
涼はロンド級一番艦ロンドを沈められたためにクラーケンを憎んでいるが、アベルは正直そこまでの大きな感情は持っていない。
とはいえ、以前の冒険者時代にもクラーケン絡みで苦労したことはあるため、もちろん良い感情は持っていないが。
「そこもすっ飛ばしてきちゃったわけです」
「転移ってすげーな」
「確かにそうですけど……何十隻もの艦隊と、数百人と大量の物資を転移させることができるのが凄いのです。ブラン様が……竜王が凄いのです」
涼が頷く。
「ついでに、そんなブラン様にバットゥーゾン首長を押し付けてきました」
「ああ……南部が片付いたら、引き取りに寄ろう」
涼とアベルは、心の中でブランに感謝した。
「俺たち、帝国のハーゲン・ベンダ男爵を救出しに行くんだが、あの男も転移できるからな」
「そりゃあ……それが目的で、例のヴァンパイアは 攫 ( さら ) って行ったんでしょう?」
「王国解放戦の時、ベンダ男爵は数万の帝国兵を転移させた」
「そうでしたね。でも後で聞いたのですけど、死にかけたらしいですよ。まさに命を削っての転移だそうで」
「転移ってこえーな」
「ええ、まさに」
アベルがしみじみと言い、涼も神妙な表情で頷く。
ハーゲン・ベンダ男爵は、確かに王国にとって脅威となる人物だ。
だが同時に、涼にとっては『ハーグさん』として、カフェ・ローマーのケーキとコーヒーを愛する同好の士でもある。
涼は、友のためなら命を懸ける。
だから『ハーグさん』のために命を懸けるのもためらわない。
一行は到着した。
エトーシャ港は、独立したエトーシャ王国の中心である。
そこは小さいながらも長い歴史を持つ国である。
「グラハムが言うには 謁見 ( えっけん ) ではなく、会談を行うことになっているらしい。それで俺も来てくれということなので、一緒に挨拶してくる」
アベルはそう言うと、護衛の王国騎士団に守られてスキーズブラズニル号を降りた。
残された筆頭公爵。
「クックック、アベルのいぬ間に何とやらです」
涼が悪そうな顔で、悪そうなことを呟いた時だった。
正面に一人の神官が立ちはだかる。
「エト?」
同時に、左右から剣士が涼の腕をとる。
右にニルス、左にアモン。
「え? あの……?」
困惑する涼。
「アベル陛下から、リョウを一人で街に解き放ってはいけないと言われたよ」
「なんですと!」
「だから、 拘束 ( こうそく ) するよ」
「僕はまだ、何も悪いことはしていません!」
「悪いことをしてからじゃ、遅いでしょ」
涼が心の底から叫び、エトが苦笑しながら答える。
「俺たちは陛下から密命を与えられた。だからリョウも手を貸せ」
「密命? それってまさか……」
「ああ、そうだ」
「さすがはアベルです。エトーシャの美味しい物と美味しい食事処を探しだすのですね!」
「ちげーよ! ミトリロ鉱石が採掘されているかどうかの確認だ!」
涼の完璧な見当はずれの内容に、ニルスが怒鳴る。
「え? でもミトリロ関係は……ミトリロ塊をマファルダ共和国から手に入れたじゃないですか」
「ああ。大量ではあるが、あくまで一時的にだ。今後、必要になった場合に調達できるかどうかの可能性を知っておきたいらしい」
「なるほど」
ニルスの説明に、涼も同意する。
確かに、マファルダ共和国から手に入れたミトリロ塊は一時的なものだ。
そもそもミトリロ鉱石の産出地である暗黒大陸から西方諸国に入ってこなくなったために、定期的な交易品とはとても言えない。
涼を含めた『十号室』の四人は、パウリーナ船長とスキーズブラズニル号護衛のための王国騎士団居残り組を仕切るザックに告げてから、街に出た。
「リョウは食い意地が張り過ぎている」
「ニルスが突然、僕を非難してきます」
涼が抗議の声を上げる。
「突然じゃねえ、さっきのだよ。何で陛下が、エトーシャの美味しい物と食事処を探す密命を出すんだよ」
「決まっているじゃないですか、それはアベルが剣士だからです。剣士は食べることに夢中なのです」
ニルスの言葉に、なぜか自信満々に答える涼。
「それは絶対偏見だろう」
ため息をつき首を振りながらニルスが言う。
「偏見? だって剣士の人って、ガタイがいいじゃないですか? たくさん食べないと、あんなに大きな体にはなりませんよ?」
「そりゃ、前衛だからガタイがいいやつは多いし、そいつらはたくさん食べるが……アモンを見てみろ。アモンはでかくないぞ」
ニルスが言い、涼も振り返って後ろからついてくるアモンを見る。
確かにアモンは、一般的な剣士から推測されるようなガタイの大きさではない。
この三年で成人になったし、しなやかな筋肉がついているため決して小さいわけでもないが……。
二人の視線を受けて苦笑するアモン。
「アベルは腹ペコ剣士、ニルスはわんぱく剣士、アモンは二人とは違うのです! もっとちゃんとした、正統派な剣士なのです」
やはり涼は自信満々に論じる。
「いや、絶対、俺の方が正統派……」
「その剣術でですか?」
「た、確かに剣術は我流だが、体型的にアモンは剣士の中では細い方だろ」
「でも強いでしょう?」
「そりゃあな。アモンの強さは俺が認める」
涼の言葉に、ニルスは大きく頷く。
同じ剣士であるが、いや剣士であるからこそ、ニルスはアモンの剣士としての強さを高く評価している。
自らもB級剣士であるが、強さではもうアモンの方が上だと認めているのだ。
この辺りは、ニルスの器の大きさが出ている。
「ニルス、今のうちからアモンにゴマをすっておいた方が良いですよ」
「ゴマをする、って何だ?」
「 賄賂 ( わいろ ) を渡したりして、自分に対する良い感情を持たせるのです」
「何のためだ?」
「いつかニルスが『十号室』から追放されないようにするためです」
「俺……いちおう『十号室』のリーダーなんだが」
「そう思っているのはニルスだけという可能性があります」
「……」
涼が言うと、ニルスは顔をしかめる。
「大丈夫です、ニルスさんはずっと『十号室』のリーダーですから」
「お、おう、そうだよなアモン。俺がリーダーだよな」
アモンが後ろから言い、ニルスがそれに乗っかる。
ニルスの反応の速さを見ると、少しだけ不安になっていたらしい。
「もう少しでした」
なぜか残念そうな涼。
「アモンの素直さが明らかになっただけだね」
笑いながら言うエト。
今日も四人は平和に過ごしている。