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0872 『十号室』と護衛隊長グロウン

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0872 『十号室』と護衛隊長グロウン

B級パーティー『十号室』+護衛隊長グロウンは、三人のヴァンパイア伯爵と戦っていた。

ニルス、アモン、そしてグロウンがそれぞれ、一対一で戦っている。

その三人を、エトが後方からサポートするという形だ。

「<エリアヒール>」

基本的に光属性魔法の<ヒール>は、近距離でなければ効果がない。

だが、戦闘中の味方の元に近付くのは難しい。

異端審問官のような 芸当 ( げいとう ) ができればいいが……あれは普通ではないのだ。

そのため、ほとんど唯一の遠距離でもヒールの効果がある<エリアヒール>を使って、離れて戦っている味方の傷を癒すという方法がとられることがある。

もちろん、<ヒール>に比べてかなりの魔力を消費する。

<エリアヒール>の名前通り、本来は一定範囲内にいる者たちを治療する魔法。

しかし戦場では、昔から今回のような使われ方をしてきたのだ……。

エトは神官であるため、広い戦場で最前線に出ることは少ない。

多くの場合、後方でケガ人の治療をしている。

しかし、今回は違う。

『後方』というものがほとんど存在せず、多くの者が戦いを強いられている。

自国の王であるアベルですら、ヴァンパイアの公爵と剣を打ちあっているのだ。

そして、エトのパーティーメンバーであるニルスとアモンも、護衛隊長グロウンと共に、ヴァンパイアの伯爵と一騎打ちを演じている。

さすがに伯爵たちの一騎打ちに、他のヴァンパイアたちが乱入してくることはないし、王国騎士団や帝国軍、法国軍も介入はしてこない。

ヴァンパイア公爵『剣閃のネダ』と戦っているアベルの一騎打ち同様に、 混沌 ( こんとん ) とした戦場の中で、ある種の秩序ある戦いの場となっていた。

エトはB級の神官だ。

B級といえば、冒険者の中で最高峰と言っても過言ではない。

現在のナイトレイ王国には、活動中のA級パーティーは無い。

アベル率いる『赤き剣』が唯一のA級パーティーだが……リーダーのアベルが国王、神官のリーヒャが王妃、盾使いのウォーレンがカーライル伯爵で魔法使いのリンがカーライル伯爵夫人という現状では、活動などできるわけがない。

そのため、ギルド内の規定では『活動停止』というステータスになっていた。

結果、エトら『十号室』のB級というのが、名実ともに最高カテゴリーとなっているのだ。

『十号室』は、その地位に恥じない結果を出し続けてきた。

そして今回の遠征においても、敵主力の中でも強力な『伯爵』たちを抑えている。

「アモンは問題ない。むしろ余裕すら感じるね……ヴァンパイアの伯爵を相手にしているのに。ニルスも、相手の剣筋に慣れてきたみたい。傷を負わなくなってきたし。傷を負いやすいのはグロウン隊長だけど……」

エトは、三人の状況を冷静に把握している。

「でも決して負けていない。さすがロベルト・ピルロ陛下が信頼する護衛隊長、冒険者ならB級の剣士並みだ」

エトは頷く。

冒険者と違って、普通の騎士たちは人以外との戦闘経験は多くない。

ルンのような辺境地域は別として、特に先王の護衛隊長などであれば人以外との本格戦闘など初めてだろう。

だが、グロウンは早い段階で対応できていたのをエトも見た。

「王国騎士団のクーラー隊長やコブック隊長もだけど、国王や先王と呼ばれる人たちが任命する隊長たちは、やっぱり優秀な人ばかりだ」

高い立場に立つということは、自分の責任で、多くの者を地位に就ける責任を負うということだ。

自分自身に関してだけでなく、地位に就ける者たちに対する責任を持ち、さらに彼らが関係する者たちに対しても……例えば護衛対象の安全に対しても責任が発生する。

上に上がれば上に上がるほど、責任を持つべき対象が増える。

だからこそ、人を見る目がとても大切になる。

「以前、中央神殿の大神官様もおっしゃっていた……信頼できる人を見抜くのが最も難しいって。そう考えると、この戦場にいる人たちは、多くの人の目に 適 ( かな ) い信頼するに足ると認められた人ばかりだよね」

エトはそう言って、二人のパーティーメンバーを見る。

「もちろん私は、ニルスとアモンを完全に信頼している」

エトははっきりと言い切る。

彼らになら、自分の命を預けられると。

しばらく、戦況が推移し、エトにもはっきりと変化が見てとれた。

「そろそろ、グロウンさんがやりそう……」

本来神官であり、近接戦は本職ではないエト。

それでも、三年間、ニルスとアモンを見てきた。

その辺にいる冒険者や騎士よりも、戦闘推移の 機微 ( きび ) は感じ取れるようになった。

ヴァンパイア伯爵が突いた剣が、グロウンの左掌を貫く。

「動きを止めたぞ」

言うが早いか、グロウンが右手に持った聖剣でヴァンパイア伯爵の心臓を貫く。

「ぐほっ」

勢いよく引き抜き、その勢いのまま体を回転させる。

左手に刺さっていた剣が引き抜かれて……。

首を斬り飛ばした。

「お見事でした、グロウン隊長。<エクストラヒール>」

エトが走ってやってきて、すぐにグロウンの治療にかかる。

「私の相手は、お二人が相手しているヴァンパイアに比べれば、剣の腕は未熟でした。それでもこんな傷を負っていては、偉そうなことは言えませんが」

「勝利は勝利です」

「向こうでは、オスカーがゾルターンを倒していましたからね。私も伯爵くらいはと」

苦笑するグロウン。

「爆炎の魔法使いの? オスカー殿とお知り合いで?」

「昔……本当にずっと昔、私がかつて仕えておりました主の屋敷に、オスカーがいたことがあります」

「おぉ」

想像外の情報に驚くエト。

「お屋敷から、私がいた騎士団に訓練に来ていました。まだ十歳かそこらでしたが、騎士団のほとんどは、もう剣でも勝てなくなっていましたね」

「オスカー殿とは、何度か模擬戦の相手をしてもらいましたので、その剣の凄さは知っていますけど……小さい頃から凄かったのですね」

「ええ。天才の上に努力を惜しまない……それがオスカーでした」

懐かしい表情になるグロウン。

「西方諸国に彼が帝国使節団の団長代理として来て、会ったのが十数年ぶりでした」

「そうなのですか」

「もちろん、帝国での活躍は知っていました。明言されてはいませんでしたが、聞こえてくる情報から、十中八九、あの時の『オスカー』であろうということも分かっていましたから」

グロウンの目は、少しだけ悲しみを帯びたものになっている。

オスカーが屋敷を離れることになった出来事を思い出したからだ。

エトも気になったので尋ねてみることにする。

「再会して、どんなお話を?」

「実は、一度も言葉を交わしていないのです」

「え? なぜですか?」

「オスカーは覚えていないのかもしれません。あの時の悲劇は……ええ、誰の記憶からも消し去りたい、本当に悲劇的なことでしたから。それか、思い出したくなくて、私に近付かないのかも」

苦笑するグロウン。

エトは何も言えない。

悲劇的な過去の記憶は、人を捕えて離さないことを知っているから。

「この聖剣は、その時の主……ご隠居様からいただいたものです。役に立ってよかった……」

グロウンは愛剣を軽く叩く。

「いつか、笑いながら言葉を交わせるようになればいいのですけどね」

そう言ったグロウンの表情には、寂しさはあったが悲しさは無くなっていた。

二人は、まだ戦いが続く二組の方に視線を向ける。

「アモン殿は……笑みを浮かべて、楽しそうに見えます」

「ああ、確かに」

驚きながら指摘するグロウン、苦笑して 肯定 ( こうてい ) するエト。

それなりに離れている二人の場所からでも、アモンが笑みを浮かべているのが見て取れる。

「すごいですね、ヴァンパイア相手に……余裕があるということですよね」

「その辺りは、少し違うのかもしれません」

「え?」

「確かに余裕が無いわけではないのでしょうが……あの通り、余裕のあるなし関係なく、笑みを浮かべるほど楽しいのだと思います」

意味が分からず首を傾げるグロウン、やはり苦笑して説明するエト。

「アモンの場合、剣を振っているだけでも楽しいようです。その上、強い相手と対峙し戦うと、もっと楽しくなるみたいです。それは多分、余裕があるとかないとかは関係のないもの。最近は、どんな強敵と戦っても笑みを浮かべている気がします」

「それって……」

「ええ、あれが本当の戦闘狂なんでしょうね」

肩をすくめるエト。

エトも、涼やアベルがお互いに戦闘狂だと言い合って、両者ともに否定するやり取りは遭遇したことがある。

エトから見れば、二人とも戦闘狂な気がするのだが、そんな二人と比べてもアモンはもう一段深い戦闘狂のような気がするのだ。

「でも冒険者なので、強敵と対峙して動けなくなるよりは、戦闘狂の方が良い気がします」

「そ、そういうものですか」

エトのあまりにも割り切った言葉に、理解できない表情のグロウン。

そんなエトとグロウンが見つめる先で、アモンの剣がヴァンパイア伯爵の首を斬り飛ばして、心臓を貫いたのが見えた。

次の瞬間、対象のヴァンパイアは消滅した。

「ああ、倒せたようですね。良かったです」

「私が戦った伯爵よりも、はるかに剣を使う相手に見えたのですが……」

「アベル陛下などもおっしゃっていましたけど、アモンは今、伸び盛りらしいので。強い相手でも倒せてしまうのでしょう」

「いや、それは意味が分かりません」

さすがに、正直に思った意見を述べるグロウン。

『伸び盛り』というだけでヴァンパイアの伯爵を倒せるというのは……。

倒したアモンは、そのままニルスの援軍に入る。

「私も、エトさんに回復してもらってすぐに、ああやって助けに入れればよかったのですが……」

「グロウンさんは、けっこう血を流していたでしょう? 最後は掌を貫かせて、相手の剣を止めていましたし。体の外に出た血の補充は、ヒールでもどうしようもありません。血が足りない状態で戦うのは難しいかと」

「はい……」

エトとグロウンがそんな会話を交わした直後。

アモンの剣がヴァンパイアの心臓を貫き、ニルスの剣がさらに首を斬り飛ばした。

ヴァンパイアは消滅した。